先に言います。
無理やりまとめたので一話分にしてはめちゃくちゃ長いです。
お茶と月餅を用意してもらい、それをばくばくとがっつきながら食べるこころちゃんを諌めつつ頂きながら、僕達は神霊廟の応接間で時間を潰す。
時たま、「あ、あれ?」とか、「アアッ、割れた! 何がいけなかったんだ!」と、叫ぶ声が微かに聞こえてきては屠自古さんが溜息をつくのが、こちらが見ている分には可笑しくてたまらなかった。
そう考えると河勝って手先だけは随分と器用だったな……。他の事になると僕と同じくらい不器用だったけど。
「お見苦しい所を見せてしまい申し訳ない」
「いや別に謝る必要は……。いや、まぁ……もてなす側からすればそうか……。
ごめん、非常識だったね。あれくらい僕らは気にしないから大丈夫だよ」
屠自古さんの謝罪に対して僕がそう言うと、隣に座るこころが不思議そうな表情でこちらを見つめていた。
「なんで朝斗彦が謝るの?」
「いいかい? 僕達は来客である以上ここの人達に迷惑をかけないよう心掛けなければいけない。但し、それは向こうにも同じ事が言えることだ。僕達を賓客として受け入れている以上、屠自古さんや布都もまた、僕達に対して粗相のないようにしなければいけないんだ」
「ふーん、それがさっきのとどう繋がるの?」
「うん。つまりね、受け入れる側が体裁を保つために謝りを入れている以上、それを客である僕達が頭ごなしに否定してしまうと、かえって相手の面子を潰しかねないという事だ。
僕達は神子が一人でワーワー騒ごうがなんだろうが、正直面白いだけで別に迷惑には感じない。だからといって迎えた側からすれば、主の醜態を目にさせる事で客人が不満に思うかも……そう感じるかもしれないだろう? それ故に、実際に屠自古さんは一言謝ってくれたんだ。
その気遣いは第一に相手を慮る為、そして第二に自分達の品格が悪くならないようにする為に必要なことなんだよ。だからこそ、それを無自覚に否定してしまった僕は彼女に謝った。どうだろう、なんとなく分かったかな?」
「……分かるような、分からないような。うーん。なんか、人付き合いって難しいわ」
「そうなんだよ、超難しい。でもね、それが出来るようになるのとならないのじゃ大違いだよ。人に限らず、妖怪であろうが神であろうが全て同じことだ」
「ふーん。それって、すぐに出来るようになる?」
「いや、出来ないとおもうよ。ただし、出来ないことに対して焦る必要は無い。君だってこれから色んな人と関わるだろうから、そういう人達の行動や言葉を見て、聞いて、何がダメで何がいいのかを見極めればいい。
さすれば、ソレは間違いなく君の経験になる」
「ふむふむ、分かったわ」
隣に座るこころちゃんの肩に手を置き、にこりと微笑むと、彼女は相変わらずの無表情ながらも一言、「やってやろうじゃないか」と奮起する様子を見せた。
「……なぁ布都、きっと太子様もああやって童の頃に教えを受けたのだろうな」
「そうやもしれぬ。しかし……まこと神らしくないお方よ。まるで我らの傅役を優しくしたかのようだ」
そう言って小さく耳打ちする彼女達の声も、この地獄耳は拾ってしまう。
何せ昔、まだ中つ国があった頃に若い侍女達が僕の名前を口にしたのに対し、
「えっ!? どうしたのー?」
と、思わず反応してしまい、『聞かれた!?』という反応と共にぴゅーっと逃げられてしまったこともあるくらいだからね。まぁ、その時は陰口言われてたら嫌だなぁ〜とか思ってた。
「……いや、神子の時はそこら辺については何も言わなかったよ。
なにせ、彼女は兎に角よく周りのことを見ていたからね。その場で取るべき行動を全て理解していたし、何よりも河勝が常に彼女の見本になってくれていた。
