少女の名は、ブライト・ノア   作:6451hole

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26.三つ巴のエスケープ

全てが後手に回りすぎた。取り急ぎ遠隔操作で響かせた人工音声のアラートが空気をわんわんと叩いて響き渡る中、ナイジェルは指令室のドアを蹴り開け、通信設備に飛びついて素早くまくしたてた。

兵舎から大きく離れたコントロールブロックだ。ここまで走ってきてて高層の指令室を使用しなければ、敵MSの全体像を把握しながら指示を出すことはほぼ不可能だった。

 

「こちら指令室。敵はMS3機、兵舎ブロックに向けてすでに攻撃を開始している。パイロットは出撃準備——」

 

隊員たちへの指示を放送に乗せながら、ナイジェルは目まぐるしく思考を巡らせる。

 

(コロニー中央の無重力エリアからいきなり降下してきやがった——建設会社の重機輸送車輛を偽装したMSトレーラー艇! 堂々とこの基地の頭上につけて……!)

 

3体のMSもさることながら、この手法にしたところで一個人が簡単に準備できるものではない。以前から計画されていたのだ……おそらくは、医療施設からブライト・ノアを移動させる以前から。

襲撃者は、メイ・ウチフヅではない。彼女との対決を予定していたこのタイミングでこの降下強襲が起きたことすら偶然である可能性も高い。

 

「今回が本命ってわけか、文化セクト……!」

 

ナイジェルは挑むように唸って、スピーカーを切り替えた。

この管制塔から兵舎・ハンガーに入る放送回線のほとんどは有線になっている。通信阻害が発生しても、施設内の隊員たちにある程度の指示を出すことに支障はないはずだ。

ナイジェルは破壊されていく兵舎を睨みつけ、囁くように呼びかけた。

 

「スタン、テオ、聞こえるか——特殊兵装の準備だ。建物に潰されるなよ」

 

ロンデニオン実験部隊——宇宙世紀の片隅の倉庫。あらゆる部署からあらゆるものを押し付けられる吹き溜まり。

だからこそ、手に入るものもある。

 

(そんなに御大層なものでもないけどな)

 

皮肉な心地で内心呟いて、ナイジェルは破壊されていく隊舎を歯軋りして見つめていた。

 

■■■

 

有線放送で、ナイジェルからの指示が矢継ぎ早に飛ぶ中——

各自の部屋からばらばらと飛び出してきた少年たちの行動は、想像以上に統制が取れていた。半数が破壊された建材に潰された仲間たちの救助に向かい、残り半数は短い声かけと指示で数人ごとの即席のグループを組んで武器庫に急ぐ。

今のところ、ハンガーに向かうのは整備班と思しき数人と、ニチテだけのようだ。

隊舎の出口は近い。手を引かれてひたすら走るしかない。息を弾ませて必死でニチテについていきながら、ブライトはニチテに声を掛ける。

 

「っは、はあ、ニチテ、おれがハンガーに向かったところで——」

「一番安全な場所にいなきゃダメだろ」

「安全な場所だと?」

 

激しい地響き。上階ごと天井がもぎ取られて、コロニーの空の対岸ブロックが見えた。振り下ろされる鋼鉄の掌がブライトたちの後方で廊下を叩き壊し、そこに立っていた少年の姿が消えた。

息を呑むブライトの横で、ニチテは真剣に言い放ち、手首を掴む力を強めた。

 

「おれの隣!」

 

——視界が開け、外が見えた。

隊舎を武装も使わずに破壊していたMSが影を落としている。ブライトはニチテに手を引かれながらその巨体を見上げた。

距離が近すぎて、見上げても大きく湾曲した腰部パーツがほとんどのディテールを遮っているようだ。逆光の中で見て取れるのは暗い灰色の塗装、鋭角のフットパーツに、装甲の暗がりに沈んでわずかに見える足首部分の特徴的な関節機構——

 

「灰色の《メッサー》……!」

 

息も絶え絶えに、ブライトは呻いた。

 

「一体じゃない!」

 

