ナンバリングだとようやく百話目ですね。
まぁ、実際は閑話や挿入忘れでズレていますが…一つの節目ですね。
「やったな、お比売サマ。私達の抜群の連携で天邪鬼は袋小路に追い込まれた。
あとは東神さまがやっつけるだけだ」
「……その呼び方は止めろッ! それにしても、よくこんな回りくどい変な案を思い浮かべたわね」
「変な案とはなんだ、変って!
冗談は抜きに、アレはな、絶対に世間様の認識の逆を行く。だからこそ、それを手玉に取ってしまえばあとは楽なものよ」
そう話し、ぐびぐびと酒を飲み始める萃香。
あの林での会話の後、どうにかなるだろと慢心する萃香に対し、兎に角確実に仕留める方法を朝斗彦が提案し続けた。鬼門封じを持つ路地への誘導もその一つである。
人里の地理を知り尽くす朝斗彦らしくもあり、しかし彼としては他の提案に比べればテキトーに挙げたものの、しかし、
「東神さま、今の幻想郷でそれしたらみんなのアンタに対する見る目が変わっちまうよ。やめた方がいい」
と、他の提案に対して萃香が難色を示した。
それを聞き、自分のみならず妻の神奈子や溺愛する早苗、そしてどこまでいけども自分にとってはただの同居人である諏訪子の三人にも迷惑をかけるのはゴメンだな……と感じた彼本人の意志により、結局コレが通ることになったのだ。
「ッはぁー。いやぁ、口では嫌がってたのにさ、やる気満々じゃあないか。
おっみてみて、東神さまの色気が凄いよ? お比売サマ、ありゃあアンタの前だからカッコよく居たいんじゃないか?
ひゅーっ! 全く、いつまで経ってもお熱いこった! 互いの全てを知り尽くした幼なじみ同士、たとえ祝言から数千年経とうが固い愛に結ばれてんだなぁ!」
「…………うるさいわよ! 余計な口聞いてる暇があったら何時でもあの人を援護出来るように気を張っておきなさい!」
「……ホント、腐ってもアイツの身内だなぁ。スグ調子に乗るんだから」
酔っ払いのダル絡みに対して辟易し、イライラする神奈子と、呆れた笑いを浮かべる諏訪子。
そんな三人の目の前では今正に朝斗彦と正邪の問答が始まり、そう暫くしないうちに正邪の放った鏑矢によって戦いの火蓋が切って落とされたのである。
……
天之波波矢は威圧的な音を鳴らし、腕を組みながら口角を上げる朝斗彦の元へと逆神殺しの二つ名を表すかのように一直線に飛んでいく。
ごうごうと風を切って飛んでくる矢に対してピクリとも動かない。上空から見守る神奈子は内心ヒヤヒヤしていたものの、彼が撃ち抜かれることはなかった。
もっとも、正確に言えば彼の左耳の下部分にかかっていた頭髪が一部分だけ飛ばされたのだが。
「……? おっと、見栄えが悪くなるじゃないか。これじゃあいくら加減してくれたとはいえ、いい子とは呼べないな」
ウネウネながらも女子顔負けな程にサラサラとした手触りを持つ不思議な髪のファン一号、二号の神妖による、「ああっ!」という柄にもない叫びが上空から聴こえたところで、彼はソレを指でなぞって攻撃を受ける前の元の通りに戻してしまった。
そんな余裕飄々な彼の背後では、人知を超えた力で方向転換した矢が警笛を鳴らしながら再び迫りくる。すると、朝斗彦は軽く飛び上がりながら身体を捻ってその場で回転し、優れた動体視力で矢の軌道を見極めると共に、その篦の中心を左手で掴んだ後に右手で剣を抜き取ったのである。
「ごめんよ! 一瞬だけだから我慢してくれ!」
そう叫ぶと同時に朝斗彦は利き足の左足を大きく振り上げた後に踏み込んで見得を切ると、自身の髪がうねうねと浮き立つ程に力を溜めた後に自身が捕らえた矢に向けて一気に霊力を流し込んだ。
元々朝斗彦の扱う三神器は付喪神になってしまった際、