彼こそが、親すらも信用できなかった神子にとって唯一の拠り所だった」
「……」
「……」
「神子は"在るべき君主"の姿を取り繕うのは得意だけど、その分疑心がとにかく強くてね。自分がすべき事、成すべきことへの一歩を踏み出すのが苦手だった。それを傍から支える立場に徹したうちの一人が河勝だった。
舞台の真ん中に立ち、誰よりも目立ちたいという想いがありながら、彼は神子を支える為に黒子の一人としてその役目に徹したんだ。屠自古さんの父君の様にね」
なんだか複雑そうな表情を浮かべる目の前の二人。
運命に狂わされ、時代の波へと呑み込まれたそんな彼女達は、間違いなくあの冷血宰相が向けた絶対零度の瞳を思い出しているに違いない。
「……父上のあの怖い顔を思い出して、思わず背筋が伸びてしまったよ。
ああ、全てが懐かしい。酸いも甘いも経験したあの時代の事を、まさかこれ程までに覚えている方が我らの他にいるとは思わなんだ。
まるで生ける史書だな、なぁ? 布都」
「うむ。これを聞いた後であれば、あの頃のギラついていた己の感情、それにあの妙に気取った外つ国かぶれの河勝の顔だって鮮明に思い出せるものよ」
「おい…外つ国かぶれってお前、それはこんな場所に住んでいて、その上昼前から月餅なんか食ってる私らが言えた事じゃないだろ」
どこか僕の古い友神を思い出すような、じわじわとくるやり取りは見ていて面白い。狙ってないボケが大好きなんだよね、僕。
「ハハハ、確かに屠自古さんの言う通りだ」
「我らほど熱心に道教を奉ずる日ノ本の者など中々おらなんだ」
こんな感じで皆で和気あいあいとしていた、ちょうどその時。
「上手くいった!!!」
と、まるで世紀の発明をしたかのような神子の叫びが聞こえた。
こころちゃんがガタリと立ち上がってうずうずとする様子を見守りながら椅子に座って待っていると、ととと……と小走りする音がしたあとにぴしゃりと戸が開かれた。
したり顔を浮かべながら片手で笏を持ちつつ、もう片方の手を背後に回しながら神子が登場したのだ。
「待たせたな。迷える面霊気よ!」
こちらへと進んできた後にくるっ、と僕たちの座る方へと体の向きを変え、ドヤ顔を浮かべるのは我が弟子三号こと豊聡耳神子。
隠した片手に持つモノはどうやら僕らの反対に座る屠自古さんと布都には既に見えているらしく、屠自古さんの切れ長なつり目が怪訝な表情と共に細まっていくのが見えた。
「師匠に認められた君の為に、私からの贈り物だ。これがあれば、君の心に巣食う迷いは晴れるはずだ! さぁ、準備は出来たかな?」
「とっくに出来てるから一刻も早く渡してくれ!」
もう、嫌な予感しかしない。布都とこころちゃんはソレが贈与される事にワクワクしているようだが、屠自古さんの顔が……顔が!
「我、豊聡耳神子が秦こころに希望の面を贈ろう! 受け取るがいい、こころよ!」
「やった……! これで欠けていた部分が埋ま…………えっ?なにこれ」
「何って、私の顔を模した面さ。ほら、上手く作れているだろう?」
こころちゃんの手に握られた、二代目? の希望の面。それはなんだか比売が描く世界の住民のような、何ともまぁ……味のあるモノであった。
「……ぶう……。期待した私がバカだった……って、あっ! 間違えた。こういうことは口にしちゃいけないって、朝斗彦から教わったばっかだったのに」
「教えが活きてますよ、朝斗彦殿」
「うん、まぁ……そうだね」
あんまり喜んでいない様子のこころちゃんに、「それでもないよりかはマシだよ」とフォローを入れると、少し迷った後に彼女はうんとだけ返事をした。
なお、神子はというと、希望の面を作り上げた事への達成感に支配されている為に周りの反応など全くお構いなしである。こういう時に視野が狭くなるのは僕もなので、つまりは師弟揃って同じ悪癖持ちなのだ。