少し離れて立ちはだかる灰色の柱。まさしく《メッサー》の脚部を目にして、更にニチテが鋭く叫ぶ。

MSの歩行用に強化された舗装広場(ランプ)の上で台形の爪先が浮き上がり、ずん、と地響きを立てて踏みしめた。空気に震えが走り、その低い残響の中にメインカメラの甲高いフレッティング音がかすかに混ざる。

見えているのだろうか——アリのように足元を駆け抜ける自分たちが。

 

「見てる! あいつらっ!」

「連中、武器を——」

 

怒りに声を上げるニチテをよそに、ブライトは鋭くその巨塊たちの動きを注視する。建物の破壊に実弾もビームも使用せず、機体の腕や脚を使っている。そして、彼らの目的が自分の確保だとしたら。

 

(おれを殺すわけにはいかない……そう決めつけていいものか?)

 

危険な思い込みだ。人を殺しかねないほどの。だが、それに頼るしかない。

《メッサー》の首が回る重い摩擦音が響き、銃声が鼓膜を叩き破らんばかりに脳を揺らした。行く手に広がるメインランプの厚いアスファルトを銃弾がぼこぼこと抉り、一瞬で歩行が困難になる。怯んだのか、進行方向を変えようとしたのか、すぐさま足を止めそうになるニチテに、ブライトはすかさず言った。

 

「足を止めるな! 斉射の中に飛び込め!」

「わかったよ、ブライト!」

 

一瞬の疑いもなくニチテは疾走する。

上空から振るMSの掌は2mは離れた場所に叩き付けられる。二人が行く手を変えて遮蔽物に飛び込むことを計算していたのだろう。頭部から降らされたバルカンの斉射は止めざるを得なかったようだ。

追撃もなく破壊されたランプを乗り越えて、ハンガーへ辿り着く。先に到着した整備班の手によってメインゲートが解放されようとしているのが見えた。

 

ブライトはその細く開いた隙間に押し込むように、容赦なくニチテの腰骨を蹴って自分は後ろによろめいた。

前のめりにふらついてゲートに手を突いたニチテが、驚いた顔で振り向く。

 

「ブライト!? 今、おれのこと蹴った!?」

 

なんで妙に嬉しそうなんだ——

余計な事を言うのを一度我慢して、ブライトは体勢を持ち直し、真剣に言った。

 

「入ったらすぐに閉めろ。君の機体を動かして迎えに来い。おれはここにいる」

「な、なんで……? 危ないよ!」

 

ブライトはこの距離と巨大さもあって頭部どころか胸部すら見えない《メッサー》が、ず、と音を立てて一歩を踏み出してくるのを見た。

 

「おれがここにいなければ、ビーム兵装でゲートを破るはずだ」

 

ビームライフルにしろビームサーベルにしろ、大気中での使用は宇宙空間と大分勝手が違う——空気分子と粒子の衝突が、電離し臨界したプラズマ片を無作為にばらまく。装甲に穴を開けるほどではないが、生身の人間にそれが一つでも衝突すれば、人体は焼かれ、串刺しになってたやすく死亡する。

この二次放射による飛散の軌道を読むのは不可能だ——射撃の精確性は問題にならない。

だからこそ、ブライトがメインゲートの前にいる限り、《メッサー》は撃てない。その向こうでMSの出撃準備が進行していると分かっていても、ブライトの確保を進めるしかなくなるだろう。

 

(というのを……)

 

困惑したニチテの、揺らぐ丸っこい瞳と視線がぶつかって言葉に窮する。

 

今、手短に、何と説明すれば。

 

時間がない。

戸惑うニチテを見つめ、ブライトは言った。

 

「君ならできるからだ」

「……わかった!」

 

体を押し込むようにゲートに飛び込むニチテを見送って、《メッサー》の脚部に向き直りながら、ブライトは場にそぐわない、妙に懐かしい追憶に思考の端を焼かれていた。

 

(想像以上に、この言葉は威力があるんだな)

 

——あなたならできるわ。

 

