叶うかも分からない希望を胸に抱き、朝斗彦は絶望の中へと飛び込みます。
博麗の巫女並びに人間の魔法使い、地上暮らしの月兎が侵入者を尋問した後に異変解決へと向かったその日、妖怪の山において八坂神奈子と天魔の連名のもと戒厳令が発された。
表向きは未知の勢力の侵攻に備えるという名目だったものの、実際は違う。
野心に当てられた守矢の神が一柱、葦原朝斗彦が神社と家族のもとを去り、その"昂ったイヤな気配"*1を察知した天狗達による必死の制止を武力で排除した勢いのまま、河童の里を突如として襲撃したのだ。
その後、河童の報せを受けた天魔から守矢神社へと使者が届き、彼等と連名で発布する運びとなってしまったのである。
第130季 晩夏 玄武の沢
早まった秋の虫による合唱と、蛍が飛び交う玄武の沢。
その日、河童達は夜の空に突如として輝いた弾幕の数々に驚き、野次馬のように集まっていた。
それからまもなく、その男は現れた。滝の裏側のみへとその蛇眼を向け、大股で歩みを進めるのは葦原朝斗彦。
河童たちにとっての彼は二年前に大蛇の姿で大暴れしたこともある恐ろしい存在として知られているが、その後は河童の有力者である河城にとりによる研究の認可を認めてくれることもあって良くやってきたつもりだった存在でもある。
「どうして鬼の神様がここに?」
「分からないよ」
彼の周りをわらわらと取り囲んで河童たちが様子を伺っていると、額に青筋を浮かべた朝斗彦が足を止め、辺りを見回した。次の瞬間である。
「退けッ! 邪魔する者は全員斬り伏せてやるッ! 今すぐに道を開けろ!」
「!!! 皆、逃げろ!」
鬼の如き形相の朝斗彦によるドスの効いた声の脅しに河童たちは酷く怯え、我先にと一目散に川へと飛び込んでいく。身体の小さな彼女達にとって、突如として来訪した侵略者には為す術もなかった。
こうして河童達を追い払った朝斗彦は、滝の裏へと隠されたにとりのアジト、河城研究所へと向かうのであった。
……
「ダレだ、アレハ。オマエ、アレ、シッテル?」
「スキャンスる。……へー、ヤマノカミだっテさ」
彼女?たちはにとりの研究所を守る戦闘型ロボ。最低限の知能、そして低コストなので増やしやすい利点を持つ警備役にピッタリな存在である。
「ヨウケン を キイテきな」
「ガッテン、ガッテン」
こうして、ガッチャガッチャと足音を立てながら絡繰その二が侵入者へと近付き、手を伸ばして話しかけようとしたまさにその時だった。
その男は瞼を閉じながら少し膝を落として刀の柄へと手をのばすと、ロボロボしくもどこか可愛らしい河童のような見た目をしたロボット相手にも一切の容赦をすることなく逆袈裟斬りを仕掛けた。
そしてその両脚を斬り落とし、勢いのまま胴までもを横薙ぎに一閃したのである。
瞼を開き、紅く染まったその両眼を正面へと向けながら刀を持たない左手を前へと伸ばすと、彼はそのまま部屋の照明スイッチへと弾幕を飛ばして破壊。
照明がバチバチと消えていく代わりについた赤い非常誘導灯に照らされ、恵まれた体格と背中に背負った注連縄という特徴的な影のみが見えるなかで、彼がその手に持っていた刀の刃が妖しく輝いた。
赤子の手をひねるように目の前の障害を乗り越えた侵入者こと葦原朝斗彦は、目の前に立ちはだかる厳重に閉じられた扉の隙間に指を無理矢理引っ掛けると、その剛腕と強肩を活かしてこじ開け始めた。
彼が歯を食いしばり、呻き声をあげながら有り余る力を全てそこにぶつけると、扉はメキメキと音を立てながらひしゃげ始める。開ききった扉の先には、かつて製作者である河城にとりと共に二人で摩訶不思議な体験をすることとなった機械が置かれていた。
「……コレだ。この絡繰とこの薬、そしてこの勾玉があれば、ボクは中つ国に舞い戻れる。
……神々が恋し、愛した理想郷を……今度こそボクが救ってやる……」
幸い、電源の入れ方は分かっている。かつて楽しそうに自慢していたにとりの姿を、朝斗彦は一つ違わず記憶通りに真似することで目の前の年代測定機、並びにタイムグラスを起動することに成功した。
首に巻かれたネックレス、その中心に下げられるように付いた青瑪瑙の勾玉を外すと、彼は目の前の機械にそれをセットした。そして、両手の人差し指を使って慣れない手つきでぽちぽちと機械をいじった後、自分が生きた時代を視れるよう設定したのであった。
「……ふっ、ふははははッ! 棚からぼたもち……いや、月から紺珠の薬だな!
