なお、九十九話目ですが作者の推しである九十九姉妹は出てきません。
だって時系列的にもう正邪にやられてるし…。
異変から数ヶ月が経ち、肌をなぞる春風の心地が良い季節となった。しかしながら、それに比べて幻想郷には妙に張り詰めた雰囲気が流れている。
発端は、先の異変の首謀者である鬼人正邪が逃走を続ける事に痺れを切らした賢者、八雲紫から出された一つのお達しである。
『罪人鬼人正邪に対し、今後は一切の手加減無用を許可する』
このお達しにより、先の異変に加担し、功をあげたい草の根妖怪たちから恐ろしい妖、果ては神までが皆一様に息巻いて天邪鬼のことを狙い始めたのだ。
……
「ギリッギリ煩いわね……!」
葦原朝斗彦。八坂神奈子が振るいし決して折れない矛にして、守矢神社に祀られし神が一柱。
戦いの神にして、木々の神にして、根の国の王。
また鬼の庇護者でもあり、彼らにとっては反攻の象徴である他、自身が持つ根を操る能力が転じ、建築における基礎と土台を司る神でもある。
神代においては国譲りの戦争、長髄彦の乱への助力*1、諏訪の征伐においてその腕を奮った彼は、幻想郷では大結界形成直前まで闇鍋のような様相の地底を堅洲国王の称号のもとに君臨するなど、神話の英雄や王の異名に相応しい経歴を持つ、そんな男である。
だけど、それも今は昔の話。
今の彼は食っては寝て、散歩に出かけたらそのまま行方が分からなくなるような、いわば徘徊老人のような存在であり、その若々しい見た目とは裏腹にかなり自由に過ごす翁のような存在になっていた。
そんな形で実父とは違うタイプの変な老人みたくなってしまった彼は、今日も今日とて博麗神社へと遊びに行き、若干ギクシャク気味な霊夢、そして普通の友達である魔理沙のイツメンでつい先程まで駄弁っていた。その後おもむろに立ち上がると一人ふらふらと飛び上がって本殿の屋根にて寝っ転がり、今は夜の蛙達も真っ青な顔になるほどの歯ぎしりを鳴らしながら昼寝の真っ最中である。
「彼処で寝てても聞こえてくるって相当だな。神奈子のヤツは寝る時に耳栓でも仕込んでるのかな?」
「……さぁ? もう慣れっこなんじゃないかしら。
私もあんたのイビキで寝れなかった時が一時期あったけど、あの神様の歯軋りや夢遊病と比べればあんたのはまぁ、随分と可愛いものね。
お陰で泊まりにきた時も全然気にならなくなったわ」
ふんふんと頷きながら話を聞いた後にお腹を掻きながら騒音レベルの鼾をかく自身の姿を頭に思い浮かべ、んなっ!? と慌てて両手で口を抑える魔理沙を見ると、
「自分で想像してるものほど酷い症状じゃないわ。ちょっと喉がくーかー鳴る程度のものよ」
と、霊夢が補足を入れた。
「……ふぅ、なんだその程度か。良かった、私の名誉は守られたな。
しかし、全く煩くて敵ったもんじゃあないが、私からすればいきなり起き上がってフラフラされるよりかはマシだな。急に起きたと思えば、あの長い刀を引き抜いて虚無の敵と戦い始めた時には肝が冷えたぜ」
安堵と共にずずずとお茶を啜る魔理沙。そんな彼女が言うのは朝斗彦が数多く持つ厄介な特性がひとつ、夢遊病についてである。
「……そういやアレ、最近全く見ないわね? ここに来るようになってスグの頃はしょっちゅうしてたのに」
「流石に戦いすぎて倒しちまったんじゃあないか?」
魔理沙の指摘は事実その通りである。
朝斗彦は心の奥底にて抱える国を救えなかったことへの悔恨により、眠る度に夢の中でかつての決戦を想起し、建御雷との死闘を繰り広げ続けていた。
