少女の名は、ブライト・ノア   作:6451hole

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12.星空を見る 後編

地上に出るなり、激しい銃声が集音ごしにコックピット内の空気を叩く。

ニチテは沈黙した通信画面を閉じ、コロニーの明るい空の下に佇む敵性MSに望遠フレームを寄せた。

医療施設外縁に設置されたCIWSの機関砲が、MSの巨影を自動追尾して弾丸を浴びせているようだ。

横倒しにされた輸送トレーラーを盾に砲弾をしのいで設備の破壊タイミングを伺っているらしいそのMSのシルエットに、ニチテは見覚えがあった。

 

「あれは……《メッサー》……マフティーが来てるのか!?」

 

マフティー。今年の五月に首魁が処刑されたばかりの、反連邦系テロ組織だ。彼らがたびたび破壊活動に用いていた、燕尾服のような腰回り、丸頭にスリットを被せたような形状の単眼のMS、《メッサー》。塗装や細部の装備はニュース映像と異なっているが、自分が目にしているのはそれで間違いないようだ。

 

(マフティーがロンデニオンに……? 理屈に合わない)

 

《メッサー》がトレーラーを蹴倒してシールドを盾に猛進し、シールドに組み込まれたファランクスを撃ち出した。どうっ、と重い音が響いて空気が震え、苛烈な掃射を浴びせていた機関砲が一門沈黙する。

ニチテはスラスターを噴かすと共に地を力強く蹴り、《グスタフ・カール》を宙に舞わせた。

 

「止まれ!」

 

外部スピーカーで怒鳴る。《メッサー》は全く振り向かずにぐり、と頭部のドームだけを巡らせ、もう一門の機関砲を睨みつけるように狙いを定めた。砲身の動きを《メッサー》の機動に合わせるのに間に合わず、バルカンの掃射でその機関砲も沈黙する。

その瞬間には、ニチテも《メッサー》に肉薄していた——

 

(星空を見る——……分かっていることは、この《メッサー》が敵だってことだけだ!)

 

いつかのナイジェル隊長の古臭いたとえ話を、ニチテは思い出していた。

《メッサー》が医療施設を襲撃している。

戦わなければ、ブライトが危ない。

今は、その単純な事実に向き合うだけでいい。

 

機体のラックからビームサーベルのシャフトを引き抜く。機体の大きな掌を上下に大きくはみ出す程度のサイズ。それを振り上げざま、強烈な肘打ちを《メッサー》に入れる。

 

ゴヅッ——……!

 

《メッサー》はよろめくことはなくわずかに片脚を引いてニチテに向き直る——牽制射撃を行うためにバルカンを置いた頭部が巡り、ニチテの機体を睨むのが見えた。

そうして相対した瞬間に、シャフトのグリップを押し込む。

 

《メッサー》の視野の外、頭上かなたでビームの刃が展開される——

逆手に握っていたシャフトから、ほぼ真下へ向かって。

 

一瞬で現れた非実体の光熱の刃が、《メッサー》の左腕にマウントされたシールドを深く貫いた。

 

(ファランクス内蔵のシールド……こんなのを持って病院に近づかれたら、たまったもんじゃない!)

 

逆手に持った武器を不意打ちで突き立てる。十分な力など乗るはずのない変則的な一撃だったが、金属製の刃と違い、ビームサーベルは当たりさえすれば均一の損害を与えられる。

赤熱した金属が泡立ち、深い穴が裂け目に変じる前に、《メッサー》のバルカンが弾を撒き散らしてニチテを牽制する。二者はほぼ同時に後方へジャンプし、距離を取った。

がこん、ごぐっ、と鈍い音が立て続けに響き、《メッサー》のシールドが外されて転がった。次の瞬間、過熱したファランクスの弾薬が立て続けに爆発し、砕け散ったシールドの残骸を飛び出して爆炎が周囲に渦巻く。

爆炎に紛れて影もおぼろになった《メッサー》を追うことはせず、ニチテの《グスタフ・カール》は地を走って医療施設の建物を背にかばう形に陣取り、ホルダーからバズーカを取って構えた。

 

(ブライトは……避難できたのか……?)