「別に妖になろうが使えるのなら僕は気にしない」
という、何ともこだわりのない主人が持つ強大な霊力による支配を、道具自身もまたすんなりと受け入れたことで長い間扱われていた。それが今回の騒動に際し、小槌の魔力によって完全とは行かずともそれが上書きされてしまったのだ。
正邪の妖力と残っていた朝斗彦の力の間で拒絶反応が起き、矢自体が持った本能と神の道具としての、言うなれば一種の誇りのような感情が鬩ぎあっていたのである。
そんな矢は、まるで釣られたばかりの魚のように痙攣した後にモヤモヤとした邪悪な妖力を噴き出し始め、それがだんだんと薄くなっていくと共にその激しい動きはなりを潜め、あっという間に調伏されてしまったのだった。
「……お前は弓を引く相手を間違えたな」
「くっそ〜……ッ!」
正邪は爪を噛んで悔しがるも、朝斗彦はそれを見て顔色一つ変えることもなく佇んでいた。
しかし、彼女が悔しがるのも無理はない。
逆転の異変が起きる前のあの日、触っただけでバチバチと痛みが走るこの弓矢を風呂敷に包んで逃げ去った後、正邪は三日三晩片時も離れずに自身の力を流し込み続けた。それは元々痩せぎすな彼女が更に棒のように細くなってしまうほどに多大な力を奪われる、途方もない作業である。
しかしそれでもなお、正邪は弓矢を完全に自分のモノとすることは出来なかった。そこで、元々既定路線であった小槌の行使によって更なる力を手に入れた彼女は、持ち主が全く取り戻しに来る気配がないまま、半ば強引にこの数ヶ月もの間借りパクして扱い続けてきた。それにも関わらず、目の前の男は意図も簡単にソレを塗り直してしまったのだ。
神から身を窶した妖と、いまや号令一つで危険な妖すらも動かしかねない神。
元々は競い合う立場であった二人の間に存在する圧倒的な地力の差、それを目の前でマジマジと見せつけられたことで、正邪は爪で掌を突き刺してしまうほどに拳を強く握ったのである。
「チィッ! クソッ! この野郎、いつも私の邪魔ばかりしやがって!」
「邪魔などしていない。僕はただすべき事をしているだけだ」
「煩い、今に見ていろ! 必ずや吠え面かかせてやる!」
正邪は手に持っていた弓に付けられた弭槍を朝斗彦へと向けると、一気に間合いを詰めた後にソレを目の前の敵に対して突き出す。
朝斗彦はそれを首だけ仰け反らせて躱すと、大蛇の血のように煮え滾る赤い眼のみを正邪へと向け、それに遅れて反らしていた上体をゆらりと動かし、顔全体で彼女を睨み付けた。
「ひっ……!」
「その恐れを抱いた顔、若い頃に見覚えがあるな。
三つ子の魂百までなんて言葉があるが……全く、よく言ったものだ。例え荒御魂の変異体であろうと、やはり根っこの部分は変わらないらしい」
目の前の天邪鬼を怯ませた朝斗彦は、まるで相手の次なる一手を読むかのように前方へと宙返りをしながら矢を放り投げた。そして、背中を見せて逃げ出そうとした正邪の進路を塞ぐように着地すると振り返って刀を振り、彼女の首を落とすすんでのところでソレを止めた。
「逃がすか。お前の考えなど全てお見通しだ。
そうやって目の前の事から何もせずに逃げるのは昔からの悪い癖だぞ」
「……煩い! お前に私の何が分かる! 私はあんなマヌケな間違いは起こさねぇ! 誰にも従わず、己の道を進みたいだけだ! 邪魔をするな!」
「……ほぅ? 自ら過去の自分を否定するか。もしお前がそうであったとして、それは周りに在った者たち全てを否定してるも同じことだろう。
それを理解している上でそう口にするか?」
「……ええい、黙れ! 私は天邪鬼だ! 過去なんてモンは知ったこっちゃないし、今更お前が何を言おうが変わらない!」
