アトランティスの旅行雑誌を作る話。 作:人工肉のステーキ
2023年1月29日
アメリカ合衆国 ワシントンDC ホワイトハウスでは第46代大統領 ロバート・ブキャナーが、これからやってくるアトランティスからの外交使節団に対応するため、大統領首席補佐官や国務長官らと綿密な打ち合わせの最終調整段階に入っていた。
これまで数々の国のトップらと会ってきた大統領だが、これからやってくる使節団ははっきり言えば格が違う。何せ今や世界の中心的存在であり、技術力は地球上に存在するあらゆる国の数段先を行く超未来大国、空飛ぶ車もアイアンマンのようなパワードスーツも、それこそライトセーバーも彼らの手にかかれば容易に作れてしまうほどの技術を持ち合わせたSF国家であることは、数年前の
言うなれば、初めての格上との外交にホワイトハウスはおろか、ペンタゴンも、上院も下院も、各国防組織も誰一人として輪を乱すことなく、正真正銘一致団結して挑もうとしていた。
お見えになられました。
という首席補佐官の言葉を聞いた大統領は、早速車寄せのある入口へと向かった。シークレットサービスがわんさかといる状態で、大量の取り巻きを帯びながら玄関先へとやってきた大統領は、門扉からゆったりと近づいてくるアトランティスの外交使節団を見て思った。
「(なんか車、ちょっと浮いてね?)」
と。
流線型の近未来チックなデザインと、真っ白な光沢のある車体、そして何よりタイヤがなく地面から30センチほど浮いているという異質さ。
世界初の零輪駆動車を目の前に見た大統領は、すっかり興奮していた。
車体から降りてきた3名のアトランティス人は古代ローマのヴェールを思わせつつも所々洗礼された近未来チックな服装に身を包んでおり、流暢な英語で挨拶をしながら大統領と握手を交わした。
早速、中へ案内をしようとした矢先、うち1人のアトランティス人が乗ってきた車の車体をコツコツとノックした。
何事かと目を奪われたその時、先程まで目の前にあった車体がみるみるうちに折りたたまれ縮小し、やがて25セントコイン程度の大きさに収まった。
その場にいた全員が驚愕し固まっていると、それを見かねたアトランティス人が
「安心してください、こちらの世界で言うナノテクノロジーの類です」
と宥めるように行った。
安心できねーよ、と心の中で突っ込む者が大半を占めたが誰も口には出さなかった。
もはやアトランティスが地球上の技術力とどれほどかけ離れた文明を構築しているのか皆目見当もつかない状況だが、そんなあまりにも格上な相手に何とか自国の利になるために丁重な交渉をしようと強く決心した大統領は、仕切り直すようにホワイトハウスの中へ招くと、早速執務室へと3人を招いた。
アトランティス人はホワイトハウスの内部を不思議な様子で眺めながら、席に着くと、大統領から他愛もない世間話を投げかけられた。
「アメリカはどうですか、アトランティスの方々から見ればまだまだ技術的にも未熟な部分が多いかと思いますが、食べ物も美味しいですし、娯楽も充実してますよ」
「そうですね、こちらの国に訪れてまだ一日と経っていませんが、興味深いものがあります」
「興味深いことですか」
「はい…こちらの国の映画はすごく面白いですね」
「それはもちろん、我が国は世界が誇る映画大国ですので。良ければ映画の都ことハリウッドも都合が合えばご紹介致しますよ」
「ほぉ、それは是非とも。いずれ観光もしたいですね」
「ぜひ、アトランティスの方々に楽しめていただけるなら我が国としても本望ですよ…して、ちなみにどのような映画を?実の所、私も映画が好きでしてね、ここホワイトハウスにはシアタールームもあるんですよ」
「そうですか、それは羨ましいですね。観た映画はいくつかありますよ、中でも私のお気に入りはフォレスト・ガンプです」
「それは気に入られるはずです。何せ名作と言われる映画ですからね」
