クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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暗黒街の首領を斬る(後編)

「タツミ!二番テーブルにジョッキ二杯お願い!」

「了解です、ティファさん!」

 

今宵もセブンスヘブンは盛況だった。

バレットが帰宅の際には蜘蛛の子を散らすように追い出されてしまうのを除けば稼ぎも悪くない。アバランチの貴重な資金源となるのだから喜ばしい事とティファの声にも気が入る。

タツミにとっても仕事のネタ探しになると積極的に接客を行う。愛想の良さで言えばクラウドには到底出来ないタツミの長所だろう、事実この1ヶ月で随分と来客と親しくなった。今では進んで情報提供をしてくれることも珍しくない。

 

「おーい、タツミ!こっちにも酒とツマミお願ーい!」

「了解!……ってなんで戻ってきてるんですか、レオーネさん、それにシェーレも」

「暇なんだよ!さっぱり情報集まらないし。酒場にでも来れば噂の1つでも聞けるかなーってさ!」

「すみません、タツミ」

 

レオーネ達が先程セブンスヘブンを後にして3時間ほどしか経っていない。だがカウンターにいるレオーネはすっかり出来上がっており、シェーレもごく自然と馴染んでいる。この適応力が暗殺稼業には必要なのだろうかと首を傾げつつもタツミはオーダーに応じる。

 

「そういえばタツミさ、なんで私はさん付けでシェーレは呼び捨てなんだよ?」

 

細かい事によく気づくとタツミは眉をひそめる。とはいえ思い返せばいつの間にかシェーレとの距離感が近いことに改めて気付いた。サヨとイエヤス、2人の手向けの花をシェーレが用意してくれたと聞いた時からだろうか、癖の強い連中が多いナイトレイドの中でもシェーレに対しては特にタツミは心を許していた。普段のドジっぷりを目の当たりにしていたこと、ナイトレイド内では経験の浅い彼女が用意してくれた暗殺者養成カリキュラムで接触機会が多かったことも理由の一つだろう。

 

「なんか面白くない!私のことは姐さんって呼ぶこと!いいね!?」

 

タチの悪い客に絡まれたと適当に相槌を打ちながらタツミは同じくカウンター席に座るクラウドに目をやる。

先の一幕もあってレオーネとは顔も合わせたなくないであろうクラウドだがセブンスヘブンを後にしなかったのは理由があった。

 

麻薬にかかわる仕事依頼は今回が初めてではない。非合法組織が散らばるミッドガルでは、売人同士のトラブルや組織間の抗争など散発している。規模が多い案件には帝都警備隊が出動するが公にできない案件は何でも屋を介することは割と多い。

 

だが今回の案件は既に帝都で出回るほどの麻薬、それほどの規模であれば自然と耳に入ってきてもおかしくはない。仮にミッドガルでそれだけの活動が出来るとしたら手引きをする者、いや組織がなくてはならない、それも巨大な。

 

もう一つ、花売りのエアリスと出会ったときに感じた違和感。自分ではない誰かに向けられたような再会の言葉に脳裏によぎった声。

 

何かが起きる、そしてそこには決まってナイトレイドが絡んでいる。この1ヶ月あまりでジンクスとなり自覚している自分に首を振りつつもその予感は突如として的中した。

 

入口の扉が勢いよく開かれると、ギィギィと建付の悪い音を鳴らしながら息を切らせた女性が一人、入店してきた。

客にしては馴染みがない。身なりは質素であり年齢は熟年だろうか。とてもバーで一杯やろうという客には見えなかった。

 

「ごめんよ!ここに、エアリスという子が、来なかったかい!?」

 

まだ呼吸が整っていない状態で必死に声を搾り出すように叫ぶ女性。店内に居た者全てが彼女に注目するのは当然だった。なによりクラウド達には馴染みの名前が出てくると、すぐに女性のもとへと駆け寄る。

 

「落ち着け、エアリスがどうした?」

「ひ、昼間に、こちらに行くって出て行ったきり、家に帰って来なくて……!」

「落ち着けと言っている。タツミ、水を1杯くれ」

「は、はいっ!」

 

女性が呼吸を整えたところで改めて話を聞く。まず彼女の名はエルミナ、エアリスの義母だという。日中シェーレと共にセブンスヘブンに向かうことを娘から聞いていた彼女はいつものように夕食を用意して待っていたのだが、いつまでも帰らない娘を心配してわざわざ伍番街から七番街まで様子を伺いに来た、とのことである。

 

