そして夜、ウィンディア城にて。
「ということがあったの!」
「そうか、逞しくなったなあ」
二泊三日の社会科見学を終えた娘の冒険談を聞き、王様はうんうんと頷く。
手紙と魚拓は届いており、既に額物に入れて飾られている。
「いやあの、ほんとすんません」
「こちらこそ、うちのニーナが悪かったね」
ニーナはレイに拳骨を食らったことまで話した。会食の場が一瞬凍り付いたのだが。
『男の人が半泣きになって怒るなんて初めてだったし、流石に酷いことをしたと深く反省しました』
という成長を感じさせる一言に、ご両親の気持ちは娘への感心に変わった。
うっかりで忘れていいことでもなかったので、失敗から厳しく躾ができたと、プラスに考えたのだ。
「お互い無事で何よりだ」
「アリガトウゴザイマス」
「今回のお出かけはすっごく楽しかったわ!」
年上の人たちの気持ちに全く取り合わず、ニーナははしゃぎっ放しだった。
顔に渋面を作っている母親も、時折笑ったりしたのがまた嬉しかったのだろう。
「うむ、それは何よりだった。レイ殿、重ね重ね礼を言う」
「いや、オレとしては子守りが一人分増えただけだし、ですし」
敬語に慣れてないのでついついフランクな口調が出てしまうが、特に嫌な顔はされなかった。
生意気ではあるが、基本的に感じのいいニイちゃんなのだ。
「そう言って貰えると助かる。おおそうだ、約束の手形だがな。爺」
「はい王様、こちらに」
傍で控えていたご老人が、何か和風っぽい手形を差し出すと、王様はそれをレイへ渡した。
「この通り用意させてもらった。受け取るがよい」
「へへー」
少しふざけながら受け取ると、レイはそれをリュウたちに渡した。
「これが手形かあ」
「関所っていう所で渡すと、海の方へ行けるんだって」
別の場所へ行くのに許可が要る。
全くピンと来ない世の中の仕組みに、少年たちの興味は刺激されない。
「此度はニーナの世話、誠に感謝する。またウィンディアに寄ることが有れば、顔を出すと良い。土産話が有れば、この子も喜ぶだろう」
「ほらニーナ、皆さんにお別れのご挨拶をなさい」
「あっ、そっか」
この晩餐が終われば、リュウたちは再び旅立つ。
ニーナは王女様に戻り、また退屈な生活に戻ってしまう。しかしそれは避けられないことだった。
「リュウ、ティーポ、レイさん。今回は私の護衛、とっても助かりました。どうもありがとう」
ニーナが改めて三人に向き直ると、リュウたちも手を止めて話を聞く。
行儀など教えられていないが、気を許した相手の大事な話だから、聞こうと思ったのだ。偉い。
「皆さんとはこれでお別れですが、またウィンディアに来た時は、遠慮なく遊びに来てください」
そこまで言うと、場が静まり返る。ご両親は満足そうに頷き、レイやティーポも茶化さない。
「うん。ボク、手紙の書き方覚えるよ。また大きい魚が連れたら魚拓も作る」
「リュウ……」
出会いと別れの場が終われば、翌朝三人は海を目指し、関所へと出発した。
そしてニーナは。
「家出しちゃう家出しちゃう家出しちゃう家出しちゃう!」
猛然と家出をした。
「急がないとリュウたちが関所に着いちゃうわ!一番早い馬車に乗らないと!」
彼女にとって家出は、人生初にして最大の成功体験だった
「あっニーナさま、もう家出はダメですよ」
「ちょわーう!」
「ええっとっ飛んだ~~!?」
加減したシェーザで大ジャンプして、兵士の頭を跳び越すと、ニーナは振り返って手紙を地面に置いた。
この冒険で彼女のレベルは10くらい上がっているのだ!
「その手紙を、お父様たちに渡してくださーい!」
逞しくなったニーナは、リュックに沢山の荷物を入れても全然へっちゃら!
