糸を引く。
巻き取った糸がぴんと張る。
引張強度限度で意思を示し、無理矢理に身体を動して貰う。
空いた手でセンパイを狙う子鬼の首を貫いては炸裂させ、邪魔させない。
眼の前に集中させながら、互いを庇い合う奇妙な光景。
(……駄目だ、変に声は掛けられない)
目が輝いている。
併せて周囲に気を配り続けている。
今にも死んでしまいそうな身体と脳との損傷を、私と恵さんの回復で持ち堪えている。
そんな限界ギリギリなのに、多分気付かず笑っている。
『迷宮』に降りて初めて見たそんな顔。
守護者との戦いと併せて、これで二度目。
センパイにとっての
普段からずっと見ているからそう感じてしまう、私一人が取り残されるような感覚。
そして、センパイが私に無意識に抱いている感覚も似たようなものの筈だ。
特異性を調整し、過剰な回復と一般的に言われる回復とを執り行う。
ただ――――どうしても、考えてしまう。
動く前に一歩だけ考えてしまうから、相手の行動を全て受ける形になってしまう。
染み付いてしまって離れない、昔からの……「東雲」の家にこびり付いた呪い。
記憶という分野に特化しすぎて、直感という真逆の部分への発展が遅れた残骸。
その果ての存在が、私。
(
脳細胞を賦活させる回復。
細胞分裂を強制的に引き起こし、傷を癒やす命を出す回復。
けれど、分裂上限という本来の生存体に植え付けられた死の呪い。
その
私がいなければ。
或いは恵さんの回復薬がなければ。
多分、既に限界を超えて脳からの出血で息絶えていてもおかしくない人。
無理に生き延びさせようと、その先に待つのは苦痛だけだと識っているのに。
決して自分からは楽になろうとせずに、背に負い続ける人。
その人の横顔を/後ろ姿を視界に入れながら、結ばれているのは……ほんの少しだけ、落ち着ける。
(作戦単位では上手く行ってるけど、結果はまだ分からない……)
私は。
より正しく言うなら私達は、ある程度の目線の高さでだけ合致できる。
センパイは戦闘単位と戦術単位。
私は戦術単位と戦略単位。
戦闘一つ一つに集中し、その結果次の動きに結び付けられる人。
成功しても失敗しても、その何方でもある程度の結果を得る私。
賭けている代金が自分の命でないのなら余計に。
いや、だからこそある種冷酷に現状を受け入れてしまう過去の私。
賭けている代金が自分の命であれば余計に。
その周りの物事をもっともっとと求め続ける現在のセンパイ。
■者だと思ってしまう自分と。
■者だと思えて仕方がない私。
幾つもの思考が絡まりながら、まるで糸が意思を持つ
相手が同じ人間であれば――――これ程までに、読み易い相手はいないのに。
『右から来てます!』
自分の目と耳と、幾つもの阻害要因を前にしながら分析し。
繋がった糸で語り掛ける相手の反応が僅かに鈍る。
疲弊……と言うよりは、そちらに目を向けられない。
少しずつ加速する相手の動きに適応し続けるセンパイの脳は、とうに加熱され常に周り続けている。
少しずつ、少しずつ。
一般的な「ヒト」としての思考限界を越え、『迷宮』という異界の戦場に適応し続けていく。
先に変わっていた、突然変異である私達のように。
後を追い続ける只人から、生まれ変わるように思考の詩編を飛ばしていく。
右手の糸を子鬼に突き刺す。
残数は恐らく三割を切った。
けれど、今再召喚されてしまえば多分私達の何処かから崩れてそのまま押し切られる。
その感情だけは痛い程に伝わり続けるから、私は彼を支え続ける。
(寒いくらいに――――時間が経つのが、遅い)
地面に叩き落された柱が地面を砕く。
飛んだ破片が頬を裂き、鮮血が少しだけ舞って
私の特異性は……受け継がれた力は、私自身にとっては常に発現し続ける呪い。
媒介となるのは血、涙、或いは体液其の物。
液体を本質として発動し続けるからこそ、死ぬにはどんな形であっても一撃で死ぬ以外では回避してしまう。
その唯一の条件を満たす相手が主。
震えが出てしまうのは――――本当に、恐怖だけが理由なのだろうか。
気付けば、センパイの手には混合した色合いの何かが塗りたくられた鉄球があった。
軽く投げ、相手の肌の上を転がすように付着させたのは一体何なのか。
幾度も叩き付けた鉄塊による傷が大した影響を与えていないのに、付着した部分が唐突に沸騰するように赤黒く染まって雄叫びを上げた。
その口内に叩き込んだのは、多分空の瓶か。
徹底して相手の自発行動を封じながら、口端と鼻から垂れる血液を舐め取るのは。
何処か、狩人の在り方を思い起こさせる。
目前の変化を見届けながら後方から近付く子鬼に糸を差し出した。
肌を裂き、血液に触れて破裂させた。
少しでも数を減らそうと、猶予を見ては行っている行動だった。
そんな反応的に行った行動を取った直後。
(あ)
暴れ回る主……大鬼。
その棍棒が、センパイではなく私の頭上に降り掛かってきていた。
糸を放つのとほぼ同時。
身体を倒し、何とか避けようとしても間に合わない。
それが不思議と理解できてしまって――――。
(
浮かんだのは、謝罪。
私自身が消えることよりも、いなくなるよりも。
失敗させてしまう、その事自体が悔しかった。
「あまっ――――ッ!」
半呼吸。
声と息が同時に吐き出されるのが聞こえて。
眼の前に、棍棒がゆっくりと落ちる中。
その中心に、横から黒い何かが激突するのが見えた。
少しだけ変わったと、口元を和らげながらに告げてくれた武具。
センパイに与えられた、石塊から少しだけ変わることが出来た鉄のような何か。
その衝撃で、少しだけ軌道がズレるのが分かり。
そして耳に聞こえたのは、出来れば聞きたくなかった音と肌を再びに裂く何か。
硬い何かが欠けるような音。
肌を引き裂き、私の着物を巻き込んで血を吸い上げたそれは。
つい先程、横から飛んできたような色合いをした破片だった。
自らの大事なモノと、何かを引き換えられるのなら。
貴方は、それを差し出せますか。
――――異物:『代償の天秤』