それは諏訪への侵略が始まる前の出雲で過ごしていた時期に始まって現代に至るまでの数千年もの間も続き、その間彼は一度も建御雷に勝てずにいたのであるが……。
今よりしばらく前、自身の想いと経験談を早苗に語ったことで気が晴れたのかは分からないが、彼はついに終生のライバルへと一矢報いることができたのだ。それにより、ここ暫くの間は同じ夢を見る事は無くなっていた。
「"いつもの"が起きても周りの物を上手いこと避けて何もぶっ壊さないんだから、私には不思議でたまらないぜ。ありゃなんだったんだろうな」
「さぁね? ……? ってねえ魔理沙、アイツなんだか静かになってない?」
「……確かに、さっきまでの音が全然しなくなったな。霊夢、見に行かないか」
ちゃぶ台に湯のみを置き、縁側から二人が顔を覗かせると、屋根で寝ていたはずの朝斗彦がいない。不思議に思って辺りを見回すと、そこには泥酔したちっこい酔っ払いに絡まれる大男の姿があった。
「なぁなぁ、東神さまも行こうよ。絶対楽しいって」
「いや今寝てたんだけど……」
「どうする?」
「決まってるでしょう、放置一択よ」
そんな霊夢の決定と時を同じくして朝斗彦が二人の存在に気が付くと、彼は自身の地位の高さを微塵も感じさせない様子で一言、「二人とも、助けてくれ!」と 叫んだ。
「呼ばれた以上は行こうぜ」
そう魔理沙が言うので霊夢は腰を上げて縁側に置かれた靴を履いたのであった。
「……で、萃香は何をしようとしてたんだ?」
「何って、そりゃあ、見たらわかるだろ」
「見て分からないから聞いてんのよ」
なんだよ、分からねー奴らだな! と頬を膨らませてぶー垂れる萃香。そんな彼女はぐいっ! と伊吹瓢を持ち上げ、溢れる酒を喉に通すと、あ゛ぁ〜と酒ジジ臭い息を吐き出した後にこう言った。
「……狩りだよ狩り! このぐーたらなお師匠さまも、たまにはちょっとくらい運動した方がいいと思って誘ってたのさ!」
「……運動は毎日欠かさずやってるんだけどねー」
朝斗彦の眠さゆえの力無いぼやきは萃香の喉がゴキュゴキュと鳴る音によってあまりにもあっけなく、ひっそりとかき消された。その一方で、紅黒コンビは頭の中において、猪の首を絞めたり、専用の手袋を着けて綺麗な鷹を放つ…といった、あまりにも違和感が半端ない目の前の二人の姿を思い浮かべ、困惑の表情を作っていた。
「……一応聞くが狩りって、鬼が何を狩るんだよ?」
「……なんだ魔理沙、お前まだピンと来てねーのか! まぁ察しの悪いやつだなぁ、お前は。今の私達が狩る獲物なんて一人しかいないだろうが!」
「……私は分かってるわよ?」
「じゃあ霊夢でいーか。エエン…ズバリ問おう、私らは何を狩る?」
「私らって……行くなんて僕一言も言ってないよ」
小さく喉払いをした後にキリッとした表情で萃香が問い掛けると、それに対する霊夢は退屈そうに腕を組みながらその答えを口にした。
「簡単よ。天邪鬼でしょう?」
「ンッ、くっ、ゴクっ、……っあ゛ぁ〜〜ッ!
せいかーい! 正解正解、正解だッ!
あのなぁ、言っとくが何処の馬の骨かも分からんやつが先に手柄立てる前に私らがケリつけてやるんだよ! なぁ、そうだろ!?東神さまッ!アンタ弓盗られっぱなしでいいのか!?」
「そりゃあ、ヤだよ。でも今は眠いし……」
「…………普段からこんな時間に寝てっから眠くなるんだろうが!
