一人ぼっちになりたくて 作:Bera Abeliūnaité
1 空港
「あ」俺は右手を振った。
幼馴染は、少し離れたところに立っていた。コーヒーを啜っていた彼女は、俺に気がつくと、小さく頷いてこちらまで歩いてきた。
身長百五十六センチ、体重三十六キロ。あどけない顔立ち、脂肪のない薄いまぶたに豊かなまつ毛。薄いシャンパン色の瞳。桜色の頬。黒のショートカット。痩せっぽっちで、まるで男の子のような身体は、黒のパンツスーツに包まれている。俺より三才年上の幼馴染。空はニヤリと笑った。「よっ、変わってないね」
「そっちも」最後に会ったのはハロウィン。一ヶ月やそこらなのだから、変わるはずもない。
「なんか食う?」
俺は、小袋に入ったアーモンドを口に含んだ。「奢ってくれんの?」
「うん」
「軽くで良いや。さっき食った」
「牛丼?」
「朝定食。大盛り四杯」
「おけおけ。サブウェイで良い?」
「ごっつぁんです。ん?」
俺は、周囲を見渡した。
ここは空港の出入り口。周囲には、たくさんの利用客や従業員。送迎の車やレンタカーが、ひっきりなしに動いている。
「どうかした?」
「……いや」俺は首を傾げた。視線を感じたのだけれど、気の所為かもしれない。あるいは、視線の主は空を見ていたのかも。部屋では下着でうろついてアイスクリームを容器から食べるような奴だけれど、一応美少女と言える見た目をしているわけだから。
空は、俺が手に持っているものを見た。「キックボードで来たの?」
「便利なんだよ。ジョギングよりも速いし、下り坂は普通に速いし、ブレーキも付いてるから安心だし。小さく畳めば電車にも乗れる。駐輪場が混んでても、ちょっとしたスペースにねじ込めるし。ハンドル外せばめちゃくちゃスリム。人口が増えるこれからの時代、キックボードが主流になると確信してるね、俺は」
「ふーん」空はあんまり興味なさそうに頷いた。「それで移動してんの?」
「最近は全部これ。通勤も通学もウーバーイーツも」
「良い運動になりそう」
「オススメ」
「ぼくはいいや。空飛ぶよ。透明になれるから」
「そ」俺は人々とすれ違いながら、前に進んだ。この人たちはこれから帰るのだろうか。そうかも知れないし、帰国前の腹ごしらえに向かうのかもしれないし、空港土産を買いに行くのかもしれない。俺達は、Subwayの前に伸びる列に加わった。「スウェーデンだっけ」
「うん」空は頷いた。「外交官と食事」
「かっこよ」
「ふっ」空は得意げにほくそ笑んだ。「会談の警護。デンマークで事前の顔合わせする。先方が知り合いだから、奢ってもらっちゃう。一応デンマークのは業務じゃなくてプライベート。一緒する? あっちも嫌とは言わないよ」
「そりゃ言わないだろうけど」そこは社交辞令だと思っておくのが無難だろう。「俺はいいや。緊張で味わかんなくなりそうだし。相手どんな人?」
「酒が好き。変な絡み方しなければ細かいこと気にしないタイプだよ。ぼくだってそいつと初対面の時は、へ……、へへ、……ふへ、って感じの愛想笑いしか出来なかったけど、なんだかんだ仲良くなれたっぽいし」空は小さく笑った。「仲良くなれたのかな。あんま実感ないけど、ぼくはあんまり緊張しなくなったかな」
「そっか」まあ、良い人なんだろう。たぶん。空の表情はなんとも言いにくい感じ。けれど、少なくとも嫌なことを話している感じではなかった。
「スウェーデンの仕事が終わったら、一週間休み。北極圏に行くかもしれないし、イギリスの方かも」
「良いね」俺の頭にはオーロラやシロクマ、フィッシュアンドチップスが浮かんだ。
「そっちはフィンランド?」
「二、三日だけね。物価高いんだろ?」
「まあね。あんま良くないけど、三日くらいならぼくは空港で寝泊まりしちゃう。ヘルシンキの空港ならスーパーもあるし安く抑えられるよ。それかカウチサーフィン」
「俺もそうするか」
「荷物そんだけ?」
「うん」俺は少し大きめのリュックサックを背負っていた。右手にはキックボード。荷物はこれで全部だ。
「身軽で良いじゃん」
「もう少し減らしたかった」
「三ヶ月?」
「九十日」
「そっか。楽しめよ」
「うん」俺はアーモンドを口に含んだ。小袋が空になった。
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