ここまでの話では過保護な親の心配症と見れるが先の様子から只事ではないことは明らかだった。

 

「エルミナさん、すみません……、私が家まで送らなかったせいで……」

「あぁ、いいんだよ、シェーレ。みっともない所を見せてしまったね」

 

シェーレとも親交のあったエルミナは気丈に振舞ってみせたがエアリスが気がかりなのだろう、顔色は依然として優れない。成人しているとは言え彼女は女性、スラム街を歩いていればどんな危険に巻き込まれてもおかしくはない。

シェーレは深々と頭を下げながらエアリスを一人にしてしまったことを大いに悔いていた。

 

エアリスの身の上は彼女自身から聞いていた。幼い頃、実の母親とある施設から逃げ出してきた事、実母が息を引き取る前に行きずりのエルミナにエアリスを託した事。何か大きな事を抱えていることはシェーレも気づいていたが、エルミナとエアリス、慎ましく過ごす母娘二人の姿を見てあえて詮索することはしなかった。

あるいは日陰者の彼女には眩しすぎたのか。壁というには薄く、しかし膜というには厚い何かを感じていたのかもしれない。

 

「私、エアリスを探しに行きます」

 

思いは言葉となり、気持ちは身体を動かす。出口へと駆けるシェーレの右腕を掴んだのはレオーネだった。

 

「落ち着きなよ、シェーレ。あんたエアリスって子がどこに居るのか検討ついてんの?」

「そ、それは……、けどあの周辺なら六番街の市場にいるかもしれません」

「読みは正しいよ、けどあそこだって狭くない。シラミ潰しって訳にもいかないよ」

 

周囲からは酷な言い方に聞こえたがレオーネの言葉は逆にシェーレに冷静さを取り戻させていく。彼女も暗殺者、感情に任せて行動することは正しくはないと理解すると瞬時に状況を整理する。

 

エアリスが失踪した事実から何故彼女は失踪したのか。エアリスと別れた後ではなく、別れる前にその兆候はあったのか。エアリスの性格、行動、言動。それらを紐解く。

 

「麻薬……」

 

周囲には聞こえぬようにシェーレはその答えを呟く。

 

エアリスは麻薬に関わる「何か」を見つけたのではないだろうか。その「何か」を調べようとした為にトラブルに巻き込まれているのではないか。

 

胸は燃えるように熱くなりながら冷静に思考を巡らせる。迂闊に騒げばエアリスは勿論、麻薬に関わる証も闇に葬られるだろう。エアリスを探し出し、かつ麻薬の所在を突き止めるにはどうすればいいのか。

 

「レオーネ、付き合ってもらってもいいですか?」

「あいよ!お仕事始めようか!」

 

そう問いかけるシェーレの顔に焦燥がないことを確認するとレオーネはにこりと笑みを作り返す。

ナイトレイドが闇夜の舞台に上がる、その時だった。

 

「その仕事、俺も噛ませてもらおう」

 

舞台の闖入者として間に入ったのはクラウドだった。セブンスヘブンを後にしようとする二人の前に立ち塞がる。

 

「どういうつもり?あたしらと関わるのは御免じゃなかったっけ?」

「……クライアントに何かあったら店の看板に傷がつくんだ」

 

視線を逸らしながらレオーネに応えるクラウド、素直ではない子供じみた反応がレオーネには可愛らしく先程といい戦闘以外ではどこか間の抜けた所があるのは、アカメの友というのも頷けた。

 

「クラウドさんが行くなら当然従業員の俺も行きますよ!」

「言っておくが、タツミ―」

「給料は出ない、ですよね?すみません、ティファさん。ちょっと店空けます」

「気にしないでタツミ。クラウドも仕事、頑張ってね」

「あぁ。なるべく早く戻ってくる。エルミナの様子を見ていてくれ」

 

この1ヶ月程でタツミはクラウドとの掛け合いにもすっかり慣れていた。火事場に飛び込む際にクラウドと肩を並べている、それはクラウドと出会ったばかりの青かった自分が望んでいたこと。だが憧憬の念だけではない。歴は浅くとも「何でも屋」としての誇りはある。あの時、エアリス達を見送った際のやるせない気持ちを払拭したいとタツミは己に喝を入れる。

 

そして奇しくも何でも屋と殺し屋。二つの稼業屋一行は六番街エリアへと向かった。

 

 

……………

 

 

ミッドガルエリア六番街。

 

