「えいっやあったあ!」
「そんなビュンビュン振ったらダメだって」
リュウに手取り足取り教えられながら、ニーナは釣りに励んだ。
自分から全力でぶつかっていくタイプの彼女にとって、自然に構え、相手に合わせることなど不可能だった。
「でもでも、急いで釣らないと遅くなっちゃうし、魚も逃げちゃうわ!」
「魚が逃げちゃうから、静かにしてるんだってばあ~」
意気込みや情熱を見事に空焚きしては、ニーナは魚をどんどん逃がして行く。
あっというまに釣り場の魚たちは、どこかへ行ってしまった。まだ一時間も経っていないのに、凄まじい影響力である。
「はあ、はあ、はあ、はあ。やっぱり私って、釣りに向いてないのかも……」
「うん……」
ニーナはまたしょげ返ってしまった。この子のテンションに中間はないのだろうか。
リュウは訝しんだ。
「でもめげないわ!大物を釣って、お城のみんなをあっと言わせるんだから!」
そして立ち直ると、また釣竿を構えた。ルアー投げのゲージの如く、最小と最大を行き来する。
そういう生き物なんだなと、リュウは思うことにした。
「とりゃー!」
勢いよく投げた疑似餌は、大きな魚影の手前に落ちた。リュウも奮発してヘビーキャロを使っているので、大半の魚は見かけ次第食いつくはずだった。
「……?」
しかし妙だった。ニーナがうるさくて逃げた魚たちと違い、その魚影は動じることなく、ルアーを突かず離れず見ていた。
「マズイ!」
「えっちょ、ちょっとリュウ!?」
リュウは咄嗟にニーナから釣竿を取り上げようとした。ルアーの出来だけで釣れるような、生易しい相手ではない。
釣り人として直感が、最大限の警報を鳴らした。
「待ってリュウ、もう少し、もう少ししたら交代するから!」
しかし、その時のニーナの慌てた動きが、ルアーに伝わってしまう。それは不意の事態に慌てふためく、不安と窮地の振動。
奇跡的なリズムが、魚影に獲物だと判断させる後押しになってしまった。
「そんなに強く引っ張らないで~って、え?きゃー!」
「ニーナ!」
あまりにも容易く引っ張られるニーナを、リュウは全力で抱き留めた。
子供とは言え二人もいればその重さは60kgほど。それが余りにも簡単に引き摺られて行く。
「なになになになになになになになに!?」
メッセージウインドウがガタガタ震えるほどの困惑でニーナは尋ねた。
「魚が掛かった!大きい、しっかり踏ん張って!」
「やったー!じゃない、分かったわ、リュウ!」
ニーナは状況を把握すると全身に力を込めた。
しかし二人は徐々に水面へと引きずり込まれて行く。
(なんてパワーだ!重さが、ボクたちじゃ重さが足りない!)
釣竿の糸が切れないよう、釣竿そのものが折れないよう、リュウは全身の力を振り絞りながら、全神経を集中させた。
体中に汗が吹き出し、筋肉は痙攣を起こしている。
(どうする……?釣竿を手放すべきか、このままじゃニーナが保たない!)
