心綺楼組で唯一未登場の人と、ちょこっと出てきたご先祖様のお話。
「アッハッハッ! いやぁ、まさかここまで上手くいくとは! お手柄ですよ、姫!」
「大丈夫かな? ホントに私たちがやったってバレない?」
「この光学迷彩があるんだから大丈夫ですって!
もし何かあろうが……愛弓が我が手中へと戻った今、敵など存在しませんよ。……しかし、かなり使われているが相変わらず良く手に馴染むな、この弓は! やはり、お前が仕えるべきはヤツの後継たるこの私なんだよ。アイツなんかじゃあない!」
「??? 何言ってんの。正邪!そんなこと言ってないでさ、早く城に戻ろう!」
……
「……ヤバい! 寝すぎた! 今何時だ!?」
真っ暗な部屋で目が覚めると、壁に掛けられた電子時計はもう七時を指していた。
ズボラなので面倒くさがって電気も付けぬままさりげなくかけられていた毛布を畳むと、僕は夕食を準備し終わった皆の元へと駆け込んだのだった。
「朝斗彦様! 遅いですよ!」
「いやぁ、めちゃくちゃ寝ちゃったよ! 悪いね、手伝い出来なくて」
「寝坊助だねぇオマエさんは。神奈子、どうせ気遣うのなら起こしてやりゃあよかったのに」
「……あんな気持ちよさそうに寝てたら起こすのも忍びないわよ! まさかここまでたっぷり寝るとは思わなかったけれど。
貴方、毛布を掛けてからかなり時間が経ってるけど寝苦しくはなかった?」
「いや全然。むしろめっちゃ寝心地よく寝ちゃったよ」
「相変わらず呑気なヤツだ。……あっ、そうだ! 朝斗彦、聞いた?
なんでもカッパの光学迷彩が盗まれたんだってよ?」
「えっ!? 河童が自分の発明品を盗まれるなんて、川に溺れるくらいの失態じゃないか」
「やった!ほらみろ、早苗と同じこと言った!」
手をぱんと鳴らして諏訪子が笑い、早苗はなんだか複雑そうな表情である。そして諏訪子は、絶対そう言うと思ってたよ! と喜びながら身を乗り出して唐揚げを一つ早苗から奪ったのであった。
「しかも、侵入者の気配すらなく……気付いたら忽然と失くなってたそうよ?」
ぴっと人差し指を立ててそう話す比売の声からは、事件の深刻さが伝わってくる。
「ヤバいね! ……ウチも戸締りとか気をつけないと賽銭泥棒の一つや二つ、されるかもしれないよ?」
「…………いやいや、まさかぁ!アタシら三人に早苗まで居るのにそんな事するやつがいたら褒めてやりたいくらいだよ!」
…………とか、まるで対岸の火事とでも言わんばかりに話をしていたのだが。
その後比売と共に部屋へと戻り、布団敷くか〜と呑気に電気をつけた所、天之麻迦古弓と天之波波矢がない事に気付いて大パニック。夫婦で大騒ぎとなった。
……
「……これは一体?」
「いや、この前うちのばあちゃんがそろそろ終活するとか何とか突然言い始めて、母親と一緒に家にあるガラクタとか宝物の整理をしてたのよ。そしたらさ、イヤにローテクで、随分と年季の入った水鉄砲が朽ちかけの桐箱に入ってる状態で見つかったんだよね。それがコレなんだ」
ここは玄武の沢。澄んだ清流が流れる河童の縄張りで、これから来る秋の季節においては紅葉狩りにももってこいな幻想郷の絶景スポットのひとつである。
ここには大蛇の姿で大暴れしてしまった事への謝罪、そして盗難の被害者同士として防犯の相談に訪れた。そんな折、ちょっと見てもらいたいモノがある……と、にとりから言われて彼女の基地について行ったらこの水鉄砲を見せられたのだ。
「……これだけ見せられても何をどう反応したらいいか分からないんだけど?」
僕がそう言うと、にとりはチッチッチ……と指を振りながらしたり顔を浮かべた。
「いやさ……それがアンタとも関係ありそうなんだよ!
まぁ、まずはこれを見てくれ。これは私が作った発明品だ! 名付けて河城式年代測定機! これを通せば、かくかくしかじかな理由*1でその遺物が作られた時代を測定することができるんだ!」
にとりが勢いよくかかっていた布を取っ払ってお披露目されたのは年代測定機。その重厚な見た目、ぴかぴかとランプが点灯している様は正に科学の超神秘である。
「……おー! 全然仕組みは分かんないけど、凄いね。って、まさかこれを作ってたから盗みに気づかなかったとか?」
「……ああそうだよっ! 完全にしてやられちゃったんだよ! かく言うカミサマ、あんたもあんなデカい弓に矢までとられたんだろう?
