朝の支度と言われ部屋から追い出されたエルは部屋の前で待つわけにもいかず家中をウロウロしていた。少し開けた空間に辿り着くとそこには先程出迎えてくれたイグニスのお母さんがいた。
「あ、エルミアちゃん。どう?イニ起きた?」
「はい。いつも通りでした」
「本当に助かるわ〜。あの子エルミアちゃんがいない日とかは一日中部屋にいるから心配なのよ〜。本当にエルミアちゃんがいてくれて良かったわ」
「いえいえとんでもない」
「も〜美人さんで面倒見も良くて礼儀も良いなんて、イニのお嫁さんになってほしいくらいだわ〜」
「そ、そんなお嫁さんだなんてご冗談を」
「あらあら顔真っ赤にしちゃって可愛いわね」
エルは顔を紅くして照れるが、その表情は慌てているというよりむしろ笑顔を浮かべている。それも不気味なほどの笑顔だ。
そんな会話をしている最中、俺は着替えも終えて部屋から出た。
「やっと起きてきたわねイニ」
「はぁ。母さんも母さんだよ。いつも朝からエルを家に入れるなんてどうかしてる」
「あらイニったら酷いこと言うわね〜。エルミアちゃんにはいつも遊んでもらってるんだから感謝しなさい」
「全く、12歳って言ったらもう家でゲームしてる年頃だろ。それなのに外で遊ばせるとかこの世界は色々と幼稚じゃないか?それに掃除するならするって言ってくれよ。俺の服どこにいったか分からなくなったじゃんかよ」
「また変なこと言って、ほら朝ごはん用意してるから食べなさい。エルミアちゃんごめんね〜。今お茶出してあげるからね」
なぜ俺が怒られなければならないのか。社畜を卒業して解放されたかと思いきや美少女に危ない目に振り回される始末。こっちの身にもなってほしいものだ。
外でガキと遊ぶなんて小学生以来だし、なんとかウイルスのせいでこちらとらゲーム三昧だったっつーの。まぁ部活はやってたけど。
「ねぇ」
「なに」
「たまに変な事言うけどさ、あれなんなの。さっき言ってたげぇむとか前にもしゃちゅくとかさらるーまんとか言ってたけど」
朝ごはんを淡々と食べ進める俺にエルはそう聞いた。この世界の人間にはどうせ分からないだろうと思いながら俺は前世で使われている単語を独り言のように呟く癖がある。母さんはもはや気にしていないが、エルは興味が湧いてしまったようだ。
海外旅行に行った時、現地で日本語の下ネタを言って笑い合う感覚と一緒だな。俺の場合ボッチだが。
「ゲームは娯楽、社畜は地獄、サラリーマンは職業だ」
「職業、何言ってるの。この世のどこを探したらそんな職業が見つかるの」
この世界でいう職業というのは生まれつき神から与えられる天職のことをさす。
しかし神というのはあくまでも比喩的な表現にすぎない。実際のところ産まれた家系がどの職業を生業としているのかが重要だ。
俺やエルは魔法使いの家系に産まれたから魔法使いになる運命であり、農家の家系に産まれた者は農家になる運命なのだ。生命というのは産まれる先を選択することが不可能。神が全ての生命を位置付けており、人間たちの運命もまた神が選択している。故に"神から与えられた職業"つまり天職と言われている。
前世でいう家業のことだ。だが前世のような家業とこの世界でいう天職が完全に同じ意味を成すのであれば、この世界も家業を継ぐことが強制的でないということになる。それは間違いだ。
家業を継がなければならないのがこの世界の条理であり、受け継いだ職業がその者の天職なのだ。
「いちいちそんなモノに意味を求めるなって。子供の戯言だと思ってくれ」
「なにそれ。本人が言うセリフじゃないんじゃない」
「ご馳走様」
「やっと食べ終わったか。じゃあ行こ」
「はいよ」
俺は食器を片付け、お気に入りのシューズを履いて家を出た。