叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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地底にいたけど関わりのなかった人と、あとついでにたぬきのお話。


九十一話 蘇りし八岐大蛇

 

 

「こんにちは。白蓮さんはいる?」

 

 

命蓮寺を訪ねた朝斗彦はというと、鐘つき堂の土台にて腰を掛けていた【正体不明の大妖怪】封獣ぬえを見つけると物怖じもせずに近づき、彼女へと声を掛けた。

 

 

「……なんで私が見えてるの?」

 

 

「? いや、神だから」

 

 

「私、これでも平安の世を騒がせた大妖怪なのよ?」

 

 

「知ってる。でも堅洲国でも何度か見掛けたし、何にも怖かないね」

 

 

(そういやコイツ、地底で見た時に何度か目が合ってたような……)

ぬえは面倒くさそうに話を進めたものの、朝斗彦は余りにも淡々と返事を返してくる。彼女はそれに暫く耐えたものの、やがてぬえええと情けない鳴き声をあげた。

かつて千年の都を震撼させたこの鳴き声も、脳天気な割に妙に強い朝斗彦にかかればただの鳥のさえずりにしか聞こえないのだ。

 

観念したぬえはため息を着くと、足をぷらんぷらんと揺すりながら喋り始めた。

 

 

 

「……白蓮なら人里に行ったよ。舎弟たちも今は写経の時間だし、面白いことなんてないと思うわ」

 

 

「なんだ、入れ違いか。しょうがない、なら君に聞くか……」

 

 

懐をまさぐったあと、こんな奴、見た? と朝斗彦が例の絵をぬえへと見せると、意外や意外彼女は特に笑うことなくその絵をじーっと眺めた後、重要な事をぽつりと漏らした。

 

 

「コイツ、今日マミゾウの所に来たわよ」

 

 

「なんだと!?」

 

 

それまで気怠げだった朝斗彦が声を上げて驚くと、ぬえは「ぬええ!?」と珍妙な驚き声をあげたあと、恨めしそうに彼を見つめた。

 

 

「……ちょっと、いきなり大声出さないでよ」

 

 

「ごめんよ。それよりその何とかって人は今どこに?」

 

 

「……アンタの後ろにいるよ」

 

 

ぬえに言われるがままに朝斗彦が振り向くと、そこには大きな尻尾をブンブンと振りながら優雅に煙管を嗜む妖怪が一人。

彼女こそが【驚きを提供する化け狸】二ッ岩マミゾウである。

 

 

「もう少し黙っておっても良かったではないか、ぬえよ」

 

 

「ああ、ウチの宴会に来てた化け狸か! 

これはこれは、どうも。あの時は挨拶出来なくてすまなかった」

 

 

「なに、儂も美味い酒を飲ませてもらった礼をしたいとおもっとったんじゃ。

名乗るのが遅れたな、儂は二ッ岩マミゾウ! おぬしの噂はかねがね聞いておるぞ? 山の神、葦原朝斗彦よ」

 

 

「おや、名乗ろうと思ったら既に呼ばれてしまったよ。

改めて自己紹介しよう、葦原朝斗彦だ。キミも知っての通り、普段は山の神をやっている。よろしく頼むよ」

 

 

そう言って朝斗彦が右手を差し出したその時である。握手するのかと思いきや、化け狸は口から煙管を離すと同時に吸った煙を思いっきり彼の顔へと吹きかけたのだ。

 

 

「変化 "二ッ岩家の裁き"! 

ほっほっほ、引っかかりおったなァ、山の神よ! これでお主も儂の能力を食らった以上、その場より動けまい!」

 

 

ドロン! と、効果音がつきそうな程に辺り一面を煙が埋めつくし、一本食わせてやったわと喜ぶマミゾウ。隣にふわふわと飛んできたぬえが煙越しに様子を伺っていると、何かが動いている。それも、小さい動物なんてものでは無い。

 

 

「……ねぇ、なんかヤバくないかしら」

 

 

「なんじゃ、ぬえ。いくら神とはいえ、儂のスペルカードをまともにくらったんじゃ、そんなはずはなかろうて」

 

 

そう言って、マミゾウが根拠の無い自信に胸を張ったので、ぬえもまぁ、そんなものなのかな……等と考えたが、やはり何かがおかしい。まるで目の前に突然何人もの人が現れたかのように、二人は幾つもの視線を感じていた。

 

 

凍てついた空気が、チロチロと小刻みに震えている。

 

 

 

 

 

