五分、十分、十五分。
暫くの間考え込んでいた様子だった呼吸は落ち着いていき。
その間、壁に背を任せて考えていたことがある。
(結局二つ名に関して何も言わなかったな、彼奴)
電話口であろうともそれを口にするのは問題ない。
その名だけは重複化したとしても年代と性別、或いは学校――そして生存しているか否か――に依って個人を判別するもの。
とは言え、これに限っては別に裏に手を伸ばさなくても知ろうと思えば誰であっても知る手段がある。
故に、「◯◯の」とか言えば大体誰かを指し示す言葉であっても明確に誰かを指し示すことは殆ど無い。
裏では寧ろ名前其の物よりも愛称に近い名で呼ばれるからこそ、彼奴がいたのであろう場所で口にしても問題ない行為。
にも関わらず言わなかったというのは、それ相応に理由があると考えるのが自然なことだ。
(聞き耳を立てられてる……俺の同学年は向こう側って言ってたしな)
雄次のように情報収集に優れた能力持ちは数が少ないけれどそれなりにいる。
『迷宮』では斥候にも親しい役割を担う、中世の
噂を聞き咎める事自体も役割として自認している彼等彼女等の姿があるのなら、口にするのを控えた可能性はそれなりにある。
相手の情報があればあるだけ動きの推測と対応策が考えやすい。
そんな当たり前のことが分かっているのだから尚の事だろう。
(なら……)
「小鳥遊」
「…………は、い」
後で聞く、と明言していたことを問うには今が一番正しいのだろう。
明確にしていなかった仲間内に関して。
いや――――今からすれば敵についての事実と。
彼女が混乱している要因だろう、『反省した裏切り者』に対して聞くのは。
「いい加減に問うぞ。お前の昔の仲間について」
びくり、と反応を見せた。
普段は飄々とした雰囲気を保ちつつ、それでも明確に反応を示す。
多分これは、今の彼女にとっての唯一の傷であり繋がりのように感じている事が要因なのだろう。
「……先輩」
「悪いが、これに関しては以前にお前に聞いたことでもある。
明確に二つに別れて対立してるのも、今の俺達と同じだろ」
一つは恐らく欲望のままに。
俺達もまた、自分達の望むがままに。
相手の求めるものが重なり、邪魔だからと排除しようとする。
縛り付けようとする……そいつらに関しては、俺は一切の容赦を与えるつもりはない。
多分、それが俺の魂胆に繋がるものだから。
「お前が望んだのか望まれて参加したのか、其処まで聞くつもりはない。
ただ、何にしろ――――相手はお前の身を狙ったんだ、その相手に関して位は教えろ」
「……はい、それに関しては分かってます。何処かでお話するって話でしたもんね」
多少の迷いは有りつつも、首肯した動きを見て何となく思うことがある。
彼女は敵か味方か、大きな二元論で考える節がある。
その合間の……要は空白、曖昧な色合いは彼女に於いては
だからこそ、一度は裏切った相手が反省したという敵味方を行き来する存在と遭遇したのが初めてで。
利用する、という考えに至らないある種潔癖な性格だからこそ悩んでしまうのだろう。
自分一人だけではなく、自分が頼った相手を迷わせる要因になるから。
(水臭い……若い、どっちなんだろうな)
本来比較対象にすべき天音ちゃんは絶対比べられない。
あの子の場合は笑顔で全てを使い潰すタイプのフィクサーだ。
やろうとしていること、実際に出来ることを考えれば魔王と言っても良いかもしれない。
だからこそ、二人の性質がまるで違うからこそ仲良く出来ているんだろうけど。
「あの弓を持ってた方が……『
風。それなりに見掛ける、火水土風の四属性の一つを得た新入生。
衝撃に近いと思っていたが、何方かと言えば風をそちらの性質に傾けた結果と思うべきなんだろう。
本来は矢を利用したほうが強い、というのも威力を後から押し込んでいると考えれば俺の特異性と似た部分がある。
特に注意するべきは不可視……対人戦に於いてはそれなりに優位を取ることが叶う、奇襲性能に優れた探索者の卵か。
「そうなると遠距離過多……前の小鳥遊の組んでた時と似た感じになるか?」
「だと思います。もう一人の杖持ちの子が『
水ね。確かに小鳥遊を含めると雷を入れて三属性。
杖を与えられて、且つ二つ名がそういう扱いということは水を使った射撃技、槍飛ばしが主軸か。
或いは杖に水を纏わせて槍のように扱う可能性もある。
遠近両用が変異で可能になっていると考えておけば何とかなりそうではあるが。
「なぁ」
「はい」
一つ確認しておく。
俺自身はまるで問題ないと思っているが、実際当人がどう思っているのかを聞いておきたい。
「お前を狙った四人は斬れるか?」
「
即答。
問いに対してはきちんと返答する。
これに関しては特に困った様子もない。
となると、やはり情報を漏らすこと自体をして良いのか悩んでいる。
つまりは自分自身が困る分には良い、と考えている節が見受けられる。
「……成程ねえ」
心底武士、剣士。
仕える者で求道者なのだと理解した。
命じられれば多分何でも斬ることが叶う刃。
ある意味でこの時代に適応し、ある意味で時代を間違えて生まれた女剣士。
なら、それを導いてやれるのは俺達の務めか。
「なら、俺が命じる。相手……敵である四人は全員叩き斬れ。
最悪でも、生きて帰れないようにしろ」
逃げ帰ること自体を許さない。
相手も同じ思考ならば、此方も同じ思考に至るのが自然。
恐らくは自分達が狩られる相手だと理解していないのだろうこの隙に。
相手の首を狩り、捨てる。
「……先輩」
「んだよ」
「ありがとうございます」
笑ってはいけないところで、この後輩は微笑んだ。
そう言われれば、と言いたそうな顔をしながらに。
「私は、貴方の刃になります」
「なんかその言い方も変だがなー」
だが、まぁ。
少しは、気分も紛れたらしい。
表情が、そう訴えかけていた。