聞いたよ、昼寝してる間にやられたって!」
「……」
「……」
『…………』
「……んでな、コレをこうして……この竹製のボロっちい水鉄砲を慎重に中へと入れると……ホラ見ろ! 今から3814年前に作られたってのが分かるんだ!
……鬼のカミサマ……アンタ、今歳幾つだい?」
「……無理矢理軌道修正したね。
こう面と向かって言うのは恥ずかしいな。三八四十歳*2だよ。……おや、おやおや? その時代には凄く心当たりがあるぞ? 丁度国譲りの戦争の時期だ。*3 」
「……やっぱり! いやなに、実はウチに伝わる話でね? ご先祖さまが雷神様に付き従って大国主と戦ったって言い伝えがあるんだよ!」
雷神……つまりは建御雷のことだろう。となれば……。
「……ああっ、居た! あのヘンテコな道具を作りまくってたガラッパ! いおりのことか!」
「……4000年近くも前の話なのに、全然命名の法則が変わってねーじゃん! だってさ、ウチの姉ちゃんの名前はみとり*4だし、母ちゃんはしおりだし、ばあちゃんはちどりだよ?」
にとりの反応を聞き、顔を見合せた後に二人でゲラゲラと爆笑。
笑いが落ち着いたあとに御先祖さまは雷神建御雷の右腕だったんだよ! と僕が話すと、にとりはマジで!? と、驚きの表情を浮かべていた。
「彼女のことは覚えているよ。何せ、我が友人建御雷の命の恩人だからね」
「……ひゅい!? 神の恩人って……ご先祖さま、一体何をしでかしたんだ!?」
「僕達の国である葦原中国……まぁ、言うなれば出雲国を高天原の軍が攻めるってなった時に、初め筑紫の日向に彼等は降りたんだ。
そんな時、建御雷達は妖精の大群に襲われてね、無限に湧き出る妖精達に危うく殺されかけた時に君の御先祖が救ったんだよ」
「!? ……めっちゃ勇敢じゃん! ていうか、妖精に殺されかけた神様ってなんだよそれ! お腹痛いんだから笑かさないでよ!」
「いやさぁ、その頃なんて今みたいな決められたルールでやる弾幕勝負なんてものもないし、自然の方が圧倒的に豊かだから妖精の数がとにかく多いことこの上ないんだよね。
オマケに、ヤツらには死の概念がないからただの遊び感覚で襲ってきてヤバいんだよ! マジで。
だから、舐めてかかるとめちゃくちゃヤバいんだよ妖精って! 僕も昔殺されかけたことあるし」
自然の力を自らの活力へと変える神と、自然の概念の写し身である妖精。
一体一では比べようがない程の実力差があり、一見異なるように見えるこの両者は、実はかなり近しい存在である。
しかし、神は上に立つ者としての矜恃があるのに対して妖精達は童の様に単純で、ただ楽しみたいという感情のみで動くから区別をつけられるのだ。神は者によれど多少理性がある分、危険性の高さは妖精の方が上かもしれない。
「……まぁ、御先祖様がアンタが一目置くぐらい勇敢なのは分かった。でも、話の本題はこれからだ!
