〈ナイジェル隊長、所定のポイントに到着しました〉
〈装置起動に30秒、集合エミッタのチューンに180秒、座標算出に120秒必要です〉
スタンとテオの声が通信機ごしに届いた。
モニターを確認すると、崩壊しかけた隊舎の屋上と、少し離れた車両格納庫の屋上に、それぞれ少年たちの小さな姿が現れていた。ザイルと滑車で引きずられるように押し上げられて、くだんの特殊兵装の黒い筐体がのろのろと現れる。
この特殊兵装——『SW』は相似の装置二つでワンセットになっている。そのため連携の取れた二体のMSに搭載して運用するアイデアも初期にはあったらしいが、すぐに頓挫した。
理由は言うまでもない。重いわりに使い道が少なく、取り回しが悪い。威力が高いというわけでもない。欠陥だらけの兵装で2体のMSを潰すことになる。自分が現場のパイロットだとしても、断固として取り付けを拒絶するところだ。
「5分半ね。まあ、急かしたところで早くできるってもんでもないからな……着実にやれよ」
取り回しの悪さは最初から納得していたところだ。急かすのを諦めてゆっくりとため息をつき、ナイジェルは通信の向こうの少年たちの緊張をほぐすように軽い口調で言い切った。
ウチフヅの《ジェスタ》が鋭い機動で逃れた場所を、上空から降り注いだ弾丸が貫く。更に完全に推力を切って自由落下してきた新手の《メッサー》が、空中で突然片脚をぐるんと振り上げて半回転し、装甲の重なり合う堅牢なフットパーツの踵を《ジェスタ》の背中に叩き付けた。
巨大な高出力スラスターを生やした《ジェスタ》のバックパックが激しく凹み、黒煙を上げて小爆発を起こす。それ以上の追撃を躱すためか、なかば前に転がるように《ジェスタ》が疾駆し、その新手の《メッサー》と距離を取った。
「足癖が悪い機体がいるな」
「そういう問題かなあ!?」
ぽつりと重々しく呟いたブライトに思わず声を上げて聞き返しつつ、ニチテは自分に完全に背を向けている灰色の《メッサー》に弾丸を浴びせた。
ぐいん、と突き出された《メッサー》のシールドが弾丸を受け流し、シールドに取り付けられた砲門の向こうに火花がかすかに散るのが見えた。犠牲層繊維が滑らかに光るシールド表面の溶接処理痕が、わずかな日差しの反射で一瞬だけ目に焼き付く。
「こいつだ! 病院を襲ってたのは——」
言葉半ばでニチテは勢いよく飛び退り、《メッサー》のシールドから放たれ次々に着弾するファランクスを間一髪ですり抜けた。
ニチテはホルダーから弾き出すように吐き出させたビームサーベルのシャフトを空中で掴み、一度は開いた距離を詰めるように飛び出す。体勢を極端に低く、《グスタフ・カール》の頭部が《メッサー》の胴体に潜り込むほどに——
猛進を片手間にいなせず、向かい合わざるを得なくなった《メッサー》の死角から、今度はウチフヅの《ジェスタ》がレーザーライフルを浴びせてくる。
意図せずに発生した、即席のコンビネーションだった。
「手ごわい奴から叩く!」
ニチテは止まらなかった。重心を落とした低い体勢からビームサーベルのシャフトを突き出し、刃の軌道が《メッサー》を捉えると見た瞬間だけ力場と臨界粒子を展開する。間合いをじりじりと意地悪く外し、刃の軌道すら読ませない。
だが、灰色の《メッサー》はその小細工すら読み切ってニチテの猛攻に捕まらずフットステップを繰り返す。巧みな体捌きだが、そのたびに浴びせられるウチフヅの射撃はしのぎきれないようだ。ついにビームが装甲を削り、赤熱した点をぽつぽつと宿すのが見えた。少し間を置いて熱された装甲が流れ出て、ぼつっ、と穴が開く。
「このまま、この《メッサー》を潰す——」
「いや。下がるんだ、ニチテ。後ろのハンガーに突っ込むまで!」
緊張した声音でブライトにぴしゃりと言われ、ニチテは考えるより先に操縦桿を叩いていた。スタビライザーを噴射して地を蹴った《グスタフ・カール》が混戦の戦場から離脱した瞬間、ウチフヅの純白の《ジェスタ》ごしに浴びせられたビーム・ライフルが光のシャワーとなって降り注ぐ。
頭部を潰したまま放置していた《メッサー》からの射撃。ニチテと乱戦していたこの腕利きの《メッサー》から何かしらの誘導があったのだろう、固定砲台と化したその機体の射撃は意外なほど正確だった。