帝都外周部に根ざす8つの街において貧民街とは遠くかけ離れた唯一の存在である。この街は帝都色町と近接していることもあり、風俗街として幅を利かせているためかスラム街でありながら艶やかな街並であり、街道を歩く者は羽振りの良さが目立つ。かと思えば一つ先の路地ではいかにも柄の悪いキャッチの男が屯している。

 

露出の激しい女性がやたら目に付くとこれまで積極的に踏み入ったことのないタツミだったが、目のやり場に困りつつも歪な世界に違和感を覚えた。

 

「随分、潤ってますね、この街。レオーネさ……姐さん」

「あぁ。女が自分を売って、男がそれを買って……女を積み上げて出来たようなクソみたいな街だよ」

 

いつになくレオーネの語気が荒いのは、スラムの顔馴染みの友人が先日の一件で薬物中毒に侵されていた事に繋がる。幸いにして一命は取り留めたものの、女性を廃人寸前にまで溺らせ男達の慰みものにされた怒りは売人グループを鏖殺しただけでは気が済まなかったのだ。

 

だがレオーネ、シェーレ共に六番街最大市場であるここウォールマーケットは調査の限りを尽くしていた。色町と繋がりがもっとも深いこの場所を疑うのは至極当然であり、麻薬の流通元を辿るのも時間の問題と思われた。

 

しかし予想に反してウォールマーケットでは一切の手掛かりが掴めなかった。

疑う余地が無かった訳ではない。だが現地人から裏組織までまるで統率された軍隊のように麻薬に繋がる情報は手に入らなかったのだ。

潜入も試みたがレオーネの身体能力を持ってしても神羅製の重厚なセキュリティを掻い潜ることは出来ていない。

 

更に厄介だったのが件の麻薬は極小の経口摂取型カプセルで水溶性でかつ無臭。香料タイプであれば獣化したレオーネの嗅覚で追うことも可能だったがそれも叶わず、確たる証拠を掴めずにいた。

 

「―ーですがもしエアリスが麻薬に繋がる何かを見つけて、それを追った、もしくは見られたから捕われているのであれば……」

「エアリスの匂いを辿ればそこに麻薬を回してたヤツもいるってことか、よし、任せな!」

 

人目につかない場所でシェーレの見解を聞いたレオーネは一歩間合いを取ると身構える。

 

「変身っ!!ライオネルッ!!」

 

咆哮と共に帝具ライオネルを発動させると瞬時に獣化を遂げる。初見のタツミ、クラウドも流石に驚いた様子で彼女の変身を見届けた。

 

「す、すげ~!カッケーッ!!」

「ふふん、どうだタツミ?見惚れたろ?」

「……装着型の帝具とはまた違うのか、体毛は自毛か?」

「あんた、本当にいつかぶん殴るからな……!」

 

マリン同様、瞳を輝かせるタツミ、女性に対してあるまじき発言をしたクラウドに今にも殴りかからんとするレオーネは辛うじてその拳を収めると当初の目的通り、強化された嗅覚で六番街エリアの匂いを探る。

 

「…ッ!……酷い匂いだ……っ!」

 

あまりの異臭にレオーネの顔は苦悶に歪んだ。ただでさえ汚臭が目立つミッドガルの中でも、ここウォールマーケットは異質。獣化による嗅覚強化をしたレオーネにとっては耐え難い環境であり、一言で表すなら「欲望」の塊が彼女を襲っていた。

 

その数多の異臭の中、たった一人の女性の匂いを辿るのは容易ではない。だがレオーネが辿ったのはエアリスの体臭ではなく、彼女が衣服に纏わせた花の香り。

 

花の咲かないスラム街においてその清香は、どんな香水よりも芳しい。エアリスがセブンスヘブンの戸を開いた瞬間、レオーネの嗅覚はそれを記憶していた。その記憶を頼りに異臭漂う波を掻き分けるように探る。

 

そして遂に花の匂いが留まっている場所を見つけると、レオーネは大きく口で息を吐き出した。相当辛かったのだろう、シェーレはレオーネの背中をさすりながら滝のように流れる汗を拭った。

 

「大丈夫ですか、レオーネ。すみません、辛い目に合わせて」

「平気平気!……それより面倒なトコに辿り着いちゃったのが心配だよ。よりにもよってコルネオの館とはね」

 

ドン=コルネオ

 

六番街ウォールマーケットを牛耳っている首領であり、風俗街において私邸を構えるほどの財力を持つ大物である。レオーネが匂いを辿った先がコルネオの館と分かったのも所狭しと立ち並ぶ建築物の中でも橋を挟むほどの一等地を構えていた為。

