彼女はかつて魔法少女だった。   作:杜甫kuresu

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平和オーバードーズ
オーバーヒート


【個人的に、私が居なくても仲良くして欲しいかな。たとえ宇宙人でも】

 

 一番望んでいたアンタが居なかった。私は何も出来なかったから。

 

 ずっと耳鳴りがする。

 死体すら見つからないまま、彼女は葬儀も執り行われずに社会から消えた。世界がつつがなく回っていくのは、パーツの欠けた機械が空回りしているみたいで、嫌だった。

 

 でも実際はぐるぐるぐるぐると、あてもなく回っている。まるで手束ツミキと呼ばれた女の子は世界の必須パーツではないと言いたげで(いや、きっとそうなのだ)、私は現実が認められないまま今日も学校に座り込んでいる。

 

「そう言えば聞いた? あのプロダクターってやつ! 宇宙人だよね!?」

「聞いた聞いた。政府の名付けセンスが厨二病すぎてドッキリかと思ったわ、漫画の読みすぎってやつ?」

 

 クラスメイトが本を読んでいる私なんていないかのように、一つ前の席の机に腰を落ち着けながら大きな声で喋っていた。

 ドッキリであった方が、マシだった。

 

「そうならいいけどね」

 

 伝える気もない呟きだったものだから、当然休み時間の喧騒に紛れて聞こえないようだった。

 クラスメイト達は、私とツミキがどれだけプロダクターの首を刈り取り、どれだけ彼らの命乞いと強弁を聞かされ、どれだけ死に物狂いで殺さない世界に向かおうとしたかなんて知らない。

 

 ツミキは知らなくていいと、ずっと言っていた。

 私はそう思わない。少なくとも彼女がどんな思いで立ち向かっていたかを、知るべきだ。

 

「あーそれで聞いた? 御剣組がビル街を同時爆破したやつ! アレもプロダクターのせいらしいよ」

「流石にアニメの設定を持ってくるのはやめた方がいいよ、政府も」

 

 アリル機関はこんなぼやかした情報を無数にばら撒く方針で、私やツミキを含めた人間の戦いを隠すことを選んだ。

 

 納得は出来る。あんなの荒唐無稽だ。このご時世に統治組織でもないただの子供が、東京のあちこちで起きていた怪事件を解決したと言われても、宇宙人がやっているぐらいで現実味がない。

 逆に、変な狂信者も出るかも。

 

 分かる。分からないわけじゃない。

 

「まあ宇宙人が居たとして、今後どーすんのって話よね」

「なんか追って情報出すとか言ってたくね? 写真とか名前とか出てくるかもしれねえ〜」

「うわ、轟だ。急に話題入ってくんな」

「真面目な話してただろ〜!?」

 

 分かるけど、受け入れたくない。

 

「お前らー、席につけ」

 

 誰も手束ツミキなんて覚えてない、アレ以来全員が忘れてしまった。

 クラスメイトの全員が、ずっとここに居たはずの友達の顔ひとつ、思い出せない。

 

「今日の欠席者は…………」

 

 アレだけ目を引いた彼女が居ない教室が、当たり前だと思っているのが。

 

「欠席者なしだな、この調子で行くぞ…………おい、月崎?」

「気分悪いので。少し保健室に」

 

 本当にため息で人でも殺してしまうところだった。

 

「またか…………」

【評価されるかなんてどっちでもいいよ。実現に共感は必須じゃないよ】

 

 それで私が納得できないの、知ってたくせに。ずるい顔で誤魔化してさ。

 担任のぼやきは、耳鳴りでよく聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「またサボりかね、月崎くん」

「何でもいいじゃありませんか」

「よくはない。君が来るたび、私は様子をメモしているのだから」

 

 誰にも提出しない山のような紙束。捲れば読めるから、デジタルより早いと敷島はずっと言っている。

 この先生は保健室にずっといるが、変人なのか普通なのかいまだによく分からない。ツミキは何回サボっても何も言わなくて怖い、とよく言っていた。

 

 皺の数は人の歴史などと言う人もいるけど、敷島は多分昔は相当顔つきが整っていたのだろうと思う。もうとっくに中年だと言うのに、柔らかいバリトンボイスと眼差しには見つめ返すだけの魅力が宿っている。

 