その常套句でパイロットの少年を元気づけていた少女——セイラ・マスの高貴で甘やかな声をふと思い出して、懐かしいと共に妙に気恥しい心地にもなる。

あの戦いから四半世紀も経って、45歳にもなった自分が何をやっているのかと思わなくもなかったのだ。

 

思案するような僅かな沈黙の後、そのマニュピレーターが軋みながら開き、ゆっくりと伸ばされてくる。

ずっ、と重い地響きを伴って、掌が頭上を覆い、巨大な指がブライトの足元に檻のように突き立った。

指が閉じられるより先に、親指と人差し指の間に頭を突っ込むようにして至ってボリュームの少ない肉体をすり抜けさせる——よろつくように数歩走ると、アスファルトを掘り返した手が今度は行く手を遮るように叩きつけられ、砕片が激しく散って顔を打った。

 

「ち……」

 

皮膚にちりちりと走る痛みを感じながら、転ぶことはなく姿勢を持ち直す。

近すぎる《メッサー》の細部は確認できないが、この隙に恐らく確保担当の隊に通信を入れているはずだ。数分もせずに駆けつけてくることは推測できた。

 

(だが、その数分が欲しいんだ——ニチテの反撃に繋げるために)

 

ハンガーのゲートから引き離されないように《メッサー》の手を逃れながら、逃げ惑う。すでに全力疾走で限界に近い脆弱な脚は震えていて、破壊を伴う巨塊の手遊びに翻弄される。

震える膝が、ついに崩れたかと思ったその瞬間の事だった。

 

ぼっ——……ぼっ——……

ど、どぅ、どっ、どっ——……

 

どこまでも低く、太く重い——空振を伴う、バーニアの噴射音。

反射光を遮る巨影が、破壊された建物と広場、そしてブライトを呑み込んで黒々と落ちた。

 

「な……?」

 

ブライトは、空を見上げた。

そこには、《メッサー》とは全く異なる——しなやかな白いMSが、コロニーの疑似重力に抗うように優雅に飛行していた。

ブライトを追い回していた《メッサー》が真っ先に反応する。頭部バルカンが撃ちだされるが、浮遊する機体のバーニアがいっそう白く輝き、噴射炎で中空を焦がしするりと抜けるように飛行してその斉射には捕まらない。

 

その白い機体のシルエットに、ブライトは見覚えがあった——一時期は毎日のように、それが三機で連れ立って飛ぶのを艦橋から見ていたのだ。100年紀のMS戦のスペシャル・スタンダード候補とすら言われていた時期もあった高性能機。一応は《ユニコーン》の随伴機として設計された機体、そして『トライスター』の……

 

「《ジェスタ》……白いのは初めて見たが」

 

呟くブライトの耳に、微細な雑音もなく澄み渡る外部スピーカーの声が届いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

〈無謀ですよ、ブライト・ノア〉

 

甘やかに、囁くように、敬虔に、女が語り掛けてくる。

聞き間違えるはずもない——

メイ・ウチフヅ執行員の、どこか狂おしい笑みを含んだ声だ。

 

〈こんな野蛮極まりない連中の前に、御身を曝すなんて——あなたはまだ、ご自分の価値を認めていない。嘆かわしい事です。私が躾けて差し上げます〉

 

白い《ジェスタ》がゆっくりと降下してくる。《メッサー》とブライトの間を遮るように。

ウチフヅは、もはやその妄執と狂気を隠す気もないようだ。だが、ブライトへの執着はこの局面では利用できるかもしれない。ブライトはゆっくりと後退して、ハンガーのメインゲートに背をつけた。

 

「だが、まずはその野蛮な連中を片付けてもらわなければ」

 

疲労と緊張に震える笑みを声に含んで、白い《ジェスタ》の背中に語り掛ける。

それが上手くいったかどうかを知るより早く——《メッサー》が動いた。

 

■■■

 

ナイジェルは司令室から、ハンガー前の攻防の風景に何とも言えない気持ちを持て余していた。

 

