『ガアアーッ!』
「うわあ!」
「どうしたティーポ、戦え!」
ズブロ火山内にて、ギシャボルゴとの戦闘が始まった。
狭い足場と足下に広がる溶岩に注意しながら、両脇を挟む長大なドラゴンを相手にしなければならない。
「そっそんなこと言ったって……」
何故かティーポは戦えなかった。獰猛な動物や気に入らない村人、謎のイルカと比べて遥かに危険な相手。
そのはずなのに、彼に戦う気になれない。
「げっげっげ、ペポーp、むぅ!」
「させない!」
リュウはこの敵と対峙してから、これまでになく果敢な様子を見せた。
レイとティーポを守るために。そして自分が戦わねばならないという、衝動に駆られて。
「シャアッ!」
「くらえっ!」
噛みつきに来た火竜の攻撃を躱すと、レイが渾身の一撃を繰り出す。
それでも対格差があり過ぎて、まだまだ余裕がありそうだった。
(どうする、アレをやるか……!?けど、それじゃリュウたちが……!)
実質2対3という状況、自ずと守勢に回る。
(ちくしょう、なんでだ。なんでオレ、戦えないんだ……)
ティーポは震えた。他のどんな生き物とも、傷つけ合うことを恐れたりはしなかった。
だが今は、そうしてはいけないような気がしてならなかった。
(なんで、リュウは戦えるんだよ。リュウだって)
自分と同じ気持ちをリュウも感じているはず。理由は分からないが、彼にはその感触があった。
そしてそれは正しい。正しいのだが。
「バアアアアーーーー!」
「ウゥッ!」
「リュウ!くそ、レイガ!」
吐き出された炎に包まれて、レイは咄嗟に氷の魔法を唱える。それはあっという間に溶けたが、幾らかダメージを軽減した。
「はあ、はあ、アプリフ!」
「げっげっげ、いつまで保つかな、そこの小僧のように諦めたほうが、楽になれるぞ」
火竜が大口を開けて突っ込むと、リュウは全力でこれを迎え撃つ!
「たー!」
「!?」
口を大きく切り裂いて向こう側へと飛び込む。その目にはまるで衰えない強い闘志が宿っている。
「おじいさん、ボクはね、レイ兄ちゃんもティーポも大事なんだ。だからボクは戦うんだ」
「リュウ……」
「げっげ、いい心がけじゃ、その心が、奴らにもあればな」
ギシャボルゴが何かを思い出し、目の端に涙を浮かぶ。振り払えない悪夢がこの老人を狂わせ、ここに置き去りにした。
「アービィ!ルーファス!此奴らにトドメをさせ!」
「上等!やれるもんならやってみな!」
レイとリュウは橋の中央で、背中合わせに武器を構える。
気が付けば、彼等は火竜たちを押し返していた。
(くそ、情けねえ。オレはなんで戦えないんだ!リュウと兄ちゃんが戦ってんだぞ、しっかりしろ!)
ティーポは萎えた腕を持ち上げ、必死に自分の胸を叩いた。
自分を守るために前に出た二人を見て、彼の胸にも熱が宿る。
(理由なんかどうでもいい!オレだってそうだ、オレだって、オレだって……!)
「シャアーーーーッ!」
「また来るぞ、レイガ!」
「くっ」
再びの火炎に備えて二人が身構える。レイが片方の口に向けてレイガを放つ。
炎の威力が僅かに落ちるものの、もう片方は違う。直撃を耐えるしかない。
防御を固めたリュウに向けて炎が吐かれる、その直前。
「レイギル!」
レイの物よりも大きく、より低温の氷塊が火炎を防ぐ。
『ティーポ!』
今にも泣きそうな顔をしていたが、少年は歯を食いしばって戦うことを選ぶ。
「オレだって、戦えるんだ!」
ティーポが勇気を取り戻した。
「よし、ここから巻き返すぞ!」
『おう!』
威勢は良いがやることは一体ずつ集中攻撃して敵を倒す地道な攻略である!
「レイガ!」
「レイギル!」
レイとティーポの氷結魔法でアービィの体が一時的に凍結!
「行けっリュウ!」
「たー!」
巨体に纏わり付いた氷を足場にして、リュウは頭部へと駆け上り、剣を脳天へと突き刺す!
「ガアアアアアアアアァァァァッ!」
「アービィ!」
火竜の片方が溶岩に沈む。しかし。
「ギィイイイイイアアアアーー!」
残った火竜が橋へと跳んで戻ろうとするリュウを狙う。
「シェザーガ!」
空中で身動きの取れないリュウを、突然の暴風が吹き飛ばす。
師匠メイガスがティーポに伝えた、風の大魔法である。
「!?」
橋に自分の頭を叩き付けた火竜だったが、そこに獲物はいない。
既に自分の頭上、天高くに舞い上がっている。
「やれっリュウ!」
「やー!」
懸命に戦っているが声はかわいい。
「ガアアアアーーーー!」
「るっルーファス!」
仲間と同じ脳天突き刺しに、断末魔を上げる火竜。
一転攻勢から瞬く間に決着が訪れる。
「げっ、おのれ、おのれ、は!?」
「オラ!」
「ぐはあっ」
最後にレイがギシャボルゴを浅く切り付ける。
命まで取る気は無かったが、無傷でいさせる心算も無かった。
「爺さん、あんたの言うことは訳わかんねーけど、どうやらオレたちの勝ちみたいだぜ?」
油断なく武器を構えながら、じりじりと距離を詰める。
まだ攻撃の意思を見せるようなら、直ぐに攻撃に移るためだ。
「オレたちはここを通りたいだけなんだ。だからどっか行ってくれたら、これ以上は何もしない」
その言葉を聞いて、老人は嗤った。
「ぐげ、そんな言葉が本当なら、何故我らを追い立てた。無抵抗の者を殺し、執拗にドラゴンを狩る……」
ギシャボルゴの目には、最早敵しか映らなかった。
地面に零れ落ちる血液は、影のように黒い。
「覚えておけ、ここでワシが倒れようと、いつか竜の御子が、必ずやこの世に蘇る!そのときこそ、再びドラゴンは地に満ちる!ぐげ、げっげ、げっげっげっげ!」
「あっ!」
「おいよせ!」
最早戦うこともできず、彼は溶岩へと身を投げた。
『…………』
「はっ、はは、愉快、いや、違うな」
レイは言葉を止めて、しばらく溶岩を見つめると、無言で手を合わせた。
それに倣ってリュウたちも手を合わせる。
「何だったんだろうな、あいつ」
「分からない。でも可哀想な人だったと思う」
「そうだな……」
たった今襲われたばかりで、一歩間違えば命を落とす戦いだったが、三人はこの敵に怒りや憎しみを抱くことはできなかった。
ただ、大切な人を失った者の末路なのだということは、何と無く察せられた。
「こんなご時世だ。どんな人生があってもおかしくない。それだけだ。先を急ごう」
「そうだね、ニーナたちも迎えに行かないと」
三人は神妙な面持ちで歩き出す。
ほどなくして洞窟を出ると、青空と磯の香りが彼らを癒した。
「リュウ」
「なに、ティーポ?」
「その、さっきはありがとな」
「大丈夫だよ、ボクもティーポも、きっと」
老人の譫言は少年たちの胸に引っ掛かっていたが、それでも彼らは日常を守り通したのだった。