「まぁ見た目はひとまず置いておいてだ。これが本当に失くした面と同じ力を持つなら、あのヤバそうな人里の雰囲気も緩和されて調和が保たれるんじゃないかな?」
「それはそうだ。こうしちゃいられない、今から人里に向かおう」
「……早まる前に神子に礼を伝えなさい。人里に行くのはその後だよ」
「たしかに。豊聡耳王子……慣れないのにも関わらず希望の面を作り直してくれてありがとう」
「神の子たるこの私にかかれば、これくらい造作もない。
……そうだ、私の事は親だと思うといい。
我らは妖怪とは敵対する間柄だが、君に関しては今後も神霊廟には自由に出入りしてもらって構わないよ」
「よく分からないけど、また来るかもしれないし来ないかもしれない」
多分自分から来ること無さそうだなぁ。
いやしかし……久しぶりに保護者保護者してるぞ、僕。
……
「それじゃあ、僕達はここいらでお暇するとするよ。ごめんね、急に押しかけて」
「必要な事だったのだから気にしないでほしい。こちらの方こそ師匠と会い、話を出来て嬉しかった」
「そう言って貰えるなら幸いだ」
僕がぶち開けた結界の隙間の前で、神霊廟の面々から見送りを受ける。
「寒いから早く里に行こう」
そう言って僕の羽織をこころちゃんが引っ張るので話も早々に切り上げて僕達は神霊廟から脱出した。そうでもしないと、神子にとってのもう一人の師が時間潰しに飽きて悪行を始めるからな。
「ではな、師匠! 穴は私が塞ぐから気にしなくて良いよ!」
「はいはーい、それじゃあね〜」
こじ開けた穴をくぐり抜けると、壮大な雲海が目に入る。しかし、それに感動している暇などというものは与えられないのである。
「あら、奇遇ねぇ? 山の神、葦原朝斗彦!!!」
「お久しぶりです」
「げっ」
マジか、リスクは十分にあったとはいえここでこの二人に出会うとは。
目の前にいたのはじゃじゃ馬天人娘の比那名居天子に、そのお目付け役の永江衣玖である。
普段は刀身が隠れた持ち手のみの神剣・緋想剣を腰にぶら下げた天子とは、弟子の桃泥棒こと萃香のせいで顔見知りの関係である。
理由はと言うと、僕らが幻想郷へと引っ越す前に起きた異変以降萃香が天界に居座るようになってしまい、それに困った天人達の要請で腕っ節に自信のある天子が注意しに行った所、
「オイ、角無し! おめぇはさ、この私に言うこと聞かせたいんならさ、まずは山に座す東神さまを倒して一人前の天人になってからにしろよ!話はそれからだ」
と、泥酔状態故の悪そのものすぎる態度由来なバカなことをほざいたことで、引越したてで慌ただしかったにも関わらず、玉突き事故の様に喧嘩を売られた事がある。
その際、何千年ぶりかに見た緋色に揺らめく刀身は、かつての神人・葦原朝斗彦の気を昂らせるには十分すぎる程の煌めきだったが、剣の特性にものを言わせる天子の戦い方には何ともガッカリしたものだった。
結局その時は僕が勝利し、その剣に見合った力が欲しいのならもっと鍛練をしろと説教して終わった。
全く、爺は説教臭いから困るよね。……あっと、自分のことだった。
緋想剣なんてモノは間違いなく相手にしたくない得物の殿堂入りを果たす武器だろう。
しかし、生憎僕は日課の修練で対人向けの戦い方を一通りさらう際の仮想敵は人生で初めて相対した強敵、建御雷に布都怒志の二人なのだ。
そんな二名が振るった得物への対策というものは、互いに大和の神として肩を並べてから何千年もたった今であろうが、この世の誰よりも自信がある。
もし突然その時代に急に飛ばされるような超常現象が起きたとて、今の僕であればすぐに適応できるだろう。
「げってなによ、げって」
「いや言葉の通りだよ……。お前と会うとロクな目に合わない」