 

面倒と言ったのはコルネオという男そのものを指していた。大変な好色漢で夜な夜な女遊びを繰り返すことで界隈では有名である。当然この男も今回の件では調査対象だったが、下衆な行為を行っている事以外はやはり有益な情報は得られていない。

 

だが話を聞いたタツミは憤る。

 

「ふざけんなよ……!女性をモノみたいに扱いやがって!なんでそんな奴が野放しなんだよ!?」

「見初めた女性にはかなり羽振りがいいんだよ。実際、殆どの女連中も自分達からコルネオに貰われに行ってる」

「話は後だ。そこにエアリスが居るというなら行くしかないだろう」

 

綺麗事だけではミッドガルでは生きていけない、それは分かっているタツミだが納得は出来なかった。これも帝都の腐敗によるものなら身売りの女性達を責めることもできない。彼女たちもまた犠牲者なのだ。

答えの出ない問題を切るようにクラウドが割って入ると半ば強引にタツミの肩を掴み歩を進めた。タツミの正論に対し、真っ当な答えを返せなかったレオーネを気遣ったのだろう。

 

やがてコルネオの館へと続く橋に差し掛かった所でレオーネがその足を止める。過去にコルネオとトラブルがあったらしく、鉢合うとまずい事になるとこれ以上の同行を拒んだのだ。

レオーネを残しクラウド、シェーレ、タツミの3人はコルネオの館へと向かう。が、程なくして3人は再びレオーネの元へと戻ってきていた。

 

「嫁オークション!?なんだ、それ!?」

「最近のコルネオの趣向らしいです。3人の女性を集めて好みの女性を1人、一夜のみのお嫁さんとして扱うみたいですね」

 

シェーレの説明を聞いてレオーネは頭を押さえこの世にこれ以上、下劣で品のない話題があるだろうかと深い溜息を吐いた。肝心のエアリスに関する情報も見張りのセキュリティが厳しく、強行突破は難しい。

 

3人の嫁候補となる女性は現地へ向かっているそうだが、その機会を逃せばコルネオと対面することは叶わない。

 

女性達に協力を仰ぐことも考えたが無関係の人間を危険に巻き込むことも出来ず、まさに八方塞がりの状態だった。と、悩む3人に対してレオーネは1人ニヤリと笑ってみせる。

 

「3人嫁候補がいればいいんでしょ?いるじゃん、ここに♪」

「3人って……姐さんとシェーレの2人しかいないじゃないですか?」

「違う違う!私は入れないって言ったでしょ、シェーレとクラウドとタツミの3人だよ。お前達、女装しな♪」

「は……はあぁぁぁっ!!?」

「馬鹿げてる。タツミはともかく俺には無理だ、話にならない」

 

突飛すぎるレオーネの提案にタツミ、クラウドは動揺を隠せなかった。レオーネの遊び半分の冗談と思いたかったが他に方法はない。何よりエアリスを心配するシェーレの様子に絆される形で渋々了承するしかなかった。

 

幸か不幸かウォールマーケットには男娼を扱う店もありその手のコーディネートには申し分ない。顔の広いレオーネの伝手もあり、女装に必要な品を揃えるには時間は掛からなかった。メイクに関してはクラウドとタツミをやけに気に入った男娼が手がける事になり、レオーネはその様を喜々として眺める。やがて嫁オーディションに相応しいドレスを身に纏った3人の女性が姿を現した。

 

「ぷっ……くくく、よく似合ってるよ、クラウドちゃん、タツミちゃん」

「……最悪だ」

「……俺、なんか大事なものを失くした気分です」

 

レオーネは笑いを堪えていたが実際のところ2人の女装は悪くない、寧ろ完璧だった。一流の装飾に一流のメイク。

 

素材にしてもクラウドの碧眼と白い肌は美しく、ツンと尖るような金髪も添えたティアラをより映えさせる。

 

タツミはまだ成長期にあるせいか幼さの残る容姿が可愛らしく、成熟した女性が多いウォールマーケットでは青い果実のような新鮮さがある。

 

不覚にもクラウドの姿を見て赤面してしまったタツミだが、シェーレの姿を見た瞬間、その目を離せなくなっていた。

 

普段からかけている眼鏡をコンタクトに変え、ストレートヘアーをハーフアップにし、スレンダーな体型にフィットした白基調のドレス。右頬に残る傷跡はメイクによりすっかり消え、貴族出身の令嬢にも劣らぬ高貴さと艶麗を放っている。

