幕間の話を挟んだら青年期編が始まります。
その日の夜。
「きゅうぅ……」
「ほら、しっかりしろリュウ。お前が釣ったボーンドマリーナだぞ」
でかい魚の角に胸を貫かれ、ドラゴンに変身することで九死に一生を得たリュウ。
しかし傷が深かったのか、弱ったまま時間が過ぎて行く。
ティーポは甲斐甲斐しくも魚を柔らかく焼くと、身を解して口に運んでやる。
「一応食欲はあるけど、予断を許さないわね」
リュウは熱を出しており、ニーナは枕元でお絞りを絞っては取り換えてやる。
「刺さった場所が心臓の真横で、魚が暴れたときに傷付いた恐れがあるの。今はドラゴンになって傷はふさがって見えるけど……」
「もしも上手く治らなかったら、ってことか」
レイは厳しい顔をしながら後頭部をかく。完全に油断していた。
体の大きい魚なら、小さな獲物を水中に引き摺り込む。鋭利な角やエラが有れば切り裂く。
自然との戦い、その厳しさに陸も海も違いはないのだ。
「ぷきゅう~」
ペコロスが頭から大きな葉っぱを生やし、団扇のように動かす。
「はいリュウ、あーん」
「きゅう」
ニーナがすりおろしたリンゴを口に運ぶ。今夜が峠だが、誰もがそれを乗り越えようとしていた。
「……」
ガーランドはテントの中を覗くと、静かに溜息して火の番に戻る。
どっかりと座り、薪を火にくべる。
「まったく、困ったことになったもんだぜ」
その様子を見てレイも対面に座る。
自分も看病をしてやりたかったが、邪魔になってもよくないと思い、断腸の思いで席を外したのだ。
「いいのか?リュウに、ついていてやらなくて」
「そういうあんたこそ、いいのかよ?」
言われたことの意味が分からず、ガーランドは首を傾げた。
「ウルカン・タパで聞いたぜ。あんた、昔はドラゴンと戦ってたそうじゃないか。リュウは弱ってる。手を出すんなら、今しかないんじゃないか」
「……そうか。確かにオレたちガーディアンは、神の命に従いドラゴンを殺し回った。奴らは本気になれば、とてつもない力を発揮する。善悪は関係ない。何かのはずみで、容易く村や街を滅ぼせた」
気を紛らわせるように、二人は話し始めた。
ガーランドは他のガーディアンたちが、まだ健在だった頃を思い出す。
「それなのに、ドラゴンの多くは無抵抗だった。ドラゴンは悪だと言われて、それを疑わなかったが、奴らが悪事を働くところを、オレは見たことが無い」
「……負い目でもあったのかね。我を忘れて、暴れ回ったら、大勢が死ぬとか」
「かもしれん。弱いドラゴンでさえ本気を出せば、オレ一人では厳しい手合いがほとんどだった」
一つ、また一つと薪を火に投げる。木の爆ぜる音が、時折鳴り響く。
「オレの仲間の一人は、そんな状況に疑いを持って、ガーディアンをやめた」
「それで?あんたはどうなんだ?」
レイはガーランドを見た。根っからの悪漢では無さそうだが、かと言って純朴という訳でもない。
問答無用でリュウに襲い掛かることもない。だが、これまでに無抵抗なドラゴンを手にかけてもいる。そしてそれを止めたとも言わない。
「分からない。ただ」
「ただ……?」
「もしもリュウが助からなかったら、オレは」
ガーランドはテントを一度見てから、視線をキャンプの火に戻した。
「オレはあの子を、殺さずに済む……」
悩んだ上で、零れた言葉。深い溜息が、炎を揺らす。
「おっさん、あんた」
「この話の続きは、リュウ次第だ」
その言葉を聞いて、レイは武器の手入れを始めた。ガーランドもそれを咎めない。
各々がそれぞれの理由で緊張に包まれた夜が、徐々に深まり、いつしか開けて行った。
――そして。
「ううん、あれ、ボク」
「よう、お目覚めかい。リュウ」
「レイにいちゃん……」