この目で見てきた幾つもの光景、そのほぼ全てを共にしたこの勾玉で、ボクは中つ国へと帰還する!
……待っていろ、ヤマトめ……ボクが必ずやお前達を倒してやるッ!
……っとその前に、出入り口は塞がなきゃな。邪魔されでもしたら困る」
いそいそと自分で拡げた出入り口を塞いだ後、朝斗彦はグラスを頭に取り付けた。
その珍妙な姿は見た者が笑いそうな光景であるが、警報が鳴り響く中で無惨にも転がった物言わぬ河童ロボ達の残骸、そして暴走した能力によって壁を突き破って蠢く堅い根の存在を見れば、事態の深刻さは一目瞭然であった。
グラスを装着した後、朝斗彦はバチバチと音を立てながら身体中から神力を迸らせ、その刹那、辺りは閃光に包まれた。そしてそれが晴れた時には彼の姿はどこにも残っておらず、地面に落ちたグラスのみがあるのみであった。
彼が着ていた新たに卸したばかりの羽織、その背中には松の木に絡みつきながら太陽に向けてその口を大きく開く白蛇が象られていた。
……
戦火に包まれし中つ国に、神が顕れた。
国譲りの使者として天より舞い降りた訳でもなく、はたまた死の従徒として地中深くより這い出た訳でもないその存在は、本来この時代に在ってはならない者である。
禁忌を犯してまで故国を救うといって降臨した朝斗彦は、当時東、西、そして北の海の三方向より攻められていた葦原中国の状況を全て記憶している。
そんな彼がまず目を向けたのは東部の戦線、かつて自身が主将として防衛した地域であった。
チチチ……と鳥が囀る森の中。
出雲の軍の野営地において、方面軍指揮官である神人、葦原朝斗彦は兵卒達と共に横並びで修練に励んでいた。
彼はクニの東部、南部を護る為に常に斥候を飛ばして敵情を探らせながら、陣を転々と移動していた。
その道中において辺境の邑へと立ち寄れば、子供には態々屈んでまで目線を合わせ、どんなに身なりが汚い者であろうとも分け隔てなく接することで支持と援助を取り付けるなど、お人好しな彼らしい振る舞いで地域を掌握していた。
ただし、寒村育ちの兵卒達からは好かれているものの、麾下に付いた豪族からすれば、『この坊ちゃんは何をしてるんだ……』と、思わず呆れたくなる様な振る舞いであるため、実力派の困ったちゃんという評価を受けている。それでも、つい先程起きた戦においては仕留め損なったものの天日槍を一騎討ちの果てに撃ち破るなど、こなすべき役割は果たしていた。
「……よし! 皆、今日はこれぐらいで十分だ! 後は各々持ち場を守るように」
ひえ〜……と声にならない悲鳴をあげながら兵卒達が去っていく中で、その背中を見送っていた朝斗彦は突如として縄でキツく締め上げられたかのような頭痛に襲われる。先程までの運動による発汗とは違う、妙な寒気を伴う脂汗をかきながら彼は慌てて隣に生えていた木へと手を付き、呼吸を整えようとしたその時、彼は木々の声なき声を耳にした。
"何も言わず、流れる風にその身を任せて足を進めろ"
「……ッ!」
ハッと顔を見上げた彼は、自身の長い髪をなぞる風に合わせてフラフラとした足取りのままひとり野営地を離れていく。しばらく歩き続けたあと、風を感じなくなったために辺りを見回しながら次の進路を探っていると、再び先程の頭痛がぶり返した。
「いった……! っ、ハァ……ハァ……ッ!」
余りの痛みに思わず両手と膝を地面につけた彼の目の前より、大地を踏み締める足音、そしてそれに伴う鈴の音を鳴らしながら何者かが近付いてくる。
その強大な力に対して身体が無意識に震え出した彼の目の前まで来ると、足音の主は立ち止まった。
「……何者だッ! まさか、僕を……殺しに来たんじゃないだろうな!」
「フッ、殺す訳がない。そんな事をすれば、キミのみならずボクまでもが消えてしまうからね」
「何を……っ!? 誰だ、お前はッ!?
