豊聡耳神子:汚名を被っても朝斗彦と隠岐奈に黙って神仙となったことは開き直ろうと努めていたものの、心の中の邪仙が良心ある神仙に敗北した事で無理だった。その為、近頃は寝る直前や寝る最中の夢の中において、自身のトラウマである尸解の儀式が何度もフラッシュバックする事でまさかのノイローゼ気味。
なお、魘される彼女を何度も横で目にしている妻の屠自古からは、「朝斗彦殿から貰った枕が悪さしているのでは?」と、疑われる。
「……なんかさ、参拝者増えたよね?」
「増えたわね。まだ開けてすらいないのにわざわざ並びに来るなんて、初詣前みたいだわ」
社務所兼自宅の居間、曇りガラスの窓の外に小さく見える人の列を見ながら諏訪子と比売がそう言った。
「夜更かしはめっ! ですよ、朝斗彦様!」
「……」
今は朝の食事中。女子達が幅を利かせるこの守矢神社において唯一の男である僕にとって、三人からの変な注目を集める時が何よりいちばん怖い。
この中で一番に体格の良い僕が顔を梅干しのようにシワシワにして縮こまってる様子は、きっと他の者が見たら笑ってしまうに違いないだろうな。
「……貴方、何も私達は責めてる訳じゃないわよ?
だって、あのまま博麗神社に全て持って行かれる所を、土壇場で捲ってかっさらったんでしょう?
流石は我が伴侶、全く良くやったわね」
「……なんか、褒められてるんだか貶されてるんだか……。しかし、良いとこ取りしちゃったなって。そりゃあ、霊夢も怒るよ」
「いやいや、隙を作る向こうが悪いんだ。お前さんは別に気にしなくていいさ」
お叱りコースかと思ったら、なんか褒められてる? んだけど。余りにも拍子抜けすぎて、なんだか謎に損した気分だ。
「ほら、見てください朝斗彦様! 私、先程頂いた今日の新聞は切り取って日記に貼りましたよ!
いやぁ……、文さんも偶にはいい仕事するじゃあないですか! ねぇ神奈子様、諏訪子様!」
早苗がごそごそと取り出したのは、かつて昔話をした時から自分でつけだしたという日記帳。彼女がパラパラとページをめくると、そこにはでっかい見出しと共に、ぶいをキメる
ここ幻想郷に越してからというもの、個人的に目立ったことはしてこなかったつもりであるが、今回ばかりは文々。新聞の見出しに載ってしまうほどに目立ってしまった。あの行列はそんな広告効果がしっかり反映されたモノだろう。
うーん。にしても、いつ見ても美人だ……なーんて、勿論嘘だよ。
コレは文ちゃんが上手いこと撮ってくれただけだ。
「そうねぇ。女の姿なのが全くもって残念だけれど、なんだかこんなにイキイキしてる貴方の顔は私も久しぶりに見た気がするわ。
ここ暫くのアナタ、どこか空回りしてるみたいだったもの」
「朝斗彦が空回りしてない時なんてないでしょ。コイツがマトモになったら月が滅ぶよ」
「…………」
どうやら僕が真面目にすると月を滅ぼしかねないらしい。つまり、僕は常日頃から狂っているのが正常というワケだ。
身内の発言が酷すぎて泣いてしまいそうである。
「……ちょっと諏訪子! 言い過ぎよ!