「懐かしいモンを引っ張り出してきやがって……」

 

《ジェスタ》。ナイジェルにとってはかつての愛機だ。

時代の潮流の中で主力たり得ずにゆるやかに忘れられていった高性能機。型落ちといえば型落ちだが、その動作の精密性やフレキシブルさは十分に実用性を残している。

勘ばかり鋭い器用貧乏のインテリが目を付けそうな機体——そんな言い方もできるのかもしれない。

つまり、連邦政府側のイヌのような顔をして、得体の知れない欲望のために暗躍するニュータイプのような。

メイ・ウチフヅ……《ジェスタ》を駆る女のその煩わしい名前を、ナイジェルは鋭く漏らした吐息と共にほとんど声にせず口にした。

 

「あの女が所詮は賢しらぶったド素人で、戦場が見えてないのは助かるか……早く出て来いよ、ニチテ」

 

パイロットがMSを下りてくる様子がない以上、《メッサー》が別働に指示を出している可能性は高い。早く対応しなければブライトが捕まる。ブライトを確保するつもりなら、今のウチフヅのようにハンガーの前に棒立ちになっているのは悪手だ。だが、この局面で彼女に効率よく動かれるとどんどん打つ手がなくなるのも事実だった。

この状況で飛び出してきたウチフヅに、どんな意図があるのか。いや、多分何も考えていないのだ。動くつもりで用意をしていたようだが、『文化セクト』の強襲を知って押っ取り刀で駆け付けた。ブライトを取られないために。

市街地での襲撃計画といい、場当たり極まりない動きだ。意図は読めても、行動が読めるとは限らない——

 

「あの女も、好きな子にいいところを見せたい、くらいの気持ちで動いてくれてるとまだ可愛いんだけどな……!」

 

ナイジェルが祈るような気持ちで皮肉を吐き出した時、通信機の待機ランプが新たに灯った。

 

■■■

 

先んじて詰めていた整備班の退避が済み、メインゲートが開かれる。

青い《グスタフ・カール》に搭乗したニチテの目に飛び込んできたのは、見慣れない白い機体が灰色の《メッサー》を牽制するように手持ちの実弾兵装を振り回し弾をばらまいている光景だった。

 

「敵が増えてる……!」

 

それにしても妙に古臭い兵装だ——甲高く畳みかけるような銃声を拾ってしまう集音を慌てて絞る。《メッサー》は白い機体に押し出される形でハンガーからはやや離されているようだ。

足元に視界を絞る。メインゲートが開放された時に横に退避していたらしいブライトの小さな姿を、ニチテが乗る《グスタフ・カール》のカメラはいち早く見つけていた。

すかさず二体のMSから遮るように割り込んで擱座し、マニュピレータ―を上向けて差し出し、それにブライトがよじ登るのを確認する。

 

ハッチとコックピットの二重ロックを無造作に開け放ち、ニチテは身を乗り出した。

強い風に黒髪を乱して、ブライトが《グスタフ・カール》の指にすがりついている。心配になるほど細い腕が力み過ぎて震えているのが見えた。

 

「ブライト、大丈夫だった!?」

「ウチフヅだ!」

「あの白いやつ!?」

「ああ——……」

 

近づいてくる《グスタフ・カール》の掌からブライトを受け取るようにその手を取り、コックピットに引っ張り込む。軽すぎる体を抱き留めると、細い体躯からはふわりとかぐわしい熱が立ち昇って、嗅ぎなれた支給の石鹸の匂いが妙に甘く鼻腔をくすぐった。

ハッチを閉じきるのを待たず、熾烈な攻撃がニチテに殺到する。振り向きざまに放たれるウチフヅ機のビームライフル、《メッサー》のビームサーベル。花火のように舞い散るプラスマ片がぼつぼつとアスファルトに穴を開けているのを肉眼で認め、ニチテは片腕でブライトの腰を強く抱き留めたまま戦慄と共に呟いた。

 

「コロニーの中で、こんな攻撃!」

 