その後しばし、映画談義が続いた後、大統領は今回の会談の確信とも言うべき質問をやんわりと投げかけた。
「そういえばアトランティスの方々に我々ができることはありますか?我が国でできる範囲のことであれば、交易がしたいのですが」
「…そうですね、あまり無い…というのが我々の本音です」
「……なるほど」
「エネルギーやレアメタル、技術、食料…あらゆる面で既に現状こと足りていますからね」
「そ、それはつまり…すべての生産と消費を自国で賄えると?」
「そうです」
この発言をきっかけに、世界中の外交合戦は也を潜めた。
欲しいものがないのであれば交渉のしようがないからだ。
ならば一方的な要求はどうかと言われれば首を傾げる他ない、一度どこぞの国が電話会談で資源恵んでくれと要求したことがあったそうだが、キッパリと断られたと同時に
『ウイルスの根絶に無償で力を貸したお人好し国家であることに変わりは無いのだが、損をするだけの関係を結ぶほど楽観的な思考を持ち合わせているわけではない』
と明言があった。
故に各国、あの手この手でアトランティスを誘惑してみたものの石油でも金でも酒でも靡かず、加えて先程の会談における発言が、トドメとなりアトランティスに対する度重なる熱烈なアプローチは終焉を迎えた
かに思われた。
それは唐突な事だった
2026年12月21日
アトランティスとの直接会談という順番待ちの長蛇の列でもかなり後方となってしまった日本は冬空の元、首都東京で彼らを迎えた。
現総理大臣の中渕氏を筆頭に外交官を従えた日本陣営側は、もはや地球上の資源や技術に一切興味のないアトランティスの外交使節団を、会談よりも文化交流に重きをおいて出迎えた。
政治的な話し合いをかなり薄め、逆に日本文化を知ってもらおうと寿司、天ぷらなどの食文化から、アニメ、漫画などのサブカルチャーに至るまで、日本の魅力を伝えまくった。
アトランティス使節団一行が出国する12月29日
日本陣営は羽田空港の駐機場で見送りをしていた、当然の如く空港には多くの見物人が詰めかけ、報道カメラはその様子を映すために列を成していた。
見送りの様子は外務省の広報文化外交戦略課によって記録され、映像や音声はその後、日本のみならず世界各国の報道機関へと提供される予定だった。
当然ながら普段こんなことはしないものの、世界が注目するアトランティスとの外交はもはや国のいざこざを乗り越えた共同計画のようなものであり、今回文化交流に偏った初めての試みを行った日本の外交の様子は、世界の国々にとっても少なからず注目されていた。
それ故に、外務省は文化交流の様子を来日から帰国に至るまで逐一映像として記録し『今後の外交の参考資料に…』と全世界に向けて公開することにした。
その結果、思わぬ言質という名の副産物を得ることとなった。
「どうでしたか日本は、色々楽しんで頂けましたか」
中渕総理の言葉を受け、アトランティス外交官のヌリフォネスは答えた。
「えぇ、楽しかったです。日本の文化、食、とても魅力的なものばかりでまた来たいと思えました」
「それはよかったです」
「おもてなしありがとうございました…実はこの訪問のさなかで我々の中で思い至ったことがありまして、本国とも話し合ったところ、いくつかの国には限られますがアトランティス人の観光を解禁しようかと思ってるんです」
「それは…本当ですか?いやはや、ならば一層歓迎しなければなりませんな」
「えぇ、ですから日本のみならず地表の国の皆様もぜひ"我が国へ観光にいらしてください"」
「…えっ?」
まさかの唐突な国交の成立に、世界中のトップらが歓喜し『よくやってくれた日本』と老齢73歳の中渕総理を称える声が相次いだ。
当然ながらこの映像が世界に公開された際に盛り上がったのは、各国の政府関係者のみならず一般市民も同様であった。