…………てれーん! コレ、なんだと思う?」
「なにこれ? 妙な絡繰なのは分かるけど」
目の前にあるのは、妙な機械。手に取って見てみると、なんだか被り物のような形になっており、目の部分に被さるように
「これはねェ……さっきの機械と連動してるんだよ! 歴史を愛するアンタなら、ちょっとは気になるんじゃあないの?」
「そりゃあ、歴史は好きだけど。コレは結局なんなの?」
「コレは、さっきの年代測定で割り出した時代を覗ける河城式タイムグラス! ちなみに、スキマ妖怪にも特許出願中ね」
「……特許とかそういうのは知らないけどさ、仕組みは?」
「まぁまぁ、そう怪訝そうな顔しないでくれよぅ。
モノには魂が宿るだろ? アンタのその剣だってそうだよね。
武具には戦いの歴史が、日用品なら日々の生活で使われた記憶とかね。コレらは、その記憶を読み取ることで、道具を介して持ち主の生きたその時代を観る! ってモノだよ」
「なるほど。付喪神の記憶を覗くって事か。
サトリ妖怪でもないのにそんなことするのはちょっと倫理観的にアレな気もするけど、正直気にはなるな」
「……だろだろ? アンタならそういうと思ってたよ! なにせ、国津神と妖怪の神の二足のわらじを履きこなすファッショニスタだもんね!」
どういう認識だよそれ。まぁ、間違っては無いけども……。
「ねね、どうする!? 試す? 試さない?」
「……試す。それを見た後に防犯の話をしよう」
「いよっしゃ! そう来なくっちゃ!!」
好奇心旺盛って昔から言われてきたんだよね。そんな僕がこんなのを見せられたら試さない訳がない。
一通り説明を受けたあとに僕たちはスチャッと絡繰眼鏡を被り、後頭部に丁寧に付いていた締め具で頭からズレないように少しだけ調整をした。
「準備出来たよ」
「了解! よーし、でんげーん! ポチッとな!」
……
「ここは……? 僕の記憶にない場所だ」
「海の近くだね。温暖だし……もしや話にあった日向国かも」
目の前に広がるのは穏やかな海と砂浜、そして人気を感じない葦やらが群生した土地。漁村すらもない光景から分かるのは、そこが遥か太古の時代であるということだけだった。
「とりあえず、何かしら気配がする場所まで向かおう」
「そうだね。ここは視界はいいが本当に何も無い」
ふわふわと飛びながら辺りを散策していると、人ならざる者の気配がする。
まるで蜜に引き寄せられる虫のようにそちらへと向かうと向かい側からガサガサと草むらが音を立てた。そして、そこから現れたのは何処かにとりに似た雰囲気を持つも、原始的な装束に身を包んだ青年期の女子。
彼女は後の征服者建御雷の右腕であり、人相手には太っ腹な彼から唯一寵愛を受けた妖こと、ガラッパのいおりである。
「おーっし、今日こそアタシの試作型散水弩を試し撃ちしてやるぞー!
……待ってろよ〜? 草食ってる畜生どもに惚けた妖精連中め! 待ってろよ、村を襲う妖怪にお高くとまってるカミサマ連中め! たとえ何が出てこようが、このいおりサマが全員一網打尽にしてやるっ……ってか! ガハハハッ!」
「なんかひとりで物騒なこと言ってるよ、君のご先祖さま。大丈夫か?アレ」
「想像以上にワイルドなんだけど」
「…フンフン。あたしゃ青臭い魚が好き〜、川に住んでる
よく分からない歌を歌いながら手に持った蒲の穂をふりふりと振って進んでいく彼女を追う不審者二名。彼女もまさか遠い未来の存在からジロジロと見られ、つけられているなど思いもしないはずだ。
しかし、そんな時である。突如として天候が狂い始め、辺り一面を強大な気配が支配した。僕からしてみればそれはなんと懐かしく、なんと恐ろしいことか。
「………なんだぁ?こんなにゾワゾワくる感覚は生まれて初めてだ。それにあそこ…絶対なんか居るでしょ!よし、行くっきゃない!」
僕がそんな余韻に浸る暇すらもなく、目の前の観察対象はその背負子をゆさゆさと揺らしながら海岸へ向けて走り抜ける。しかし、足元の悪い湿地でもスイスイと進んでしまうのは、さすがガラッパと言うべきか。
それを追いかけていくと、まもなく鋭い稲妻が落ちるところや緋色に耀く剣が妖精達を一回休みにする場面が見えたのだ。
「……ッ! あの光はッ!
