その時、僕たちはルーミアと名乗る人喰い妖怪を相手取り、味方が退くまでの殿を務めていた。
この明らかに中つ国の外からやってきたであろう妖怪の攻撃性ははっきり言って異常であり、こういった悪意に満ちた者と交戦する以上は当たり前だが一瞬の油断も許されなかった。
弾幕による応酬の後、ルーミアは手元に生じさせた闇より異形の剣を取り出したんだ。ソレは柄より刀身へと伸びた管がドクドクと脈打ち、まるで剣自体が生きているような、そんな恐ろしい見た目の一振であり、それに斬られたらなにかひとたまりもない事になるのは明白だった。
「そんな剣でビビらせようったって無駄よ。全く、趣味が悪いったらありゃしない」
「あら、光栄ね。……でも、この剣は生き血を吸っちゃうからあんまり使いたくないのよねぇ……。私は血が滴る人肉が好きだから」
「……ッ! 相変わらず気味の悪いやつだわ!」
比売が自分の
そして、今度は彼女が比売へと攻め始めると、剣による攻撃だけではなく周りの闇を鋭くとがった形に変化させ、まるで茶茶を入れるように死角からも比売を攻撃しようとしたのだ。
「比売、危ないッ!」
それに気付いた僕が慌ててルーミアに光線弾を放って奴の気を逸らすと、能力を使って近くに生えていた巨木を操り、その根を彼女へと向かわせてその身体を縛り付けようとしたんだ。しかし彼女は不敵な笑みを浮かべると、剣を振りかぶってその根を一刀両断してしまったのだ。
「何っ!」
「そんなので私を捕まえようとするなんて片腹痛いわよね。そんな小賢しいことしてないでかかってきなさい!」
「くそっ、これじゃあまともに戦うのが馬鹿らしくなるな! ならば、これはどうかな?」
僕は頭の中で荒れた北海……いや、日本海の光景を思い浮かべ、その波を弾幕で再現する事にした。
飛ばした大小入り交じった弾幕達を神力で操作して満ち干きする波の動きを真似し、こちらに向かわせては押し戻すという事を繰り返すことで、敵を弾幕の海に閉じ込めるという攻め方だ。
不規則に波打つ弾の数々は相手を翻弄させるには充分なものであると思ったんだ。
「ぬるいぬるい! これじゃあ私を倒すことなんて出来ないよ!」
そう言って大弾の間をするりと抜けてこちらへと来ようとするルーミアを見た僕は、新たに楔形の弾を既に放った弾幕達に向けて乱れ撃つ。その弾が当たった弾幕はボン! という音を立てて破裂し、その爆風に彼女を巻き込むことに成功した。
先程の大玉には中に無数の極小弾を仕込んでおいたので、あの爆発を喰らえばタダじゃ済まないだろう。
「よし、今のうちに距離をとるぞ!」
「えぇ!」
奴に隙が出来たのもあるし、流石に味方も撤退が完了しただろうと僕らは判断してすぐさま陣地より飛び去り、北を目指すことにしたんだ。
……
「しかし、大国主様は逃げ切れたのだろうか」
「父上が逃げきれないことなんてないわ。そんな事があったらそれはクニが滅ぶときよ」
「あまりいい例え方じゃないけどそうだよね。それにしても、さっきはすごい逃げっぷりだったな」
「自分の命が失われるのはマズイとはいえ、実の娘置いていくなんて酷いわよ。ほんとうに……」
ルーミアが爆風に巻き込まれているうちに速度を上げて飛んでいると、後ろから再び奴の放つ嫌な気配が漂ってきた。
「やはりあの程度では済まないか」
「どうするのよ、アイツ明らかに今の私達より格上よ?」
「大国主様に戦わせるべきだったかな」
「ちょっと、そういうこと言わないの!」
「冗談は置いといて、どうするかな……。いっその事、ヤマトのやつらの方に押し付ける?」
「敵に押し付けられなくて余計酷い状況になりそうね……。適当にどこか隠れられる場所を探すしかないんじゃない?」
「うーむ、そうだな。とりあえず地上に降りよう。
ここいらの地理には特段詳しくないけど、何処か隠れられる所を探してみるか」
そして、僕と比売が地上に降りるとそこは妙な安心感を覚える八衢の敷かれた道だった。何か強力な結界のようなものが張られていたこの空間は、どうやら神力を持つ者……所謂神に等しい存在であれば通ることが出来るようで、僕たち二人は何か弾かれたりなどもすることなく、すんなりとそこへと入ることが出来た。
「この空間は一体なんだろ?」
「なんかこう……自分の部屋のような安心感ね」
そう言って二人で辺りを見渡すと、一軒だけ家が建っているのを見つけた。
「すみません! 匿っていただきたいのですが!」
その建物に近付いて僕がそう叫ぶと、中からこれまた見たことの無い配色の、とんでもなく奇抜な服を着た人が現れたんだ。
「あら、ここに来客なんて珍しいわね! ささ、二人とも早く入って!」
「ありがとうございます! それではお邪魔します。
……僕は葦原朝斗彦と申します。そして、横にいる彼女は葦原中国を治める大国主大神のご長女、御名方神奈刀比売様です」
「私は天弓千亦。八衢比売とか道俣神なんて呼ばれたりもするわ! 宜しくね、二人とも!」
天弓千亦と名乗ったこの人はぺかーんとふしぎな姿勢をとったのちに僕たちの方を見て少し考える素振りを見せると、一言小さな声で
「……駆け落ち?」
とだけ聞いてきた。
「確かにお互いを好いてはいますが、駆け落ちなどしません!
