現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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動きが噛み合わなかった。

俺がもう少し周囲に気を配ればよかった。

後悔は幾ら重ねても仕方がないが、起こってしまった事柄は単純で。

そして時間は決して戻らない。

 

(何とか、軌道は逸らせた……!)

 

時間を稼ぐ為に必要だったこと。

相手から常に『邪魔』だと思われ続けること。

それ自体は成功しても、頭に霧がかかるような鈍い頭痛の中で制御し続ける弊害が出た。

 

一呼吸だけタイミングが遅れた。

そのせいで敵意が天音ちゃんに逸れて、そして彼女も回避する猶予が無い状態だった。

だから、後のことは考えずに咄嗟に取った行動の結果はたった二言で表せる。

 

彼女の命を今は救えた。

その代償に、俺の武具が欠け落ちた――――同時に、身体の奥底の何処かが欠けるような感覚があった。

そして、今までは常に攻め手としての立場を揺るがせずに足掻いていたけれど逆転した。

そうなれば、相手はこの隙を決して逃さない。

 

【GIGAGA!!!】

 

振り下ろされる棍棒全てが少女の頭上に降り注ぐ。

横から鉄塊を当てることで何とかその軌道を逸らし続けるが、その度に破片とひび割れが増していく。

 

俺の何処かが欠けていく。

唯一与えられた筈の武具の消失。

根底自体の何かが失われていくような錯覚。

 

一破片に付き一歩。

彼女が逃げ切るまでには、後幾つの破片(おれ)を失うことになるのか。

 

――――見捨てれば良いのか。

 

僅かに囁く何かが、明らかに悪手を告げてくる。

そんな事をする理由もなく、意味もなく。

そして何より、俺自身が俺自身で居続ける為に選ぶわけには行かない理由。

 

……また一つ、破片が増えた。

 

――――逃げれば良いのか。

 

僅かに囁く何かが、明らかな不義を告げてくる。

そんな事を選ぶ道理もなく、選択もなく。

そして何より、全てを諦めてこれから日の下を歩けるというのか。

 

……また一つ、破片が増える。

 

――――贄に捧げれば良い。

 

僅かに囁く何かが、最悪の言葉を告げてくる。

そんな事をしてしまう決断はなく、意義はなく。

そして何より、目の前の嘲笑う存在に屈する事になる事を選ぶ訳が無い。

 

……また一つ、破片が増えて。

 

繰り返す。

散っていく。

 

彼女と繋がる唯一の糸を千切らないように、足掻いて。

立ち向かって。

気付けば、操っていた筈の鉄塊は掌から零れ落ちる程に欠けていた。

 

【GAGAGAGAGA!!!】

 

笑っている。

楽しんでいる。

あの鬼は、俺を玩具か何かだと思い始めたらしい。

 

周囲の、空間に格納していた汎ゆるモノを利用して時間を稼いだ。

天音ちゃんは、糸がぴんと張るような距離まで逃げることが出来た。

その代償に、身体中はボロボロで。

そして目の前の巨体からは逃げることが難しいのは、どんな子供でも当たり前に分かることだった。

 

 

”おわるの?”

 

 

終わるわけがない。

終わって良いはずがない。

 

 

”まだがんばるの?”

 

 

武具がないなら最後の刀がある。

それが通らなくとも、手も足もまだ繋がったまま。

足掻く事が出来る以上は……決して、背を向けて倒れることを許容しない。

 

 

”ずっとつらいまま?”

 

 

此処で何もかもを失うくらいなら。

未来で、苦しみ続けたほうが余っ程マシだ。

 

 

”それを、のぞむの?”

 

 

望むのでも、望まないのでもない。

俺は選んで、そうするだけだ。

誰に言われたからでもなく、自分でそう定めただけだ。

 

 

”そっか”

 

 

意識がちかちかと明滅するような感覚の中。

地面に落ちた、転がった数多の破片へと意識を向けた。

 

 

”それを、きみがえらぶのなら”

 

 

無意識に同じ行動を繰り返そうとして。

 

 

”ほんとうはちがう、とおまわりになるけれど”

 

 

ふと、思ったことがある。

本来、直ぐに気付かなければいけないこと。

自分自身の弱い心とはまた別の何か。

 

 

”■■■■は、きみをことほぐよ”

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

【GA??????】

 

唐突に、頭痛が和らいだのが分かった。

霞み始めていた視界が正しく色を取り戻したのが分かり。

糸を通じた回復や薬による回復を以てしても失い続けるだけだった、俺の自我が急に戻った気がした。

 

ふわり。

視界の端に何かが映ったのが見えた。

繰り返されていた殴打が止み、ぽかんとした表情を頭上に向けているのが分かった。

 

同じように、天を見上げる。

 

恵先輩(あのひと)のように、やや銀色のように見える肌。

小鳥遊(こうはい)のように、本来は見えないはずの二つの獣耳と二股の尾。

天音ちゃん(あのこ)のように、何処か超然としながらも正しく相手を捉える両目。

雄次(あいつ)のように、大地に縛られずに空を舞う。

 

俺の知る仲間の特徴を兼ね備えたような、()

 

こん、と小さく嘶いて。

大鬼の目前に立ち昇ったのは白い炎。

悲鳴を上げようとする口元へ飛び込んだのは、砕け散った筈の数多の破片。

 

俺は操作していない。

俺はただ見ているだけ。

 

けれど、その狐と繋がっている感覚だけは同じく糸を繋げたままの彼女と同じようにある。

 

肉体的にではなく、精神的に。

或いは――――唯一、与えられて先程砕け散った根底が再構築されるように。

どくん、と心臓が一度強く跳ねた気がした。

 

(……毒を、吸い上げる)

 

内側から漏れ出た毒を再度補給した。

 

(石で、鉄のように妙に硬いナニカだった)

 

変化した物体で、数多の命を奪ってきた存在だった。

 

(幾つにも砕けて、飛び散る事が出来る物体だった)

 

それを為したことで後世にも伝承として伝わり。

今も尚、道具の名前として残る高僧の存在。

 

そして、その破片から生まれた狐――――妖。

 

多分、本体ではない。

有り得ない。

けれど、その存在を見て浮かんだ名前は二つ。

 

()()()()…………()()()?」

 

再びに、こぉんと鳴き声が一つ。

開いたままの口の中から漏れ出したのは――――多分。

数多の生物の生命を奪ってきた、毒の煙だった。

 




差し出した結果。
貴方は、全てを選ぶ権利を得た。

                  ――――異説:『代償の天秤』の伝承
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