今、東方Projectで神代がアツい!
諏訪大戦よりもさらに昔の時代のお話です。
一話 神々達の目覚め
古の時代、未だ天地と陰陽が別れていない頃、高天原より降り立ちし伊弉諾と伊弉冉の二柱によって大八洲*1が形作られ、悲劇的な別れを遂げてから悠久の時が経った、未だ神と他の種族の区別がつきずらかった時代。
此処は
別名豊葦原千五百秋瑞穂国とも呼ばれるこの国は、三貴子*2の一柱であり、国津神である素戔嗚より数えて六世の子孫である
兄弟達との熾烈な争いを勝ち抜いた大己貴命は、その類稀な統治者としての能力を用いて軍事、農作、呪い、医学の各分野を民へと指導し、出雲の地を発展させる事に成功すると、やがてその成功への大衆の認識は信仰へと代わり、いつしか大己貴命は
この話はそんな古の時代の、幻想郷が外の世界と隔てられるよりもずっと昔に起きた……かもしれない、そんな伝説についての記録である。
……
ある日の昼下がり、出雲の中心地から少し離れた田園地帯を二人の男女が大声を出しながら走り回っていた。
荒れ狂う波のようにうねった長い黒髪と深海のような深き青い瞳、色白の肌を持つ男の方の名は
端的に言うと、彼等は幼なじみの関係である。
かつて神奈刀比売の父である大国主が東へと赴いた際の帰り道にて赤子の朝斗彦を拾い、そのまま葦原中国へと戻ってきたのだ。それからというもの、歳の近い二人は長い時を共に過ごしてきた。
「ちょっと! 朝斗彦、待てったら!」
「待たないさ! ほらっ、比売! 早く来ないと置いていくよ! 今日はあの大樹まで行くんだから!」
「あそこは根の国に続く穴があるから危ないって父上に言われたでしょうが!」
「でも、若いうちから無茶をしろって酒宴の場で言っていたのもそのお父上じゃないか! 比売、中つ国は安全なんだからちょっとくらいはしゃいだって大丈夫だよ!」
「はぁ……。アンタね、安全って言ったって妖の一匹二匹だってそこら中に居るんだから、そういうのに襲われて後で皆に怒られても私は知らないからね!」
「そう言ってても襲われた時はなんだかんだ言いながらも比売が護ってくれるでしょ? 叱られる時は……そうだな、その時の僕らに任せよう!」
ため息をつきつつも朝斗彦を追いかけるのは神奈刀比売の優しさ故か。
かつて出雲一のおてんばヒメと呼ばれていた彼女は、皆が楽しみにしていた宇迦の山の紅葉を、ただ自分を構って欲しいがために自身の操る風の力で全て吹き飛ばしてしまったり、突然泥や傷だらけになりながら評定の間に現れると、山にある巨大な岩を割いた事を大国主、臣下の面々が勢揃いする前で自慢して両親に叱られていた。
しかし、この弟分が出来て長く過ごすうちにその傍若無人な性格は何処へやら、すっかりお節介焼きな性格へと変わってしまった。
ただし、数年前に起きた国境紛争で初陣を飾った際は歴戦の強者を前にして、まるで素戔嗚の写し身であると言わしめるほどの活躍をした。その結果、義理の母であり、父の正妻である
ところで、二人が走って向かう目標にした大樹についてだが、この木は神名備野と呼ばれる地*4にある山にて唯一古くから根付いている松の巨木であり、葦原中国が今のような部族連合国家になる前のはるか昔からその地に存在しているとされる。
そして、中つ国の民が何世代にも渡って噂する所によると、この大樹の根の下には無限に広がる根の国があって、その奥深くでは今もなお素戔嗚尊が悠々自適の地底生活を送っているともいわれているが、真相は大国主とその妻・須勢理毘売命のみぞ知るだろう。
そんなまことしやかに囁かれる伝説のような話は置いておいて、二人は互いに優れた身体能力を持つこともあり、まるで飛ぶように道を駆け抜けていき、あっという間に終点の大樹まで着いてしまった。
「はぁ、はぁ……ふぅ、やっぱり速いわね貴方」