「ストーカーですよ、敷島先生」

「それがどうした。要注意生徒相手だろう」

「信じられない倫理観ですね」

「信じられないサボり魔相手ではね」

 

 仮病で布団をひっかぶる。敷島は話は終わったと言わんばかりに椅子を戻すと、夏の焼き殺してくるような日差しと、申し訳程度の風だけが部屋の中を賑やかすようになった。

 

 ツミキは元々、仮病で抜け出していることが敷島に筒抜けだった。昔から、適当に学校を抜け出すことが多くて、多分学校側も黙認してるんだろうと当人は言っていた。

 たまに本当に体調不良で保健室に入った時には、サボっている間にどこに行っていたか、迎えが来るまで話していたぐらいだったと聞いている。

 

 生臭坊主めいた不信感もあるけど、ツミキはすぐ抱え込むタイプだったから、聞いている感じはありがたい存在だったんだろうとは思う。

 

「先生」

「何だ」

「外に遊びに行こうって言ったら、怒ります?」

「怒るさ」

 

 敷島は怒ると言った割には、ごそごそと引き出しを開けたかと思えば、付箋だらけの女性誌を私のベッドに置いてきた。

 軽くわざとらしく開いてみると、彼の年には似合わない(彼に似合わないかは別)小洒落た店が所狭しと書かれている。

 

 トレンドなのだろう。興味はない、流行りなんて資本主義の口実だから。

 

「女の子なんだ、自由にやれば良い。勧めるなら、そこら辺だ」

「ジェンダーギャップ指数の低い言い草ですね」

「中年の特権ってもんさ」

 

 それも、そうなのかもしれない。

 ツミキが敷島の話をする時は、どこか安心した風だった理由が分かる気がする。

 

 恐らく、大人というのは自分の論理で喋れる人のことだ。そして、子供を邪魔しない大人は、否定を含まない論理で生きる大人だろう。

 

「先生は昔に戻りたいと思ったこと、無いんですか」

「あんまり無いね〜。無いものねだりは今がつまらなくなる」

「出来るかもしれないじゃないですか」

「喧嘩でもしたのか?」

 

 喧嘩。最初は自分と結びつかない単語のように聞こえたけど、じわじわとどうにも嫌な突っかかりを感じる。

 敷島はどこか、分かっている風だった。

 

「したんだね」

「してないですよ。憶測は良くないと思います」

「なら…………友達のやることに不満があったとか? 口出しをしてしまったのかもね」

 

 どうだろう。

 いや、私は確かに、手束ツミキのこの決定が酷く嫌いだ。

 

 彼女は最後にテロメアに武器を向けた時、その先が見通せないことを知っていた気がする。

 元々才能の有り余っていた彼女は、私達の使う奇跡そのものに飲まれた。デブリレコードは、精神を消耗して取り出すリソースであると同時に、限界を超えて…………精神を再生産する“自分の輪郭“から作り出すことができた。

 

 デメリットも、危険性もわかっていた。それでも彼女は、限界までやった。

 

「…………あったかも」

「月崎は優しい子だからな、どうせ友達が損をするから止めたんだろう」

「違いますよ。私が嫌だった」

 

 笑われたが、何も面白くない。

 

 止めたのは事実だ。テロメアと名乗ったあのプロダクターは確実に危険だったが、人の命一つ使い切った程度で収まるスケールの存在でもないようだった。

 起き抜けのくせに、私の手札を数分で2割理解していたのだから、まずその程度の存在だ。

 

 それに。

 

「彼女は、やることも、やりたいこともある時間もあった。投げ捨てましたけど」

 

 手束ツミキは、或いは魔法少女ウィークエンドは、まだ立っているべきだった。

 彼女は強かった、間違いなく私が勝負にならないくらい。きっと、もっと強くなることが出来た。ああいうのを、主人公って呼ぶのだと私は知っている。

 

 何より、こんな訳のわからない争いで人の人生が削れたり、壊れるのは懲り懲りだった。

 

「大事なことは歳を経て変わるが、後から気づいたほうが必ず重要なわけではないよ」

「その時何とかなれば、ずっと上手くいくと思ってたんですよ。アイツ、自分が人を悪く言えないだけのくせに」

 