ウチフヅ機が大きく被弾し、もちろん流れ弾を避けた《メッサー》はその場を素早く離れている。崩れて金属塊と化したメインゲートをごしゃっ、と踵で蹴って、ニチテは《グスタフ・カール》の体勢を持ち直した。
「ウチフヅさんがあのまま潰される!」
溶け落ちた関節を音高く軋ませて武器を構える《ジェスタ》に、稼働できる二機の《メッサー》が迫る。
「潰させておけ。その間は連中の背中が空く」
「それはよくないって!」
焦った声を上げて、ニチテはビームサーベルを振り回し、固定砲台化した頭部損壊の《メッサー》を切り倒した。棒立ちから膝を破壊されて、舗装広場につんのめるように巨体が沈んでいく。
横倒しに叩きつけられてややひしゃげた胸部ハッチが開くのが見えた。飛び出してくるパイロットを踏み殺すわけにもいかず、外部スピーカーで声を響かせる。
「こちらニチテ、《メッサー》1機を制圧! パイロットは生存、徒歩で逃走中! 地上部隊は拘束を!」
「空気と重力があると面倒も増えるか……」
「面倒とか言わない!」
宇宙戦ではなかなか発生しない事態なのだろうか、感心したようなブライトの声にすかさずぴしゃりと言い切る。
(敵はこっちを見てない——チャンスなのかもしれないけど)
二機の《メッサー》の猛攻に、ウチフヅは大きく下がってニチテから引き離されている。ブライトが指摘した通り、《メッサー》の背中がニチテに向けられる形になっていた。
今は完全にウチフヅを潰そうとしている敵だが、しかしニチテから完全に注意を逸らしているとは思えない——
異様な緊張感が戦場に満ちているのを、ニチテは敏感に感じ取っていた。
(何かが起きる。でも、それは——何なんだ?)
ちりちりと逆立つ神経が何かを受け取ったように、毒に満ちた二重空間が垂れ込める。
感応が引き起こされている——あの灰色の《メッサー》のパイロットだ。歪み、揺らぎ、苛立つような紫に輝くインナースペースで、凶悪で秀麗な横顔が微笑している。
〈何かと思えば、女連れで踏みとどまって戦っているのか。悪手だな、ガキめ〉
荒んだ精神から響き渡る冷たい声にぞくりと震えあがって、ニチテは叫んだ。
「だって、ここで戦わなきゃ、どこまでも追いかけられておしまいだ! お前たちみたいな奴に……!」
〈賢くなれ、坊や〉
歌うように、灰色の《メッサー》のパイロットが言った。
〈このわたしが賢い方法を教えてやる。女をそのコックピットから蹴り落として、全てを忘れる。それだけだ〉
悪意。諦念。
流れ込んでくる。
どす黒く垂れこめて、心を染めていく——
「ふざけるな!」
抗うように、満身の怒りを込めて叫ぶ。気が付けばビームサーベルを腰だめに構えて、弾丸のように飛び出していた。
「ニチテ、今は——……!」
焦りに満ちたブライトの囁きが、妙に耳に残った。
アンジェロ・ザウパーにとって、この戦場はままごとのように見えた。
まず、平たい肩とアームつきシールドが特徴的な白塗りの機体。
これは乗っているのは素人だ。操縦の技術自体はあるが、行動が直線的で散発的すぎる。
『文化セクト』の襲撃が始まってから押っ取り刀で駆け付けてきた。『文化セクト』とは異なった立場から、同じ目標実体を狙っている誰か。つまり市街襲撃の首謀者か、それに連なる人間がパイロットだろうと当りをつけておく。
青の《グスタフ・カール》——
こちらは病院で戦った時と同じパイロット。この『実験部隊』の人間だろう。
かなりの激情家のようだ——これについては以前の戦いから思っていたことだが。大したことも言わないうちから挑発に乗ってくれている。
「頭が煮えてる若いパイロットは御しやすい」
冷ややかに笑って、視線を正面からは外さずただ肌感覚だけで被弾した純白の機体の行動を確認する。
純白の機体は膝を突いている。脚に被弾して姿勢を低くし、膝頭をランプに突いて転倒を避ける——その姿勢から即座に攻撃に転じる、あるいは追撃を避けるための牽制に留めるとしても、この手の機体に取れる手段は限られている。
シィィッ、とかすかに空気がこすれる音を集音が拾う——射出機構のベントを抜ける高圧ガスの音。