「…さて、そろそろその変わり果てた姿を見せてもらおうか!」

 

 

 

 

 

マミゾウがその自慢のしっぽを大きく振り、辺りに舞い続ける煙をよそへと追いやると、そこに居たのは何本もの首を携えた筋骨隆々の巨大な蛇竜……即ち、八岐大蛇だった。

 

龍のようなゴン太の角を生やし、舌をチロチロと動かす頭達が一斉にマミゾウの方へと顔を向け、彼女が動物的本能故に一瞬たじろいだ瞬間の事だった。

大蛇は今どきの幻想郷ではなかなかに耳にするような機会すらない、鼓膜を破るかの勢いを持つおぞましい雄叫びをあげたのである。

 

 

妖として充分すぎるほどに経験豊富な二人であるが、流石に伝説の怪物が動く瞬間を見るというのは初めての経験である。

八つの頭に付いた、合計十六もの目によって睨まれた瞬間にマミゾウの尻尾の毛はゾワゾワと逆立ち始め、脳内に危険アラートが鳴り始めた時には既に彼女たち二人は文字通りにしっぽを巻いて逃げ出し始めた。

 

 

 

「ぬえええっ! ほら、やっぱり当たってたじゃない! どうすんのよコレ!」

 

 

「知らん!」

 

 

「知らんってなによ知らんって! マミゾウ、アンタがやったのに! ……聖を呼ぶべきよ、この寺でどうにかできるのはアイツしか居ないもの!」

 

 

「駄目じゃ! あんな生臭坊主に頼っては儂の名が廃る!」

 

 

「言ってる場合じゃないわよ! このアホダヌキ! 居候!」

 

 

「居候はおぬしも一緒じゃろうが! このトリもどき!」

 

 

 

二人は逃げた先である参道の途中にて横にある森林へと大きく逸れて逃げていき、大蛇はその締まったやや黒く艶のかかった身体を引き摺りながら、一点にまとめられた落ち葉の山を撒き散らした上に灯籠を破壊し、木々の間を器用に通り抜けながらそれを追いかける。

そんな大蛇の暴れ具合はというと、長い参道の掃除を終えて境内へと戻る途中だった響子が思わず箒を手から滑り落とし、がびーん! と肩を落とすほどのものであった。

 

 

まさかお遊び程度のスペルカードでこんな事になるとは思ってもいなかったマミゾウは、とりあえず制限時間一杯逃げ切れば勝てる! と、行使した側にも関わらず何故か避け手の思考で行動していた。

 

しかし、森の中は危険がいっぱいである。

大蛇……というか朝斗彦本来の力に呼応し、まるで我々も混ぜてくれと言わんばかりに木々が彼女達のことを狙い始めたのだから。

 

 

「ぬええッ! 根っこが伸びてくるッ!」

 

 

「情けない鳴き声をあげるのでない、ぬえよ!」

 

 

「アンタねぇ、誰のせいでこうなってると思ってんのよ! てかなんでアイツは元に戻らないの!?」

 

 

「そんなの、儂の方が理由を聞きたいわ!」

 

 

「もーっ! あの時断らずに写経に参加してれば良かった!」

 

 

 

 

……

 

 

 

 

命蓮寺から北上し、地形が緩やかな斜面となる妖怪の山の麓までやってきた一行。

 

既に道中にある玄武の沢において大蛇が現れたことで大騒ぎを起こしている以上、これより先へと進めば間違いなく山の小うるさい妖怪共の世話になってしまう。

そうなってしまえば、たちまち己らの醜態*1は白蓮の知るところとなり、居候させてもらっているマミゾウとぬえからすればそれだけは何としてでも避けねばならない。

 

 

「ど、どど、どっちに行く!?」

 

 

「よし、あっちじゃ!」

 

 

彼女たちが選んだのは、出来うる限り天狗達の追及を受けない程度に入り組んだ方面。

山の妖怪達も近付かない危険な妖獣達が住まう土地であり、その先を進むと間欠泉地下センターに繋がる箇所とはまた別の、地底への入り口が鎮座している場所……所謂、聖域と呼ばれる地域である。

 

 

「あの神様、あんな腑抜けた雰囲気出しておいてこんな本性を持っていたなんて!!! これだから優男は舐めてかかったらダメなのよ!」

 

 

「全くその通りじゃなぁ。ちょっとばかしておちょくってやろうとしただけだと言うに、弾幕もあれには全く効かんし困ったものよ」

 

 