リュウは、人の姿に戻った。
「覚えてるか?お前が釣った魚にブッ刺されて、ドラゴンに変身したことで、何とか生き延びたんだ」
テントの中、正確にはリュウの傍には、ニーナやティーポといった仲間たちが、彼を守るようにして眠っていた。
「さっきまでずっと起きてたんだぜ、こいつら。愉快だね」
「そっか」
何かあったら起こすから、少しは休むようレイは言った。そして夜を徹してみんなを見守っていたのもレイである。
そんなことは、おくびにも出さないが。
「あれ、ガーランドは?」
「ああ、あのおっさんなら、ほれ」
レイは一枚の書置きをリュウに渡した。
――天使の塔にて待つ。
と書いてあった。ついでにアクセスも添えてあり、そちらのほうが本文よりも字数が多かった。生真面目な男である。
「そこはおっさんが、仲間たちと倒したドラゴンの墓になってるんだと。ドラゴンのことで話があるとも、な」
ガーランドがどういう人物なのか、二人は宿での話を聞いていたので、どうなるかは薄々分かっていた。
行けば戦いになるだろうと。
しかし。
「行こう。ドラゴンやボクたちのこと。知ったうえでボクたちのことを、話そうと思う」
「……そうか。リュウはすげえな。本当はオレ、このままバックレちまおうって、言おうとしてたのにさ」
おどけた仕草でレイが笑う。彼は知らない。この弟分の真っ直ぐさは、自分が守って来たということを。
「ま、肩が凝りそうな話はさっさと片付けたほうがいいしな。ティーポたちが起きたら、準備をして会いに行ってやろうか」
「うん!」
決意と共に返事をすると、その声で仲間たちも起き始めた。
「うぅん、リュウってば、朝早いのよね」
「あ、お早うニーナ」
「お早うリュウ。リュウ……?」
「あ゛あ゛ああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
「おわっ何だ何だ!?リュウを守らないとって、あっリュウううううぅぅぅぅーーーー!!」
「ちょっ耳、耳が……!」
感極まった様子で飛び付くニーナとティーポ、大声に面食らうモモ、起きないペコロスによって、パーティは完全に復活した。
「みんな、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
「いいの!リュウが元気になったからいいの!」
「ほらお姫さん、リュウは病み上がりなんだから、その辺にしな。ティーポ、朝飯の準備をするぞ」
「オッケー兄ちゃん!」
寝癖もそのままにテントを飛び出したティーポが、疾風の如き速さで朝食の支度を済ませる。
「あら、そういえばガーランドさんは?」
「その辺も追々話すよ。マジメな話なんでな」
嵐のような半日が過ぎると、何事も無かったかのように、普段通りの時間を過ごす。
一同はウルカン・タパへ戻る途中で、ちゃっかりジャンク村で装備を新調してから、天使の塔へ向かった。
――ウルカン・タパ聖地『天使の塔』。
所々荒れている古代の遺跡。その正体はドラゴンたちの亡骸を納めた墓。
本来ならば余所者には閉ざされた場所だが、今は違った。
「リュウご一行様ですね。ガーディアン・ガーランドがお待ちです。どうぞ、中へ」
「本当に、戦うことになっちゃうのかしら」
「たぶんな。ま、なるようになるさ」
階段を上って横から飛び降りて迂回して内部へ侵入すると、リュウたちはRPGの墓といえばダンジョンに挑む。
「何よー!聖地なんて言いながら全然管理が行き届いてないわー!」
「この岩なんだよ動かせねえよ!」
「みんなで押すんだ、せーの!」
ウジャウジャいるモンスターを倒し、倉庫番ギミック担当の不在に苦戦しながら、それでも地下の最深部を目指す!