「……そうか。今吐いた言葉、同じ事が高比売の前でも言えるかな?」
「……ッ!」
朝斗彦は再び大きく後ろへと踏み込むと、先程のものなど比べ物にならない勢いで大きく刀を振りかぶり、それを振り下ろす。そして、正邪はそれに合わせて弓を横向きに構え、目付節の位置で朝斗彦の攻撃を抑えていなしたあと、ひとつ、ふたつと飛び跳ねて回りながら後退し、大きく跳躍すると同時に弾幕をばらまいた。
「へっ、馬鹿が! 誰が戦狂いのお前と正面から戦うか! 逆弓"天壌夢弓の詔勅"……かかって来やがれ!」
「! ……いいだろう! その挑戦、受けて立とう!」
正邪が手に持った弓の弦を鳴らすと、もはや手の内から外れたはずの鏑矢の音が幾重にも重なって辺りへと鳴り響く。
戦が起きなくなってからというもの、久しく聴く機会のなかった矢の合奏に対して戦いを目にする人妖たち皆が驚く暇もなく、飛び上がった朝斗彦の前後より矢の形をした弾幕が迫り、ただ彼一人を狙って雨のように降るのである。
「実にお前らしいスペルだな、天邪鬼!」
朝斗彦は飛び上がりながら手に持った剣を振るって弾を放ちつつ、自身を狙う弾の間に生じた隙間を掻い潜って正邪へと狙いを定めた。そして、彼が自らの指を咥え、ぴいーッと甲高い音を鳴らすと、眷属として復帰した天之波波矢が縦横無尽に辺りを飛び回って新たな矢弾を生み出して暴れ回る。
「久々に使ったけど相性バッチリだな! さぁ、一気呵成に畳み掛けろ!」
色とりどりの矢弾が飛び交うその光景は、まるでこの場において合戦が起きているかのように錯覚してしまうような、そんな異様な雰囲気である。
貴人達の居住地区を中心に騒ぎが起きたことで、人里ではけたたましい鐘の音が辺りへと響き渡り、この地に住まう人々は慌てて自らが住まう家や仕え先の邸宅へと逃げ惑っていた。
朝斗彦が空いた左手の指を回して矢の向かう先を指示していると、矢の制御を無くしたい正邪は弓を槍代わりに構えながら高所より隼のように急降下し、彼との間に空いた距離を一気に詰める。そして、目の前の敵を仕留める為に突撃し、地上へと降りた朝斗彦に向けて弓を突き出した。
朝斗彦は敵の急な動きの変化にも素早く対応し、右手に持った刀で敵の攻撃を脇へといなすと、そのまま柄を両手で握って袈裟斬りを繰り出すも、正邪はそれを見切っていた。
彼女はまともに受ければ我が身が滅びかねない一撃を硬く作られた弓で弾き返し、何故だか身体に染み付いている槍術で敵を攻め立てたのである。
「うおッ!」
「オラオラオラッ! お前の戦い方は知ってるんだ! 息もつかせないくらいに攻めて、攻めて、攻めまくってやるっ!」
攻めに対して攻めで返すなんて度胸があるな! と、朝斗彦は内心感心していたものの、それはただの彼の思い違いであり、正邪の中に微かに残る記憶の残滓が更新されていないだけである。
抜群の間合いから放たれる連撃を難なくいなした後、朝斗彦は腕を伸ばし、遂にむんずと弓を掴み取った。
「おいっ、触るんじゃねぇ!」
「そろそろ返してもらおう。今この時を以て返却期限だ」
朝斗彦がそう言って軽く首を傾げた後にニヤリと笑うと、彼の長い髪が再びじわじわと逆立ち始める。それを見て、すぐさま身に迫った危険を感じ取った正邪は、それまでの抵抗が嘘のようにぱっと手を離した。
次の瞬間、朝斗彦は大きく腕を掲げると、先程矢に向けて放った神通力を再び行使した。そして、弓からも邪悪な妖力を追い出す事に成功すると、彼はまるで名打ての弓取りのように天之麻迦古弓をぶんぶんと高速で回転させ、それを再び掲げたのであった。
「ようやく帰ってきた、我が手元に!