にとり、あれが見えるか? 布都怒志の緋想剣だ! 間違いない、ここは日向だ!」
よく見知ったその姿。それは妻を喪った伊弉諾尊の涙、そして肉親に殺められし火之迦具土命の血が天へと昇り、それが変じて冷えきった霜より出でし強大なる雷の戦神・建御雷命。
そして、もう一柱は建御雷と同じ祖を持ち、父祖の燃え滾る闘魂を剣に映す神、変幻自在の軍神こと布都怒志命である。
「いやぁ、建御雷よ! 我らの選択はとんだ大失敗だったな! もはや、我らはこのままここに骨を埋めねばならぬ様だ!」
「……このバカタレが! ヤツらの可愛い見た目に騙されるなとあれほど言ったではないか!」
「ちょっとくらいなら平気と思ってたのだがなぁ」
呑気な布都怒志に、相も変わらずカリカリしている建御雷。間抜けなやり取りとは反対に、まるで天災そのもののような攻撃を繰り出す二柱に対してにとりはすっかり肝が冷えてしまったようであり、
「な、なぁ? ちょっと手握ってもいい?」
と、聞いてきた。
勿論良いよと手を開くと、その小さい手が小刻みに震える様子がわかったのだった。
「どうする? もう戻るかい?」
「いやいや……カッコイイご先祖さまを観なきゃ気が済まないって! ここで戻っちゃ、河童の誇りが廃る!」
草むらに隠れながら絶体絶命の二柱を見守っていた、ちょうどそんな時だ。
建御雷の振るう布都御魂剣が空に浮かぶ暗雲から雷を導き、横薙ぎに落とした瞬間、彼等とは真反対の方向から妖精達に向かって放たれた水の散弾が炸裂。
電気をよく通す水の弾は数多の妖精たちを巻き込んで大爆発を起こすと共に、二柱が逃げる為の血路を開いたのである。
「アンタらが誰だかしったこっちゃあないが、早くこっちに来るんだ! それほどの力を持つ奴らがそんな何もない場所でおっ死んでいいのか!?」
「!? 何だかよく分からんが助かったなぁ建御雷よ! ほら、さっさと行こうではないか!」
「全く、お前が手を出したからこうなったというに……だが、ここは生き残ることこそ肝心、天の使者として間違いのない選択だ」
二柱はこの土地に詳しいいおりの案内を受けて僕たちが隠れた丁度真横を抜けていった。そんな彼らが走り抜けた際、僕の長い髪が靡くのを感じた。
「おお……建御雷が真横を走り抜けて行った。
臨場感が凄いよ。にとり、これ本当に
「そうだよ! というか……ご先祖さま、かっこいい! 勾玉が似合ってたよ!」
「……いやはや、凄いものが見れた。これは彼女の武器を介して、当時の高天原の動きが観れるかもしれないぞ」
「よし、そうしたら少し時を進めようか! ポチッ」
……
「……ここは……? 日向の浜辺か?
いや、待てよ? あの対岸に見える光景、まさかッ!
……にとり! あの向こう側に若き日の僕がいる! 大国主様に、比売だって! ここは筑紫と出雲の国境、豊前側から見た関門海峡だ!
さっきからどれぐらいまで時を進めたんだ?」
「えっと、あの時から一年と半年とちょっとだね! ……ってことは、もう既に戦は始まってるのか! あの海に動く米粒大のモノは……舟!? って事は、アレは全部侵攻軍の兵士なの!?」
「そうだ! あの海を覆う小さな点々、それら全てがヤマトの戦士だ! つまりは……そう待たないうちに天邪鬼の虐殺が起きるはず!
それに向こう岸が見えるかい? 君でも見知った顔が暴れているよ!」
「ちょっと待ってくれ、今双眼鏡を出すから!」
にとりは大きな背負子から色々なものをばらまいた後、あった! と双眼鏡を掲げ、それを両目で覗き込んだ。……しかしこれ、どうなってるの? 現実との区別がほぼつかないんだけど。
「ん、どれどれ…………ッ!? あの顔、私も知ってる顔だ! あれは守矢の神奈子様じゃないか! しかも、鬼達と手を組んでいるだって!? 信じられん!」
「ほら、よく見て!彼処に勇儀の祖父母が居る! きっとそう遠くない場所に萃香の祖父母も居るはずだ!」
「なんだって!? そんな昔から縁があったのか!」
すっかり戦いに夢中になっていた僕らであるが、これは水鉄砲が持つ記憶だ。つまりここは……ヤマトの陣地である。
「……海原を覆い隠す程の大軍、実に見応えのある光景ですな! どうです、我が水軍は! 此処の荒れ狂う潮も、我らの前では敵ではござらん!」
「いやはや天日槍殿、貴公の力添えが受けられて光栄だ。なぁ? 建御雷よ!」
「……」
「油断は出来ないってカオだねぇ、盟友」
声を聞くのも憎たらしく感じるほどの仇敵である
そうか、彼らはここに居たのか!
