アトランティスの旅行雑誌を作る話。 作:人工肉のステーキ
太平洋のど真ん中に突如として発生した直径5キロの巨大な穴、通称太平洋ブルーホールは世界中の学者から注目を浴び、それと同時に多くの陰謀論者にとって"こじつけの標的"となった。
世界終末の時は近い、地底世界は存在する、世界的大地震の前触れ…その他もろもろエトセトラ、人々の恐怖を煽るものからオカルトじみた非現実的なものに至るまで、あらゆる稚拙な予測が怪しげな人々から声高らかに発信され、世界中で一種のオカルトブームが発生した。
その中でも特に注目された陰謀論は幻の大陸 アトランティスに関するものだった。アトランティスは、古代ギリシアの哲学者 プラトンの著書の中に出てくる伝説の大陸で、はるか昔に海の底に沈んだとされる恐らく地球上で最も有名な古代文明のひとつと言える。
アトランティス関連の都市伝説や陰謀論は、
ではなぜこの度のブルーホール出現を皮切りにアトランティスの陰謀論が活気づいたのかと言うと、やはりアトランティスは海底に存在する巨大都市…というイメージを多くの人々が持っているからに他ならない。
SFの祖として知られるジュール・ヴェルヌが書いた『海底二万里』
…かの夢の国を作り上げたアニメーション会社から映画化されたことでも有名な本作は、ノーチラス号と呼ばれる潜水艦での海洋冒険譚として知られ、作品の中に、海中に存在するアトランティスが描かれているのだ。
元々アトランティス自体がポセイドンと深く関係のある大陸であったという理由もあるが、多くの人々が海底都市というイメージを描くのはジュール・ヴェルヌのみならず、後世の作家が決まってアトランティスを海底に広がる超文明として描いたことが起因している。
それもあってか、太平洋のど真ん中に突如として現れたブルーホールと、それに付随するように盛り上がりを見せたアトランティス大陸の都市伝説は、今までに類を見ないほどの熱気を見せたのである。
テレビ、YouTube、書籍、ネット記事など、様々な媒体でアトランティスについて取り上げる内容が投稿され、その年の流行語大賞はアトランティスおよびブルーホール関連のワードが席巻した。
はたしてここまで盛り上がっておきながら、ブルーホールとアトランティスに深い繋がりはあったのか…
結論から申し上げよう。
めちゃくちゃ関係あった。
1
まず何から話そうか…。
2027年6月1日 梅雨のジメジメとした嫌な季節真っ只中の曇天の昼下がり。会社内にある食堂で昼食を済ませた俺は、午後の始業時間が始まるまで、自身のデスクで電子書籍でも読もうかと席に着いた矢先、唐突に編集長に呼び出された。
満腹の腹を擦りながらオフィスチェアから立ち上がり、窓際にポツンと孤立する編集長のデスクの前まで重い足取りで歩みを進めると、彼は要件も言わずに「着いてきてくれ」とだけ発して席を立った。
言われるがまま後を追うと、そのままエレベーターに乗り込んだ。今からどこへ向かうのかと問いかけようとしたその瞬間、編集長が最上階のフロアボタンを押したことで、だいたい察しが着いた。
「(重要な案件に巻き込まれる)」
と。
俺の務める
元々大学時代に国内旅行へ頻繁に行っていた経験もあってか、すんなりと業務に慣れ、やがて国内のみならず海外の記事も任されるようになった。
あらゆる国を訪ね、あらゆる文化に触れ合い、比例するようにパスポートの印鑑はページを埋めつくし、マイルは地球を何周もできるほど溜まった。
そんなライター人生を過ごしてきた14年の間、青陽社のバカでかい建物の中で一度も足を踏み入れたことの無い未開の地が存在する。
それが我社の最上階。
つまりは役員専用フロアである。
そんなフロアを躊躇なく押した編集長を、さながら化け物を見るような凄まじい形相で見つめながら、徐々に上がっていくエレベーターの浮遊感に心臓の鼓動が早くなる。
今の俺の姿はラフを地で行ったような格好。紐が左右非対称の紺色の薄手パーカーに、ダボダボのジーンズ、口の周りには無精髭、金髪に染め上げた髪はボサボサで、耳にはピアス。
基本服装が自由な我社では、こんな部屋着同然の格好で業務に励む者も少なくは無いが、そんな彼らでも役員に会うとなればそれなりの服装はするだろう。髪を整え、ピアスを外すなどの今できる範囲の身なりを整え、やがて数十秒ほどで最上階にたどり着いた。
エレベーターから降りると目の前には受付が存在しており、誰しもが通る会社の
「呼ばれた川原です」
編集長が自身の名前を伝えると、受付嬢が少々お待ちくださいと、受話器を取り上げ、恐らく電話先のお偉いさんに我々が到着したことを伝えていた。しばしの相槌が続いた後「失礼します」と電話を切った彼女は、席から立ち上がり我々を案内し始めた。
赤い絨毯の敷かれた重厚感溢れる廊下にキョロキョロしつつも、やがてフロアの最奥に存在する『役員会議室』の前にたどり着くと、受付嬢がノックをして「お連れ致しました」と声を上げた。