「そりゃあ、もう全速力だよ、はぁ……。強者は神速を尊ぶからね。
……本当なら差も分からなくなるくらいに離してやろうと思ったのにさ、全然離せないから本気で走るしかなかったよ」
「あと少しで追い抜けそうだったのに……、悔しい〜ッ! 負けん気の強さなら出雲にいる他の誰にだって負けないのよ私は。今回は負けたけど、次は私の勝ちなんだから覚悟しておきなさいよね!」
左手を腰に当てながら、朝斗彦に対してぴしっと右人差し指を向ける神奈刀比売。たかが駆けっこだろうが、神奈刀比売にとっては自分が負けることなど到底許せることでは無いのだ。
そこら辺の人っ子なら恐怖で自死してしまいそうな雰囲気を出す彼女を見た朝斗彦は溜息をついて一言漏らす。
「こりゃー、気を抜いてたら次は勝てなそうだね。これからの鍛練はより一層精を出さないとマズイな」
そう言った後に朝斗彦がははっと歯を見せて笑うと、それにつられて神奈刀比売も笑い始める。姉弟のように育った二人にとって、こういった時間は童心に帰る良い機会なのだ。
その後、昔を思い出したりして感傷に浸ったあと、大樹の幹に付けられた古い切り傷をたまたま見つけた神奈刀比売が
「あッ、ねぇ朝斗彦! これ、懐かしくない!? 子供の頃にアンタの身長測った時につけた傷よ!
……これしか身長がなかったやつが今じゃコレだなんてね。女の身に産まれたのが恨めしくなるな……」
と言って落ち込み始めたため、
「比売だって他の女性に比べれば体格は大きいほうじゃないか!」
と朝斗彦が悪意無しで励ますと、アンタに身長抜かれたのが嫌だったの! と言って彼女は些細な事から怒り出し、結果的に良かれと思って言ったことが火に油を注いでしまう結果となってしまった。
その後、折角だから出雲の宮殿までの帰り道も競走しよう! という提案を朝斗彦がすると、勝負好きの神奈刀比売は直ぐにそれを受け入れた。
自身の提案に対しての返答を聞いた朝斗彦はニコリと笑うと、すぐさま指を咥えてピュイーッと甲高い音を鳴らした。それを聞いた市井の者達は口を揃え、またいつものが始まるぞ! と言って道の中心を開けた。
しばらく待って道に誰一人残っていないことを神力で確認すると、体勢を整えた後に風が一吹きした瞬間に二人は全身全霊をもって走り出した。
……
此度も互いに一切譲らず、一心不乱に駆け抜けたが、最後宮殿に向かう為に道を右に曲がった際に内側から神奈刀比売が朝斗彦を追い抜かしたことで、この勝負は彼女が勝利した。
競走後、神奈刀比売が我を忘れて叫び、喜んでいると、宮殿の門が開きその奥から彼女の父である大国主が現れた。
先程まで競争に熱狂していた観衆たちがそれに気付いて頭を垂れて跪くと、彼は片手をあげ楽にせよと合図を出した。朝斗彦が横で顔を真っ青に染めるなか、興奮おさまらない神奈刀比売が勝ったことへの嬉しさ等を捲し立てると、彼はウンウンと頷きながら一通り聞いたあと、
「ところで、比売よ。今日の
と、一言だけ質問した。
それを聞いた神奈刀比売は先程までの興奮が嘘だったかのように顔を真っ青に変え、ガタガタと震え始めた。そう、あの大樹までの競走は二人が嫌いな訓練から逃げ出すついでに行われていたのだ。
彼女たち二人は戦や喧嘩などには天賦の才を発揮するが、堅苦しく座して精神を鍛えなければならない呪いの訓練だけは苦手なのだ。
「ち、父上……。今日は……っ、その……」
震えで上手く物を言えない中、神奈刀比売が次の言葉を捻り出そうとすると、間違いなくそうなるであろうと事を予想していた大国主は
「二人とも、後程我のもとへと来るように」
とだけ言い残し、宮殿へと戻って行った。
渦中の二人は顔を見合わせて一回だけ頷いた後、まるで黄泉の国の死霊に取り憑かれたかのようになりながら、ふらふらと歩いて宮殿の中へと入っていった。