東神さま! アンタの
自分の胸下程までしか背丈のない鬼の大将に右腕をグイグイと引っ張られながら、助けて〜と間の抜けた声を出しながら連れて行かれる朝斗彦。
霊夢と魔理沙はそんな彼の姿を目で追いつつ、特に何も手出しをしないまま、静かに神社の社務所兼博麗家邸へと戻っていった。
……
「……で、策は?」
「……何だと思う?」
博麗神社から少し離れた雑木林の中。
里中に顔が知れてる東神さまと一緒に白昼堂々と人里に行けば管理者共に見つかって流石に不味いことになる…と萃香が言うので、朝斗彦もまたそれに付随して道無き道を進む。
それぞれ如何にグータラで、そして信じられないほどのアル中である歴戦の強者二人が通るこの林では、今は鳥の鳴き声すらも聴こえない。全ての生き物が息を潜め、人目も憚らずに侵入してきた二人を慎重に眺めているのだ。
「うっすらと頭に浮かんでいる言葉ならある。……なんとなくだが、君が一番言いそうなことだよ」
「なんだろーなぁ。皆目見当もつかないが、ここは一つ…当てっこしてみるか?」
「良いよ。特に何かを掛けたりはしないよね?」
「こちとら、掛けるもんなんざないよ。なんなら伊吹瓢でも掛けるかい?」
「そんなことして僕が勝ったら君これからどうするのさ。いいよ、そんなのは」
地面に落ちていた枝が二人に踏まれた事で小気味よくパキッと音を立てて割れた。そして音が鳴ると共に二人は立ち止まり、向かい合った彼らはせーのと合図を出した。
「「何も無い」」
「……やっぱり正解じゃないか」
「私も同じ答えだからセーフってやつだよ。
……だけどさ、考えてみなよ。相手は全てを逆手にとる天邪鬼、こちらがいちいちヤツのしそうな事を考えたって正直キリがない。
ソレに、紫からのお達しも聞いただろ? 一切の手加減不要だとかなんとかな。私らなら天邪鬼一人くらい屁でもない。そうだろ?」
「まぁね。実際、僕らには因縁のある存在だし、今更そんなのに負けるとも思わない、それでもだ。敵がどういった手を打ってくるかは分からない以上、こちらも油断は出来ないよ」
「……なら、狙うは夜か」
「そうだ。やるなら確実にやろうじゃないか」
腕輪に付いた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら背中を刺す素振りをする萃香に対し、不敵な笑みを浮かべる朝斗彦。
幻想郷における最恐の師弟が一角である二人がその目を血のように真っ赤に染め、獲物が来たる時を虎視眈々と待ち続ける。
───────
そしてその日の晩、守矢神社に招かれざる客が現れた。
その名は鬼人正邪。摩訶不思議な磐舟を乗り回す尸解仙こと物部布都の猛撃を躱して逃走を続けていた彼女は、宗教上の敵対関係を予想して大胆にも虎の巣へと入り込んだのだ。
「誰ぞ、我が神殿を穢すものは。……フン、久しぶりねッ! 天邪鬼、鬼人正邪!」
「おー。こりゃあまた、見事な鴨が葱をしょって来たねぇ。今夜は鴨鍋だ」
既に準備万端と言った様子で守矢の女神達が正邪を出迎えると、それ以上の交わす言葉は不要といった様子ですぐさま戦いが始まった。
神々は敵を狩るためだけに用意したスペルカードをすぐさま行使し、彼女たちが放った色とりどりの弾幕がその美しさからは想像出来ない激しい攻撃性を見せながら、たった一人を呑み込まんとなだれ込む。
それを正邪は魔道具を使いこなして巧みに躱すと共に、二柱をおちょくるような素振りを見せて敵を煽るのであった。
「アイツ、中々やるじゃあないか。神奈子、お前の縁者ってのも納得だよ」
「やめて。私の縁者は天稚彦であって、アイツじゃあない」
そうは言いつつも、骨のように細い身体でひらひらと羽のように軽い動きを見せ、幾つもの弾をかわす正邪の芸達者な様子を見た神奈子は内心、才覚がありながら夭折した義弟の存在と、彼が死と同時に産み落としてしまった天邪鬼が戦場を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えた際の光景をくっきりと思い出していた。
「……そろそろ使うとするか。出でよ、我が愛弓よ!」
着地すると共にそう言って腕を掲げ、彼女の手元に現れたのは天之麻迦古弓。
その先端には新たに
下劣な妖怪にしては妙に綺麗な所作で弓を構えると、彼女は一度、二度、三度とその弦を鳴らして周囲の弾幕を打ち消すことに成功する。
そのハッキリとした、それでいてどこかもの悲しげな音色は、正邪に対する二柱が顔を顰める程の力を発揮した。普段朝斗彦が使いこなす姿を見慣れた彼女達は内心、使う者が変わるだけでここまでモノは変化してしまうのかと感じたのである。
「へっ。今こそ絶好の好機だ! 私はここいらでトンズラこかせて貰うぞ!」
「逃すか! 待てッ!」
「待たないよーだ! おしりペンペン!」
小馬鹿にするような態度を取ったあと、正邪は一目散に境内の石畳を蹴って助走をつけた後に空へと飛び上がった。そして、神の追撃と天狗の哨戒をくぐり抜ける為に持てる力の全てをもって山から脱出することを試みたのである。
「よう! 楽しそうなことしてんじゃないの!ちょっくら私も混ぜてくれよ」
「げぇっ、お前は……あの時のッ!