やがて『どうぞ』という声がかすかに聞こえてくると、目の前に佇む巨大な両扉が大きく開いた。
その先に広がっていたのは、楕円形の会議テーブルにずらりと座る役員と、我々より遥か離れた真正面の席に座る代表取締役社長の姿だった。
アロハシャツ姿の編集長とパーカー姿の俺というあまりにも場違いな2人が、会議室の中に入ると、社長がわざわざ立ち上がりこちらに近づいてきた。
「やぁ、よく来てくれた。君たちには期待してるよ、これには我社の命運がかかっているからねぇ」
「えぇ、もちろんです。今回のプロジェクトはうちの中でもとびきり優秀なこの
「…ん?」
何やら知らないところで話が進んでいて、思わず声が漏れる。そんな"またしても何も知らない東郷さん(36)"状態の俺を傍らに社長と編集長がにこやかに話しているのを、まじまじと見つめていると、社長がこちらに視線を向け握手をしてきた。
「噂はかねがね聞いているよ、君の書くガイドは実に評判だと…今回のプロジェクトは日本…いや世界においても前例のない事だ、これが成功すれば我々青陽社はワールドワイドな存在となる、出版に至るまでのバックアップは全力で行うつもりだから、頼んだよ東郷くん」
「え、あ…はい。」
「では気をつけて...アトランティスに行ってきなさい」
「……………へェ?」
これが今から2週間前の出来事である。
『本機は間もなくボンリキ国際空港に到着します』
ここどこだよ…という失礼なことを頭の中で考えながら、俺はキリバスの首都タラワに到着した。30席余りしかない小型機は満席で、周りにはいかにも金持ちと言わんばかりの外国人がすし詰めで乗っていて、皆一様に窓の外から見える真っ青な海を眺めている。
普段からファーストクラスか下手すればプライベートジェットで移動しているような金持ちが、なぜ南の島のそれもかなりニッチなキリバスという国へ、エコノミーよりも狭い席を我慢しながら来ているのかと言うと、その理由は窓の外に広がる海にぽっかりと空いた穴と、その周辺をぐるりと囲むように浮かぶ近未来的な人工島のせいだ。
遡ること18年前 2013年9月9日 キリバス共和国から17.4km離れた位置に巨大な穴が出現した、かの有名な太平洋ブルーホールである。学者、陰謀論者を惹きつけたそのバカでかい穴は、当初地下に広がる鍾乳洞が何らかの形で大きく崩れたのだろうという見立てが成されたが、そんな現実的な予測を嘲笑うかのように世間は地底世界やら海底都市やら幼稚な都市伝説に熱狂し、マスコミもそれを煽った。
穴が発生して6年後の2019年 つまりは新型コロナウイルスが世間を"少しだけ"賑わせる寸前の年に、ソレは現れた。
直径5キロにも及ぶブルーホール、そのど真ん中から巨大な何かが突如として浮上してきたのである。卵のような形をしたそれは、やがて全体を水面から15m離れた位置に停止すると、3日ほど、さながら全人類に見せつけるかのように動きもなく停滞した後に、ようやく僅かに変形した。
卵で言うところの下の部分が円形に開いたと同時に、その中から真っ赤な肌をした人間が5人ほど、円盤状の何かに乗って人類の前に姿を現した。その様はさながらUFOから降りてくる宇宙人のようで、世界的に中継されたその様を多くの人々が驚嘆しながら見つめた。
当初宇宙人と呼ばれていたその人々は、自らを『アトランティス人』と名乗った。
それまで都市伝説の域を出なかった陰謀論が、早速現実であったと歓喜する者も居たが、彼らが地球に姿を現した理由を聞いて多くの人々が恐怖を抱いた。
『今からわずか数ヵ月後に、人類に厄災が降かかる…我々はその手助けに来た』
と。
その言葉通り、新型コロナウイルスという極めて感染力の高いウイルスが発見された。もっとも、そんな厄災を予知したアトランティス人の医療技術が一部提供されたこともあってか、人類はその驚異に脅かされることはなくウイルスそのものも根絶されたものの、経済や政治に多少の影響があったことは否めない。
実際日本も、東京オリンピックの延期という影響を受けた。それでも当初の2020から2021へと開催年を変えたオリンピックは、全世界から多くの観光客が訪れる一大イベントとして成功を収めたので、結果オーライではあった。
さてそんな、人類を救ったアトランティス人だが、ウイルスによる脅威が完全に終わったからと言って、そのまま今まで通り誰にも知られることも無く、再び海底に戻っていくのかと言われればそんなはずはなく。
あらかた世相が落ち着いた矢先に、世界中の国々が彼らと交友を持とうと外交合戦が始まった。
彼らの技術、彼らの資源、それはこの地球上に存在するどの国よりも豊かで先進的で、一刻も早くそれらを我が国に取り入れたいと願うのは全世界共通の認識であった。
外交合戦は当初苛烈を極めたが、今や世界第"4"位の経済大国と化したアメリカにアトランティスからの外交使節団がやってきた際、彼らが大統領との合同会見の場で発した言葉が、多くの国のトップらを苦悩に沈めた。