その後側仕えの者が語ったところによると、大国主御自らが教鞭を執って悪童二人への臨時講義が夜通し行われ、翌日になってから二人が死んだ魚のように白目を剥きながら部屋を出てきたという。
……
大八洲の西方、大陸にも近い島。
この島を覆うように存在する、幾重にも重なった結界の中に天津神と呼ばれる神々が住む高天原がある。
この地を統べるのはかの有名な三貴子の長子である天照大御神なのだが、ここ暫くずっと頭を悩ませることがあり、彼女の神経は雨に打たれ続けた大地のようにすり減っていた。
『如何されましたか? 大日女。
いきなり念話がしたいなどと申されて』
「いやな、
そう、今の高天原は増え続ける神に対して住める土地がほぼ余裕のないという状況に置かれており、天照はそんな切羽詰まった状況を何とかするため、月の賢者であり、自他ともに認める頑固者である自身をかつて岩戸から引きずり出した実績のある思兼に対して相談を寄越したのだ。
ちなみに、初めにこの問題に直面した際に、まず彼女は自分の父であり、今の高天原では誰も触れようとしない厄介な隠遁者である伊弉諾に声をかけた。
国生みの話のように天沼矛で土地を広げてほしいとお願いしたものの、彼から帰ってきた返事は
「それをしたところで我が最愛の妻が帰ってくる訳じゃあないんだから、もう放っといてくれないか」
という何とも隠遁者らしい、寂しいものだった。
『……あまりそれを勧める事は出来ませぬ。今の月には穢れ……即ち生命の理を極端に嫌うという風潮が流れており、その理を超えた月に住まう我等こそが上位者である。という思想の者が急速に増えております。
地上は穢れに満ちた忌み嫌うべき存在……それは高天原の者だろうと関係無しと言うものが恐らく今は大半を占めますので、その計画は限りなく不可能に近いでしょう……』
「なんなのだ、それは! そもそも、月に住まう者も大半が高天原に出自を持つ者であろうが……」
『どうやらその思想は、大陸より月に逃げてきた嫦娥という者が吹聴しているようなのです。かの者に惑わされた事で……とても言い難いのですが、弟君を初めとした支配層が皆それに賛同してしまって……気がついた頃にはこうなっておりました』
「なんだと! 我が弟ながらなんとも不甲斐ない事をしてくれる……ならば、月への移住はやめさせた方が良いな」
『それならば大日女、貴女様のご期待に応えられなかった分、代わりの案をこの思兼が献策致します。貴女様のもう一人の弟君、素戔嗚尊の子孫が支配している葦原中国の支配権を大日女に連なる者へと譲らせるべきです』
「おお、その案があったか! 大己貴命には悪いが月への移住計画が頓挫した以上、そこに手を出す他あるまい。おい、そこの。すぐに高天原に住む神々をここへ招集しなさい!」
月の頭脳とも称される八意思兼神の策を採用した天照大御神はすぐさま八百万の神々を自身の神殿へと招集、出雲へと送る使者の選定に取り掛かった。
「という訳なのだが、誰ぞ我こそはと名乗り出る者は居るか?」
成功させた暁には大手柄となる為、多くのものが名乗り出る筈。そう考えていた天照の予想に反して、神々から返ってきたのは沈黙という名の回答だった。
別にわざわざ地上へ降臨せずともこのまま高天原に留まれば良いのでは? と能天気に考えている者もいれば、国作りの際に助言をくれたからという理由で、今もなお律儀に物資を納めてくれている大国主に対してかようなことをするのは忍びないと考える者もおり、そのどちらもが
(でも、主神たる天照大御神の決定には逆らえないよなぁ)
と思い、誰も評定で意見出来ずにいた。
策の発起人である思兼は念話越しにそんな沈黙の理由を感じ取り、まぁ今の高天原の神々ならそうなるわよねと思いここでもう一つ案を出すことにした。
『誰も名乗り出ないのであれば、ここは手柄をたてるべき者を使者にするのは如何でしょう?