……やはり、僕の弓はこうじゃなくっちゃな」
弓幹を眺めながら不敵に笑う朝斗彦の姿は誰も寄せ付けない程の闘気を放っており、それを最も近くに感じ取った天邪鬼はもはや戦意喪失寸前だった。しかし、ここでそのまま負けを認めることに対し、彼女の本能が全力で拒否反応を起こす。
「おい、葦原朝斗彦! お前もスペル、つかえっ!」
「……?」
「スペルだよ! ス、ぺ、ル! 言っとくがこのままじゃお前、反則負けだぞ! いいのかよそれで!」
「え? ルール無用なんだから別に使わなくていいんじゃないの?」
「んな訳あるか!」
よりにもよって天邪鬼の正邪に指を指され、指摘されたことで、朝斗彦は羽織の袖に両腕を入れて腕を組み、思案に耽る。
弾幕勝負では長所が活かせない*1ので手短に仕留めてやろうと思っていたにも関わらず、相手が幻想郷の法を基準に戦っている認識である上に、案外しっかりと抵抗してきた以上、合わせなければ自身の立場が危うくなるからだ。
正邪が唾を飲み込みながら様子を見守る中、朝斗彦は目を閉じ、顎に手を当てながら、草木の意匠が施された革の長靴に包まれている右足の踵をカツカツと踏む。そして、「まぁ、いいか」と一言呟くと、目を開いて正邪へと視線を合わせた。
「……仕方ないな。戦符"幻の御旗楯無"」
「ギャーっ! このバカ、いきなり行使するやつがあるか!」
かつて世にその名を轟かせ、やがて歴史の波に飲まれて消えていった無敵の騎馬隊を彷彿とさせる、荒れ狂う弾幕が周囲から生み出され、一番槍を取らんと個々が野心を抱きつつも、類い稀なる連携で正邪を襲う。
それは朝斗彦の十八番こと、派手なのにねちっこく、しつこさマシマシのやらしいスペルである。
敵であったはずの勢力も、ひとたび縁を持てば彼にとっては自身に関係する存在になる。神でありながら妖怪にも肩入れしたという素性を持つ彼らしい、我道を突き進む考えが表に出た弾幕群なのだ。
「……あのスペル、破滅的で見ていて好きじゃないわね。というか、あんな不意打ちするなんて可哀想よ」
「まぁ、モチーフ元がアレだしね……」
この男、どうも滅びゆく運命にあるものに対して肩入れしたくなるタチらしい。
昔馴染みの諏訪子のみならず、実の妻からも不快感を顕にされる程に癖全開のスペルで敵を追い込む彼は、心なしかなんだかイキイキとしていた。
……
「はぁ……はぁ……っ! 凌いだぞ。コレは……私の勝ちなのか?」
「うん、そうだね。僕の負けだ」
弓を取り戻したことで普段の調子も戻ってしまったのか、たった一枚スペルを耐えられただけで朝斗彦は実に呆気なく負けを認めてしまった。
あまりの呆気なさに彼の妻である八坂神奈子、並びに一番弟子の伊吹萃香はアレは一体何をやってんだ!と互いに確認し合うほどであった。
「僕の目的は完了した。これ以上君と戦う必要ははっきり言って無い」
「……何言ってんだ、私のスペルだって凌いで、終始圧倒してたんだからほぼお前の勝ちみたいなモンだろ」
「いや、言葉の通りだよ。
それに、ここは外の世界とは違うのだから、君みたいな露骨な不穏分子がいたって良いと思うんだよね」
「はぁ……」
「久々に手合わせできて嬉しかったよ。たまには自分の気持ちに素直になりなね」
「ああ……いいっ!? 痛ッたッッ!!!」
そう言うと、朝斗彦は正邪の横を通過するがてら、ばちんとその背中を叩き、激励の一撃を食らわせた。そしてそのまま空へと飛び立って身内に声を掛けると、山へと帰ってしまったのである。
紅葉型の手形を背中に浮かばせた正邪はその痛みに悶え苦しみつつ、長年の宿敵に対して土を付けたのかもしれないという事をじんわりと実感し、内心喜びつつふよふよと空へと飛んで人里を脱出した。
そう。背中から、ぴぴぴという電子音を鳴らしながら。
……
次の日、正邪は長い妖生において体験したこともない、幻想郷最強クラスの強者達との連戦を行うことになった。どういう訳か、彼女の行くところ先々において強敵たちが待ち構えており、徹底的にボコボコにされ、そして正邪は一人目を白黒とさせたのである。
何故こんなことになったのか。
それは、昨日朝斗彦が正邪の背中を叩いたその時、河童から貰っていた追跡機を洋服にくっつけられていたからだった。
彼女は常に逃走しているが為に着替えの用意もない。その為、実に何とも形容しがたい匂いを放ちつつそんな信号を発する装置が取り付けられたことにも気が付けぬまま、次の日を迎えてしまったのである。
結局、居場所が筒抜けになったことで始まった収まることない強敵達の攻撃に酷く疲弊した正邪は、溜まりに溜まった不平不満をぶち撒けつつも八雲紫に赦しを請い、それが認められて発信機が取られた瞬間にどこかへと姿をくらましたのであった。
相変わらず爪が甘いというかなんというか……。
自身の力に対し、一種の驕りのようなものを抱く朝斗彦なのでありました。
次からは章を切り替え、書いていこうと思っていますが朝斗彦以上の気まぐれ屋なのでどうなることやら。