現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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「先輩!」

「んん~~?」

 

壁に向けて鶴嘴を打ち込んでいた恵先輩へと叫ぶ。

名前は敢えて伏せ、誰とでも取れる呼び方をする。

彼女は手を止め振り返り、俺達が走ってくる様子を見て少しだけ目を細めた。

 

「隠蔽薬!人数分!」

「ああ、そういうアレ。はいはい」

 

普段はこんな事するはずもない。

と言うか要求する薬品だって隠し玉として握っておくべき物品。

特異性や能力の応用の一部を再現するような効果を持つ薬品なんて、市場に出回る筈もない。

あるとすれば同じ探索者か、反社会的勢力か、或いはそれを取り締まる側か。

 

何にしてもバレて良いことなんて何も無いのに口に出すという事態。

昨年度にも何度かあったし、一昨年にも何度かあったという追われるという事象。

 

()()()()()()()、という部分で疑われ。

けれど隠し玉の名前を告げることで当人認識は完了する。

顔を奪われた別人ではない、と彼女が分かってくれれば状況は一変してくれる。

 

「私も~?」

「お願いします!」

 

元来た道の方から振動が聞こえる。

戦闘音か、或いは探索音か。

何にしても俺の特異性が感じ取るのは、つい先程までの内容と全く同じ危険域にいるだろうという推測。

 

単純に浮遊させる能力ではなく、もっとその奥底。

俺が『迷宮』に望んだのだろう行為――――自由を望み、そして受け取ったモノ。

特異性という、俺だけのセカイの見え方を信じた。

 

「俺達は壁際!残りは岩陰!それぞれ別に!」

 

この声も辿られているかも知れない。

ただ、無音で意思を伝えるには糸を伸ばして貰う、という少しばかりのタイムラグが発生する。

その少しの時間を、今は嫌った。

 

小鳥遊に目を向けて告げる。

後ろからぽい、と投げ込まれたのは中身が液面だと示すような瓶。

全員が一度近くにいるこの機会に、その蓋を開けて全員の頭から浴びせるように振りかける。

 

迷彩服だか、訓練階層にいる木々の上の隠密型の虫から発想を得たという隠蔽薬。

素材として第一(この)階層の生命体の体液などを調合して作る物品は、数滴を頭に浴びることでその効果を発現させる。

 

同じ状態になっている相手にだけは見え、他の相手には見えない状態。

効果時間は大凡二時間。

気配を隠す別種の薬品との併用は出来ないという欠点は残るが、幾らでも悪用方法が浮かぶ危険物。

それを惜しみ無く使ってくれる人に感謝の目線を向けながら、各々が俺の指示した場所へと駆けていく。

 

「自意識だけはきっちり保てよ!」

「無理なら隣にいる相手をちゃんと見てやれ!」

 

雄次の声、そして俺の声。

その声を掛けた相手は、唯一気配を軽くした時の欠点を知らない後輩に向けてだ。

 

(俺もどうなるか分からんから、半分は賭けだな……!)

 

片手を引いて壁沿いに連れて行く小鳥遊――()()()()()()()――と共に、通路の壁沿いに意識的に凸凹するような形で座り込む。

どうしても荒くなる呼吸と共に、手を引いている筈の誰か…………小鳥遊の事を改めて目で捉えて、完全に彼奴の特異性が発現する前に鍵を掛ける。

内心で安堵の息が漏れたのも、まぁ仕方ないことだと思う。

 

彼奴の特異性の『軽くする』効果である受動的な部分は、使用者である雄次を含めた全ての人間に等しく作用する。

 

誰の記憶からも完全に消えてしまえば、残るのは記録のみ。

向こうから何をされても大したことじゃない、或いは偶然という認識に落ちてしまう。

互いに別の領域(レイヤー)にでも落ちる、という表現が正しいのか。

 

向こうからする行動も、此方から行う行動も。

その比重が世界に対して等しく軽い行為である状態にまで落ちてしまえば、何をしようとしても何も出来なくなる。

それを避けるための条件の幾つかが互いの肉体熱の確認であり、長年過ごすという当人にとっての歴史(きろく)

 

「え、今……あれ……?」

「大丈夫だから少し落ち着いて呼吸しろ」

 

自分がブレたような感覚を覚えたのだろう。

自分を見て、俺を見て、そうして自分の存在を再認識したような顔。

思わず溢れた言葉を黙らせ、触れ合う手から伝える体温で外部と内部と、両面から彼女を支える。

 

本来は当人にのみ影響を与える特異性を外部に広げている影響だろう。

但し、これは『隠す』行為ではないからその条件のみで探る効果を擦り抜ける特性もある。

一概に有用性のみを持った能力があるわけではない、ある種の警告なのだと俺達は意見を一致させている荒業。

 

(向こう……うん、天音ちゃん、恵先輩、アホ。全員いるな)

 

どんなに短くても数年の付き合い。

俺の年齢だけで考えても三分の一以上の付き合い。

それだけの比重があるのなら、存在を消そうと思っても消せる筈がない。

 

「他は今見なくて良い、自分の武具と俺だけを見ておけ。

 ……本来はこんな直ぐ対象にするつもりもなかったから、大きめに悪影響が出たな」

「は、はい……」

 

結果的に効果は弱まり、長年の付き合いがある相手にだけは適度に効果を発揮するモノに成り果てている訳だが。

此奴だけは今年に入って出会った相手である以上、妙に濃い日常を経たとは言え結構ギリギリだったかもしれない。

こればっかりは使ってみるまで影響力が分からないのだから仕方ない、リスクなのだと飲み込むべき部分だった。

 

「此方で合ってるんだな!?」

「は、はい!その筈……です!」

「逃がすな!」

 

心臓の跳ねる音が自然と落ち着いていく。

荒れていた呼吸が平然と落ち着くまで然程時間は掛からず、手首から感じる拍動も落ち着くのが伝わる。

ただ、妙に頬の熱と拍動は残った状態で安定した。

その理由に関して、今は深堀りする余裕も、理由もなかった。

 

そうして、一分か二分か。

元来た通路側から再度衝撃……何かが俺の特異性に触れるのを境に、幾人かの声が聞こえた。

 

漸く、その影を見据えられる。

そんな気がした。

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