一生懸命に釣竿を握り、糸を引こうとする少女だったが、ほとんど身動きが取れないでいた。
身の安全を考えれば選択の余地は無い。だが一瞬の判断の遅れを見逃すほど、魚影は甘くなかった。
「えっ?」
「しまった!」
唐突に消える抵抗。急接近。からの急反発で、二人の体が宙に浮く。
万事休す。最早これまでと二人が目を瞑りかけた、正にその時。
『ニーナ!』
なんと一組の歳の行った男女が駆け寄り、二人を抱き留めたではないか。
「えっ!?お父様!それにお母様も!」
「待っていろニーナ!今助けてやるからな!」
「せーので引っ張って!みんなで引っ張るんだ!」
「えっええ、分かりました……!」
何とか再び地に足が付いた二人は、ニーナの両親と力を合わせて四人で釣竿を引いた。
「オーエス!オーエス!」
『オーエス!オーエス!』
リュウの掛け声に一同は、一本の釣竿を引いた。徐々に近づく魚影。
でかい。浅瀬に近付くにつれ、怪物めいた大きさが明らかになる。
「今だ!」
『わああああああああ!!』
ウィンディア王家が一丸となって、一匹の大魚を釣り上げた。
ヒュージマウス。サイズ『100』
「まあ!!」
「むう、なんという大きさ!」
「やったー!お父様、お母さま、リュウ、みんなお手柄よ!」
全長1メートルもあるヌシを釣り、ニーナは大興奮だった。
「でもどうして二人が来てくれたの?私、家出したのに」
ニーナの父ことウィンディア王は、その場に屈み娘の肩に手を置いた。
「手紙を読ませてもらった。本来なら、公務を差し置いて遊びに行くなど許されんことだ。でもなニーナ、どうか父を許して欲しい」
「私もこうしてついて来た以上、お説教をする立場ではありません。今回は」
ニーナの手紙にはこう書かれていた。
――お父様たちへ。私は先に行って待っています。ご都合の良い日にお二人で来てください。それまでずっと、私は待っています。ニーナ。
怒りと不安で震えた文字を見て、二人は慌ててここへ来た。
子どもの家出と侮って仕事を優先しかけたが、城内は家来たちの視線で、針の筵と化したことが決め手となった。
「お父様、お母様……うえ~~~~ん!」
そんな事情は知らず、ニーナは感極まって両親の胸へ飛び込んだ。
リュウはその光景を温かく見守ると、その辺の泥濘を掘って、ヒュージマウスを保存し、静かに去って行った。
「あっそうだリュウ、この二人が私のかぞ……アレ?リュウ……?」
――そして。
「ていうことがあったんだ」
「ほーん、大冒険だったな、リュウ」
キャンプの火を囲みながら、三人は今日あったことを話し合った。
「何だい、オレたちだって大物を釣ったんだぜ!なっ兄ちゃん!」
「大物、大物ねえ」
ティーポは大きめのバケツに、タコっぽい物を入れて持って来た。
火星ダコ サイズ『90』
それはヒュージマウスに負けず劣らずの大きなタコ、のような生物だった。
「兄ちゃんと二人掛かりで釣ったんだ。オレたちもリュウに負けてないってことさ!」
「すっごーい!」
「へへへへへへへへへ!」
とても食えそうにない釣果を誇りながら、ティーポは串焼きにしたビッグマウスを齧る。
よほど気に入ったのか、明らかに一人だけ沢山食べていた。
「やっぱ都会まで来ると魚も上手いし、手近な森も立派だしで、この辺をアジトにしてもいいかもね、兄ちゃん!」
「まあな。そうだリュウ、明日オレたちはウィンディアに入って、また幾らか荷物を買う。そんでまあ、もしかしたら『仕事』をするかもしれない」
レイが仕事の部分を強調したことで、リュウは泥棒をするんだなと理解した。
「いよいよオレたちも都会デビューだね兄ちゃん!」
「まだ下見だよ。それに、道はこの先の海まである。そっちも見てみたいだろ?」
「海って何?」
レイは出来ることならあまり泥棒はしたくなかったので、定住より旅を続ける方を選びたかった。
「何だよリュウ、海を知らないのか?海は川の終わりにある超でっかい水場のことさ。実はオレも見たことないけど」
「魚もいっぱいいる?」
「ああ、中には漁師って言って、海に出て魚を沢山採って来る仕事もあるくらいだ。釣り場も多いし、見たことも無い魚だって」
そこまで聞いてリュウの目に強く輝いた。
「行きたい!」
「おいリュウ、お前まさか漁師になりたいのか?」
「釣りがいっぱいしたい!」
屈託のない笑みと答えにティーポとレイは顔を見合わせると、肩を竦めて苦笑する。
「まっ、出来そうなら両方やってみようぜ」
「オレもリュウが釣った魚は食べたいしな」
「うん!」
そんなこんなで三人は、テントで川の字になって寝ようとした。
が。
「ごめんくだっさーーーーいっ!!」
「うわっ何だ!?」
「敵か!ケーサツか!?」
「あの声は……」
リュウはテントを飛び出すと、そこには寝間着姿で枕を持ち、息を切らせたニーナがいた。
「ニーナ!」
「リュウ!もう、探したんだから!」
少女は彼を認めると、猛然と走って抱き付いた。
「おい何だリュウ、知り合いか?」
「もしかしてさっき言ってた女の子か?」
「あっリュウのご家族の方ね、初めまして。私ニーナって言います!それでですね」
パジャマ姿でカーテシーを決めると、ニーナは大きな声で、こう言った。
「今晩ここに、泊めてくーださいっ!」
『……はあっ!?』
ニーナが仲間に加わった。