 あの災厄はまた現れる。必ず私達はまた、あの明瞭すぎる破滅の危機にさらされる。

 アンタみたいな化け物頼りで戦ってた私達が、次にアレとどう戦うかなんて、きっと思いついてない。アイツは冷静だ、自分が異常であることわかっていたはずなのに。

 

「そうか…………」

「後のことなんかこっちに投げっぱなしなんですよ。誰も悪者にしたくないとか言って、いつも周りを巻き込んで。人のことなんか考えてない、本当に良い迷惑」

「月崎」

 

 いつもそうだった。自分を不用意にオールインしてこっちにばかり負荷をかける。

 誰も彼もがそんな綺麗に諦めたり覚悟できるわけじゃない、私は出来ない。

 

 誰も追いつけない速度で走って消えて、まるで焼け落ちる流星だ。

 

「君は、自分を嫌な人間にしてでも、その子に辛いことはして欲しくなかった。と」

「違いますよ!」

【辛いことなんて消えてしまえとまでは言わないよ。でも、笑いながら取り組めるようには出来るかも】

 

 私は全ッ然出来ないんだけど!

 

 ずっと耳鳴りがする。

 ああすればよかった、こうすればよかった。何を言えばよかった、これは余計だった。忘れるべきだった、思い出せなかった。幾つでも後悔がある。

 頭の中を駆けずり回って呪詛になる。呪いを使ってきたから知ってる、こんな風に人は言葉で心から壊されていくんだ。

 

 ツミキなんか会わなければよかった。後悔しなくて済んだ。

 

「いつも一人で突っ走るし、私がどんな気持ちで背中を追ってるか分かってないし、嫌なこと自分からやるし、嫌いに決まってる」

 

 そうだ、嫌いに決まってる。

 嫌いに、なりたい。さっさと忘れて、嫉妬されるぐらい幸せにでもなってしまいたい。

 

 私は呪われている。魔法なのに、アイツは私に呪いを残していったんだ。

 

「月崎。やめなさい」

「だって」

「違う。嫌な人間になることで、苦しいことを誤魔化そうとしてはいけない」

 

 その言葉に、僅かに顔を上げてしまった。今上げてしまったら、きっともう一度見つめ直すと分かっていたのに。

 私、悲しいんだ。

 

 そこで、大きなサイレンが鳴った。私も敷島も同時に窓の方に顔を向けて、聞こえてくるアナウンスに聞き耳を立てる。

 呼吸すら控えそうになった、手癖で警戒する時にそういった妙な仕草をするようになってしまった、というのが正しい。

 

 都内中に急いで増設されたスピーカーから、捲し立てるように、うっすらと厳かさも忍ばせた声が流れ出る。

 

『こちらは緊急完生物対策部、プロダクターの発生と動向をお知らせします』

「穏やかではないな…………」

 

 かつて、私達が倒していたそれらが、今は国の機関によって倒されていっているらしい。

 ツミキの望んだ未来はまだ遠い。プロダクター…………完生物は災害の一種として指定され、現れる度に対策をされるという方針に定まっている。

 

 少なくとも、以前私はそう聞かされていた。

 

『現在、目黒区中央付近よりプロダクターが出現。これより、臨時特殊部隊による制圧を開始します。付近の住民の方々につきましては――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅か2週間前。手束ツミキ、魔法少女ウィークエンドは観測史上最大のプロダクターであるTELOMEREを撃退、その時のデブリレコードの過剰な行使により存在消失。日本に存在した痕跡、及び関係者の記憶からも消失。例外はデブリレコード運用者である「スター」及びその候補者のみ。

 

 当時プロダクターを率いていたOmenを退いた何名かのスター及びプロダクターは政府によりその正体と経歴を秘匿、後にプロダクターの存在を世間に公表。

 現在はデブリレコードを利用した兵器、及びスターによる大規模な公的部隊の編成を目指し国家は研究を進めている。

 

 月崎恵良。本名エラ・シャイブスは、Omenを退け、TELOMEREの撃滅を目撃したスターの一人を指す。

 後に魔法少女マクスウェルと呼ばれた、“魔法少女“第二の萌芽とされる少女である。




月崎は黒髪赤目のおさげです。目立つのも趣味じゃないのでメガネをかけますが、裸眼で視力は大変良いとのこと。
ウィークエンドと肩を並べる頃は、魔法少女ではなく呪詛師という名目で戦っていたそうです。
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