……今、我ら中つ国はヤマト……えっと、高天原の侵攻軍と戦っているのです。彼らとの交戦後、一夜を山にて過ごそうとした折に突如人喰い妖怪が襲いかかってきたので、味方が逃げられるように僕たちが殿を務めていたらここを発見したという流れです」
と、僕が事情を説明して匿ってもらいたいということを伝えると、千亦さんは
「なるほどねぇ〜。でも実は私、居候の身なんだよね。
ここの所有者はまた別にいるんだけど、彼ったらついさっき散歩に行くって言って出掛けちゃって……。そう言うとしばらく帰ってこないのよね。
それで、もし隠れる場所を探してるなら暫くここで潜伏してもいいわよ?」
と提案してくれたのだ。
そんな軽いノリでいいのか……と思いつつも、彼女の提案は渡りに船であった。
飛んでいた時は兎に角ヤツから距離を稼ぐために後ろも振り返らずに飛んでいたし、周りの状況がつかめぬ中、提案を断って外に出るという行動は危険極まりないからね。
「それに……、分かる? アナタ達を襲ったであろう相手の気配だけじゃなくて、強大な天津神の気配も遠くから感じられるわ。
そのうちアナタ達の言う例の妖怪とやらとぶつかるんじゃないかしら」
「なっ! あの混乱っぷりではやはり奴らにも嗅ぎ付けられたか……!
ああ、私の鎧も鹵獲されたかも……」
「貴女は寝巻き姿だものね。私の服一着貸そうか?」
「……そんな目立つものは流石に着れない」
「しかし、やっぱり来るか……。ここでヤマト側と一つドンパチかましてくれたら互いが消耗してくれてこちらとしてはありがたいよね。
敵をもって敵を制する……、いい響きだよね……」
そう持論を語った後、横にいた比売にそう思わない? と僕が聞くと、彼女は呆れた表情をしながらはぁ……と溜息をつき、
「貴方、昔からだけどちょっと狡い所あるし本当にあの素戔嗚様の子とは思えないわよね」
と言ってきた。
「なっ、失礼な! 父上だって大蛇を策をもって制したんだから、そういう賢い部分が似たんだよ多分!
それに、実の父は彼でも育ての親は大国主様だから!」
慌てて僕が反論すると、彼女は眉間に皺を寄せて
「なに?
もしかしてアンタ、父上が狡いって言いたいの?」
と小さい頃を思い出す物言いで突っかかってきた。こういう時の比売は大変面倒くさいため、
「ち、違うって! これはちょっとした……えーと、そう! 国津神冗句……ってやつだよ!」
とテキトーなことを言うと、彼女はその怖い顔を崩してふっ、あははっ! と笑いを漏らした後に
「……まるで子供の頃のようね」
と過去を思い返すような表情を浮かべて言ってきた。
そうそう、子供の頃はよくこうやって比売が強く突っかかってきたのに反抗して、こっぴどくやられては沼河比売様に泣き付いてたんだ。
今考えると、こうやって何年もヤマトとギクシャクしていたのに比べたら子供の頃って本当に平和だったんだなって思うよ。
「ねぇ、貴方たちは幼馴染なの?」
「えぇ、それはもう昔からのよ。
私達、相性良いからずっと仲良しよねぇ?」
「えっ? ああ、そうだね」
「……なんか、私には彼が話を合わせてるように見えるのだけど」
「朝斗彦、そんな訳ないわよね?」
「……いやいや、ちょっと考え事してたから話しかけられたのに対してびっくりしただけだよ!