何故僕と同じ見た目のものが!? ……お前、さては妖怪だな! 僕を誑かそうとする悪いやつだろう!」
「おいおいしっかりしてくれ、そんなわけが無いだろう。この頭で感じ取っているハズだ、目の前の男は妖怪ではない……とな」
そう話しながら自身のこめかみを人差し指でつついた目の前の男は徐に自己紹介をはじめると、自らを彼と同じ葦原朝斗彦
父と同じくらいに長い髪、顔の傷、背中の注連縄、そして浮世離れした妙な格好。朝斗彦からしてみれば、遥か何千年もの先の未来よりやってきたと名乗る彼は顔だけ見れば数年前の自分であるものの、父程ではないとはいえ乗り越えてきた場数の違いをマジマジと感じさせる程には強大な覇気に満ち、そして何処か様子のおかしさを感じさせた。
「……な、何故そんな途方もない年月を経て、この時代に戻ってきた……! 一体何が目的だ!」
「目的はただ一つだけだよ。ボクが愛したこの国を、葦原中国をヤマトから守りたいだけだ」
「……何を言って……なっ、まさかッ! ダメだダメだダメだ! ……そんな、そんな……嘘だ……。
それじゃあ、向こうに居る皆はどうなる! 彼等はこのクニの為にわざわざ立ち上がってくれたんだぞ!」
「全員死ぬ。裏切り者だってでるし、国に忠義を果たし、散る者だっている。
そう、僕だって、比売だって、大国主様だって……皆敗北の責を負って死ぬんだ。まぁ、ボク達は神霊になって第二の生を送ることになるけれど、ただの兵卒はそうもいかないさ」
「そんなッ……仲間を見殺しにして、僕達はのうのうと生き残るなんて……あんまりじゃないか!」
「そうだ。だからこそ、ボクはずっと苦しみ続けてきた。ひとたび眠れば必ずこの戦争の思い出によって酷く魘され、恐怖と罪悪感に身体が押し潰されそうになるんだよ。ソレを変えるために悠久の時が過ぎた今、ボクは再びこの時代、この国へと戻ってきた……。
こんなモノを背負わされて、恥も捨てて妖を味方につけてまでもしぶとく在り続け、漸く願ってもない好機を得たんだッ!!! 敗北に色塗られたこの人生を新たに塗り直す為に、このチャンスは活かさなければならない!」
色々な考えが頭の中で渦を巻き、朝斗彦は目頭を抑える。目の前に立つもう一人の己が抱えてきた感情に同情したくなる自分もいれば、既に確定した未来を変えると彼が言い放った事に対して酷く怯える自身の気持ちもあったからだ。
「……さぁ立ち上がろう、かつてのボクよ。その身体にボクが乗り移って戦えば、中つ国だって滅ばないし、ヤマトだって倒せる筈だ」
激しい頭痛によって未だ地面に両膝を着いていた朝斗彦の目線へと合わせるように屈み、目の前のもう一人の自分はニコリと笑ってその手を差し伸べる。
先日戦った天日槍など比べ物にならない程の威圧感を発する彼の底知れない恐怖に圧倒され、背筋を凍らせながらその手を取ろうとした時、背後から自分の名を呼ぶ声と足音が聞こえてきた。
「!!」
「……おや、これ以上は粘れないか。さらばだ、かつての僕よ。また会おう」
振り向いた後ろからそう聞こえたので視点を元に戻すと、もう既に彼は居なくなっていた。
夢でも見ていたのかと錯覚してしまうほどの体験に朝斗彦が肝を冷やしていると、よく目にかけている兵卒のひとりがやってきて彼のそばへと駆け寄った。
「皆! 朝斗彦様がいたぞ〜!
……どうしたんです朝斗彦様、そんなに顔を青ざめさせて! 何か良くないことでもあったんですか!?」
「誰にもいいたくない。悪い夢でも見た気分だよ……。ごめん、肩を貸してくれない? 腰が抜けてしまって……」
「勿論! 早く天幕へと戻りましょう」
ヨタヨタと二人で野営地まで戻ると、朝斗彦は一人にはなれないと言って皆に見える位置にある切り株の上へと腰掛けると、ため息を着いて項垂れた。
結局その日彼は一睡もすることができぬまま、次の日を迎えることになったのだった。
得体の知れない存在にいざなわれたり、上位存在に格の差を思い知らされるシチュエーション、大好きです。モラグ・バル(威圧)