「納得いかないですよ!」
ニチテは声を荒げて叫んだ。
地球連邦政府のエージェントと名乗った女は、少年パイロットの率直すぎる抗議に眉一つ動かさず淡々と告げる。
「観察期間は二週間程度です。その間はこの施設からの外出は許可できません」
「おれが何か犯罪でもしたみたいじゃないですか……! あれは機体のトラブルです! パイロットなら、いや何か機械を使う人になら誰にだって起きることですよ」
「今回のインシデントは、調査の結果、極めて属人的な要因によるものと結論付けられました。ニチテ・サウザン、あなたがパイロットでなければ起き得なかった事態です」
「言いがかりだ……!」
無意味だと知りながら、思わず食い下がる。
女はさっとかぶりを振り、話はこれで終わりだとばかりにきびすを返した。
面談室に残されたニチテを、連邦軍の制服を着た男が無言で立たせ、外へ引っ張りだす。
(この事故が、おれじゃなきゃ起きなかったって? おれの操縦は完璧だったのに!)
居室へ引っ立てられていきながら、ニチテは腸が煮えくり返る思いでいた。
ニチテが新機体のテストパイロットに抜擢されたのが一週間前だ。白い塗装の異常な高スペックMS。仮称は英字と数字の羅列だったので誰も呼ばず、いつの間にか誰もが連邦の伝統と精神に従って《ガンダム》と呼ぶようになった。
あの日行っていたのは短時間のテスト飛行と出撃シークエンスの確認。ニチテが失敗することなどありえない内容だ。全て予定時間内に終わらせ、ロンデニオンの基地につつがなく帰還できるはずだったのだが……
機体の暴走。
そうとしか言いようがなかった。使ってもいない機能が次々に立ち上がり、サイコフレームの励起が始まった。コロニー内で対処を誤れば大惨事に直結する。機体の一部機能を手動で停止させ、時には工具を振り回して短絡まで引き起こし、必死に対処し続けた。
バランスを失った機体を人工湖に誘導したのを最後に、まともな駆動もできなくなって——
(あのおじさん……)
たまたま人工湖の近くにいた中年の男の姿を、ニチテは思い出していた。
彼については、壊れかけたカメラがとらえたノイズだらけの映像で見ただけだ。黒い髪、比較的長身の、どこにでもいそうな民間人のようだったが、度胸に溢れ、声も通る。軍役の経験がある人物だったのかもしれない。水没の危険を警告し、ニチテの救助に協力してくれた。
だが、その最中にまたサイコフレームの暴走が始まったのだ。実際にあれが何の機能だったのかすらわからない。抱いて寝るほど何度も読み込んだマニュアルに、全くない挙動だった。
とにかくその結果男性は湖に落ち、直後に到着した僚機が自分と男性を救出してくれたらしい。らしい、というのは、男性が落ちていく景色を最後にニチテも意識を失ったからだった。
男性もこの施設——連邦政府の特殊医療施設に収容されたということらしい。
最初はここで治療を受けられるならと疑問も感じなかったが、あの女のニチテへの態度を見ると疑わしくもなってくる。主目的は治療ではなく拘束なのだろう。もし民間人であるあの男性に不利益が及ぶなら、ニチテとしても責任を感じずにはいられない。
(機密を目にしたから、ってことか……? それにしたってあのおじさんの責任じゃない)
ニチテはイライラと思考を巡らせた。
つくづく軍人というものは、民間人が被る不利益をまるでないもののように考え過ぎる。あの人にだって生活があるはずだ。何より今は戦時下ではない。生命や安全のために引き起こされたやむにやまれぬ事情でも何でもなく、ただ連邦軍が用意した機体の不備による事態で、あの男性が割を食うのを当然のことと肯定する思考はニチテにはなかった。
ニチテはまだ十六歳だった。年端もいかない下っ端のパイロットが民間人のために怒ったところで何も変わらないかもしれない。だが、事態の困難さは考えることを止める理由にはならないはずだ。
自分の居室のベッドに戻って通信が制限されたデータパッドをいじりながら、ニチテは呟く。
「とりあえずあのおじさんに連中が好き勝手なことをやるのは止めさせるんだ……しっかり睨みを利かせないと」
誓いのようにそれが響いた、直後。
居室のドアが静かに開かれ、先ほど物別れしたばかりの連邦政府の女が入り口に現れた。
「ニチテ・サウザン」
「なんなんです、さっきから! 話すなら一度に話してください!」
フルネームで呼ばれて思わず立ち上がり、苛立ちをぶつける。
「再訪したのは、事態に変化があったからです」
「変化?」
「ええ」
女は無表情にうなずいた。
「あなたと一緒に保護された民間人の容態が安定し、ドクターからの許可が出ました。聴取に同席してください」
「民間人……おれを助けてくれた、あの人が!」
あの男性が意識を取り戻し、命に別条がない状態であることも分かったようだ。こちらから申し出るまでもなく彼の聴取の同席を要求されるのはニチテとしても渡りに船だった。これは矛を収めざるを得ない。
力んだ怒り肩をゆっくりと落ち着けて、ニチテはため息をついた。
「今すぐ行きます」
女は入り口から動かないようだ。ニチテはデータパッドを充電ドックに置きながら、この女の名前すら聞かされていないことをいまさら意識していた。