「こっちは大勢で押し掛けてんだ。構うこたねえやっちまえ!」
『おー!』
まるで時代劇の小悪党みたいなことをレイが言うと、他も勢い付いて突撃する。
そんなこんなで最深部。
「いた!ガーランドだ!」
「来たか、リュウ。それにその仲間たちよ」
「うるせー畳んじまえー!」
「えっ!?」
イベント仕様の一対一などこの期に及んで誰が許そうものか。
六人は雪崩を打っていきなりガーランドを倒してしまった。
「よーしふん縛れ!」
「お、オレはリュウと一体一の勝負を」
「うるせー!大変なことになりそうなのに、誰かそんなことさせるか!」
ティーポが耳元で叫ぶ。
やれ大事な話だとかやれ善悪を見極めるだとか言っても、そこに命の危険があるなら、許されるはずはない。
負けたらゲームオーバーになるような戦闘を仕掛けようとするからこんなことになるのだ。
「どうぜあんたのことだから、悩んでるのにリュウを始末しようとしたんじゃないのかね?少なくとも、オレたちがいる間はそんなことさせねえぜ?」
「だが、ドラゴンは危険な力を持っている。放置しておくことはできん。例えオレたちの手に負えないとしてもだ」
念仏めいてガーランドが言う、恐らく同じことを何百年と繰り返し、自分に言い聞かせて来たのだろう。
「そんなこと言ったって、オレたちは大人しく殺されないんだから、もうどうしようもないだろ?観念しろい!」
縛られたガーランドをティーポが思いっ切り蹴る。
硬くて足が痺れたのか、そこで黙ってしまう。
「まあ、人生無理なもんは無理って時がある。あんたにもそれが来た。それだけだろ?」
「うむう」
納得できないが抵抗する気も起きない。ガーランドのモチベはだいぶ前から尽きかけていた。
「しっかしまあ、改めて見るとえらい量の骨だな。これ全部ドラゴンなのか?」
「墓碑に殺害数まで律儀に書いてあるわ。ちょっと現実感がないくらい」
周囲には無数のドラゴンの骨が散乱し、幽かな光が立ち上っては消えて行く。
「うわっ兄ちゃん!」
「ティーポ、こっちに来ておけ」
「これは……うっ」
「リュウ?どうしたの、リュウ!?」
時には大きな生首となって一行の前に迫り、声も無く霧散する。
ドラゴンたちの無念が、末裔たちに語り掛けようとしては消えて行く。
「……おかしい、普段ならここまで反応はしないはず。やはりリュウに呼応しているのか?」
「えっオレは?」
「お前は関係ないだろう」
「いや、オレもドラゴン」
ティーポの呟きは無視された。ガーランドもマジメな話をしているんだと言わんばかりだ。
「ぐっうう」
「リュウ、おいどうした、リュウ!?
――目覚めよリュウ。ドラゴンの御子。
「見て、光が!」
墓の中を埋め尽くすほどの光が地面から放たれ、その全てがリュウへと向かって集まっていく。
「いかん、ドラゴンたちの怨念が、リュウの真の力を覚醒させようとしている!」
「うわああああーーーーっ!」
『リュウ!」
リュウの全身が輝きを放ち、巨大なドラゴンへと変わる。
水かきのついた二本足。全身に伸びる鋭利なヒレと極彩色の鱗。水の化身とも言うべき美しくも多しい姿。それは。
「カイザードラゴンだと!」
ガノトトスです。
「シャアアアアアッ!」
「危ない、下がれ!」
リュウはその40メートル級の巨体を震わせると、天使の塔の外壁をぶち破って、外へと飛び出した。
「待てよ、リュウ、行くな!行くなー!」
ティーポの叫びも虚しく、カイザードラゴン(ガノトトス)は跳躍、海へ飛び込み盛大な水飛沫を上げる。
そして。
「ティーポ戻れ!ここは崩れるぞ!」
「リュウー!」
リュウは母なる海へ彼方へと、泳ぎ去ってしまったのだった。