八坂刀女比売 :
神奈子から「アンタも女の姿の時くらいは化粧の一つくらいしなさいよ」と言われて受け取った湯玉から湯を零し、その地に温泉を作ったことがある。
本人は慌てたものの、その縁か温泉の神となったので無問題。
八坂神奈子 :
「何やってるんだ!勿体ない!」と当時は激怒したものの、その後ちゃっかりその温泉に入りに行ったことがある。
洩矢諏訪子 :
正直関係ないのでいつも通りカエル達と輪唱していた。
「ッ……! 憂符"憂き世は憂しの小車"!」
得物である薙刀が砕かれると同時に、こころは背後へと大きく飛び移り、第一のスペルカードを行使。自らの元に集めた面に妖力を纏わせ、そこから発した追尾性の弾幕をばら撒き始めた。
「ここでスペルを使うか。まぁ、タイミング的には間違いない」
凡人であれば油断して一息つこうかと感じてしまいそうな、絶妙な拍の取り方でこころは弾を撃ち込み、刀女比売はそれを舞うようにかわし続ける。
彼女のスカートの外径に沿うように付けられた鈴が、ひとつ刀女比売が動く度にりんりんと可愛げのある音を鳴らす。それにこころの弾幕の発射音が加わることで、辺りはまるで祭りの囃子が流れているかのような賑やかな雰囲気へと様変わっていた。
二人の戦いは、それ自体がもはや一つの舞踊のように洗練された見せ物となっており、目の奥を曇らせた観衆たちの心には確かに刻み込まれていたのだ。
こころのスペルによって放たれた追尾弾を限界まで引き付けてからいまだ衰え知らずの敏捷性によって回避すると、すかさず刀女比売は自らの神力を流し込んだ刀を構え、その場で目にも止まらぬ早さで素振りした。
すると、彼女が斬りつけた方向そのままに何十もの弾幕の嵐が現れ、こころへと襲い掛かったのであった。
「……あっ! あの弾幕、この前手合わせした時に早苗が使ってたのと同じだわ!」
「彼女は巫女以上の神の代弁者たる現人神、きっと師匠が修行をつけ、技を伝授したのだろう」
「……でもあれ、あんまり上手く使いこなせてなかったわよ?
男神の膂力があってこそだから人の身だとどう頑張ったって半端な威力にしかならないんですよねー……って早苗が言ってた」
両手を広げ、首を傾げながら同業者の真似をするそんな霊夢の様子をみて聖が口を抑えて笑い、神子がポケーっとした顔を霊夢へと向けた。
「……今の師匠は女の身で撃っているが?」
「アンタってば案外バカなのね。そもそも神と人はまったくの別物でしょうが」
「……むっ、この私に向かって馬鹿とは失礼な……あっいやそうか。私には真似出来たから分からなかった*1」
自慢というには余りにも素朴な気付きを得て、ポンと手を叩く神子。
そんな師匠譲りの天然ボケをかます彼女に他二人が思わず失笑する中、そんな噂の存在こと刀女比売は新たに行動を起こすのであった。
……
「それで終わりか。よし、凌ぎきったわ。
……でも弾幕でやり合いたくないのよねぇ〜」
身体に引っ張られて女言葉を口にし出した刀女比売。
彼女は全て手加減した上で行う弾幕ごっこというものに対して不得意であると思っている為、出来る限り徒手空
それでも、女にはやらねばならない時があるのだ。
かつて烏天狗の取材を追い払った時のようなその場の思い付きスペルではなく、自分のとっておきと呼べるような、そんなスペルカードを用いる時が来た。
「今度はこちらの番よ。戦符"侵掠如根"」
かの有名な兵法の一節をもじった、刀女比売……即ち朝斗彦第一のスペルカードである。
彼女を中心にまるで根を張るかのように放射状に赤い小弾が拡がったあと、刀女比売による合図と共にゆっくりと動き出す。
小弾が雑兵のようにわらわらと動きつつ、相対するこころに対してじわじわと向かい始めた時、刀女比売が刀の切っ先を敵へと向け、それを大きな動作でなぎ払い始めた。すると、その軌道をなぞるかのように中弾、大弾が生み出され、それらは戦場を駆ける騎兵が如く彼女の下から飛び出し始めた。