そして、その側仕えたるいおりの一言に対し、建御雷はむうっと強く唸るのみである。
「建御雷殿! 私めはそろそろ海を渡ろうと思いまする! そして、必ずや憎き中つ国の者共を我が正義の槍で串刺しにしてやりましょうぞ! ガッハッハッ!」
奴の高笑いを聞くと、なんだか遠い昔に受けた肩の傷が完治したはずにも関わらず、ズキズキと傷んでくる。僕が明確に敵意を持つ相手は、後にも先にもヤツしか居ないのだ。
「……チッ! クソッ! この顔、この声! 頭がその存在を受け入れるだけで無性に腹が立ってくる!」
「どうしたんだよ! 温厚なあんたらしくもないじゃないか! アイツは一体なんなんだ?」
「アレは天日槍。新羅からはるばる中つ国を攻めてきた渡来の神、八幡神の母堂であり三韓を征した神功皇后の先祖にして、なにより僕の仇敵だ!」
思わず剣を引き抜きたくなったところをにとりに制止された事で、僕は頭を冷やさないといけないことに気付いた。
その上、ここで手出しをして何が起こるか全くの想像がつかない以上、僕は船へと向かうヤツの背中を目で追うことしか出来なかったのだった。
「……ねぇ、盟友? なんで真神を行かせなかったのさ。今のうちの軍なら盟友達の直属に次ぐ強さなのに」
「……ヤツらが一人ずつ海を渡るのを嫌がったからだ。そのせいで、あのような素性もわからぬ者と手を組む羽目になった」
「あー……。アレはどうも群れてないと安心出来ないみたいだしな。別の群れと組ませた時も苦情が凄かったし、扱いづらいよね」
「真神……ということは、白狼天狗や人狼の祖先だな。ここら辺はあまり今と変わりないな」
「白狼天狗ねー。確かにあいつらは昔に見た天狗の里の軍事調練でも集団防衛の型が様になってたなぁ。その時は里の防衛における扇の要って印象だったけど、攻める方はそこまでパッとしなかった印象だなー」
「……いやいや。あれが攻めに転じると本当に恐ろしいんだよ。抜群の連携で確実に相手を仕留めんと狙ってくるんだ」
そんな話をしていると、目の前の海には幾つもの水柱が立ち上がり始めた。
比売が既に上陸していたヤマトの陣地を落とし、鬼達と共に投石を始めたのだ。
「鬼達が攻撃を始めたぞ。……ん? いや待てよ、こんなにも勢いがあったか?」
「……ッ!? うわぁーっ!
と、隣の兵士の頭が、失くなったッ! ……もー驚かせないでよ! 当たるかと思ったじゃないか!」
対岸から投げられた石が、まるで隕石のように鋭い勢いで飛んできた。絶叫したにとりが慌てて屈むと、大遠投によって飛んできた石は彼女の隣に立って本陣を守る歩哨の頭に命中、そのまま見るも無残な姿に変えてしまったのである。
「……??? おかしいな。この戦いに参加した鬼達は自慢の投石が対岸まで届かなかったと悔しがっていた記憶だが。……少し前に巻き戻してくれるかい? これより半年くらい前だ」
「わ、分かったよ」
……
「……へ、へへ。いやぁ〜、私も平和ボケしてんなぁ。ちっちゃい頃に天狗との戦が起きた時以来、久々に戦場の匂いを感じたよ」
「鬼の大移動に伴う山の覇権争いだな。その間接的な原因としては申し訳ない限りだよ」
「……アレは河童が欲張りすぎたね。綺麗な水がなきゃ生きていけないのに、山のテッペン目指そうとしただなんてさ。
そんなことしたら全員が山童になっちまうっての! アンタもそう思うでしょ?」
目の前で起きた恐ろしい光景を忘れたいのか、とにかく饒舌になった後、ところで……と移動先を見回すにとり。あの戦の半年前となれば、僕と比売は根の国で父上と共に修行をしている最中だろう。ここは何処か?