あの顔を見なさい! 今にも泣き出しそうじゃないの!」
「なんだよ〜っ、ちょっとからかっただけじゃん!」
比売の注意の後も諏訪子がブーブー文句を言うので、僕は早苗からちり紙を貰って目を擦ったあと、目の前の味噌汁を飲んだ。
「……涙で味噌汁がしょっぱい」
「朝斗彦様、それは味噌多めの味付けだからです」
「……やっぱコイツとっちめようか?」
「奇遇ね。私もそう思っていたわ。悪神退治と洒落こみましょうか」
涙を流したのは事実であるが、ボケが不発だったのもまた事実である。皆、こういう余計なことをすると奥さんは機嫌悪くするから気を付けなさい。
「冗談、冗談だよ! いつも通り僕の好きな味だから! ……おっ! 昨日の残りの卵焼き、甘くて美味しい! やっぱり比売の作る卵焼きは格別だね!」
汚名を挽回する為に僕は第二の手札を切ったものの、周りの視線は実に冷たいものだ。敗因は一つ、昨日の夕食に参加せず、さっさと寝てしまったことである。
「それ、作ったの私ですよ?」
「……えっ、あっヤバ……。
う──ん。あの、ちょっと待ってね比売。僕あと少しで完食するから。怒るのならその後で頼むよ」
「……」
「ホントに図々しいヤツだ」
「……あの、朝斗彦様? さっきからご飯粒を器用に一粒ずつ摘んでるのは、一体?」
時間稼ぎだよ! 言わせるなよもう! ……と、心の中で思いつつ、問いかけられた疑問が耳の穴を通り過ぎたかのように無視して食事をしていた、その時である。
呼び鈴があるにもかかわらずバンバンバンバン!! と玄関の戸を叩く音と共に、
「たのも────う!」
と、聞き覚えのある声が聴こえた。
ちょっと見てきますと早苗が言うのを遮ってご飯を掻き込み、よく噛んで飲み込むと、僕は座布団を離れてそのまま玄関へと向かって戸を開いた。
「おや、こころちゃん」
「おお。葦原朝斗彦、助けてくれ」
現れたのは今朝僕が降したばかりの面霊気、秦こころ。彼女は相変わらずの仏頂面のままジタバタと激しい身振り手振りを繰り返し、僕に助けを求めてきた。
「一体全体、どうしたのさ」
「ヤバいんだよ、兎に角」
「何がヤバいの?」
「……異変の原因が解決できてないんだ。希望の面が無ければ、私はまた人里を混乱に陥れてしまう。だからこそ、お前の力が必要だと感じたんだ」
「なんだと!? そんな事になったら……僕がボコボコにした意味が無くなるじゃないか!」
「全くその通りなんだよ。私だってボコられ損ってやつになってしまう。だからこうやってここまできたんだ」
困ったな。どうするべきか。
顎を指でなぞり、僕は解決策を出そうとするもののどうにもこうにも浮かばない。
考え事をする時によくやってしまう、言葉を口から捻り出そうとする際に舌打ちを鳴らした事で、「怒ってる?」とこころちゃんに聞かれ、いいや? と僕が答えると、彼女からは「ならいいや」とだけ返事が返ってきた。
「……早苗、あれは何者?」
「アレ、諏訪子様今日の朝刊読んでないんです? あの子が朝斗彦様に負けた妖怪ですよ。面の付喪神らしいです」
「ふぅん……」
僕が全然戻らないから気になって見に来ているのが居るな。
……いやしかし、どうしたものか。そもそも、希望の面ってなんなんだ? そう疑問に思った僕は同じ内容の質問を目の前の少女へとした。
「えっと……世を動かす存在というものは、それに従う者達からの希望があるからこそ成り立つモノでしょ? 私の希望の面は、そんな民草達からの希望を集めた力の証なんだ。
だからこそ、私を倒し、皆からも注目を集めるオマエの所に来た」
「なるほどね……でもさ、僕はもう隠居みたいなものだからそういう指導者的な要素はない気がするんだけど。もっと頼れそうな者とかってのは居ないの?」
「いないことはない。でも、オマエは何かあったら手を貸すといってくれたじゃあないか」
「勿論、出来ることなら全て手伝ってあげるさ。
それで? その頼れる者とは誰のことかな」
「私の生みの親が一人、上宮太子の
「おや、神子の事か。彼女の所なら、簡単に案内できるよ」
「なに、ほんとうか!? ありがとう朝斗彦! 早速行こうじゃないか!」
「……あっ、ちょっと待ってね。今まだ朝ごはん中だったから自分の皿だけ片してくる。
ここで待たせるのも悪いし、良ければ上がって待ってて貰える?」
「おお。よっしゃー、神の本拠地に突撃だ!」
……
「さて、この辺りでいいかな」
可愛い孫弟子? を連れてきたのは人っ子一人近付かぬ妖怪の山のてっぺん。
これより上には天界が広がっており、どこか同じ波長を感じる戦闘狂の緋想剣*1の継承者に精神的無感応な竜宮の使いの二人を始めとする住人達、そして危険すぎる桃泥棒こと我が一番弟子の小鬼もいる。
空を覆う雲海に顔を出すこの地で、真夏とはいえ流石にちょっと肌寒いなーなどと言う僕の横でガタガタと凍え震えているのは、勝手に孫弟子扱い中の期待のニュービー、秦こころである。