そんな波状攻撃と言わんばかりにあえて嫌なタイミングで飛び出してくる弾幕の数々を、こころは呼吸を整える間もなく躱し続ける。しかし、そんな余裕のない状況に置かれた彼女ですらも、それを目に写す観衆たちには良いパフォーマンスであると受け取られていた。
この場において、彼女が抱えた焦りについて気付いていたのは例の三人組だけであったのだ。
「……今の避け方、危なかったわね。あんなの、もっと素早く動けば楽に避けられるのに」
「どうもあの妖怪はかなり焦っているらしい。コレ越しにでも伝わるほどの心の声が、彼女から漏れ出ている」
霊夢が弾幕勝負の第一人者として冷静に分析するなか、そう言って神子は耳あてをこんこんと人差し指で叩きながら指差した。
「焦りを感じた時に、焦らないようにしなきゃ! って意識しすぎるからそうなるんですよねー。もっと勢いよく南無三ってすればいいんですよ」
「その例え方はちょっと分からないんだけど?」
ちょうどその時、こころが第二のスペルカードを行使。三者が一様に「あっ」と声を漏らし、戦いを優位に進める刀女比売もまた目を見開いていた。
こころはどこからともなく取り出した獅子舞を被って夜空に映える火柱を撃ち始め、木々の神たる刀女比売も流石に先程までの暴走機関車状態からうって変わって冷静にそれを躱し始める。
しかし、明らか見ている側がヒヤヒヤするような、弾幕スレスレの危なっかしい回避を繰り返す彼女に対して一部戦い慣れたものたちがヤキモキしていると、案の定刀女比売は吐き出された火柱より飛び出した火球に被弾し、爆風が巻き起こった。
それを見た事で、それまでの流れから刀女比売を応援していた観衆たちも、
「おおっ」
と、思わずこころに対して感嘆の声をあげたのであった。
「アチチっ! ……クソッ! 飼い犬に手を噛まれた!
どうしよう、お気に入りの一張羅だってのに……。仕立て直してもらえるかしら」
結構モロに被弾したため羽織は片袖が焼けてなくなり、彼女の左腕や髪の一部も焼け焦げたものの、そこは流石の国津神。
お茶の間では放送できないようなえげつない自己修復を行う妖達とは違い、彼女の傷は何処からか現れた光が患部を包み、それが離れるとともに全て元通りである。
もしそんな彼女に対し、新たに一生残る傷跡を与えられるような存在があるならば、それは恐らく冥界に住まう魂魄妖夢……のその愛刀こと、楼観剣ぐらいであろう。……もっぱら、弟弟子である妖忌*2が行方をくらませている今、刀女比売の心に迷いが生じるかどうかも怪しいところではあるが。
獅子舞の頭をぶんぶんと振り回しながら踊り狂い、そして再び火を吐き始めるこころに対し、勢いを削がれた刀女比売は刀を納めると共に空いた手を別の道具へと回す。
彼女はただの木のように、その場に立ち尽くしたまま火に飲み込まれるつもりなどないのだ。
身体に掛けられた天之麻迦古弓を手に取ると、彼女は第二のスペルカードを使用した。
「神具"逆神殺しの破魔矢"」
彼女は宣言すると共に鏑矢である天之波波矢を番え、それを天に向けて撃ち放った。
放たれた矢は不思議な音をたてながら、月の向こう側まで飛んでいかんと風を切っていたものの、その後鳴り響いた指笛の音に合わせて自ら向かう方向を変えた。そして、先程射られた時よりも速いスピードで刀女比売の元へと戻っていき、Uターンした本体が通った後から無数の矢弾が生み出されて我先に言わんばかりにこころへと向かうのであった。
「さぁ、戻っておいで! いい子ちゃん!」
まるで神話のように主をそのまま射抜いてしまうのでは? と周囲が心配する程の勢いで天之波波矢が舞い戻ると、刀女比売はその白い歯を見せながらニヤリと口角をあげながらその場で大きく仰け反った。そして、彼女は自らの頭上を矢が通過しようとした瞬間に空いた右手で