 

「綺麗だ……」

 

タツミの口から自然と漏れ出す本音。それほどまでにシェーレの姿は美しかった。

 

シェーレ自身、生まれてこの方ドレスに身を包む事など無く、生涯縁遠いと思っていた自身の姿に戸惑いを隠せないでいた。

 

「あの……、私、似合いませんよね?クラウド?」

「どうして俺に聞くんだ?……アンタが似合わないって言うんなら世界中の女性は全員似合わないってことになるな」

「おーい、いい雰囲気出してないでさっさとコルネオんとこ行くよ」

 

改めて一行はレオーネを残し、コルネオの館へと向かう。本来の嫁候補である女性達はレオーネに足止めを任せている。3人のうちの1人でもコルネオと接触できればエアリスの所在ならびに麻薬に関わる情報を聞き出す算段を整えると、門扉を開いた。

 

「すみません、コルネオ様の嫁オークションに参加します3名です。今宵はよろしくお願い致します」

 

流石は暗殺者といったところだろうか、先程までは着慣れないドレスに足をもつれていたシェーレだったが実に優雅な立ち振る舞いを見せると受付の男たちは先程訪れた女性と同一人物だということも気づかずすっかり上機嫌になっていた。コルネオの目に止まらなければ残った女性は好きにしていいという暗黙の了解があったためである。

 

参加女性は3名だけとしか聞かされていなかった男たちはロクな確認もせずに3人を客間へと通す。いよいよコルネオとの対面を迎えることになると、タツミはゴクリと息を呑んだ。

 

勢いでここまで来たが、今この場においてクラウド、タツミはナイトレイドの仕事を手伝う形になっている。もしエアリスの身に何かあった場合、自分は平常でいられるだろうか。アリアを両断したようなドス黒い感情が再び湧き上がってこないだろうか。そんな不安がよぎる。

 

この1ヶ月でいくつかの修羅場を抜けてきたもののタツミが賞金首を手にかけることはなかった。

 

それは殺し屋ではなく何でも屋として生きていく覚悟の証明ではないがやはり「殺人」という十字架を背負うにはあまりにもタツミは若く青い。

 

ざわついた心が静まるよりも前に遂にその男が姿を現す、ドン=コルネオだ。

 

恰幅の良さ、全身に着飾った装飾品の数々。金が服を着て歩いていると言えば分かりやすいだろうか。品性のなさが滲み出ている。反面、一角のスラム街の首領に相応しく厳つい顔つきをしており、自分の前に並んだ3人の女性をジロリと見つめる。街のゴロツキとは明らかに違う雰囲気に圧されたタツミであったが―

 

「ほひ~!いいの、いいの~!今日のおなごは一段といいのぉ~!」

 

何とも下品な言葉遣いと立ち振る舞い。両指を蛇のようにくねらせ、品定めをするようにクラウド達を見つめる仕草は、それだけで全身を犯されるような嫌悪感を与えた。

 

男であるクラウド、タツミですら背後に回られるだけで背中の産毛が逆立つような拒絶感。これまでコルネオに扱われてきた女性達の絶望はどれほどのものだろうか。

 

脂汗を滲ませながらタツミはシェーレへと目をやる。このような下卑た男の視線に晒されるなど耐えられたものではないだろうと思ったのだ。

 

「今晩わ、コルネオ様。今宵は是非可愛がってください」

 

だがしかし、シェーレはコルネオに自分を貰ってくれと懇願の言葉を口にしていた。

 

まるで本当にそれを望んでいるかのような振る舞い。当然それは演技なのだろうがエアリスの為、そして麻薬の証拠を掴むためとはいえここまで自分を偽る、否、捨てることが出来るのだろうか。

 

コルネオへの嫌悪感はいつの間にかシェーレの覚悟への敬意に変わり、タツミの震えは止まっていた。

 

「お、俺……じゃない、私もコルネオ様に可愛がって欲しいです!」

「……いや、俺にしておけ。派手に逝かせてやる」

「ほひ~!!今宵のおなごは積極的じゃの~!悩む!非常に悩む~!!」

 

シェーレに充てられるようにタツミ、続いてクラウドも自分を貰うよう懇願するとコルネオは一層身悶えしながら床を転げまわる。

 

これまでコルネオが抱いてきた女性は口では自分を求めてきたものの、その表情には必ず恐怖と嫌悪があった。その表情を歪めていくことに悦を感じるという下卑た行為をしてきたが今夜の女性は全員が心の底から自分を求めている。コルネオにとってはまさに天にも昇るような気分だった。