 

あの施設のスタッフが、ブライトを守るための判断を的確に下してくれるだろうか。危ういような気がした。せめて一言声が聞ければいいのだが、通信が完全に沈黙している現状ではどうしようもない。

とにかくここで踏みとどまる。今の自分に出来るのはそれだけだ——

 

「……!?」

 

そう腹を決めた瞬間に、冷たい錐で突かれるような不吉な感覚が走った。

爆炎を切り裂くように、《メッサー》の巨体が飛び出してくる。すかさず頭を押さえつけるようにバズーカでの射撃を行うが、一撃目は揺らぐような重心移動を伴う水平移動でかわされ、二発目を撃つ直前でそれは既に眼前に迫っている。

安定した姿勢制御に優れたこの機体らしい機動ではあった——眼前に迫る灰色の塗装、白く輝く単眼。振りかざされるビームサーベルの眩い光——

ニチテはバズーカを手放さず、掴んだままのビームサーベルを素早く《メッサー》の胸部に向かって繰り出して迎撃する。

 

〈——ガキが!〉

 

苛立ったような声が脳裏に響き、戦場に重なるようにインナースペースが展開された。折り重なった時間と距離のなか、果てしなく遠く重なるほど近い場所に、《メッサー》のパイロットがいるのが分かる。

ひどく荒んだ心を抱えた、成熟した男のようだ——苛立ちと刺々しい興味が、ひりひりとニチテの精神に突き刺さる。

ニチテは思わず、叫んだ。

 

「すぐに退け! おまえが死ぬぞ!」

 

〈消し炭になっても同じことを言えるか、試してやるよ!〉

 

ニュータイプ同士の感応。

それ以上の安定した情報を得ることはできず、一撃を切り結んで相対するとすぐにその幻視は消え失せた。

 

「マフティーじゃない……」

 

マフティー・ナビーユ・エリン、あるいはハサウェイ・ノア。映像と伝聞でしか知らない人物だが、この暴力的で荒涼とした精神はその手の指導者と馴染まないもののように思えた。

気泡の残る粗い灰色の塗装の凹凸すら、《グスタフ・カール》のカメラがとらえている。至近距離での足を止めての白兵戦。辛抱強さと狡猾さでは、敵に分があるように見えた。攻撃を避けても全くプレッシャーが薄れない、厄介なタイプの敵だ。

強烈な敵意が波濤のように行き過ぎる中で、ニチテはその混沌とした悪意があってこそ際立つような、清冽で誠実な一つの光を感じた——

 

「——ブライト!」

 

彼女がどこかから、自分を見ている。

何を感じ、何を言っているのかは分からなくても——

この戦場に、確かに彼女の存在を感じた。

 

それで、十分だった。

 

「おれがいるから——」

 

ニチテは声を限りに叫び、左背面の姿勢制御バーニアだけを集中的に稼働させた。

 

「怖くないって思ってほしい!」

 

強烈な偏荷重によって《グスタフ・カール》の巨体は上半身が捩じ切れるほどよじれる。

その勢いに載せ、勢いよく突き出された左肩のシールドめがけて斜めに切りつけてきた《メッサー》のビームサーベルが装甲板を煮え立たせ、ひしゃげさせる。

敵パイロットにとっても、そこに攻撃が捉えられるのは予想外だったはずだ——

差し出した半身に隠れた右腕で得物のシャフトを握り直し、ニチテは目の前の敵ではなく、どこかにいる彼女に向かって呼びかけた。

 

「きみがいるなら、おれはいくらだって強くなれるから……!」

 

バーニアを標準バランスに切り替える。極端に左半身を突き出した姿勢の上体が、捻じったゴム紐のように勢いをつけて戻る。破断した油圧ラインとサスペンションの破損状況がモニターに素早く羅列される。