「危ないから下がってて」
「わ、わわわわかった」
神力で刀を支配しつつ引き抜き、大きくそれを振りかぶって振り下ろすと、本来なら空振りするはずの大気が反発し、辺りには激しい力の衝突が発生する。
そこで分厚い鉄板を断ち切るかのように僕が力を加えて刀を押し込むと、その強い力に押し負けた結界は緩やかに切断されていき、やがてそこにはぽっかりと大きな穴が空いたのであった。
「ほら、ここから神子のもとに向かおう」
「?????? おまえ、今何をしたんだ???」
「仙人が作る異界への扉を開いたのさ。奴らの領域は結界と似たものだから、ポイントさえ掴めばこういうことだってできる。時空を歪めてしまうこの入口も、ここであればウチの神社や天狗達に迷惑をかけることもない。
さぁ、まずは入ろう。ここは寒いだろう?」
僕が案内するやいなや、こころちゃんは一目散に中へと入っていった。刀を鞘へと仕舞ったあとにそれを追い掛けてゆっくりと中へと入ると、そこには突如中庭へと現れたこころちゃんへと牙を剥く布都と、それを静止する屠自古、神子の姿があった。
「仙界に穴を開け、斯様な冷たい外気を取り込ませたのはお主か、小童! もし太子様が風邪をおひかれでもしたらどうするつもりだ!」
「心配してくれる気持ちは有難いが、仙人は風邪なんてひかないよ」
上宮夫婦に両腕を掴まれ静止されつつ、番犬のように歯を見せながらガルガルと吼える布都も、僕の顔を見るやいなや、あっ! と声を漏らした。
「朝斗彦殿!」
「師匠、来たのか」
「やっほー二人とも、昨日ぶりだね」
僕が挨拶をすると、屠自古さんからは、
「その
と、苦情が入った。いや、こうでもしないと入れないんだよ。
「朝斗彦殿、こやつは貴方の知り合いですか!」
「うん、彼女は面霊気の秦こころ。神子、君の命令で作られた六十六の面が元となって生まれた付喪神だ」
「その顔は存じているよ。なにせ今朝の戦い、私も観させてもらっていたからね」
部下の前へと歩み、相変わらずのカッコ良い雰囲気を纏いながらそう言う神子。その様子はまさに歴史の偉人その人である。
「……そういやこのヒト、路地裏で具合悪そうにうずくまってたよ」
「……あっコラッ!! それをバラすな!」
「……太子様? それはどういうことですか? ただでさえ貴女は溜め込みグセがあるのですから、一人で抱え込まずに話してくださいって日頃から伝えてますよね?」
「うん……ごめん、屠自古……」
しょぼしょぼとしながら謝る神子。
やっぱり他所さまでも奥さんに詰められる姿は変わらないんだなぁ…… 。って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。こころちゃんに用件を言わさないと。
「ほら、人を訪ねる時はまず用件を伝えなきゃ行けないよ。神子にどういった用向きで来たかを説明してあげて?」
「分かった。
豊聡耳王子、私は生みの親とも言えるアナタにお願いしたいことがあって今日ここに来た。私に希望の面を作ってくれ。当代一の為政者であるアナタなら、民の希望を集めた結晶である面を作れるはずだ」
単刀直入すぎる願いをこころちゃんがすると、当代一の為政者……らしい神子は嬉しそうに胸を叩き、
「任せて欲しい!」
と、言い切った。
安請け合いして大丈夫ですか? と、屠自古さんから心配されながらも神子はまるで張り切った子供のように部屋まで走っていってしまったので、僕とこころちゃんは顔を見合せた。
「……」
「あれは私の知ってる太子じゃない。聖徳王はあんな腑抜けた振る舞いをするような方じゃない」
「!!!」
「あっ、コラこころちゃん。
やめなさい。生みの親に対して失礼だぞ。ごめんね二人とも、この子まだ人の常識に疎いんだ」
目をチカチカとさせながら飛びかからんとする布都と、余りにも緊張感の欠けらも無くぬぼーっと棒立ちするこころちゃんの間に右半身を伸ばして割って入り、僕は揉め事が起こるのを防ぐ。
そして、そんな間抜けな姿を晒しながら一言謝罪を入れると、それに対して腕を組みながら溜息をつき、
「いや、いいんです」
と、そう言ったのは神子の伴侶の屠自古さんである。
「……まぁ近頃の太子様はどこか空回り気味だからこちらとしても否定できないのが困るしな……。けどまぁ、朝斗彦殿に頼ってもらえて嬉しいんじゃないですか? あれは些か喜びすぎですが。
……あっと、客人をこんな所で立ちっぱなしにさせるのは失礼だな。二人とも、こちらへどうぞ」
「おっと! 我はまだそなたを信用しておらんぞ!
ここ神霊廟で悪さしないよう、例え厠へ向かおうとも隣で見張るからな!」
「なぁ、なんでコイツは引っ付いてくるんだろ?」
「キミがやらかさないようにってさ。全く、いつもお勤めご苦労さま。布都」
今日の敵は今日の友。
朝斗彦とこころ、間違いなく嵐を呼ぶ友情タッグですね。