翌朝。ウィンディア城にて。
「さあ、どんどん召し上がってください。はいリュウ、あーん」
「えっ、えーと、あーん」
リュウたちはニーナに半強制的に招かれて、城で朝食を摂ることになった。
「ねえ兄ちゃん、何がどうなってんの?」
「いや、オレにもさっぱり……」
先日の死闘(釣り)の後、ニーナはお礼をすべくリュウを探した。
しかしウィンディアにリュウという名前の子どもがいないことを知ると、旅の者と当たりを付けて、城の者に探させたのだ。
この歳で権力を振り回し始めるなど、末恐ろしい幼女である。
「突然のことで戸惑っているだろう。うちのニーナが押しかけて、申し訳なかったね」
「あっいえ、どうも」
ウィンディア王は娘の暴走に頭を痛めていた。王妃はといえばレイたちをジロジロと見続けている。
「君たちがどこかへ行く前に、是非お礼がしたいと言って聞かなくてな」
「ははは……」
リュウたちは全員目の下にクマが出来ていた。テントにやって来たニーナは、朝までずっと喋り通していたのだ。
一向に寝る気配が無く、寝ないでも平気という様子だった。
「ごめんねリュウ、そうだ。ごはんを食べたら私のお部屋で寝たらいいのよ。うふふふふふ!」
元々のテンションに加え、徹夜明けということもあり、ニーナは完全に舞い上がっていた。
生物は寝ないと脳の疲労が回復せず死に至るらしいのだが、彼女の場合は元気なまま、いきなり心臓が止まるんだろうなとリュウは思った。
「ともあれ、うちもリュウが世話になったんだ。ここは素直にお呼ばれしとこうぜ」
「そうだね。ご飯もタダだし」
まるでいつもは食事に金が掛かっているかのように、ティーポが言う。
「ほらリュウこの魚、昨日一緒に釣った奴よ!魚拓も取ったから後で見ましょう!」
「魚拓?」
「釣った魚に墨を塗ってスタンプを押すんだ。大物が釣れた時は記念にやる奴もいる」
「へー」
レイの説明にリュウの目は輝いた。自分たちの戦いの足跡。仲間たちと潜った激闘の記録。
まだ見てもいない内から、何故か嬉しくなって来る。
「話は変わるが、君たちは何処から来たのかね?」
「オレたちはマクニール村から来たんだ!この街でメジャーでむぐぐ」
余計なことを言いそうになった弟分の口を、レイがナプキンで押さえる。
「こらティーポ、行儀が悪いぞ」
「ほう、マクニール村から」
王は自分が公務で行く予定だった村の者と知り、話をすることにした。
どの道肝心のニーナはリュウにべったりで、自分の世界に入っている。会話する相手は自然と限られた。
「実は私もその村に行く予定だったのだ。この前大きな火事があったそうじゃないか。村に被害は出ていないかと思ってね」
「あー、シーダの森は粗方焼けたけど、村まで火の手は回らなかったな」
「でもオレたちの家は焼けちゃったんだ……」
「まあ」
「家って言っても森の中の掘立て小屋だけどな」
レイとティーポの言葉に、王は少年たちに憐みの眼差しを向ける。
マクニール村の者ならば、決してそんなことはできなかっただろう。
「リュウっておうちが火事で無くなっちゃったの?かわいそう」
「うーん、火事っていうか、放火?」
「あ、リュウ、そこはちょっと」
突然事実を述べるリュウにレイが焦る。
しかし止める暇もあらばこそ。
「何かね、怪しい人たちはやって来て、火を付けたんだって。それが風に乗って広がっちゃったんだって」
話は先へ進んでしまう。
「何と、それは真か、リュウ殿」
「うん。ボクたちね、村の人にお願いされて、マクニールっていう人の税金っていうのを、取り返しに行ったんだ。あんまり沢山取られるから、このままじゃ生きて行けないって」
『え!?』
リュウには別に悪いことをした自覚はない。法的な善悪など誰からも教わってなどいない。
というか学校的な場所は、この世界に存在しない。
「でも皆、そんなこと頼んでないとか。領主に睨まれたら生きていけないって、お金を返しちゃった。それを持っていった人もいたけど、ボクたち騙されちゃったんだって」