距離をとった後、共に再び空へと向かってソレを撃ち放ったのである。
曲芸師のような軽い身のこなしで敵の攻撃を躱し、戦場を縦横無尽に暴れ回るこの神は予期せぬ乱入者であるにも関わらず、既に周りの視線を一身に受けている。
それは勿論当の本人も気が付いており、再び矢が戻ってきた際には、大弓である天之麻迦古弓を複合弓のように軽々しく扱うなどという芸当まで見せんとするほどである。
「そろそろ見掛け倒しの技は終わりにして、お前のその面を使えなくさせてやるわ! さぁ、覚悟しなさい!」
そう言うと彼女は大きく腰を落として弓を左斜め四十五度位に傾けると、右腕で弦を引くと共に重心を右足へと寄せる。そして、常人ならば右腕の筋肉が破裂してしまいそうな程の力で弦に当てた矢筈を引き、ぴんと張られた弦がぎりぎりと音を立てながら好機を待った。
そして、舞い踊る獅子舞と目が合い、ソレがカチッ! と小気味よい音を鳴らしながら口を閉じた瞬間、刀女比売は天之波波矢を撃ち放ったのである。
……
「かなり派手な戦い方するのね。私、アイツがあんな動けるなんて知らなかったわ」
聞き慣れぬ鏑矢の音に圧倒される間もなく、目の前で的確に面のみを撃ち抜いた刀女比売を見ながら霊夢はそう口にした。
彼女にとって朝斗彦は友人であり、また縁側で眠る野良猫に等しいような身近な存在でもある為、普段寝言を口にしながらぐーすかと昼寝をする男と、目の前で暴れる女が同じ存在であるとは思えなかったのだ。
「きっと勝ちを確信しているからこそだろう。元々師匠は勝てない勝負はしないが、確実に勝てると信じられるまではもう少し慎重に振る舞われる」
「とはいえ、前お寺で話した時に逃げの美学を語ってた人とは思えませんねー。それとこれでは正反対ではないですか」
霊夢に合わせて聖もそう言うものの、目の前で戦う彼女は紛れもなく同一人物である。
何故なら、格上が少なくなった現在においても、妻を怒らせた際には大国主から受け継いだ脱兎の逃走術を今も活かしているのだから。
……
「ぬぅ……ッ! 私の獅子舞を壊しやがって。
やい! 私、付喪神なんだけど? おまえさ、物を大事にしろって親から言われなかったの?」
「…………いや、むしろ親は暴れて壊す側なのよ」
「……何言ってんだ? お前……? 親がそんなことするわけないだろ」
「……人にはジジョーってものがあるのよ」
神の園で大暴れし、唯一永久出禁の烙印を押された神の、その落胤。刀女比売が抱えたそんな事情など、もちろんこころは知る由もない。
そんな刀女比売が心の内に抱く、若干の哀しさを含んだかのような風が辺りに吹くと同時に、睨み合っていた彼女達は再び激しい弾幕の応酬を始めた。
こころは勢いよく般若の面を飛ばし、それを刀女比売は的確に狙い撃つ。その様子を見ていた名も知れぬ観客のひとりが、
「狙いは与一、しかしその身に秘めたその力は鎮西八郎にも優れたもの也」
と漏らすほどに刀女比売は自らの眷属でもある弓矢を使いこなし、
『日頃人里で駄弁り食っちゃ寝して、かつ平民相手にも気さくに話しかけてくるあの葦原朝斗彦神が、まさかここまでの腕を持つとは……』
と、皆が驚きを隠せていなかった。
そして、それはつまり刀女比売へと張り合うこころにもまた、皆の関心が集まることとなった。
彼女はジワジワと追い詰められているものの、クールな表情の裏で必死に抗うその様子が観ている者たちの注目を集めており、弾幕勝負において劣勢を示す三度目のスペルを先に行使したにも関わらず、一部において歓声があがるほどであった。
スペルカードの努符"怒れる忌狼の面"を使用し、溢れ出る妖気を身にまとったこころは、理性を失った野獣のように刀女比売へと突進する。