「全くその通りです、総領娘様と顔合わせした人は皆そう思ってるのが分かるくらいには顔に出ますよ」
「衣玖!?」
まるで僕の右腕だったさとりちゃんのような毒舌具合だ。
住まう場所こそ違えど、我等は苦労を与える主と、その臣という関係性で一致しているようだ。しかし、天子のような気の荒い存在がそれを許容してるのが全くもって不思議だが、それをゆるせる関係性があるのだろう。
「ところでその子、誰?」
「面霊気の秦こころだ。今朝僕がシゴいた、扱きたてホヤホヤの妖怪だよ」
「扱かれたよ、よろしく」
「ああっ、あのブン屋が押し付けてきた瓦版に載ってた娘か!」
「お配りしていた、ですよ。はしたないです」
「どうやら、文ちゃんのお陰で僕らは有名人になってるらしい」
「ふぅん、人気者は辛いね」
小声で話す僕らの方を腕を組んでじーっと見つめながら、天子はふとこんな事を言い出した。
「丁度いいわ! アンタ達と私達で二対二の混合戦でも……」
「いやだ、断る」
うずうずとしながら天子が唱えた提案は呆気なくこころちゃんに拒否された。なんでだよ! と駄々をこねる天子に対し、こころちゃんは一言、
「私達には使命がある、こんな場所で桃を売ってる場合じゃない」
と、バッサリ。
さりげなく天人をネタにしたことに内心僕は驚きつつ、下賎な天下の者たちが偉そうに、みたいな内容で悪態ついていた天子の目の前から静かに脱出したのであった。
……
「さっきも伝えたけど、僕はこれから命蓮寺に行かないといけないんだ。希望の面が復活した以上はここで各々別行動でもいいし、ついてきてもらっても構わないけど……どうする?」
運良く天人のダル絡みから脱出した僕達は、あのあと一度守矢神社へと戻った。そして、大蛇の姿で大暴れした結果引き起こした、倒れた灯篭の修復に充てる分のお金を懐へと仕舞ってから再出立したのである。
「勿論ついて行くわ。朝斗彦と一緒にいれば、顔見知りも増えるしね」
「そうか、分かった。ならば僕についてきてくれ」
こころちゃんが僕へとしっかりとついてくるのを確認すると、僕は更に飛行速度を速めて命蓮寺へと向かった。
"今からそっち向かいますよ! "
そう言わんばかりに敢えて力を開放して向かった先には、周辺を躑躅の植込みが取り囲む様に植えられた命蓮寺が見える。そして、緩やかに速度を落としていきながら着地すると、そこに住まうもの達が勢揃いして正門の先で待機していた。
「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたよ、朝斗彦さん」
「…………この度は申し訳ございませんでした! どうぞこちらの方をお受け取りください!」
しっかりと頭を下げ、封筒に纏めた臍繰りを渡すと、聖さんはウフフと笑いながらそれを受け取った。朝とは随分と様子が違いますねと言われたので、ええまぁ……としか言えなかった。
「マジか、普通に謝るんだ。もっとプライド高く振る舞うのかと思ってた」
「やっぱり船の修理費請求した方が良かったんじゃないかしら?」
なんの事だか分からない噂話をされつつ、足早にこの場を立ち去ろうとすると、あっ! と思い出したかのように雲入道の娘こと一輪がこころちゃんのことを呼び止めた。
なんでも、師である聖さんから朝の戦いの話を聞いたらしく、手合わせしたいとか。
「どうすればいいんだ?」
「いいんじゃない? 受けなよ。さっき神社で教えたような力を制御する練習にはもってこいだと思うよ」
「わかった。やってみよう……。
やあやあ、我こそは面霊気の秦こころなるぞ…………。ねぇ朝斗彦。あのさ、こういう時に前口上とかってもっと言うべき?」
……締まらない! なんでそこで迷うんだ!