 

ゴロゴロと床を転げていたコルネオがピタリと止まるとすっと立ち上がる。意中の嫁が決まったのだろう。いつになく真剣な表情で3人の前に立つと想い人を口にする。

 

「決めた!今夜の嫁はお前ら全員じゃ~!!」

 

コルネオ至福の瞬間、部下たちはお零れを預かれないと意気消沈する中、3人は静かに拳を握り締めていた。

 

 

……………

 

 

コルネオの私室に通されたクラウド達3人だったが、私室と言っても怪しげな照明が灯りキングサイズベッドが一つあるだけで別段不思議な点はない。コルネオのセンスの良さを褒めるようにシェーレはごく自然に私室にあるものを物色する。麻薬に繋がる物はあるか探っているのだろう。シェーレの行動を不審に思われないようにタツミとクラウドはコルネオとの場を繋いでいた。

 

「――ほぉほぉ、タツミちゃんは帝都に出稼ぎに来たのか、偉いのぉ~!」

「そ、そうなんです!でも帝都は不景気で、生活していくにも苦労して、それで……」

「うんうん!もう大丈夫!俺の嫁でいるうちは面倒見てあげるからね~!クラウドちゃんは~、何してるのかな~?」

「……何でも屋だ」

「ほひ~!オールプレイ可能だって!?最高~!たまら~ん!」

 

タツミとクラウド、両手に花の状態でコルネオは会話の内容は半分そっちのけで舞い上がっていた。都会に馴染めず泣く泣く身を売った田舎娘のタツミ、気は強いがどんな行為も受け入れる娼婦クラウドと勝手に位置づけたのか、随分と気を許し始める。

 

頃合と見たのか、クラウドは本題を切り出した。

 

「聞きたいことがある。今日ここにエアリスという女が来なかったか?」

「ほひ?エアリス?知らんの~?」

「……リボンで髪を束ねている。服装はピンクのロングワンピース、赤いジャケットを着ていたはずだ」

「ふ~む……、あぁあのおなごか!来た来た!確かに来た!かわいかったの~!」

 

依頼人の特徴は初見で覚える、何でも屋として身につけた習性が役に立ったのか。エアリスは確かにコルネオの館に来ていたという言質を取った。畳み掛けるように問を続ける。

 

「エアリスはどこにいる?知り合いなんだ」

「あ~、あのおなごかぁ~可愛かったのにのぉ、勿体無かったのぉ」

「な、何が勿体無かったんですか!?」

 

含みを持たせた言い方に業を煮やしたのか、タツミが強引に会話に加わる。必死な眼差しを向ける二人に興奮したのか、やけに長い沈黙をした後静かにコルネオは答えた。

 

 

「あのおなごなら……死んだわ」

 

 

その瞬間、4本の腕がコルネオに向かって伸びる。2本はコルネオの右肩と腕を押さえ、そしてもう2本はコルネオの首を鷲掴みにしていた。

 

「ぐえっ……!!?」

「こ、殺してやる……!殺してやる……!」

「タツミ、手を離せ!コイツにはまだ聞くことがある……!」

 

右肩関節を極めたクラウドは我を忘れてコルネオの首を締めつけていたタツミを諭した。が、憎しみにとらわれているのかクラウドの声はまるで届いていない。クラウド自身、既にコルネオの右肩を外し、右肘をへし折る程の万力を持っていたことに気づいていなかった。

 

エアリスが死んだ。

 

その言葉一つでこんなにも心が騒ぎ立つのは何故なのか、クラウドには分からなかった。タツミが首を絞めていなければ自分が首の骨ごと捻り切ってしまっているのではないかという激情が湧き上がる。

 

タツミを諭しながらも早くこの薄汚い豚を黙らせろと内なる自分が叫んでいるようだ。

 

冷静を欠いた二人を止める者は最早いないと思われたがタツミの体がコルネオから離れるようにベッドから勢いよく投げ出される、そこにはシェーレが立っていた。

 

「落ち着いてください、タツミもクラウドも」

 

それはあまりにも冷徹な声だった。語気は穏やかだったが先のタツミとは比較にならない程の圧がコルネオに襲いかかる。タツミの手が離れ、呼吸を求めるはずの肉体ですらその圧に屈服したのか、満足に肺に空気を取り入れることが出来なかった。

 