……あの時は良くもやってくれたな! 私がどれだけ長い間地べたを這いずり、食いたくもないようなものを食らって過ごした*3か、分かってんのか!?」
「知るかよ、そんなの! 泣く子も黙る酒呑童子たる私がそんな経験した事あるとでも思ってんのか? ……ん、いや待てよ? ……ああ、そうだ! ガキの頃に東神さまに袋叩きにされた事があったなぁ、懐かしい。
ああ、すまんすまん! 私としたことが、負けたことが少な過ぎて忘れてた!いやぁ、強者であるってのもたまにはダメな時もあるねぇ」
「クッソ……! ガキはさっさと帰って、母親のオッパイでも吸ってやがれ!」
「……お?ごめんよ、生憎私は母ちゃんの体が弱かったのもあって乳離れは早かったんだ。ま、その分酒は辞められないけどな!だーっはっはっ!
ほら、早く手合わせしようや。鬼の名を冠するもの同士、どっちの力が上か決めようじゃないか!」
そう言って萃香はグビグビと酒を呑むと、口を大きく開いて息を吸ったあとに酒気混じりの息をぶぅぅ〜っ! とその場へと吐き出した。そして、それが晴れると、辺りには無数のちび萃香が現れていたのである。
「よしお前ら! 準備はいいな? あのガリガリのアマ公をとっちめるぞ!」
「おうよ!」「やってやろうや、ワタシ!」
「いやっはぁ〜!暴れるぜー!」
「うわっヤッベェ! ネズミみたいにどんどん増えやがる!」
弾幕を放ちながら両腕を伸ばして飛んでくる無数のちび達を躱した後、正邪は奥でぬーんとした顔を浮かべる萃香を睨み付けた。しかし、萃香は半目でチラリと彼女のことを見ると、にやりと不敵な笑みを浮かべるだけである。
ゆらゆらと飛びつつもどこか考えの読めない萃香に辟易しつつ、正邪は手に持っていた弓に矢を番えた。
「……天之波波矢よ! 目の前の邪なる者を撃ち祓え!」
妙に様になる形で彼女が矢を射ると、妖力と小槌の魔力に支配された矢は激しく暴れ狂いながら矢弾をばら撒きつつ、的確にちび萃香を貫いていく。
なお、当たったように見えるが、実際のところは萃香は直前に分身を霧散させていた。それ故に自身が負傷すること無く、敵には倒したと錯覚させる事でいい気にさせていたのだ。
「……なんだぁ? アレだけ大口叩いといてこの程度かよ! 全く口ほどにもないな! お前の相手なんざしてられないんだよ、コッチは!」
「ん?まぁ別にここに居るのは私だけじゃないからな。お前の方こそ自分の背後を気にした方が良いぞ」
「……っ! クソ、アイツらが追ってきたのか!」
普段は巣篭もりがちな二柱も、祭りのように昂りながら追跡を行う。
「天邪鬼を仕留めた方の言う事を聞くとかどう?」
「嫌よ。別に受け入れられないこと以外は聞いてるじゃない。
それに、今日は朝斗彦の手助けも含めたものなのだから、私達がやったら誰があの人を回収するのよ」
「そりゃあ、勿論アイツの愛を一身に受ける八坂神奈子に行ってもらう他ないでしょ?」
「手間ねぇ……まぁ、そうなった時は念話で十分か」
軽口を叩きあいつつも、遥か二千年もの月日を共にしているだけはあって二人は息ぴったりである。
「天邪鬼! お前はな、例えどこまでいけども私達に狩られる側なんだよ!