「私と最強の称号を賭けて闘え! ……とか、こんな感じでいいんじゃあないかしら?」
まさかの相手からの助言。妙にズレた内容であるが、どうやらこころちゃんははそれで行くらしい。
「じゃあそれでいいや。……私と最強の称号を賭けて闘え!」
……
「ウチのものがけしかけてしまいましたが……どうします? 朝斗彦さんは残りますか?」
両者睨み合いが続く中、話しかけてきたのは聖さんである。目の前でドンパチが起きる寸前だというのにニコニコと笑っているので、彼女は案外こういう騒ぎが好きだということに気づいた。
「……帰る予定だったけどもう少し残って観ようか」
「分かりました。ではムラサ、お願いします」
「あいあい! 聖輦船よ、飛びたて!」
船幽霊の村紗の合図が入り、地響きとともに辺り一面が光に包まれた。
そして、きっとここにいる者の中では僕だけが感じたであろう身体がびゅんと浮つく感覚とともに、気付けば周りのもの達と共に幻想郷が一望できるほどの位置へと昇っていたのだ。
「……! お、おお!? なんだこれは! ……まさか、寺そのものが船だったのか!?」
「うふふ、実はそうなんです。
朝斗彦さん、私達が此処に来た際に気遣って造営の為に材木を送ってくださったでしょう? 伝えるのが遅れてしまい、誠に申し訳ないのですが……、実はお寺の大部分をこの船が構成しているので、私共が使った後にその資材が余ってしまったんです。なので、檀家さんの皆様方と相談してそれらは人里の建物の修繕に使わせて頂いたんですよ」
「おお、おお……いや別にそれは全くもって大丈夫だけど……。
えっ、まさかこの船って根の国が魅魔に攻められた時に堅洲の川を昇ってた……うわあっ、マジか!」
「そうでーす、ワタクシ村紗水蜜が船長でーす。我らの王よ! 気付くのが遅いんじゃないの〜?」
「……今気が付いたのか」
「えっ、うん」
舵を握り、おちゃらけた様子でウィンクする村紗に、大蛇復活の際にビビらせまくったぬえにも突っ込まれる僕。戦い以外はからっきしなお飾りの王も、どうやら案外皆の記憶には残っているらしい。
「えっと、ナズ? ムラサとぬえは一体何を言ってるんです? *1」
「よく知らないけど、主が居なかったところで繋がりがあるみたいだよ」
一輪とこころちゃんが船の外で戦い始め、弾幕の光に吸い寄せられてお昼時であるにも関わらず暇な野次馬が集まり出す。
僕は船の縁にある手摺? のような場所に手をついて余計な口出しはしないよう気を付けながら、彼女の戦いを眺めるのであった。
……
「どんなもんだい、ぶい」
「よし! でかした! 勝てると信じてたよ!」
「……アイツ、うるさすぎる」
「そりゃあ、本業が勝負事の神様なのだから興奮しちゃうのでしょうね。
今朝なんて、あれ以上に気炎を滾らせて戦ってましたからね?」
「えぇ……言っておきますけどそれ、もう死人が出ますよ?」
始まる前の決意はどこへやら、結局柄にもなく騒いでしまった。
よく早苗の勝負に対して口出ししようとする比売を見て、なんで他人の事にここまで熱中できるんだ? ……なんて、思ってたけど……ゴメン、これは騒ぐ。
結局夫婦が似たもの同士な事に気付いたことで一人恥ずかしさで身悶えつつ、僕は戻ってきたこころちゃんを迎えた。
「ねえ、どうだった?」
「良かったよ! 今朝手合わせした時にも感じたが、元々の素養がしっかり出来ているから動きに迷いがなかったね。
そうだ。これだけは伝えようと思ってたんだけど、君は表情が表に出にくいだろう? だからさ、相手に動きを読ませないようにすればもっと強くなれると思うよ」
「そうなの? 私はもっと人間らしく感情豊かにするべきだと思ってたけど」
「勿論その考え方も大事だよ。だけど、それは日常生活においてだ。
戦いにおいて、相手に迷いを生じさせやすくなるその長所は必ず残すべきだと僕は思う。特に、幻想郷のように一体一で戦う場所ではね」
「なるほどね……分かったわ。それが、最強の称号を得る一歩ってことか!」
「そうだ! その気概があれば最強も夢じゃあないぞ!」
「……あの妖、儂が面倒見てやろうと思っとったのに、いつの間にやら付け入る隙すらなくなっとった」
「いやいや、マミゾウよりもアイツの方が適役でしょ。お互い不思議ちゃん同士なんだから」
「……むう、それもそうじゃな」
……
寺で一通り騒いだ後、彼女達に別れを告げて僕達はようやく人里へと向かった。
こころの能力制御も上手く維持できているようであり、昨日のようなヤバそうな雰囲気はすっかり鳴りを潜めている事が見ただけで分かる。
「おー、上手くいってる! 皆の平和が保たれた!」
「良かったじゃないか。これで一安心だね」