少女の薄すぎる腰を片腕に抱き締めたまま、スラスターを全力で噴かして、その場から距離を取る。着弾したビームがハンガーのメインゲートや外壁をチーズでも切るようにずぶずぶと切り裂いていく。

ようやくハッチが閉じ切って視界がモニターで確保されると、ニチテに抱き留められたままだったブライトが呻いた。

 

「そろそろ離せ、ニチテ」

「あ……ご、ごめん」

 

離されたブライトはコックピットの冷たい床に座り込み、追いすがってくる白と灰色の敵機を険しく見据える。その視線は束の間、無惨に破壊されたハンガーへと走った。

 

「ハンガーの方に行った隊員たちは……」

「おれが出る前に避難を終わらせてるよ」

「それは……まだよかったか」

 

ブライトの反応が煮え切らない理由は、なんとなくわかった。

隊が保有している数体のMSがハンガーには残されているが、こうなってしまうと今から駆け付けたMSパイロットがスムーズに搭乗し出撃できるかは怪しいところだった。ここはニチテ一人で押さえるしかないと考えるべきだ。

灰色の《メッサー》が2体、それに加えて《ジェガン》系列と思われる白いウチフヅ機。視界が確保されて正確に戦況を確認してしまうと、その戦力差にぞくりと震えすら走った。

 

「こいつら、こんなことまでしてブライトを確保しに……」

「舗装ランプの南東方向に地上部隊が展開してる。本来はMSが突入して炙りだした後に、彼らが速やかにターゲットを捕まえる手はずだったんだろうが、ここまで遅れたのは不測の事態があったんだろうな」

「不測の事態?」

「これじゃないか?」

 

ブライトはとんとん、とモニターに目まぐるしく映る白い機体をつついて示した。

 

「ウチフヅが襲撃を邪魔してる?」

 

ニチテはその事実を、噛み締めるように口にした。

《メッサー》の機関砲がニチテの足回りを優先して潰そうとしてくる。

ニチテはすかさず跳躍して躱し、急角度から実弾をばらまいて牽制する。空中で不安定な姿勢になったニチテの隙を逃さず、ウチフヅ機がスラスターを噴出させて舞い上がり、ビームサーベルで斬りかかってくる。

 

「そうやって跳んでくると——!」

 

悔し紛れに叫んで、初撃を咄嗟に繰り出したシールドでしのぐ。樹脂浸潤で強化されたポリイミド繊維の犠牲層がビームに焼かれてばらりと弾け、赤熱しながらばらばらと開くのがカメラ越しに見えた。

続けての一撃が放たれようとしたその瞬間、二体の《メッサー》がウチフヅ機に機関砲を集中させる。ウチフヅは弾丸を払い抜けようするかのように腕を振り回すが、それが実弾に通用するわけでもない。脚部に一撃を喰らって吹き飛ぶことでそれ以上の砲撃を受けるのを避けるが、大きく姿勢を崩して弾き飛ばされたウチフヅ機とは距離を取ることになった。

 

「混乱してるのは、連中も同じようだな」

 

Gに振り回される体を何とか固定するためか、ニチテのシートに後ろからしっかりと取りすがるように掴まって、ブライトが淡々と言った。

 

「それにしたって、こいつらを全部敵に回して倒すなんて!」

「潰し合わせるんだ。方法はある」

「どうやって——」

「まずは君が冷静になることだ、ニチテ」

 

鈴を転がすような澄んだ甘い声が、耳元で優しく名前を呼んだ。

それだけで顔にぱあっと熱が集まり、ニチテは黙らざるを得なかった。

ブライトは至って真剣に、続ける。

 

「ここは実験部隊の基地だ。今は喉仏に刃物を押し当てられているような心地だろうが——むしろ胸ぐらを掴んでいるのはこっちだと思うべきなんだ」

「胸ぐらを……」

「持ちこたえろ。君は孤立なんかしていない。味方が動いているのが分かるはずだ」

 

ニチテは混乱を振り払うように頭を振り、まだ顔が熱いのを感じたまましっかり前を見据えた。

 