対する刀女比売はというと、すぐさま弓を身体へと掛け直すとともに中途半端に残った羽織から腕を抜き、羽織は腰に巻かれたベルトの元でだらりとぶら下がった。
そして、女とは思えぬ程に鍛え抜かれた両腕とピッチリとした黒いインナー越しの背中を露わにすると同時に彼女は雄叫びをあげ、深呼吸をしながらゆっくりと目を閉じた後にその瞼を開いた。
「目にも見よ、我が双眼を! 荒れ狂う大蛇がごとき野心に満ちたこの赤眼を! 鬼達の神たるこのアタシが、その大顎を真っ二つに引き裂いてくれよう!」
神人時代に従軍し、戦場で負わされた痛々しい傷跡の数々が注目を集める中、自身の目を人差し指と中指で指しながらそう宣言した彼女は、かつて自身が間接的に経験した鬼達と大口真神の末裔たる白狼天狗*3達の戦いを思い出しながら新たな物語を考える。
そんな知る人ぞ知る対立構造を打ち出す事で、刀女比売は観客を飽きさせないようにしつつも自らの完全勝利を狙うつもりなのだ。
「うわっ、なんだか急に禍々しくなった。アイツ、情緒不安定なのかしら」
「一気に場の空気がぴりっとしましたねー」
「……フッフッフッ、懐かしいな。修行中に不興を買うとあの状態の彼女に私達は正座をさせられ、長々と説教されていたものだ」
「うわー、そんなの考えたくもない。なんだか華扇に怒られるような気分だわ」
「天皇に連なる王族を正座させて説教だなんて、神じゃなきゃまず不可能でしょうねぇ。
……しかしそれでも、朝斗彦さんの愛ある教えは貴女には通じきらなかったようですがね?」
「……うるさい。アレは仕方の無いことだったのだ」
「どうやら図星みたいね」
聖の一言に対し、神子はいつものように胸を張って自身を正当化する訳でもなく、小さな声で反論し顔をむくれさせた。
野心に溢れる傲慢な彼女にも、やはり後ろめたいことの一つや二つはあるのだ。
どういう原理か分からぬものの、妖気で出来た狼の顎を神の力を使って両腕で押さえ込んだ刀女比売に対し、観衆達からは大声援が上がった。
こころは更に妖力を高める事で目の前の敵を噛み砕こうとするものの、目の前の狂戦士は一歩退くどころか更にその力を強める。両肩の僧帽筋が大きく隆起し、歯を食いしばりながらも余裕を失わずに笑みを浮かべるその姿は、紛れもなく荒々しい闘神そのものだった。
「鬼神の怪力、思い知るが良いッ!」
「なにを……バラバラに噛み砕いてくれる!」
組み付いた刀女比売の事などお構いなしに狼は縦横無尽に飛んで暴れ回り、空に向かったかと思えば地面スレスレまで急降下。
地面へ刀女比売の背中をを押し付け土埃が舞散り、 ただでさえ傷だらけだと言うのにさらに痛々しいモノを見る事になる……そう誰もが思い浮かべた時、そこには丁の字……いや、才くらいの体勢になりながら踏ん張る刀女比売の姿があった。
「……あっぶなー! 根に足を引っ張らせなけりゃ今頃背中ズタズタだよ!」
大きく脚を開いて踏ん張りを効かせながら、刀女比売はそう叫ぶ。そして、彼女の足下から地面が隆起し、人里に生える柳の立派な根が二本、ぼこりと顔を現した。そして、神の眷属たる彼等が刀女比売の指示を受けて代わりに暴れ狼の顎へと巻き付き、その両顎をそれぞれ反対方向へと引っ張るのであった。
「大和の北狄にして、人々とは決して相容れない存在。それこそが鬼だ! さぁ、敗れし者達が抱えし無念の力を思い知れ!」
刀女比売は狼の核であるこころへと腕を伸ばして神の力で無理矢理引き抜くと、彼女は黒いタイツと革のブーツに包まれた左脚をほぼ垂直に蹴り上げ、空高くまで吹っ飛んだこころに対して激しい弾幕の雨をお見舞いさせたのだった。
かなり久々に登場の朝斗彦のスペル。
天狗の撮影競争(原作で言うところのダブルスポイラー)に巻き込まれ、文のカメラを盗み取った時以来の行使です。…あれ、もしかして書き始めてから一年経った?