次の瞬間には、白い機体の腰部から撃ち出されたグレネードの黒影が宙を舞う。
(狙いも絞らずに当たるものかよ)
連邦の機体にしばしばみられる、腰部に装着された射出機構つきグレネードラック。戦場に慣れていない素人なら、追撃の恐怖に負けて真っ先にこれに手を出すのは見えていた。
冷笑がアンジェロの唇をゆがめた。
(わたしの為に、目隠しをしてくれるというわけだ……)
スタビライザーを白く噴かして、後ろに短くジャンプする。
アンジェロの《メッサー》が飛び退った直後に、青い《グスタフ・カール》がこのグレネードの引き起こした爆炎に突入する形になる。MSのセンサー類にとっても十分に目隠しとなりうる煙と炎に巻かれた機体に向けて、アンジェロは僚機の《メッサー》と共にレーザーライフルを向けた。
「脚を潰して武装をもぎ取れ。パイロットは殺していいが、同乗者を回収する必要がある」
手短に告げて、引き金に指を掛ける——
視界を限定した状態での、レーザーライフルの十字砲火。このパイロットに逃れる手段は、もはやない。
コヒーレント光が揺らめいてレーザーライフルの銃口付近を照らし、臨界粒子が奔流となって撃ち出されるその直前に、アンジェロは手を止めた。
「……?」
耳鳴り。
幻聴。
それはアンジェロもこの長い彷徨で慣れ親しんできたものだった。だが、違う、これは。いま鼓膜をすり抜けて、脳髄を揺らそうとしているかのような、これは。
〈何だ、この音は……?〉
僚機の呆然とした呟きが、アンジェロの耳朶を打った。
「ハニカム構造のエミッタから生成された複合位相の超音波が、二地点から照射されることで相互に独立パターンへ展開する……それがどういうことかなんておれに聞かないでくれよな、説明なんてできるわけないんだから——」
モニターを食い入るように睨みながら、ナイジェルは皮肉な笑いと共に呟いた。
「要はとんでもない、指向性スピーカーだ」
よく見れば《メッサー》の1つが止まっている。これがその効果だというのだろうか。
あるいは、ろくに動いていないのかもしれない——そんな不安は常に付きまとっていた。
「二か所から照射された超音波が、MSの分厚い装甲に焦点を結ぶ形で干渉が始まり……これによって音波の位相が三次元的に書き換わる。装甲そのものが音波の発信源になる」
音は空気がなければ伝わらない。それだけで、この兵装が使える場所はだいぶ限られてしまう。だが、逆に言えば、空気がある限り音から逃れることはできない。
「つまり……」
《メッサー》の1つが突然ばたばたともがいてバランスを崩し、隊舎の残骸にもつれるように倒れ込むのを細めた瞳で確認し、ナイジェルは皮肉な笑みと共に呟いた。
「可聴域の暴力的な騒音が、パイロットの人体——狙いを外したとしても、MSのコックピットの中を荒れ狂うってわけだ。平衡感覚の消失、頭痛、失神、毛細血管の破裂。人道的だろ?」
突然誤動作を起こして赤子のように暴れ出し、倒れ込んだ僚機からアンジェロは距離を取った。アンジェロを悩ませる耳鳴りのような音はまだ続いているが、それを圧するかのように通信の向こうでは僚機のパイロットが絶叫していた。
うるさい、たすけてくれ、頭が割れる——
「何を言っているんだ? きさまの声以外聞こえない!」
〈いたいいたいいたいいたいっ! この音を止めてくれ!〉
会話が成り立たない。アンジェロは舌打ちをして通信を切った。これでは僚機は役に立たない。
遅れてアンジェロだけが爆炎に向かって斉射を浴びせるが、このラグと散発的な攻撃に捕まるほどパイロットの技量は低くなかったようだ。ビームサーベルを振りかぶって、突進してくる。
〈その武器を捨てろ!〉
《グスタフ・カール》のパイロットが絶叫している。コロニー内の戦闘にはもとより向かない武器だ。出力を可能な限り絞ってはいるが、飛散によって外壁を傷つける可能性は常にある。アンジェロは薄く笑ってビームライフルをあっさり手放し、ビームサーベルのシャフトを掌の中に射ち出した。
力場にキャプチャされピンクに輝く粒子の刃が振り下ろされるのを、同じく振り上げた刃でがっちりと受け止める。
飛び散るプラズマ片が、モニター越しの視界がちらつくほど眩く輝いた。
