からんからんと鈴が鳴り。
待っていた人がやってきたことを音が知らせる。
「ぉ久しぶり、です、
「いえいえ、噂は聞いてますよ」
鼻に届くカフェインの香りを半分ほど飲み干し。
ちびちびと飲んでいるやっと落ち着いてきた小鳥遊の事を横目で捉えながら。
此方に向かってくる姿を、正確には目を正しく認識した。
「ぉ待たせ」
オドオドした表情は変わらず。
けれど何処か投げやりにも見えた目の奥に火が見えた。
ずっと昔、第二階層へと潜っていた頃に見た目の色。
「いえいえ、そっちはもう大丈夫なんですか?」
「働いても利子返済にしかならないもん」
利子付きなんだ、という至極当然の感想が浮かび。
そうなると自然と繋がる疑問がもう一つ。
「……総額幾ら、ってのは聞きましたけど。働いてる理由って元本返済じゃないんですか?」
「そっちもあると言えばあるけど……ほとんど利子に消えちゃってるのが現実、かなぁ」
まあ、そうもなるか。
ほぼ飼い殺しにできれば将来的な事……結婚や子供までを含めた
返済するならそれはそれで損はない。
国……と言うよりは『迷宮』を管理する側にとってみれば得しか無い状態に持ち込めるんだ。
多分九十九先輩を「助けた」相手には金一封とか出てそうだなこりゃ。
それくらいに信用がないし、時々聞こえてくるクソみたいな裏事情はそういった件で処分される人間の末路も混じっている。
「で、その件に関して『取引』があります」
「ぅん、聞かせて」
まあ、済んでしまったことは仕方ない。
なのでその前提を全て片付ける契約を持ち掛ける。
九十九先輩側も、隣の
「元々あのアホ……雄次がやろうとしてたことではありますが、正式に俺等で九十九先輩の借金絡みを出来るだけ片付けます。
最低でも『迷宮』に潜れるラインまで、何割か返済って言ってましたし一旦最低ラインは五百と思っていいですか」
俺の口から出た金額を聞いて目を見開いた隣。
恥ずかしいからやめろ。
これくらい普通……いや普通ではないか。でも慣れるから。
「ぅん……そうだね、少なくとも半分返せば管理側は何も言わない、言えない筈。
と言うか、
今までに『迷宮』管理側に納品、物品を自分で売るのではなく一度国を噛ませているのが此処で効く。
その分手取りの価格は上下するが、彼女を自由に潜らせた方が得だと相手に思わせる事が出来る経歴が残る。
少なくとも半分は払っているのだから、本来するべき『魔石』の納品だけでなく、生命体の落とす素材や採取素材。
或いは周囲国に喧伝する為の武力であり、情報を引き渡すことで僅かに残る外交ラインでの優位を保つことが出来る。
創作者が(例えどんなに細い線であっても)管理側、『迷宮省』と繋がり続ける一番の理由がこれ。
何かが起こった時に(無論代償は必要とは言え)
昔で言うところのケツ持ちとかいうやつに近いんだろう、恐らく。
少なくとも、俺から見る探索者への態度は一般的な人に向けたものとは違う。
明らかに格差を設けた、けれど成り上がる機会を設けた資本主義の冷血鬼としての顔ばかりが見える。
「分かりました、でしたら……最低で五百、上手く行けば全額を用意します。
彼奴からの結納金みたいなもんだと思ってください」
なので俺は関係ないです。取引の代表は俺ってことにしますけど。
彼奴に責任取ってもらってください。
「ぇぇ…………」
「で、その代わりに頼みたいのは九十九先輩の探索者としての立場……いや、力かな。
取り敢えず幾つか頼みたいことがあるんですが、そのどれもが結び付いているんでそういう言い方してます」
多分小鳥遊も同じ武器を持った相手との対人経験はあっても、純粋な探索者同士の戦いは不慣れだろう。
そういった意味でも、純前衛としての役割を持っている先輩方の力と目を借りるのは悪くない判断の筈。
じっと九十九先輩を見つめる小鳥遊。
それに対し、僅かに頬を染めた後に笑顔で見返す先輩。
殺気、圧力。
そういったモノを全て凪いで無にと帰す。
「先輩」
「なんだ」
「この人、相当強い……ですよね?」
「当たり前だ、俺が知る中ならトップクラスの前衛だよ」
お前とはまた別タイプのだが。
多分模擬戦すれば相当な勉強になる。
其処まで教えてやるタイミングでもなく言葉を伏せて、話を先へと進めていく。
「……何、したいの?」
「色々と動く必要がありましてね……あんまやる気は無かったんですが、会社の設立まで考えてます」
特にこの人と実質的な師匠に当たる先輩と、あの二人が加わってくれれば二十五階までは何とでもなる。
無論戦闘面で、という前提条件は付いてしまうから、色々と用意や訓練も必要になるけれど。
「零くんが、かぁ」
「少なくとも雄次と天音ちゃんは誘ってますよ。だから多分、東雲先輩に恵先輩も」
「ぁの時の皆、か」
だから、そもそも前提が達成できれば。
取引が成立したら、という架空の話。
「なので……助けて貰えると助かります」
「そう、だなぁ」
ことり。
目の前に珈琲が一つ置かれて。
ごゆっくり、なんて言葉と共に店主が去っていく。
「私の重りが剥がせるなら、嬉しいけど」
分かってる、と言葉が聞こえた。
「それ……って、相当に血に濡れた道を行くことになるよね?」
「今更じゃないですか」
自分の身は自分で守る、という言葉をそのままに体現したから今生きている。
「隣の子も、それでいいの?」
「……何となくですけどね」
細かい事情、過去を知っているわけじゃない。
ただ、彼方此方に見せる態度や口調から感じ取るものはある。
此奴が得た武具と特異性の特性から、何となく察するものもある。
「俺以上に適性はあると思ってますよ」
人斬りの。
或いは、己の目的へと邁進するだけの信念、情念の重みは。
それを口にすることはなく。
分かった、と。
返事が届いた頃には、目の前の珈琲はすっかり冷めきっていた。