そもそも僕だったら仲良くない者とは一緒に行動しない。その点、比売は気心知れた相手だしこの世界の中で比売が一番信頼できる存在だよ」
「……」
「……あっ、この子ったら照れてるわよ!」
「実はこの表情を浮かべる時の彼女が何より大好きなんですよ」
「お熱いことねぇ!
アナタ達の愛が成就することを願うわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけて何よりですよ」
うるさいバカ! そういうこと軽々しく言うな! と言い、比売は結構シャレにならない威力で叩いてきた。そんな彼女を尻目に、僕と千亦さんは笑いながら焚き火に当たって談笑を続けていた。
……振り返ってみれば、この道祖の安息所での休息は、戦闘続きで疲れていた僕たち二人にとっては休みを取れる貴重な場所だった。
また、たまたま千亦さんという親しみやすい方がいた事や、この場所にたどり着いた時から暫くの間うっすらと感じていたルーミアの気配が南側へと消えたのも良かったのか、国への憂いとか敗戦の責は一旦横に置いて休むことに専念することが出来た。
「それじゃあ、気を付けてね! あ、あといい市場があったら私に連絡してねー!」
日が昇った頃にはもうルーミアの気配は全く無くなっていたから、千亦さんに見送ってもらった僕らは北東、律令国の名で呼ぶなら石見を目指して進むことにしたんだ。大国主様がどこに逃げたのかが分からない以上、僕たちは出雲へと戻りやすい場所を目指すしかなかったからね。
えっ? 西の地方の県を旧国名で言われたって長野で育った私にはわからない?
……参ったな。律令国の呼び名の方が慣れてるから言い換えが難しいぞ。
……
時は少し戻し、長門・且山 出雲軍陣地跡
朝斗彦との夜戦を制した天日槍は、先遣隊として彼らが撤退して行った且山に睨みを効かせる位置にて野営を始め、警戒心を高めた状態で夜を過ごしていた。すると、敵の篭もる山からどう考えてもヒトが出しているであろう、騒がしい音が聞こえたために慌てて斥候を送り、なにが起きたのかを探らせる事にした。
そしてしばらくが経ち、放った斥候が帰ってきたため彼から情報を確認すると、やはり陣はもぬけの殻であり、食べかけの粥や燻った焚き火など不自然な点が多く残っていたという。
それを聴いた天日槍と彼に帯同していた布都怒志はすぐさま野営を片付けて現場の制圧に取り掛かることを選んだ。因みに、建御雷は今ようやく海峡を渡り始めたためにここには居ない。
彼ら二人が率いる高天原の軍が出雲軍が切り開いたであろう道を通って山を登ったところ、そこには話に聞いた通りの光景が広がっていたのだが、"話に聞いた通り"というのがこの場にいる者たちに余計に異様さと恐怖を感じさせていた。
「布都怒志殿、これはどういうことなんだ?」
「うーむ、分からん。ただ、陣も畳まぬままにここを離れたというのは些か妙ではないか?」
「そうだな。
しかしこの足跡を見る限り、皆同じ方向に逃げているな。味方の裏切りなどであれば争った形跡があるはずだが、それすらもない。
出雲の者共は余程焦って逃げたに違いないぞ」
「うむ。それがわかった以上、今我らには奴らを追撃するか、もう少しここを調査して様子を見るかの二つの選択ができるぞ。天日槍殿、如何される?」
「私は高天原に恭順した身だぞ。それは天の代理の一人たる貴方が決めるべきだろうよ」
「であるか。ならば、我が決めるとしよう!
天に仕えし我らの軍よ! これより敵を追撃するぞ! 我に続くのだ!」
「よくぞ申された布都怒志殿。
必ずそう仰られると私は思っていたぞ。
野郎共! 出雲の連中を叩くぞ!」
血気盛んな高天原軍の兵たちは休むことなど知らない。彼らは自分達が休息が取れないことを悟ると、すぐにその場で頭を切り替えて鬨の声をあげながら足跡が続く闇へと走り出した。
そう、例えそれが黄泉への第一歩だとしても彼らは止まらないのだ。全ては天の為、全ては我らが為、そして全ては新たなる秩序のために!
そうして強行軍を続けた彼等はやがてルーミアと出会い、そこそこの被害を出しつつも、その背に日の出の光を浴びたことで天照大御神の加護を信じて戦い、彼女を無力化することに成功したという。
深くは書きませんでしたがちまたんがいた空間は猿田彦様の領域という設定です。
感想、評価、お気に入り登録などなどお待ちしております。