時は先日の夜まで遡り、場所はウィンディア城へと移る。
「ええ~~~~!!明日のお出かけは中止!?!?」
城内全域に響き渡るような大声を、ちっちゃい女の子が上げる。ニーナである。
「うお、す、すまぬニーナよ。実はウールオルのマクニール村付近の森で、大規模な火事があったというのだ。被災地の様子を見に行かねばならなくて」
「で、でもでもお父様! 何も明日じゃなくても!」
「ニーナ、わがままを言ってはいけません。お父様は村の人たちが大変なことになっていないか、それを調べ、助けに行くのですよ。我慢なさい」
シーダの森の大火災の噂は、早くもウィンディアまで届いていた。
王の勤務姿勢も王妃の言葉ももっともだったが、折角の家族水入らずのお出かけを潰されたのでは堪らない。
「じゃ、じゃあせめてお母さまだけでも一緒に、街をお散歩するだけでも」
「いいですか、ニーナ」
王妃の言い方にニーナは何度目かの絶望を味わう。この説教の時間はこの年で何度も経験し、その度に枕を濡らしたものだ。
「済まぬニーナ、父を許せとは言わぬが、せめて分かって欲しい」
「はい、お父様……」
すっかりしょげ返ったニーナは、部屋に戻ると明日のピクニックのために用意した、あれやこれを見つめた。
そして。
「家出しちゃう家出しちゃう家出しちゃう家出しちゃう!」
深夜に猛烈な勢いで脱走した。
「お父様もお母さまももうしらない!私が二人のことを大事にしてあげようとしたって、そんなのに意味ないじゃない!ふーんだ!」
「あっニーナ様、どちらへ」
「家出です!」
「はあ、家出、ですか」
「これ!お父様かお母さまに渡してください、いいですね!」
「えっあっちょっと」
「探さないで!これは命令です!」
「え~~!」
既に半泣きのニーナはその勢いと権力で門番も突破し、でも書置きは渡して、そして取り敢えず街の宿屋に泊まったのだった。
そして時は戻り、少ないお小遣いで朝ご飯のパンを食べると、ニーナは街を出た。
子供を甘やかさないにも程がある両親のせいで、彼女の路銀は早くも尽きそうだった。
(このままじゃダメよ!家出したんだから、野宿だって何だってできなくちゃ!)
ニーナは川へ出て釣りを始めた。しかしじっとしていられない性分なので、全く上手く行かない。
きっと釣り場が悪いんだと自分に言い聞かせ、彼女は場所を移した。
「たー!(クリティカルヒット)」
そこでは勇ましい声と共に釣りをする、中々顔の良い少年がいた。
「トゥンク」
一目で恋に落ちたニーナは、少年にぐいぐいと迫ったのだった。
――ここからリュウのターン。
釣りポイント5
変化にとんだ、川の流れに さまざまな魚が 集まる。(原文ママ)
生息魚 ピラニー、 ブラウン、レインボー、ビッグマウス、ヒュージマウス
「それでね、お母さまったら酷いのよ!」
「そっか、大変だったね」
横で大量の愚痴を言い続けるニーナに相槌を打ちながら、リュウは初めての釣り場を堪能していた。
釣ったことのある魚も、そうでない魚も皆、生き生きとしている。数も多い。既に魚籠は一杯だった。
「きっとお母さまは王女としての私にしか興味が無いんだわ」
「そうかも知れないね。だからあんまり気にしたらダメ。よっと」
言いながらリュウはビッグマウスを釣る。この釣果ならレイたちも満足だろう。
「……リュウって大人なのね」
「そんなことないと思う」
「ううん、私さっきから横でずっとおしゃべりして、気が散ったんじゃない?」
ニーナは冷静になると、自分を客観視してばつが悪くなった。こういう所は結構聡い子である。
「集中し過ぎると魚にバレちゃうから、丁度よかったかも」
一方でリュウは暢気なものだった。
「ありがと、リュウ」
むしろニーナが騒ぐと魚が逃げるので、逃げる先に予めルアーを投げ込んでおくと、面白いように魚が釣れたのだ。
(こんな釣り方もあるんだなあ)
などと秘かに感心していると。
「はあ~~。私ってダメね……」
大きな溜息が聞こえた。リュウは釣りを中断すると、ニーナへと振り向く。
「本当は家族みんなで来たかったのに。何してるんだろ、私……」
水面を見つめるニーナは、素朴な顔をしていた。
「例え魚が釣れなくても、みんないっしょだったら、楽しかったろうな……」
ニーナの横顔を見て、リュウはレイとティーポを思い起こした。もしもその日がボウズだったとしても、三人一緒なら文句をブーブー垂れて、それも悪くないと感じただろう。
「ねえ」
「なに、リュウ?」
リュウは釣竿を差し出した。
「約束でしょ。釣り、教えてあげる」
ニーナはリュウを見つめた。大きく、そして柔らかな青空のように、優しい笑み。
「リュウ……うん!」
少女は釣竿を握ると、目の前の釣りポイントへと向き直る。
「よーし!大物を釣り上げて、城のみんなをあっと言わせちゃうんだから!」
釣竿にはまだ、少年の体温が残っており、温かかった。
それがニーナに、勇気を与えた。