眠そうな目でご飯を食べながら、少年はなおも続ける。いつの間にかニーナの手も止まっていた。
「そうだよ。オレたち、村の連中が褒めてくれるって思ったから頑張ったんだ。それなのにあいつら、オレたちがマクニールの雇ったゴロツキに襲われたら、村から出て行けって。命懸けでヌエだってやっつけたのに……」
レイの腕を外してティーポも話に加わると、レイは観念してあちゃーって感じになった。
「リュウ殿、取り返す、とは?」
「泥棒に入ったんだけど、大きな家にはお化けやモンスターが沢山いて、マクニールっていう人は女の人と追いかけっこしてた。幽霊をやっつけて、お金を取り返したんだ」
食卓が静まり返る。
リュウはマイペースに、ティーポは思い出して悔しくなったのか、やけ食いのようにして、食事を続ける。
「まあそんな感じで、オレたちは村に居場所がなくなったって訳さ。大人たちはちゃんと働けなんて無責任なことを言ってたけど、ただでさえ小さくて貧しい村だったから、まともな仕事なんか無かった。何もな」
観念したのか締め括るようにして、レイも食事を再開した。重い空気がその場を支配する。
「ご両親は、なんて?」
「いないよ。オレたちには、誰も」
「オレもリュウもレイ兄ちゃんが拾ってくれたんだ」
俄かにウィンディア王家は、居たたまれない空気に包まれた。重く、そして辛い。
昨日とは余りにも違う。急転直下が過ぎる。
話を纏めると、親のいない三人の少年が、村人に唆されて強盗を働いた。その後領主の放った追っ手から山狩りを受けて、保身に走った村人により追い出された。
そんな所だろうと王は考えた。中々鋭い。
「貧しい村では、そういうことも、あるのだろうね」
「愉快でしょう?それでオレたちは、気の向くままに旅暮らしって訳さ」
彼らのしたことは犯罪だが、誰からも顧みられない少年たちに目を付け、嗾けたのは村人たちだ。
娘と同じ年頃の少年二人と、それをどうにか養っている年長の少年。それを……。
あまりに冷たい仕打ちだった。
「これからどうするんだね?」
「この辺を回ったら、海へ行こうと思ってる。冬までには住む所や、仕事を見つけたい」
レイの中には保護者としての責任が、第一にあった。
粋がってはいるがそれは苦境に対する処世術であり、彼は自分よりも他人を優先する心の持ち主なのだ。
「そうか。だが手形は持っているかね?」
「手形」
「関所がある。この国を出るなら、手形が必要だ」
「それは何処で貰うんです」
「私が用意しよう。それくらいしか礼はできないが」
「ども、ありがとうございます」
レイは静かに頭を下げた。
「ではそれまでの間、この国や地域を見て回ると良いだろう。私も君たちに、他にできることを探してみよう」
若者たちの抜き差しならない事情を目の当たりにして、王は俯いた。
この少年たちに道を示してやりたいと思い、小さく溜息を吐く。
「じゃあその間は、私がみんなのお世話をしてあげるわ!」
澱んだ空気を打破するように、ニーナが声を上げる。周囲の注目が集まると、彼女は満足げに笑った。
「せめてこの国にいる間は、私がみんなと一緒にいてあげる。私の付き人なら、しばらくは暮らしに困らないと思うの。ねっ、いいでしょう?お父様、お母さま」
それは不器用な提案だった。傲慢と紙一重の優しさだったが、ニーナの気持ちを汲んで、リュウたちは了承した。
「そうだな、ニーナの護衛ということで、しばらく付き合ってやってくれるか?」
「そっちがいいって言うならいいけど。お前らはどうだ」
「ボクは釣りが出来るならいいよ」
「お前そればっかりだな」
「ティーポはどうする?」
「嫌だって言っても付いてくるんだろ。いいよ」
ティーポは不服そうだったが、別にニーナを嫌っている訳ではないようだった。
「決まりだな。そんじゃよろしく頼むわ、お姫さん」
「任せてちょうだい!」
ニーナは小さな胸をどんと叩くと、暗い空気を追い払った。
「さ、それじゃご飯を続けましょ!折角のお料理が冷めちゃうわ!」
みんな励ますために声を出していくニーナを、リュウはいいなと思った。