「よし、もう確認は済んだから帰ろう」
「えっ、もう帰るの? 人里に来て何もしないなんて勿体なくないか? 若いんだから少しくらい遊んで帰りなよ」
「いや、もういい。私はそういう事に興味は無いし、もしここで騒ぎに巻き込まれようものなら退治されるはこちらだろう」
「確かに……。神と妖怪は違うよね」
うーん、種族間ギャップ。
ずっと昔から同僚や家族には「本当にどうかしている」などと言われがちではあったが、僕は普段からそういうのをぜんっぜん気にしない。だから面と向かってその現実を思い知らされるとギョッとしちゃうよね。
結局、自分の考え方も強者故の傲慢さと言えばそうなのかもしれないなぁ。
「朝斗彦じゃん! それに、あなたは昨日の娘ね?」
「おや、こいしちゃん」
話しかけてきたのは最近何かと出会う機会の多いこいしちゃん。
そんな彼女は見てー! 拾ったの! と見たことの無い面を見せてきた。
「今日地底からこっちに来る時に拾ったんだよ!」
「……そっ、それは! 探していた希望の面じゃないか! 返してくれ!」
おや、これは新たな揉め事の始まりか?
こんな所で揉めてたら間違いなく霊夢が黙ってないはずだが。しかも彼女、今めちゃくちゃ機嫌悪いだろうし。
「だーめ。折角手に入れた希望の感情、そう簡単に返すわけないじゃん! もしそれでも返して欲しいのなら……勝負有るのみだよ!」
「ああいいさ、やってやらぁ!」
「……あのさ、水を差すようで本当に申し訳ないんだけど。
希望の面は神子から貰ったじゃないか。何を今更取り戻す必要が?」
「……あっ、そっか。じゃあ別に良いか」
「…………あのさ、何邪魔してくれてんのー!? こうなったら〜……先制攻撃だーい! お面ちゃん、覚悟!」
「!? まだ口上すら言えてないのに!」
「いや口上は別にいいでしょ……ほら、行ってきな!」
背中を押すとそのままこころちゃんは空へと飛び立ち、こいしちゃんとの弾幕勝負を始めた。
僕が道行く人々にこの場から離れるように指示しつつ、もし危ない時があれば護る事を伝えると、住民達はならここで見ていようと野次馬へと変わり始めた。どうやら今朝の戦いを見ていた者もいるらしく、こころちゃんへの声援が既にチラホラと聴こえてくる。
「ッ! 朝斗彦殿! これは一体!?」
「ごめん慧音さん。止めたんだけど止まらなかったからこうなった。
安全管理はするからさ。ここは勘弁の程を頼むよ」
退魔師の手に余る程の力を持つ両者の闘いに気付いて息を切らしながら飛んできたのは上白沢慧音。普段は気の許せる雑談仲間であるが、今回は人里の守護者と諍いを齎す妖の立場である。
「もし何か起きた時は唯では済まないことになりますよ。その場合、貴方も共犯ですからね!」
「……ホントに止めたんだけどなぁ、っと! ほらみて、こうやって逸れてくる弾幕は僕が受け止めて消滅させてるし」
こいしちゃんが放った妙な弾……というより光線? を手元で結界を張り、はたき落とすように手を振るうことで無力化し、そのままほら? と手のひらを広げて見せると、慧音さんは深い溜息をついた。
「……とりあえず、私もその役割を引き受けましょう。里に被害を与える訳には行かないですから。あとは、博麗の巫女の沙汰を待つだけです」
「助かるよ。あともし巫女が出張る程になったら、その時は僕帰るからヨロシク」
「んなっ!?」
本当に目を付けられたくないんだよ。刺激したくなさすぎて今は博麗神社に立ち寄る気すら起きないんだから。
まぁ、霊夢が来たとしたらこころちゃんにとっては良い相手の連続だし、勝とうが負けようが心身共に成長出来ること間違いないだろう。
……
「……もう古い面など必要ないッ! 私は生まれ変わった、後は最強への道を進むだけだ!」
おいおい! なんか調子に乗ってる時の神子みたいになってるじゃないか……。そこまで似なくていいんだけど。
「この勝負、見せてもらった! 早速力を使いこなしているようだな、こころよ」
うわっ、本人まで出てきた。遠くから霊夢の気配も感じるし、もう訳が分からないんだけど。
「全く抜け駆けとは感心しませんね。彼女の相手は私もしたいのですが」
「げぇっ、聖!」
あ────……、聖さんまで来てしまったよ? もう良いかな、持ち場離れても。
「……こころちゃん! 僕もそっちいった方がいいかな!?」
「来なくていい! 一人が二人に増えようが変わらん! 今の私を止められる者など居ないのだから!」
……マジか。結局彼女も僕の流れを組む者たちの一人らしく、やはりというかなんというか驕ってしまうらしい。なんで皆こうなるかな……。出来る子達だからその分調子乗っちゃうのかな?