大日女、貴女の長子である天之忍穂耳を送るべきかと存じます』
「おお、そうか。やはり我が子に行かせるべきか。天之忍穂耳よ、やれるか?」
天津神の頭脳、そして大御神である母から直接名指しを受けていいえ、私は出来ません。とは誰も言えないだろう。指名を受けた長子、アマノオシホミミはすぐに姿勢を整えて
「はっ、この天之忍穂耳が必ずや中つ国を平定してみせましょう」
と言い切ってみせ、周りに座る八百万の神々たちはおぉ……と感嘆の声を漏らした。
彼はまさに威風堂々と言うに相応しい佇まいでその場に立ち上がると、そのままスタスタと歩いて神殿を出て、その目の前にある池に架かる橋の上へと立つと、付きの者から差し出された鉾を手に取り、池をかき混ぜ始めた。
「母上、向こうに行った際に何か起こるかも分からぬため、一度降臨前に向こうの様子を探ることと致します」
「承知した。その行為を行うことを認めよう」
天照の許可を貰った天之忍穂耳がしばらくの間池を掻き混ぜ続けると、段々と現在の出雲が何をしているかについての様子が見えてくる。天之忍穂耳が何を見せるのかが気になった八百万の神々はあっという間に池の周りを取り囲み、来たるその瞬間を楽しみにしていた。
すると、ついにその瞬間が訪れる。
池に反射する形で映ったのは、海の向こうの新羅よりやって来た
池に映し出された光景を見た者は思わず後退りし、映し出した張本人の天之忍穂耳も内心、どうせのほほんとした日常風景でも映されるだろうと思っていたがために、映し出されたソレを見た事ですっかり茫然自失となってしまった。
集まっていた野次馬の中には荒事になれていない女神もおり、その女神が泡を吹いて気を失ってしまう程に残忍な瞬間が映ったことで、熱狂に包まれていたはずの池の外周は一瞬にして沈黙に包まれた。
「……母上、出雲の者は荒々しすぎて私の手に負えません。どうか、ご再考の程をお願い申し上げます」
「……是非に及ばず。皆の衆、再度選定の会議を行う」
天之忍穂耳の提案は傍から見れば大御神の長子のくせに情けないと思われ(というか、思兼はそう思っていた)そうだが、その大御神も大事な長男をこの出雲の荒くれどものせいで失いたくはない。
両方の思惑が合致したため、神々はその提案を受け入れることとなった。
……
「朝斗彦、初陣にして敵将の一人を討つなんて凄いじゃないか! 今日はめいっぱい祝ってやらねば!」
朝斗彦が自身の初陣を終え、禊を行った後に出雲の宮殿にて戦果を報告すると、この戦が負け続きだったこともあり上座に座る大国主は手を叩いて喜びを顕にした。
「しかしながら大国主様、此度の戦果は横にいる御名方神奈刀比売のお力添えがあってこそでした。どうか彼女にも何か褒美を与えて頂きたく存じます」
「勿論だとも。勲功一位、二位である其方等には名工に打たせた剣と新たな鎧、部民を与える」
『ははっ!』
これで僕も部民持ちかぁ〜。
朝斗彦が呑気にそんな事を考えていると、続けて大国主が突然信じられない事を言い始めた。
「朝斗彦よ、初陣を済ませた事で其方はもう一人前の男になった筈だ。そのため、これよりお前は
「はっ!? は、ははぁーっ! ありがたき幸せ!」
大国主は朝斗彦の育ての親であり、名付けの親でもあるが、それ以前に葦原中国の統治者である。そんな彼に公式な場で新たな名を与えられるということは、それ即ち自身が国家の運営に必要である存在ということが認められた何よりの証であった。
粗相がないように慌てて礼の言葉を言ったものの、あまりにも突然の事過ぎたため、朝斗彦は頭の中が真っ白になってしまった。しかし、横に居た神奈刀比売がやったね朝斗彦! と声を掛けてきた事で目を覚ますと、二人は抱き合って喜びを分かちあった。
そしてその様子を見守る大国主もまた、この国に力ある新たな世代が台頭してきたことを喜び、彼らのさらなる活躍への期待に胸を膨らましながら国の更なる発展を願うのであった。
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