それでも、鳥のさえずり一つも聴こえない程に静まり返った樹海の中で、神に味方する木々によるちょっかいの数々をも全て避け切っているのは、流石大妖と呼ばれし二人である。

 

対する大蛇はというと、縄張りに侵入されたことで怒り心頭の化け猿共に背中へと飛びかかられては己の持つ神力によってその全てを消し去っており、化け物と水神の二面性を持つ大蛇に相応しい振る舞いを見せていた。

 

こちらに関してはもはや存在そのモノが一つの異変である。

 

 

そんな恐ろしい大蛇の猛攻を掻い潜っていたマミゾウ達の視界の先には木々のない妙な空間がぽつり。

そう、此処こそが地底へと通ずる穴である。

 

 

「よし、このまま行けばこやつは落ちるはず! そうすればあとは土蜘蛛や鬼共に任せればいい!」

 

 

まるで向かいの岩壁にぶつかるんじゃないかと思うような猛スピードで縦穴の真上を通過した後、二人は上空へと舞い上がった。

 

……なお、ただ単にこの狸と虎鶫(トラツグミ)は相撲の変化技が如くポッカリ空いた縦穴へと落とそうと画策したのであるが、彼女達は知らない。この大蛇もとい朝斗彦は生まれの素性に加え、地底の旧都に実に狂信的で、実に狂暴である膨大な数の信徒達を抱えているため、彼の地へと近付けば近付く程にその力を増大させるということを。

 

 

 

流石の大蛇もこれには敵うまい……。あとは土蜘蛛の巣にでも掛かって、その身体を骨の髄までしゃぶられるといい……。

 

そう言わんばかりにマミゾウが眼鏡の位置を直し、ぬえが額の汗を拭って振り向くと、そこには穴の手前で止まった大蛇が居た。

 

 

「あやつ、図体の大きさの割には随分ブレーキの効きが良いのう」

 

 

「ぬええ……」

 

 

「ぬえ、儂の能力でおぬしの姿を人々が思い描いたあの姿へと変えてやろう。そこでここは一つ、奴の背中を押してきてはくれんか?」

 

 

「ぬえええっ!? 

ちょっとマミゾウ、アンタズルいわよ! それを言うならアンタが自分で何かに化ければいいじゃない! ほら、オロチを倒した牛頭天王(スサノオ)とか色々あるでしょ!」

 

 

「やなこった! 儂は後ろで支援する方が好きなんじゃ、自分の手は汚さん!!」

 

 

鳥獣がそんな調子で言い争いをしていた、まさにその時の事だ。視界の端にて少しばかり後ずさりしたかと思えば、飛んでいた二人の元へと大蛇が飛びかかったのである! 

 

 

平安の大妖怪と恐れられたぬえが最早お馴染みになりつつある珍妙な悲鳴を上げ、両手に握る三叉矛を敵に向けたまま目を瞑った瞬間、ごすっ! という鈍い音が辺りに響いた。

 

 

「ぬええ?」

 

 

そこにいたのは四本の御柱を背負ったもう一人の山の神、八坂神奈子であった。彼女は大蛇の中心から伸びていた、刀傷の残る顔へと自慢の御柱をぶん回して強打した。その一撃だけで、先程まで野性を見せつけていた大蛇を正直信じられないほどに鎮まらせたのである。

 

なお大蛇は彼女にぶん殴られたことで、先程まで赤く光った大蛇の幾つもの目は全てきゅるんとした青い目へと変わっており、蛇特有のにゅっとした口も合わさって妙な可愛らしさすらあった。

 

 

「……ちょっとアンタ、こんな所で何やってんのよ。麓に大蛇が現れたって噂と一緒に被害者からの陳情が来たわよ?」

 

 

『……ごめん、少し揶揄うつもりがやりすぎちゃったよ。意外と楽しくてさ』

 

 

「……寺の入道使いからは倒壊した石灯籠の修繕費、沢の河童達から怪我した同胞の治療費と設備の修理代が請求されたのだけど、全部アンタの臍繰りから切り崩して良いわよね?」

 

 

『え……』

 

「良いわね!?」

 

『……はい』

 

 

「そこの妖怪共よ、ウチの夫が迷惑をかけてすまなかったな。

……私は神社に戻るから、アンタもちゃんと謝んなさいよ?」

 

 