「陣の敷き方はヤマトのものだ。
ヤツらが本土へ攻めてきたのはさっき見た戦以降だから、恐らくは筑紫の領内だな」
「つまりは決戦前夜って感じ? 緊張感漂うね」
張り詰めた雰囲気の陣の中を誰にも認識されずに二人で進むと、僕達はすぐに大将の天幕を見つけた。なんで分かるかって? 僕らも諏訪を攻めた時に同じ様式のモノを使ったからだ。
「盟友、敵情は把握出来てるの?」
地べたへと座り込み、ガチャガチャと何かを弄りながらその片手間に質問したのはにとりのご先祖さま。それに対し、雷鳴のようにハッキリとした、低音ながらも辺りへと響く声で答えるのは建御雷である。
「まだ間諜が戻ってないから完全にはわからん。だが、土地柄やヤツらに味方するであろう勢力の事は、天之菩卑が過去に送った情報で把握済みだ」
「へぇ。例えば、どんなのが相手になりそうなのさ」
「……説明するからこちらへ来い。
まず、ここが大国主の膝元だが、そこから見て東にある山に住まう鬼共は警戒するに越したことはない。ヤツらは幾度も中つ国の懐柔を受けているが故、まず間違いなく向こう側に付くだろう。
それに、東国の諸勢力も気になるところだ。
あの大耳は各地に足を運び、その地を治める者の娘を数多く娶っている。その娘との間に子をもうけていれば、彼等は外戚として強力な同盟相手になるはずだ」
砂の上に描かれた地図、正直かなり精巧なものだ。コレを棒で指し示しながら、建御雷は出雲よりも東に割拠していた当時の高天原に対して敵対しかねない勢力の名を上げていく。そして、彼はそれらの存在が侵略軍に牙を剥いた際の進軍経路までをも予想していたのだ。
なお、彼が敵対するだろうと予想した存在の中には洩矢神……つまりは、後に比売と僕が征伐に向かうこととなる諏訪国を支配している頃の諏訪子の名も含まれていた。
「へぇ……? こんなに命知らずの連中がいるだなんて、私ってまだまだ世間知らずだなぁ! アッハハ!
……やっぱりさ。私、盟友に着いてきてよかったよ! 里のみんなみたく村に籠ってババアになるのをまってちゃあ、絶対こんなこと知ることすらなかった! ありがとうね!」
「……なに、礼を言うのはこちらの方だ。お前がいなければ私と布都怒志はあの浜の上で無様に死んでいた。お前という存在が居たからこそ、こうして次なる戦が私を呼んでいるのだ。
改めて例を言おう。我が盟友、いおりよ」
どこかの
そんな彼らが目の前で堅く手を握り合う様子は敵ながら天晴と言わざるを得ないものであった。
「……ひゅー! かぁっくいー! ご先祖さま、ちゃんと職人特有のゴツい手つきをしてて尊敬するよ!」
「……コレは僕も知らなかった。本当に互いを信頼していたんだな、
…………にしても、だ。
この完璧すぎる予想! 本当に何もかもが全て筒抜けじゃないか。こんなの、初めから負けが決まっていたものだろ!
くそーッ! 天穂日め、我が兄の一人として慕う気持ちは今も変わらないけど、日和って高天原に情報を送ってたのは完全に判断ミスすぎる! ホント生真面目すぎるんだよ!
僕と二人まとめて伯母上に勘当されるくらいの気概をみせてくれよ!」
「今だからこそ分かる事実ってやつかね。まぁ……だからさ、そう肩を落とさないでよ」
「……一連の陰謀や戦いで散った者たちが浮かばれないよ、コレは。事代主様や天稚彦、多くの子女達に、奥方たちも……」
「……ダメだ、完全にナーバスになってる。
ねぇ! これ以上続けても余計しんどくなるだけだろ? ここは一旦きゅうりの一本でも嗜まないかい?」
「いきなりきゅうり……?」
「……休憩しようってことだよ! ほら、装置の電源を落とすよ!」
……
「外すよ! ……って、なんだアンタ! すごい汗じゃないか!」
「いやだって……アレはさ、色々と考えさせられたもん。……てか、神霊って汗かけるんだね」
「何であんたがおどろいてんのさ。普通こっちの反応でしょ」
今の地底であればけたたましいサイレンが鳴り響くであろう程の熱波の中でも戦ったことがあるというのに、葦原朝斗彦初めての気付きである。
どうやら、極度の緊張に晒されると神霊でも冷や汗をかくらしい。
「いやぁ、普段緊張することなんてまずないからね。あの頃の光景があんなにも鮮明に映ったらそりゃあ緊張の一つや二つもするよ」
「……確かに、あの戦いを見たら緊張しないわけが無いよ。
はぁ〜……今感じた緊張感を日頃から持っていれば、私の光学迷彩は盗まれずに済んだのかもなぁ……」
「僕の弓矢もね……」
『………………』
「「はぁ〜〜〜……」」
「……もう一息だけついたら防犯登録、するか」
「……そうだね」
盗難被害に対しての再犯防止の防犯相談をしに行ったはずが、VRゴーグルを被り、機械だらけの部屋の一角でチャカチャカと動く朝斗彦とにとり。
180センチを越える巨漢と140センチ代の少女がそんなことをしているのを想像すると……なんとまぁ、シュールな光景ですね。
追伸
気付けばお気に入り数が三桁に!皆様ありがとうございます!