シェーレの静かなる圧力にクラウドも幾らか腕の力を緩めると、シェーレはコルネオの髪を掴み上げた。

 

「教えてください。エアリスはどこで、どうやって殺されたんですか?遺体はどこに?」

「あ…あが…、あがが……!」

 

恐怖でパニックになっているコルネオはその問に答えられない。それを前にしたシェーレは私室に置いてあったのだろうか、小さな「鋏」を手に取るとコルネオの右太腿に突き立てた。

 

室内に響き渡るはずの悲鳴は鋏を突き立てると同時にコルネオの口に突っ込まれたシーツにかき消される。

部下に悟らせないためなのか、シェーレは冷静に冷酷に事を進める。

 

「もう一度聞きます。エアリスはどこで――」

「し、知らねぇよ!俺は見てねぇんだ!あの女が死ぬところなんて!」

「……どういう意味ですか?」

「し、死んだってのは俺の予想だ!ただ間違いなくあの女は死んだって思っただけだ!あの女は連れて行かれたんだよ!タークスの野郎どもに!」

 

タークス

 

神羅内組織総務部調査課。神羅に属する要人のボディガードを始め、私兵であるソルジャーの素体となる者のスカウトを任務としている。

 

帝国内でも規模の大きくなった神羅においてナイトレイド等の暗殺を危惧して設立された組織であるがその裏では工作活動、神羅への背信者を暗殺するなど闇を担っていた。

 

神羅でも秘匿にあたる組織の名が出てきたことで、クラウドはコルネオの言葉に偽りがないと確信すると、掴んでいた右肩を離す。砕かれていたとはいえ漸く拘束が解かれたコルネオは後ずさるようにベッドへと飛び乗ると、洗いざらい全てを話した。

 

コルネオは裏で神羅と通じており、ウォールマーケットでのし上がるための資金を斡旋してもらっていた。

 

その見返りとして秘密裏に製造された薬物を人体実験として売られた女達に投与していたことを認めた。

 

色町で出回っていた麻薬も本来ウォールマーケット内での活動を神羅が根回しをしていたお陰で隠匿されていたにも関わらず、シマを広げようとチブル率いる売人グループを使った為に足がついたようである。

 

「それまで薬物に冒された女性達はどうしたんだ?」

「て、帝都にも物好きがいてよぉ!名家の癖に人体解剖が趣味ないかれた奴らに売りつけてたんだ!もっともそいつらも1か月前くらいにナイトレイドに殺られちまったみたいだけどな!」

「……アリアのところか」

 

クラウドとタツミが一時期身を預けていたアリア一家はコルネオが薬物漬けにした女性を買取り自分たちの趣味に利用していた。悪は悪を呼び、更なる悲劇を生み出していたのだ。

 

シェーレに引き剥がされ漸く落ち着いていたタツミだったが再び怒りが湧き上がると同時にサヨとイエヤスを失った事件が今なお繋がっていたことに強いショックを受けていた。

 

タツミの様子を気に掛けたのか、クラウドは質問を変える。

 

「エアリスはどこに連れて行かれたんだ?」

「知らねぇ!ほ、本当だ!タークスの奴らが無理矢理連れていったんだ!場所までは知らねぇ!」

 

エアリスは麻薬の証拠を探ろうと、コルネオの館へ招かれたあとシェーレらと同様に自分を売り込みコルネオと面会を果たした。

 

尤も中毒症状のまま行き倒れていた女性を見られたことからそのまま「消される」予定であったが、既のところでタークスを名乗る男2名が乱入し、エアリスを強引に連れ去ったと言う。

 

「それって、エアリスさんを助けてくれたってことですか?」

「……いや、違う。タークスは表向きこそ治安維持や要人警護の任についてはいるが裏稼業が主な組織だ。寧ろコルネオに接触する前にエアリスを消していてもおかしくない」

 

タツミの希望的観測にクラウドは冷静に判断する。だがそれは諦めの言葉ではなく、エアリスが「生かされている」理由があると結論に至ったためである。

 

エアリスを始末するだけならばこれまでと同じようにコルネオが処理するだけで事は済む。わざわざタークスが介入する必要はない。

 

神羅にとってエアリスに何らかの価値がある、故にエアリスは生きている。

 

それはクラウド達にとってはやはり希望的観測に過ぎないが少なくとも今現在エアリスの死は否定できる。そこに一縷の望みを見出すしかなかった。

 

「……なぁ、お前ら。俺みたいな小悪党がこうやってベラベラ喋るのは何でだと思う?」

 