一気に街道まで行くと、乗合馬車を待った。
「時間は、うん、間に合ってる!」
ヤクザ者が検問などかけなければ、交通渋滞とは無縁の世界である。
そうして関所行きの馬車を待っていると、見慣れた顔が一人歩いて来るのが見えた。
「あらニーナじゃない。どうしたのー?」
「あっモモさん!どうしてここに、ていうかそれ……」
モモの横にはハニワ顔をした太ましいハニーと、もう一人、一つ、一体?」
顔の付いた玉ねぎがいた。
ペコロスである。
「ぷきゅ?」
「そう、この子!みんなと別れた後、賢樹の森に植えた変異体の様子を見に行ったのよ。本格的に植え直そうと思って。そしたら」
モモは先日のことを思い出した。茶屋でリュウたちを見送った彼女は、介錯を断って生かした変異体に会いに行った。
しかしそこには枯れ果てた変異体の亡骸が残るだけ。
慌てふためくモモの前で、変異体の亡骸から元気よく飛び出して来たのが、ペコロスだった。
「この子が生まれたのよ」
「ほへ~~、すっごい」
「きっとあの変異体は、この子を既に身籠っていたのね。植物は枯れる前に種や子球を残すから。あれだけ大きく成長していたんだもの、不思議じゃないわ」
ニーナはあのまま変異体を放置していたら、大量のペコロスが生まれていた可能性を考え、惜しいことをしたと思った。
「それでまだみんながいたら、見せようと思って来たのよ」
「そうだったんですか。実は私もリュウたちを追いかけて、関所に行く所なんです」
ニーナは自分が城から家出をして来たことは伏せた。身分も隠している。
モモはニーナがウィンディアの、良い所のお嬢さんなのだろうとは考えていたが、流石に王族とまでは思っていなかった。
「あらそうなの。それじゃあまた一緒に行きましょうか?」
「そうしましょう!みんなで旅したらきっと楽しいわ!」
そんな着の身着のまま、場当たり的にするものではないのだが。
((まあきっと何とかなるわよね))
ニーナは後先を考えずやる気だったし、モモは人の行き交う範囲なら、大事にはならないだろうと考えていた。
「ぷきゅきゅきゅ」
「そうだ、この子の名前は何て言うんですか?」
「ペコロスにしたわ。なんとなく」
などと話している間にも馬車が来た。二人はそれに乗って関所へと向かう。
一方その頃リュウたちは。
「おいリュウ見たか?あの門の奥、すっげー長い吊り橋があるんだ」
「ええ~、ちょっと怖いなあ」
「よくもまああんな場所を行き来するもんだ」
関所の周りには国から出て行く者、或いは国に入って来る者が、そこそこいた。
手近な宿にも泊りの客が多く、彼らも足止めを食っていた。
「それにしても手形の確認って時間が掛かるんだな」
レイが呆れたように言って肩を竦める。
国や村の偉い人が発行している物だけあって、偽造でないかを確認したり、或いは手荷物に怪しい物がないか、検められたりする。
手間が掛かる割りに兵士の数が少ないので、待たされるというのが実情なのだが。
「オレたちなんかテント以外ほとんど手ぶらなのにな」
「まあ普通の人は仕事で出入りするんだろう」
ティーポが部屋の枕でリフティングをし始め、リュウにパスをする。
なおリュウはそのまま抱え込んでしまう。
「お待たせしました。レイ様、手形の確認が済みましたので、いらっしゃいましたら通行して構いませんよー」
「おっ来た来た。行こうぜ」
「いよいよ本場の海だぞ、リュウ」
「海って場所で違うのかなあ」
三人は宿を出て、いざ関所を通ろうとした。その矢先。
見知った顔が二人と、知らない顔のたまねぎが、門の所にいた。
「あれ?ニーナ、それにモモさんも」
「オレたちの方が先に出発したのに」
「何か嫌な予感がするぜ」
三者三様の困惑を顔に浮かべるも、肝心のニーナはニコニコ顔で手招きしている。
「いいからいいいから!先ずはここを潜っちゃいましょ!ね!話は後でするから!」
「そういう訳だから、またお邪魔しまーす」
「ぷっきゅー!」
「……いや、どういう訳だよ」
ニーナが仲間になった!
モモが仲間になった!
ペコロスが仲間になった!