その一瞬で、右手に握られたビームの刃は《メッサー》に肉薄していた。

そのまま止まらず、胸部を捕えて袈裟懸けに振りぬく——

 

〈ナメるな!〉

 

冷たく激しい激怒がコックピットを貫いた。

頭部から掃射された銃弾の雨に、追撃を阻まれる。

ニチテのビームサーベルは《メッサー》のコックピットに直撃しかねない位置だったが、紙一重でかわしたようだ。《メッサー》の燕尾服のような形状のスタビライザーが白い炎を纏って激しい噴出を行い、灰色の機体が下がっていく。

 

「追撃を——」

 

踏み込もうとした時、集音がかすかに少女の声を拾った。

 

「深追いはやめろ、ニチテ!」

「ブライト!?」

 

今まで意識を向ける余裕もなかった、自分が守っていたその施設へカメラを向ける。

医療施設の入り口にはいつの間にかバリケードが築き上げられ、医療スタッフの姿は見当たらない。敵の侵入から到達までを考えると、異常なほど迅速に避難誘導が為されたことが伺えた。

バリケードの向こうに、かなり疲れ果てた様子でバリケードに手を突き背を丸めているブライトが支給の病衣のまま立っているようだ。ブライトは乱れた黒髪を掻き上げ、喉が心配になるほどその透き通った愛らしい声を張り上げる。

 

「作戦の性質上、単機でここに切り込んでくるとは考えづらい……追えば囲まれる危険が高い……!」

「囲んできたら、全部倒せばいいだけだろ?」

「あ……」

 

彼女が細い肩を落とし、ぜえ、はあ、と息を弾ませているのが、聞こえるはずもないのになぜかわかった。

 

 

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「……あとで、きさまの上官に殴られろ!」

「……おれのこと、心配してくれるのは分かってるから」

 

ニチテはゆっくりと息を吐き、《グスタフ・カール》を直立させてからゆっくりとしゃがみこんで膝を突いた。擱座した躯体を支えるために片手を焼け焦げた芝生に突き、ぐ、ぐ、と重心を動かして安定姿勢を取る。

コックピットのハッチを開き、ワイヤーロープを下ろしてぶら下がるように外へ飛び出す。

そして、ニチテはそのまま躯体をぽんと蹴って地面に降りた。

 

バリケードの向こうに立つ、疲れた顔のブライト。

しかし、その瞳には、どこか澄んだ、強い光が灯っている。

ニチテはその眼差しを見ただけで、全てを察した。

 

「バリケードを作らせて、この施設の人を避難させたのは、君だったんだね」

「襲撃時のマニュアルを熟知している人間が少なかった。おれがやって済むなら、おれがやるしかなかった」

「すごいよ、ブライト。そんなこと、とっさにできるなんて!」

 

ニチテはノーマルスーツのヘルメットを外し、散布されたミノフスキー粒子を吹き払う風に髪を曝しながら、心から溢れ出しそうな笑顔をブライトに見せた。

 

星空を見る——

ただ目の前にいる、彼女その人だけを、素直な気持ちで見る。

ニチテは、ブライトを見た。その眼差しが、その気高い心が、自分を強くしてくれるのだと思った。それ以上に、彼女を信じられることが、愛せることが、自分の誇りで、幸福なのだと。

彼女が何者だろうと、どんな秘密を抱えていようと、今この心に抱えた気持ちは本物だ。

 

「狙われてるのは、君なんだ」

 

ニチテは、静かに言った。

 

「何が起きてるのか、少しでも知りたい。だから——」

 

手を差しだす。ブライトの黒い瞳が自分を見ている。その華奢な手が自分の手を取ってくれることを、ニチテはもはや疑いもしなかった。

 

「おれと一緒に来てくれ、ブライト」

 

ブライトはしばらく、どこか疲れたような、鬱々とした目でニチテを見ていた。

そして、ため息と共に、その手をニチテの掌に重ねた。






次回の更新は10月4日の18時ごろです。


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