命の危機に脅えていたはずだったのに、気付けば目の前で夫婦漫才が行われているとは、これ如何に。

マミゾウは安堵の溜息をつきつつ、「ほっほっほ」と笑ったあとにリラックスする為に煙管に火をつけて一服し、ぬえは口をポカンと開けながら佇む大蛇とマミゾウの顔を交互に見た。

 

 

『いや、本当に申し訳なかった。……ホントはあの程度の幻術跳ね返してやろうと思ったんだけど、受けるのも楽しいかなとも思ってさ。

はじめは犬くらいの大きさの大蛇の姿になっちゃったから、コレ自分の力でデカくしたら面白いかな〜とか考えて、…………やっちゃった』

 

 

「……私かんっぜんに巻き込まれ損じゃん! ……もーッ、ほんとに怖かったんだから!」

 

 

「全く……ぬえよ、そんな事を言っておっては正体不明の大妖の名が泣くぞ?」

 

 

「マミゾウは黙ってなさい! アンタだって内心は肝もしっぽも冷やしてたくせに!」

 

 

本当は実に恐ろしき存在である妖怪二人の珍妙なやり取りを聞いて、ハハハ……と大蛇が笑う。そのまま光り輝き、本来の姿である人の形態へと戻ると、朝斗彦は頭を掻きながら改めて謝罪を述べた。

 

 

「言っておくが、儂は気付いておったぞ? 何故ならば、おぬしならば本気を出せばわしらを捕まえることなど容易いものであろう?」

 

 

「まぁね〜。一蛇神差(じゃしんさ)くらいを常に維持して追い掛けてたし。でも化け猿に襲われたのはさすがにびっくりしたよ。神じゃなかったら今頃背中が傷だらけだ」

 

 

「……マミゾウについては信じられないし、そもそも一蛇神差って何よ。聞いた事ないわそんな単位」

 

 

 

「だって今考えたからね」

けらけらと笑う神に対し、ぬえがじとっとした視線を向けていると、このいたずらの神は「おっとそうだ」と言って胸元をまさぐり始めた。

 

 

「……わざわざ出さなくていいわよ! あの例の能面の事でしょ?」

 

 

「そうだよそれそれ。

マミゾウ、君確か怪しい妖怪と接触したんだって?」

 

 

「……お? おお、そうじゃよ。確かに儂はお主が探しているであろう者と接触したぞ?」

 

 

「おお……なら、その子の元まで案内してくれないか?」

 

 

彼女は今日の今までに出会ったもの達の中でも唯一その存在を知りうる相手である。朝斗彦は折角ならと思い立ち、マミゾウに対して件の付喪神の元へと案内して欲しいと頼んだ。

 

 

 

「……いや、儂がわざわざそのような事をせんでも、奴と会えるぞ。

猛き蛇神よ、丑三つ時の人里へと行くとよい。

お主ならばきっと分かる。あそこは感情など全くない、最悪の場所であるからの」

 

 

「ほー……丑三つ時か。分かった、情報どうもありがとう。

話変わるけどさ、ここそのまま昇って行けばウチの神社なんだよ。もし良かったら二人ともお茶しに来る?」

 

 

「……しょうがないわね。なら、お言葉にあまえ……」

 

「いや、儂らは命蓮寺へと戻るとしよう。

朝斗彦よ。もし人里に行ったのであればお主も分かるだろうが、あの騒ぎようでは八坂神奈子も何か策の一つや二つ考えていてもおかしくないからな。ぬえよ、戻るぞい」

 

「ぬえぇぇん……」

 

 

この娘、不憫につき。

ぬえは手元にある三叉矛の柄をぎゅっと握りしめた後に、内心ニヤニヤとしていること間違いないであろうマミゾウが真面目な表情で物を言っているその姿を、実に恨めしそうに睨みつけた。

 

 

 

「そっか。じゃあ丑三つ時まで時間もあるし、僕はここいらでお暇させてもらおうかな。それじゃ〜」

 

 

気の抜けた返事と共に、朝斗彦は誰にも追いつけないような速度で上昇していき、辺りは次第に野生動物達の喧騒に包まれた。

そして、「ここにおってはいつ恐れ知らずの妖獣共に襲われるかわからん」というマミゾウの言葉によって、大妖怪達もまた妖怪寺へと戻っていくのであった。

 

 

 

*1
なお、ぬえは完全に巻き添えを食らっただけである。ぬええん





オロチ殺しの息子がオロチになるのは浪漫。
それに調子に乗ってやりすぎるってのも、その血の運命だね。
(なお、父親は高天原でやりすぎた結果、殺生事件を起こした模様)
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