何せ今まで、誰一人…それこそアメリカ合衆国大統領すらアトランティスに入国したことはなく、彼らの住む超文明国家の様相はあくまで想像上のものに過ぎなかった。
それ故に、アトランティスへの外国人の入国という約束を取り付けた日本政府の功績はかなりのものだった。内閣支持率は過去最高を迎え、地球上の国々との外交関係もより友好的なものとなった。
それから約半年後
俺はそのアトランティスに入国する、"史上初"の民間人に選ばれた。
今まで彼らの国へ入国したのはアメリカ、イギリス、オーストラリア、そして日本の4ヶ国の政府関係者のみで、正真正銘民間人による入国は今回が初めて、それもあまり公にはされていない。
なぜ俺が…と当然問いかけた。
もっと学者などの適任者がいるのではなかろうかと、出発前にこの計画に関わっている日本政府の官僚に疑問を呈したが返ってきた答えは
「旅行に必要なのはガイドブックです、特に誰も入国したことの無いアトランティスの観光は混乱を招くことが予見されます。故に旅の"プロ"…それもアトランティスへの外国人入国を取り付けた際、日本政府が参考にした御社の【ひざくりげ】その作成者を招待したいと、今回アトランティス外交官"直々に"指名があったんです」
という、反論のしようが無いものだった。
向こうの人間が直接指名してきたとなれば、受ける他なかった。
どうやら、半年前に行われたアトランティス使節団一行の日本訪問の際に、政府は青陽社の『ひざくりげ』を参考に、訪問先の選定を行ったらしい。
なぜ数多ある旅行雑誌の中から『ひざくりげ』が選ばれたのかと言うと、それは青陽社が政府官僚の天下り先であるという、ちょっとした裏事情がある。
故にうちの会社のゴシップ誌は、政府を批判する記事を掲載することは無いし、文部科学省が指定した小中高の教科書は大半が青陽社から出版されるという何とも闇の深そうな関係性が構築されている。
政府とズブズブなのがうちの会社なのだ。現に、俺にアトランティスの旅行記事を書くように発破をかけてきた、あの代表取締役社長はかつて文部科学省の政務次官をしていた経歴を持っているので、今回のアトランティス旅行雑誌発行計画は政府が介入していることは、日を見るに明らかである。
まぁ、そんな政治のゴタゴタはこれ以上話しても退屈なので一旦置いといて、今しがたキリバスに到着した俺は、空港から出るとそのまま徒歩で港の方まで歩みを進めた。
空港から目と鼻の先にある新タラワ港は、ここから近い太平洋ブルーホールもとい、アトランティスが周辺に展開する海上人工島へ向かうためにわざわざ作られた、新設の港である。
設備も人工島に向かうための遊覧船も最新のもので揃えられており、竣工にはアメリカ政府などが大手を振って協力したという。
アトランティスへの民間人の入国は未だ誰一人として成していないが、ブルーホールの周りを囲うように建設された円形の人工島に上陸することは可能だ。しかもその人工島は先も述べた通り、アトランティス側が作り上げたものなので、向こうの文化や技術が全面に押し出された近未来チックなものとなっている。
そのためか、今しがた乗ってきた飛行機に富裕層がわんさかと乗っていたことからも察せられる通り、世界中の金持ち達にとってトレンドとなっている観光スポットと化している。
人工島に向かうボートに乗り込むと、そこにはアラブからヨーロッパ、中国系に至るまであらゆる金持ちがひしめき合う空間が広がっていた。
船内にはわざわざウェイターが在中していて、ウェルカムドリンクとばかりにシャンパンを貰った。
バックパッカーのような格好をした俺が、完全に浮いていて場違い感が否めないが、このひしめき合う富裕層の中でアトランティスの"中に"入れるのは、唯一俺だけだという自尊心を保ちながらも、ブルジョワ香るラグジュアリーな船内の中で目立たぬように、片隅の方でぽつんと孤立していた。