突然コルネオが質問にない言葉を口にし始める。その表情は苦痛に顔を歪めながらもどこか余裕がある。

 

何か企みがあるのか、クラウドはあえてその言葉に乗った。

 

「……勝利を確信したときか?」

「ほひひ……当たり~~っ!!!」

 

雄叫びと共にコルネオは左腕をベッド横に設置されていたレバーらしきものに手をかける。

 

その時だった。

 

 

「――そいつは私たちとは違うなぁ?」

 

 

その言葉と共に私室の扉が爆ぜるように砕かれると無数の破片がコルネオに直撃、その衝撃で身体は壁に叩きつけられる。入場してきたのは獣化したレオーネだ。

 

本来嫁オークションに参加するはずだった女性達を適当に撒いたレオーネは獣化したままクラウド達の様子を外から観察していた。

 

強化された聴力でコルネオが麻薬を捌いていたという言質を確認した後に館に潜入、関与していた部下たちもその場で鏖殺すると、クラウド達の装備を携えて推参した。

 

「……て、テメェ、レオーネ!」

「よぉ、コルネオ。酒場で私の尻を触ってきたときは只のスケベ親父だと思ってたけどさぁ、とんだクズ野郎だったね。あん時タマを完璧に潰しときゃ良かった」

 

犬歯を剥き出しにしてレオーネは笑う。友の怨敵を前にしてこの余裕は殺しのプロたるものだろうか。笑みに対して一切の油断が感じられない。

 

「私達みたいな悪党ってのはさ、最後まで油断しちゃいけないんだ。任務完了を上に報告するまではね」

 

ジリジリと躙り寄るレオーネにコルネオは袋の鼠、もはや逃げ場はない。

 

だがレオーネより前に一歩を踏み込む者が1人、バスターソードを手にしたクラウドだ。

 

「……なんだよ、何でも屋の出番はないよ?」

「こいつは俺がやる」

「ま、待て!待ってくれ!頼む!まだ話してないことが――」

 

 

「それ以上、口を開くな、ゲス野郎」

 

 

右肩より縦に一閃、返す刃で右脚、左脚、斬り上げで左肩を瞬時に切断するとほぼ同時にコルネオの四肢が宙に舞う。

 

最期はコルネオの頭部に交差するように斬撃が叩き込まれると、薄暗い空間にバスターソードの剣先の軌道は「凶」の文字を浮かべた。

 

こんな美女に殺されるのならそれも悪くない。

 

今際の際、コルネオはそう思った。

 

 

……………

 

 

「……そうかい。迷惑をかけて済まなかったね」

「すみません、エルミナ。こんな事になってしまって」

「いいんだよ、シェーレ。あの子はきっと大丈夫さ」

 

エアリスがタークスに連行されたことを告げるとエルミナはどこかホッとしたような表情を浮かべながらシェーレに付き添われながら家路につく。その後ろ姿をエアリスを見送った時と同じように見つめるタツミは拳を握り締めようとしても全く力が入らない。

 

帝国は腐っていてもミッドガルは理の外れた世界、自分が何でも屋として働いてからは七番街の治安維持にも貢献でき、少なからずとも世界を変えている、守っているという自負は粉々に砕かれた。

 

「……大丈夫?クラウドもタツミも。顔色悪いよ?」

 

閉店し、静かになったセブンスヘブンでグラスを磨く音がよく響く中、ティファは2人を案じる。エアリスの安否は依然として不明、親友のレオーネも浮かぬ表情で店を後にしていった。

 

詳細を聞いてはいけない、そう思ったティファはカクテルを作り始める。

 

シェーカーの氷音が静寂を誤魔化すように鳴り響くとその音に誘われるようにタツミもカウンター席に力なく座った。

 

 

 

やがて二杯のショットグラスが並ぶ。カクテルの美しい朱色はまるで血のようにも見えた。

 

「……飲んで。キツいのにしたから」

「あぁ、……タツミ、お前も飲め」

「え……、でも俺、未成年で……」

 

タツミの言葉を遮るようにスっとグラスを手にしたクラウドの右手がタツミの前に差し出される。

 

タツミは黙って左手でグラスを取るとそっとクラウドのグラスに合わせる。

 

 

 

 

カチン、という音が一つセブンスヘブンに鳴り響き、そして夜は更けていった。

 

 

 

 

 




アニヤンとか入れたかったけど余裕で2話分行きそうだったので御蔵入り。
重い話が続いたので次回は零2話を入れてリフレッシュします。

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