「ライフルが無ければ勝てると思ってるなら——」
スタビライザーを起こすと共に力強く地を踏みしめて前に体を送り出し、《グスタフ・カール》を突き飛ばしながら、アンジェロは鋭く吐き捨てた。
「ナメられるのはシャクだね、タマ無しが……!」
凶悪な戦意が、凍てついた魂を炙る。ここでしか感じられない昂ぶりが、アンジェロを生身の男に戻してくれる。
ブライトは白んだ視界をなんとか取り戻そうと目をしばたたかせ、必死にパイロットシートにすがりついていた。
散乱する光束とスパークが全周視界のモニターに映る映像の半分以上を白く焼いているようにすら見えるが、ニチテには戦場が問題なく見えているようだった。
「ここまで押し込まれてよく踏みとどまる……!」
「それっておれのこと!? 敵のこと!?」
「敵の方だ」
思っていたより元気よく尋ねてくるニチテに答えながら、なんとか振り回される視界を落ち着けてて必死に戦場を把握する。
ニチテが頭部を潰した《メッサー》は脚部も破壊されて完全に沈黙し、さっきまで連携していたもう一機の《メッサー》はランプ上に崩れ落ちたままぴくりとも動かない。脚部が半壊したウチフヅの《ジェスタ》が立ち上がろうとしているのが視界の端に映る。
「おれのことも、っ褒めたって、いいんじゃないかな!」
「別に敵のことも褒めてはいないんだが……」
ウチフヅのあの挙動で、今の灰色の《メッサー》と切り結んでいるニチテに食い下がれるとは思えない。そちらに注意を向ける必要はないだろう。
ニチテは灰色の《メッサー》と肉薄してめまぐるしく運足し、体捌きを入れ、飛沫のように二次放射のプラズマ片を散らしてビームの刃で切り結んでいる。どちらの腕が上とは、この視座からは断言できなかった。
(こう見えるのか、パイロットからは)
ブリッジにいてはまず実感することのない、限られた視野と肌に感じる切迫感。そこに身を置き戦ったのだろう部下のパイロットたちの顔を思い浮かべている暇は——正直に言えば、全くなかった。慣性で放り飛ばされそうな体を繋ぎとめようと、片手で何とかパイロットシートにしがみつく。
灰色の《メッサー》を攻めあぐねているようだ。
「こんな奴、どうやって倒したら!」
ニチテが苛立ったように声を上げた。良くない兆候のようだ。
命のやり取りはパイロットを昂らせ、状況判断を狭めてしまう。有利に傾いた状況でも、それが命取りになるのはままあることだ。
「ニチテ!」
ブライトは鋭く呼びかけるが、ぎらつくニチテの瞳はモニターから離れない。ブライトはすがりついたシートごしに右手をなんとか伸ばし、ニチテの熱い頬を宥めるように撫でた。
ひんやりとした掌にニチテの熱が滲んでくる。
だいぶ頭に血が上っているのが分かった。代謝の低すぎるこの冷たい手がいくらかその熱い思考回路をぬるめたことを期待して、ブライトは戦場の騒音にかき消されないよう、ニチテの耳元に唇を寄せて静かに言い切った。
「いいか。戦況は変わってる。敵は撤退を考えるフェーズだ」
ニチテは凍り付いたように固まって、何一つ返事をしなかった。
ただ《グスタフ・カール》がますます研ぎ澄まされた挙動で立ち回り続け、《メッサー》の刃をしのいでいるのだけが分かった。
「あの《メッサー》をこの基地の戦力が押さえた。味方が君を支えていることは、もう実感しているはずだ」
「ひゃ、ひゃい……」
「あるゆる懸念を忘れて、ただ君の技量を叩き込め。今の君はそれが許されている、幸運なパイロットだ」
ひたひた、とニチテの頬を最後に軽く叩き、姿勢を離す。
ニチテはしばらく、呆然とモニターを眺めていた——
「ブライト」
「? どうした……」
「おれ」
呟くように、ニチテは言った。
「今なら、どんな敵にだって勝てる気がする……!」
届いたということだ——その答えに、ブライトは満足していた。広い宇宙の中、ともすれば孤立しかねないパイロットに、確かな連携と思いを。それは状況によってはとても難しい事だからこそ、今それを成し遂げたことに意味がある。
満足していたが、少しだけ。
(本当におれの言ったことを聞いてるのか、ニチテは?)
少年の真っ赤に染まった耳を見て、そう思わなくもなかった。