「アンタ達ねッ! 騒ぎを起こす不埒な輩ってのは!
全員相手してやるから死にたいヤツからかかって来なさい!」
あー霊夢まで来ちゃったー。これはもう潮時ってやつだな。
「朝斗彦殿、これは……厄介なことになりましたね」
「うん、なので…………帰ります!
こころちゃん! 君ならこの人達相手でも勝てるから頑張れ!」
「何ッ!? そんな無責任な!」
「!!! 我こそは神に認められし面霊気、秦こころなるぞ! この薙刀の錆になりたい者たちがいるならば、全員まとめてかかってこい!」
国津神葦原朝斗彦、人生何度目か分からない決死の逃走。
だって明らかに面倒事だもん。今は戦う気分じゃないし、これだと遠からず僕だって巻き込まれる。付き合ってられないっての。
こころちゃん、健闘を祈るッ!
……
「……で、帰ってきたんですか? アレだけ慕ってくれていたこころさんを置いて?」
「うん、何とかなるよあの子なら。間違いない」
「……酷くないですか?」
「獅子は子を谷に落とす……ってやつだよ」
「話を聞く限り、今回は谷の下に腹ペコの鰐が待ち構えていると思うんですけど」
「……喰われたら所詮はその程度って事だよ。父上だってそう言ってたし」
「はぁーーーっ、信じられないです……。そもそも、素戔嗚様と朝斗彦様は獅子どころか
そんなお方達と同じ扱いを受けるなんて、あまりにも酷ですよ」
「いやぁ、蛇を超えて龍になれたら……全く、なんて良い気分なんだろうか」
「…………」
自分の身は守り、代わりに早苗からの評価は下がった。
まぁでもさ、あんな大騒ぎになれば紙面のトップを飾ることは間違いないんだから、生で見なくても良いんだよ。
「ふわぁあ…。ヤバい、変な時間に寝て起きたから眠くなってきた。ちょっと部屋で寝てくる」
「いいですけど……夕飯の時間にはちゃんと起きてくださいよ?」
白い目を向ける早苗の前を通って居間を出て縁側に面した自室へと向かう。そして人気のない部屋へと着くやいなや自らの武装を解いた。
刀を台に、弓を壁掛けに、そして矢を自作の矢立て台へと戻した僕は押し入れから枕だけ取り出すと、そのまま大の字に寝っ転がって僕は眠りにつくのである。
「………よし!姫、今です!ヤツが寝ている間にあの矢と弓を持ち去りましょう!」
「お前がそういうなら……。やるしかないか!」
どちらかと言えば信貴山寺の成り立ち的に神子との接点の方がありそうだよね。
指導者らしく振舞ってる朝斗彦。宇宙人系かと思いきや、案外見る所を見ているタイプです。
彼の観察眼は幼き頃におけるいつ豪族達の陰謀に巻き込まれるか分からないという童ながらの恐怖心、古代科野における諏訪侵攻での精鋭兵の調練で培われたものです。