「実感わかないけど……きみが言うなら、きっとそうだ!」

 

着地の衝撃を短時間の噴射で殺して、滑るように繰り出されてくる《メッサー》のビームサーベルをいなす。

この前のバイロットではない。この手の至近距離の戦闘では、練度が段違いに低いようだ。

伸び切った肘に入り込むように踏み込んでビームサーベルを持つ腕関節に肘打ちを入れ、重心を振り回すようによろつかせて即座に胴を叩き潰すような蹴りを入れてやる。

 

「見ていて、ブライト——おれは、いくらだって戦える!」

 

アスファルト片を撒き散らして吹き飛ぶ敵機を煽るように左腕をびしりと突き付けて、即座にやってくるコックピットを揺らす反動に耐える。ニチテの《グスタフ・カール》の左前腕にマウントされた擲弾機構から撃ち出されたグレネードが《メッサー》の堅牢な頭部をしたたかに捉え、爆砕するのが激しい炎と電光の中に見えた。

 

「武器庫だな……この世代は」

「全部そうだよ、MSなんて!」

 

呆れたように呟くブライトに元気よく答えた瞬間、弧を描くように回り込んできたウチフヅ機がビームサーベルを振りかぶってくる。

すかさず運足して攻撃範囲から抜け出しながら、ニチテは叫ぶ。

 

「なんでブライトを狙うんです、あなたが!」

 

世界が折り重なるように、モニターに映る破壊されていく基地とは異なるもう一つの宇宙が展開される。吐息がかかるほど近くに、狂信に取りつかれた緑色の瞳がぎらぎらと光る。

感応——他者を近しく感じるそれが、ひどく負担に感じる。その魂が持つ歪んだ熱が、肌を炙るかのようだ。

 

〈ニチテ・サウザン……その人の本当の価値も知らないくせに、ナイト気取りですか〉

「価値なんてこと、あんただって思ってないはずだ!」

 

嘲るような囁きに、声を荒げて抗う。

 

「考えてることは同じはずでしょう、状況に潰されてブライトを犠牲にするのは嫌だって……なんでこんなことになっちゃうんですか!」

〈そのために私ができることが、これだからです〉

「あなたは頭がいいのかもしれないけど、その頭で自分を騙してばっかりだ!」

 

斬りかかる直前でぐるんと回されたビームの刃が足首を貫こうとするのを交わし、頭部バルカンで牽制する。その挙動をきっかけにしたかのように感応が途切れ、ニチテはウチフヅ機から距離を取った。

 

「ニチテ、ウチフヅと何の話を?」

 

シートに縋りついたブライトが尋ねてくる。同じコックピットにいるだけでは、今の会話は分からないようだ。それに応えようとニチテが口を開いたその時、モニターに新たな機影が現れた。

 

「……また新手だ!」

 

悲鳴じみた声で、ニチテは呻いた。

 

■■■

 

《メッサー》腰部のスタビライザーでエアブレーキを利かせて降下していく。

空中に残された偽装トレーラーが、基地からの砲撃を受けて爆散し、その破片を無重力エリアに漂わせている。

この砕片を除去するのはかなりの手間になるだろう——もちろん、自分の知ったことではないが。

 

アンジェロ・ザウパーは望遠視角に映る乱戦の模様を眺め、無表情に指向性スピーカーのスイッチを入れた。

 

「あの白いのから潰す。徹底的にやれ」

 

その場に可聴音波が届くまでの数秒のラグを追い抜くように加速して、戦場へと向かう。

冷たい戦意が機体の各センサー越しに天蓋のように戦場を覆い、基地の設備や戦闘員たちの挙動までをも肌で感じるように把握されていく馴染みのある感覚を、アンジェロは無感動に、ただそこにあるものとして噛み締めていた。




※空気中のビーム兵装の二次放射については、ほかのシリーズではこの設定ってなかったと思うんですが、「閃光のハサウェイ」の文中で言及があったのでこのSSでは採用しています。

次回更新は11月2日の18時ごろです。


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