ほぉら、逃げた逃げた! 鬼ごっこはまだ始まったばかりだぜぇ〜! だっはっは!」
そう言って萃香は煽るように繰り返し両腕を大きく振り、その小さな身体から放たれる威圧感に圧倒された正邪は歯を食いしばりながら逃げ出した。
こうして山の神と山の旧主からの追撃を受けながら正邪は山を完全に降り、彼女が向かったのは人里。間違いなく目立つにもかかわらず斯様なところへと逃げ込むのは天邪鬼故の逆張りである。
しかも、逃げ込んだのは名士たちが住む区画。
平安の京を小さくしたかのように整然としたこの場所の事を知ってか知らずかは分からぬが、敢えて目の前の苦難へと挑戦するかのように彼女は飛び込んだのである。
稗田やらなんやらの名士達に仕えているであろう家人達を突き飛ばしながら彼女が走り抜けていると、やがて左右に別れた道が現れた。
左には鬼門封じを持つ家屋があり、対する右には何も無い。正邪は息を切らしながら両方を確認した後、自身の頭を人差し指で小突きながら思考を回転させた。
(どうする、どっちに進めばいい!? 考えろ、天邪鬼として選ぶべき道はハッキリしてるハズだ!)
別に天邪鬼は鬼ではないとはいえ、それでも鬼門封じとやらは縁起が悪いので何となく避けるべきかもしれない。そんな事を彼女が頭の中で考えている間にも、「御用改めであーる!」等と叫びながら、萃香達が追いかけてきている。
結局正邪は覚悟を決め、左の道を選んだのだった。
「……へっ! こっちに逃げりゃあ、もうあの小鬼も追ってはこられまい! ……あッ!?」
「久しぶりだな。待っていたよ。
……いやはや、予想通りの動きを見せてくれたなぁ? こうも上手く行ってしまうと笑いが溢れてきそうだ」
視界の先の曲がり角から正邪の目の前へと姿を現したのは、三人いる山の神の最後の一柱である葦原朝斗彦。右手には妖しく輝ける直刀を握り、空いている左手でその長い髪を掻き揚げながらゆっくりと歩いて登場した彼は、昼間のやる気のなさがまるで信じられないほどにはやる気満々である。
「どうやら、僕の弓矢にもかなり好き勝手してくれたみたいじゃあないか。君がその手に持ったモノを僕に返してくれるのなら、ここで見逃してやったっていい。
さぁ、今ここで武器を地面に置いて僕に降伏するか、この剣の錆になるか……選ぶのはお前だ」
そう言うと、朝斗彦は古めかしい見た目の刀を思い切り放るように地面へとぐさりと突き刺し、両手で黒の羽織の胸元をサッと直した後にそのまま腕を組んだ。
そんな彼は元々かなりの奥目である上に、つい癖で上げがちな顎も今日は引き気味である。その為、自前の三白眼が特に強調された事で溢れ出る威圧感は若き日の
「……っ、誰が降伏なんてするか! こちとらな、お前にはずっと負け続けてんだよ!
むしろ、滅びた国の名を背負い続けるお前こそが降伏すべきに決まってる! そうだ、そうに決まっている!
この弓矢で私がお前の事を射抜いてやるからな! 今すぐに!」
「何? ……背負って当然だ。これは大国主様から賜りし僕の唯一無二の名だからな。
彼の義息としてその志を継いだ僕がこの世を見守り続ける限り、お前の言う滅びた国とやらはいつまでも現世に在り、生き続ける。そして僕が勝利の栄光を手にする時、それは即ち中つ国の勝利なのだ。
……それに、やれるものならやってみるといい。
道具は嘘をつかない。例え僕らのように考える頭がつかぬとも、誰が自分の事を本当に大事に扱ってきたか、それくらいの区別はつくだろう」
「……ッ!!! うるせぇ!未だに過去に囚われているお前に何がわかるっ!私に仇なすヤツは、皆をこの弓矢で貫いてやる!覚悟しやがれ!」
限界まで引かれた弦がギリギリと音を立てる。
正邪は指先に微かにビリビリと流れる神由来の力による痛みに歯を食いしばりながら狙いを敵のド頭へと定めると共に、右手を開き矢を放った。
天稚彦命a.k.a.ハニ稚彦と正邪は一応別人ではありますが、本作において彼の血から産まれた設定である正邪は彼の体験した事を意識できることも無意識なもののどちらもうっすらと覚えています。