現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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081:A/ある少女の夜想

 

『分かった、取り敢えず寝室で着替えとけ』

「分かってますよーう」

 

扉越しの言葉に返しながら、先輩の言う寝室へ向かう。

 

脱衣所みたいなスペースが無いから、普段はリビング……キッチン、でいいのかな?

あの机の辺りで着替えてるって言っていたけれど、流石に私でもそれは恥ずかしい。

ただ上着全てを持ち込んで濡らすのも嫌で、お風呂に持ち込んだのは下着一式とバスタオルだけだった。

全身を湯船に沈めた後で、空間から取り出せばいいと気付いたけど後の祭り。

覗こうとしない事に少しの安堵と少しの悔しさを浮かべつつ、スポーツブラとショーツの上に巻いたバスタオルをもう一度しっかり締め直す。

 

(……よく()()()()()()で生活できるなぁ、先輩)

 

自分で言うのも何だけど、私は普通の家で育っていないと思う。

だからこそ何となく感じるものがある、違和感には肌に鳥肌が強く出る。

 

最初に招かれた時、部屋の中から感じたのは歓迎されない悪寒。

妙に震えた声が出てしまったけれど、先輩が先に踏み出したら急にその寒気は何処かに消えていくようだった。

私一人が感じているのか、それとも先輩が特別鈍いのか。

何となくどっちもな気がして、出来る限りちゃんと見ないようにしていれば気にならなくはなってきた。

 

それでも、どうしても鼻に感じるのは私のお祖父ちゃんの家に染み付いたような匂い。

血腥い、死臭のような血の匂い。

一番強く感じたのは、今先輩が閉じ籠もっている倉庫らしき部屋。

 

ただ、何となく慣れたからなのか。

入口で感じたそれよりは遥かに薄く、寧ろ呼ばれているような錯覚を感じて目を逸らす。

 

(まぁ、それは私も同じか)

 

流石に寮まで同じような匂いがするなんてことは無いけれど、彼方此方歩いていると似たような雰囲気を感じることはある。

引っ越し先で日本酒が置いてあるとか隠して御札が貼られているとか、家探しの先はそんな場所が妙に多い。

それだけの数が淘汰され、そして同時に祓われている。

当たり前になってしまったこの国の在り方は、大きく変わってしまったのだと伝聞で見聞きはしていても、実際に体感するのとは大違い。

 

がちゃり、と開けた部屋の中はそういった匂いがまるで無い。

何となく感じるのは花の匂いで、多分瀧野瀬先輩の育てていた花のモノなのだろう。

畳敷きの一室、二面が本棚に囲まれ開いた一角には床の間と電子機器が纏めて置かれている。

少しだけ古いゲーム機とテレビ、後は色々と繋がった配線と保存媒体。

ノートや図鑑、色々な本が飾られた室内の隅に畳まれた布団と押入れ。

その上に置いた私の寝間着と電子機器と、後は少しだけ変わった武具。

そんな中で僅かに漂う、あの人の匂い。

 

(何だか、変な感じ)

 

はいともいいえとも言わず、ただ気恥ずかしさのままに付き従ってきた後。

期待しなかったかと言えば嘘にはなるけれど、そんな事考えていないというのも何となく感じていた。

布団の上にぽすんと腰を落とし、普段とは違う天井を見上げて何となしに考える。

 

(何なんだろう、先輩(あのひと)

 

私自身の人生を賭けて頼み込んだ。

そしてそれを受け入れてくれて、当然のように色々と教えてくれている。

感謝するのは当然で、その言葉に従うのも当然で。

だから、言われるがままなら何でも支払うつもりだったのに何もしないし言わない。

 

警戒していなかったか、と言われれば嘘になる。

『迷宮』の中で誓った言葉は嘘じゃない。

それでも、私はあの人に何も返せていないし、寧ろ負担ばかりを掛けている。

それを当然のように対応し、皆の未来を決める選択肢だって踏み込ませてしまった。

だから、人生を掛けてその恩を返すつもりは当然にある。

 

()()()()、と思ってしまうのだ。

 

ゆっくりと寝巻きに袖を通していく。

少しだけ肌寒かった気温は少しずつ上がり、やがては長袖から半袖へと変わるだろうその始まり。

春という季節から夏へと急激に変わり始める今の時代の、そのぎりぎりのところ。

去年買った、少しだけ気に入っていた意匠の服はもう手足の先が見えてしまうくらいに小さくなっている。

 

(これも買い替えなきゃなぁ……)

 

好き勝手に使える程お金に自由が利くわけじゃない。

それでも、訓練地帯で足掻いていた時に比べれば普通に生活できる位にはなってきた。

多分、服くらいは節約しなくても買えると思う。

私と友達と、二人に奢るくらいには余裕があるように見えた先輩の金銭感覚も気になるところ。

 

(まだ一ヶ月も経ってないんだよね)

 

もう一度ぽすん、と腰を落とした

自然と手を伸ばした先、少しだけ変わってしまった私の武具。

今までより踏み込み一回分くらいは短くなった、長剣か直剣とでも呼ぶべき刀。

けれど不思議な程に手に馴染む、昔からずっと握っていたような私の刃。

毎朝毎晩振るっていた、嘗ての真剣にも似た感覚を私の身体が訴えてくる相棒。

 

(――――これから、どうなるんだろう)

 

まだ一ヶ月なら、一年、二年。

少しだけ先を考えてしまって、小さく笑う。

考えるだけ無駄だと割り切っていた筈の事を考えてしまった、私自身を笑ってしまう。

 

こんこんと幾度か戸を叩く音。

はい、と返した小さな返事。

 

『入って大丈夫かー?』

「大丈夫ですよー」

『おう、ちょっと失礼』

 

気を使っているんだか無いんだか。

自分の家だけど、何故か私の部屋のように扱う人。

気遣いの方向が明後日を向いていて、多分理解もしていない人。

 

そんな人を招き入れるのが、少しだけ面白くて。

多分……瀧野瀬先輩とかも、これが面白くてやっているところがある気がする。

 

「どうしたんです?」

「調べ物してたメモ置きっぱなしにしちまった、後時間潰しの道具取りに来た」

「先輩の部屋なんですから好きにしていいのに」

「そーいう訳にもいかねーだろ阿呆」

 

軽口を交えた会話。

気軽に行える、信用できる人。

思えば、そんな人に会ったのは亡くなったお祖父ちゃん以来いなかった気がする。

 

「いーんですよ、どーせ何も出来ないんでしょうし」

「するかよバーカ、誂うな」

 

だから、少しだけ。

部屋から出さずに、この人と軽口を交わす。

それだけの、初めての夜。




じっとりじとじと。
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