一人ぼっちになりたくて   作:Bera Abeliūnaité

1 / 1
1 空港

1 空港

 

 

「あ」俺は右手を振った。

 幼馴染は、少し離れたところに立っていた。コーヒーを啜っていた彼女は、俺に気がつくと、小さく頷いてこちらまで歩いてきた。

身長百五十六センチ、体重三十六キロ。あどけない顔立ち、脂肪のない薄いまぶたに豊かなまつ毛。薄いシャンパン色の瞳。桜色の頬。黒のショートカット。痩せっぽっちで、まるで男の子のような身体は、黒のパンツスーツに包まれている。俺より三才年上の幼馴染。空はニヤリと笑った。「よっ、変わってないね」

「そっちも」最後に会ったのはハロウィン。一ヶ月やそこらなのだから、変わるはずもない。

「なんか食う?」

 俺は、小袋に入ったアーモンドを口に含んだ。「奢ってくれんの?」

「うん」

「軽くで良いや。さっき食った」

「牛丼?」

「朝定食。大盛り四杯」

「おけおけ。サブウェイで良い?」

「ごっつぁんです。ん?」

 俺は、周囲を見渡した。

 ここは空港の出入り口。周囲には、たくさんの利用客や従業員。送迎の車やレンタカーが、ひっきりなしに動いている。

「どうかした?」

「……いや」俺は首を傾げた。視線を感じたのだけれど、気の所為かもしれない。あるいは、視線の主は空を見ていたのかも。部屋では下着でうろついてアイスクリームを容器から食べるような奴だけれど、一応美少女と言える見た目をしているわけだから。

 空は、俺が手に持っているものを見た。「キックボードで来たの?」

「便利なんだよ。ジョギングよりも速いし、下り坂は普通に速いし、ブレーキも付いてるから安心だし。小さく畳めば電車にも乗れる。駐輪場が混んでても、ちょっとしたスペースにねじ込めるし。ハンドル外せばめちゃくちゃスリム。人口が増えるこれからの時代、キックボードが主流になると確信してるね、俺は」

「ふーん」空はあんまり興味なさそうに頷いた。「それで移動してんの?」

「最近は全部これ。通勤も通学もウーバーイーツも」

「良い運動になりそう」

「オススメ」

「ぼくはいいや。空飛ぶよ。透明になれるから」

「そ」俺は人々とすれ違いながら、前に進んだ。この人たちはこれから帰るのだろうか。そうかも知れないし、帰国前の腹ごしらえに向かうのかもしれないし、空港土産を買いに行くのかもしれない。俺達は、Subwayの前に伸びる列に加わった。「スウェーデンだっけ」

「うん」空は頷いた。「外交官と食事」

「かっこよ」

「ふっ」空は得意げにほくそ笑んだ。「会談の警護。デンマークで事前の顔合わせする。先方が知り合いだから、奢ってもらっちゃう。一応デンマークのは業務じゃなくてプライベート。一緒する? あっちも嫌とは言わないよ」

「そりゃ言わないだろうけど」そこは社交辞令だと思っておくのが無難だろう。「俺はいいや。緊張で味わかんなくなりそうだし。相手どんな人?」

「酒が好き。変な絡み方しなければ細かいこと気にしないタイプだよ。ぼくだってそいつと初対面の時は、へ……、へへ、……ふへ、って感じの愛想笑いしか出来なかったけど、なんだかんだ仲良くなれたっぽいし」空は小さく笑った。「仲良くなれたのかな。あんま実感ないけど、ぼくはあんまり緊張しなくなったかな」

「そっか」まあ、良い人なんだろう。たぶん。空の表情はなんとも言いにくい感じ。けれど、少なくとも嫌なことを話している感じではなかった。

「スウェーデンの仕事が終わったら、一週間休み。北極圏に行くかもしれないし、イギリスの方かも」

「良いね」俺の頭にはオーロラやシロクマ、フィッシュアンドチップスが浮かんだ。

「そっちはフィンランド?」

「二、三日だけね。物価高いんだろ?」

「まあね。あんま良くないけど、三日くらいならぼくは空港で寝泊まりしちゃう。ヘルシンキの空港ならスーパーもあるし安く抑えられるよ。それかカウチサーフィン」

「俺もそうするか」

「荷物そんだけ?」

「うん」俺は少し大きめのリュックサックを背負っていた。右手にはキックボード。荷物はこれで全部だ。

「身軽で良いじゃん」

「もう少し減らしたかった」

「三ヶ月?」

「九十日」

「そっか。楽しめよ」

「うん」俺はアーモンドを口に含んだ。小袋が空になった。




続きはKindleでもお読みいただけます。

無料配信期間は短いので、良ければお楽しみください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。