「じゃあ、今日もノルマ分よろしくね。加藤君」
「…………はい」
俺は都内にある某旅行会社の平社員。31歳童貞独身限界社会人だ。小学校はサッカー、中学校は野球、高校、大学でアメフトをやっていた超ハイスペックイケメン陽キャだと自負しているが、彼女はできたことがない。
そんな俺は昔から体力だけはあるらしく、どんなに辛い事も何となくで超えることができていた。そして今、俺が勤めている会社では俺の体力バカっぷりが存分に発揮されている。
何故ならこの会社は、他の企業とは比べモノにならない程のブラック企業だからだ。ノルマ分、と言っても他企業が想像するノルマの何倍もあるだろうし、そもそも上司からいくつか仕事を受け渡される分もプラスされるのでノルマだけこなしても家には帰れない。っていうか普通に働いていても一日でノルマ分すら終わらない。
だからこの会社の平社員のほとんどが会社で寝泊まりしている。何日も家に帰っていないため、久しぶりに帰ってみたら酷い空き巣に遭っていたケースも少なくはない。実際今日は隣の席の同僚が悲鳴を上げていた。
だが俺は違った。自慢の体力バカっぷりが発揮されているため、他の平社員のように会社で寝泊まりすることはなく21時前には家に帰れるように仕事を素早くこなしている。そのため上司から受け持つ仕事の量も増えてきているが、それでも俺は21時前には家に帰るようにしている。
理由なんてものはない。ただ素早く仕事をこなしているだけだ。あ、今の嘘。理由はある。この膨大な量の仕事を素早く終わらせる事で上司たちに『俺様を舐めるなよジジイ』と言ってやりたいのかもしれない。
そんな生活が続き、31歳になってから数ヶ月後。
俺は過労死した。
今日も今日とて21時前には帰れたし、さっさと寝るか〜。おやすみ〜。バタン。zzz〜。チーン……。といった感じだ。本当に睡眠の感覚でこの世から去ってしまった。
自分でも驚いた。まさかこんなにも簡単に死ぬなんて。体力には自信があったが、知らぬうちに無茶していたようだ。
しかしとある事に気がつく。なぜ俺はまだ意識がハッキリしているのだろう。普通死んだら自分が死んだ事に驚くことなんてできないしこうして何か物事を振り返ったり思考したりすることもできないはずだ。
意識がある。まるで水中の中にいるかのような感覚。気持ちが良く、ぷかぷかと浮いているようだ。だが呼吸はできるし目もパッチリと開ける。
しかし水中と言っても深海のように辺りが暗いわけではない。むしろ周りは神々しい光に包まれており、目がチカチカするほど眩しい空間だ。
自分の身体を見てみよう。うむ、周りの光のせいで真っ白に見える。身体を動かすことは出来るが、それも水中にいる時のような感覚だ。立派なイチモツがついていることは分かる。
周りの状況を把握していると、突然一筋の闇が神々しい空間にさしてきた。
その闇はまるでこの空間を飲み込んでしまいそうなほど邪悪なモノのように見え、普通の人ならば遠ざけてしまうだろう。
だが俺はそれが魅力的に見えていた。暗い場所で見る光も悪くはないが、明るい場所で見る暗闇も悪くない。いつの間にか俺はこの神々しい空間に飽きがきていたのか、その暗闇に手を伸ばしていた。すぐそこにあるように見えるその暗闇は思っていた以上に遠い存在らしい。
無我夢中になり水中を泳ぎ、俺はその暗闇に手を伸ばす。届け届け……と息をすることも忘れひたすら求めていると…………
「おぉぉぉぉぉぉぉんぎぃぃぃゃぁぁぁ!」
「産まれた……産まれたぞ!男の子だぁ!」
「やったなサミ!記念すべき第一子だ!」
俺は血塗れで大の大人の手のひらに乗っかりながら大きな声で泣いていた。