「レストランねえ? コロニーで流行りの飯も知らないあんたが?」
旧友の声は皮肉に満ちていた。
藪睨みの眼の小さな黒い瞳が、ブライトの表情を注意深く伺っているようだった。改装中の店舗のテーブルの上で、真新しいカップの中のコーヒーが冷えていく。
長年慣れ親しんだ、彼らしい軽口のはずだった。だが、苦笑ひとつ零せない。
旧友——カイ・シデンのせいではない。全て自分の問題だ。あの日から、表情というものをひとつ呼び起こすのにも多大な苦労をするようになった。
ブライトはしばらく沈黙して、言葉を探していた。
「まあ、流行に乗れば成功するってものでもないか」
カイはケケ、と楽しげな笑い声を立てる。
それさえどこか上滑りだ。
「連邦軍歴戦のブライト艦長、御年45歳の戦略が、メシ屋でも通じるといいんだがな」
「……楽観的だ」
「たまにはそれも必要になる。戦場を離れた生活じゃ、よけいにな」
カイはブライトがなんとか絞り出した言葉に軽妙に答えて、厚みのある瞼をゆっくりと狭めた。
「経営に限った話じゃない。世の中酷い人間ばっかりじゃないさ、ブライト」
「……」
カイの口元から笑みが蒸発している。冴えるような眼差しは、ブライトの表情を見定めているようだ。ブライトの瞳の奥を覗き込むようにくいと首を出してから、すぐに椅子の背もたれに背を落ち着けてコーヒーを口元に運ぶ。
「あんたが何もかも背負いこんで黙ってるから、徹底的に叩きのめしてやろうって奴も出てくる。言い訳をしないあんたの生き方を、美しいと遠くからただ崇拝し、更に何かを背負わせる奴も出てくる。それと同じくらい……」
ブライトはカイの顔から視線を逸らしてシュガートングをつまみ上げ、角砂糖をコーヒーに投げ込んだ。
黒い雫が波紋の中にぽつんと散る。その波紋が消えるのを、ブライトはただ見ていた。
カイのため息が聞こえる。
「それと同じくらい……あんたの痛みを不完全でもいくらか理解して、それが時間の中で癒えるのを応援したいって奴もいるはずだ……」
「他人に期待しすぎるのは、良い結果にならない。だが、おまえの言うことは分かっている。こう見えておまえが思っているよりは平気なつもりだ。感謝しているよ」
文句のつけようもないタイミングを待って、滑らかすぎるほどすらすらと言葉が出てきた。
カイは黙り込んでいる。ブライトはカップをそっと取り上げ、目の前の旧友の顔へ視線をやった。
カイの表情は翳り、瞳の奥に、ひどく生々しい感情が揺れている。
痛みと諦念。
届かないと思われた。
壊れたと見切りをつけた。
そういうことなのだろう。
ブライトは黙っていた。
「……ブライト」
カイの声が、静かに響く。
「俺はしばらくこっちにいるつもりなんだ。あんたさえよければ、毎日でも会いたいところだね。次はコーヒーじゃなく、酒を……スコッチがいい。お勧めのやつを用立ててくる。それと、コロニー内でも本格的なハモン・セラーノを買える店が……」
「あからさまだな」
ぽつりと指摘する。
カイの懸念は分かっていた。気づかないふりをすればするほど、その懸念は大きくなっていくのが見えている。言及するしかなかった。
これから間違いなく長くなる沈黙を待たずに、カイはずばりと切り込んでくる。
「ああ、……そうだ。俺は、あんたが自殺を考えてると思ってる」
「考え過ぎだ。だが、そうやって心配してくれることは心強い——」
「そうやって用意していた答えを読み上げるみたいに話すのは、自分の頭で考えるのを諦めた人間の特徴だ」
カイはコーヒーカップを手にして、中身をぐっと呷った。
「俺は諦めない。あんたにも諦めてほしくない」
諦めない——
何を、と、ブライトは尋ねなかった。
カイの視線がひりひりと肌を焼いている気がした。自分の知るカイ・シデンは、こんな目をする男だっただろうか、と、不思議な気持ちにさえなった。