ダウナ地方関所近郊。
釣りポイント11。
そこ知れぬ しずけさが ただならぬ存在を 物語る(だいたい原文ママ)。
生息魚 ピラニー ブラウン レインボー バラムンディ マニーロ。
「ここか……」
紫色の長い髪をなびかせた、額の広い美青年が呟く。
ティーポ(青年期)である。
「炭鉱夫たちの話では、もう一つの釣り場だったが」
彼の後ろでガーランドが言う。
近隣住民曰く、とんでもない怪物が釣り場に棲み付いた。
その噂を聞きつけたティーポは一人だけ暇してたおっさんを誘って、遥々ここまで来たのである。
「あのでっけえ足跡、間違いない。あの時のリュウだ」
エミタイさん家の釣り場から、熊の手よりも大きな何かの足跡が、点々と続いていたのだ。
誰もその姿を見ていないが、ずっしりと地面にめり込んだソレだけでも、人々は恐怖のどん底である。
「本当に、帰って来たんだな」
静まり返った海辺は霧に包まれているが、小鳥一羽鳴くこともない。
周辺の動物は逃げ出し、或いは声を殺している。
「本当に、やる気なのか……?」
「ああ。そのために、オレは強くなったんだ」
ティーポは荷物から一振りの武器を取り出した。
釣竿である。
「モモに頼んでひたすら頑丈に作ってもらったんだ。こいつは絶対に折れない」
そして使うのは疑似餌ではなく生餌、生きたカエル。
地元住民が怪談を語るかのように、カエルの鳴き声がしなくなったと言い、ティーポはリュウにルアーは通用しないと判断した。
「手出しは無用だぜ、ガーランド」
「うむ、だがお前の身が危うくなれば」
「分かってる。そらよ」
ティーポはそっと水面に餌を放ると、自然体となって獲物を待つ。
幾らかの魚はカエルを突くが、直ぐに離れて行く。
(果たして本当にいるのか?)
ガーランドは半信半疑だった。
仮にいたとして、こんな餌に引っ掛かるのか?
引っ掛かったとして、あの大きさが釣れるのか?
「こい、リュウ……!」
無謀としか思えない挑戦。
だがティーポの目に曇りは無い。
「む、まさか!」
「来た!」
水の色が変わる。否、それは水中から浮上した物体の体の色。
数年前から更に深く、美しく、力強い青さ。
水面に顔の半分が出現し、大き過ぎるヒレも迫り出す。そしてその辺の魚のようにカエルを突く。
一度、二度。
「すぅー、ふぅー」
三度。
「ヒット!」
食い付いた瞬間に合わせて、ありったけの力で釣竿を引くティーポ。
「は、始まった!やれるのか、ティーポ!」
水面が激しく乱れ、盛大にぶちまけられる飛沫。右へ左へ振り回される体。
「今度会ったら、オレがお前を釣り上げるって、言ったよな。これが、今のオレの、力だああああーーーー!!」
ティーポの中で燃え上がるドラゴンの力が足に、腕に、腰に、腹に、背中に、肩に、全身の肉と骨に力を与える。
「シャアアアアァァァァ!」
凄まじい勢いで釣竿が振り上げられると、船よりも大きな体が大地へと飛んで行く!
「や、やったのか!」
びちびちとカイザードラゴン(ガノトトス)が跳ねる度に地面が揺れ、豪風が吹く。
それもしばらくすると治まり、巨体が光に包まれ次第に縮んでいく。
「ここ、は……」
「久しぶりだな、リュウ」
光が止んだ後には、真っ裸の青年がいた。
昔と違い克明な描写が許されないお年頃である。
「ティーポ、それにガーランド」
「まさか、こんなことになるとは、な」
「リュウ、自分に何があったか、覚えてるか?」
「……ボクは、あの時」
リュウは自分の身に何が起きたかを思い出した。天使の塔でドラゴンたちの亡骸と亡霊に囲まれて、力が暴走し、我を忘れた。
「あれから何年も経ったんだ。ドラゴンになってる間のことは、どうだ」
「それは、何も」
「不思議だ。海はどこまでも広がっているのに、何故リュウは戻って来たのか」
ガーランドは腕組をして考える。ある種の帰巣本能か、それとも別の理由があるのか。
ともあれリュウは、この地へ舞い戻った。
「どうでもいいさ。リュウが帰って来た。大事なのは、それだけだ」
「ティーポ、わぷ」
「お前の装備だ。服も用意しといて良かったぜ」
「ありがとう」
リュウはいそいそと着替えると、ティーポと比べて結構ラフな格好になった。
「それとほら、これ」
「これは、釣竿」
「ああ、前に使ってたのは、ボーンドマリーナとの戦いでボロボロになってたからな。これからはこれがお前の釣竿さ」
モモの釣竿を手に入れた!
「積もる話もあるけど、まずは一度、釣りをしてみろよ」
「……うん!」
釣竿を握ると、リュウの目に意思の光が宿る。
今はっきりと、彼の思考と心が蘇ったのだ。
疑似餌を結び直して、静かに構える。
呼吸を整えて、そして。
「それ!」
ブランクを感じさせないスイングは、見る者に在りし日の彼を思い出させる。
霧が晴れ、どこからか魚たちも戻り、釣り場を賑わせる。
「ヒット!」
巧みな竿捌きで魚たちの関心を誘うと、直ぐにも餌に獲物が食い付く。
一匹や二匹ではない。まるで釣り場が彼の復活を祝福するかのように、入れ食いだった。
「流石だ。腕は衰えてない。それどころか、前よりも精細さを増している」
「何年も魚として水の中で生きて来たんだ。その呼吸がリュウの体に息づいているんだろう」
後方で腕組みをしながらティーポとガーランドは語る。所謂ベガ立ちである。
「ツアアアッ!!」
今度は白い大物を釣り上げる。この地方のヌシ、バラムンディだった。
「よし、絶好調!」
釣竿の性能もあったが、何よりもリュウの釣り人としての腕前が上がっている。
青年になったことでパワーとウェイトが増して、魚としての肌感覚が魚たちの呼吸を察知させる。
「水を得た魚って感じだな」
活き活きと釣りをするかつての相棒に、ティーポも自然と笑みを浮かべる。
「本当に魚になるしな」
「おっさんは黙ってくれ」
「…………」
リュウは満足したのか、釣りを終わらせて二人の元へ向かう。
「おっ、もういいのか?」
「満足しました」
屈託のない笑顔の青年はまだまだ少年に見えた。彼の人間としての時間は数年前のものなのだ。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「行くってどこに?」
「決まってるだろ。みんなに会いに行くんだよ。あれから時間が経って、色々あったからな」
みんなという言葉を聞いて、リュウの脳裏にはレイやニーナたちの姿が蘇る。
「特にレイ兄ちゃんなんかすげえ変わったぜ。見たらびっくりするぞ」
「もしかして、体を壊したりしたの?」
「いや、メチャクチャ元気だよ。まあ、見たら分かるさ」
そうして一人歩き出したティーポと入れ替わるようにして、ガーランドがリュウの前に出る。
「リュウ、その、いつぞやのことだが」
そこで言葉を切ると、背を向けて歩き出す。
「いや、オレのこと追々話そう」
二人の仲間の背を追い、リュウもまた歩き出す。こうして彼らの物語は、再び時を刻み始めるのであった。
バラムンディ『222』
カイザードラゴン(ガノトトス) 3254.79最大金冠ジャーン!