叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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十三話 悪い流れ

 

 

 

 さて、あれから暫くの月日が経った。

 

 土地勘の強さを活かして何度か僕が奇襲を成功させたりはしていたものの、優れた兵装に加えて時が経つ事に練度が高まっていく侵攻軍に対して出雲は苦戦を強いられ、徐々に東へと押され始めた。

 そして敗戦が続くことで、最初は大きくどんと構えていた大国主様も貧乏ゆすりをしたり爪を噛む事が癖となり、虚ろな目を浮かべることが増えたために臣下たちを心配させることが増えたんだ。

 

 

 しかし、そんな最悪な雰囲気の中で一つだけ良い知らせもあった。僕と比売が公式に夫婦の契りを交したのだ。これには神経衰弱に陥っていた大国主様も喜び、

 

 

「お主こそが神奈刀比売の夫になるとずっと昔から信じていた。大変かもしれないが我が娘を大事にしてやってくれ」

 

 

 と、わざわざ立ち上がって僕の傍に寄ってまで声をかけてくれた。僕らは内々の者たちの間で簡潔に契りを交わしたものの、本国との連絡係に任命された者が

 

 

「ようやっとお二柱が結婚なされたぞー!長かったー!」

 

 

 とその道中で叫びながら走っていたことですぐに国中へと広がることとなったんだ。

 全く、口が緩いのも考えものだよね。ね、早苗? 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

「敵は海岸線沿いを散開しながら進んでるな。貴方、どうする?」

 

 

「いや、ここはもう少し探ってからにしよう。

 ここで仕掛けたら多分余裕が無いと舐めてかかられる気がする」

 

 

「わかった。

 ……っ、風が吹く度に前髪が散らかるのが嫌だわ」

 

 

「当たり前だけど海が近いから浜風が強いよね……。これ火計を仕掛けられたら終わるぞ……」

 

 

「そうね……って、げっ! 貴方、あそこ!」

 

 

 比売が指を指した先には高天原より派遣されし神の一柱、布都怒志。猪突猛進型の勇将で、我々出雲はこの者の率いる精鋭部隊に何度も辛酸を舐めさせられ、当時の出雲の民にとって許せない存在の内の一人だったんだ。

 

 

 そして、彼の怖い所はなんと言っても頭の回転の早さだろうね。

 

 斥候達が何度か分けて持ってきた情報によると、普段の彼は陽気でお調子者風に振舞っているが、先遣隊の作戦は全て彼が考案しているという話だった。また、将として必要な要素ではあるとはいえ、やや非情なところがあり、ヤマトへの協力を拒否した村々を有無を言わさずに焼き払ってしまった……という情報もあったな。

 

 

 

 そんな彼が馬上にて胸を張って進むのを見ながら、隙を見せる瞬間を僕達は待っていたんだ。

 すると、布都怒志命の率いる精鋭達は一塊で行軍していたため僕達の隠れている位置を通り過ぎ、僕達は彼らの視界からは死角の位置にいることが確定した。

 

 ……え? なんで分かったかって? 彼らは頭に羽飾りを付けていて、顔に大きな戦化粧をしてたんだよ。他の雑兵と見分けがつくようにね。

 

 

 んで話を戻すけど、此処だ! と思って攻めた瞬間、彼が振り返ったんだ。獰猛な笑みを浮かべてね。アレは怖かった……。

 

 

「我がそう何度も引っかかると思うてか! 

 皆の者、弓を放ったのちにすぐさま突撃せよ!」

 

 

 そう言って踵を返すと、彼はすぐに馬から降りて僕達を仕留める為にこちらに向かって弾幕を放ったんだ。彼は手に持つ秘剣に熱気を纏わせ、それをブンブンと振り回した。すると、たちまち剣より生まれた燃える弾幕が此方へと飛んできて、僕達は森へと追い込まれた。

 

 

「フハハハハ! 今は我らにとって追い風が吹いておる! ひとたび森に着火すれば、お前達はもう黄泉へといくほかあるまい!」

 

 

 布都怒志命はそう言いながら森に入ってまでこちらを追撃してきて、正直言って僕達は絶体絶命だったんだ。

 

 でも早苗、もう察してるかもしれないけど、出雲側にはその状況を打破出来る存在が居るんだよ。

 

 ……そう、当たり! 比売の事だ。彼女は周りが士気の低さから混乱している中で一つ閃いて浜風を操り、本来ならありえない方向に風向きを変えたんだよ! 

 

 

 それを見た僕はすぐに能力を使い、追ってきていた精鋭部隊の周りに根の障壁を作ってその場に閉じ込めたんだ。彼らはその身を炎に巻かれて苦しがっていたが、そうでもしなければやられていたのは僕達だったからね。

 

 

 布都怒志のその後が気になる? 

 じゃあそれも話そうか。

 

 彼はこの戦で腕に大きな火傷を負い、石見の西へと退却した。本来天津神であればその様な傷は治せて当たり前なんだが、彼は治そうとしなかったんだ。

 

 国譲りが果たされたあと、彼と対面する機会があった。夫婦二人でね。その際、彼はそうじゃ! と言ったと思えば腕に巻かれた包帯を取り除き、僕たちに火傷の痕を見せてきたんだ。

 彼いわく、

 

 

「我は火を操る武神である事はお二方も知っておろう? そんな我が、自分の炎によって大怪我を負う事になったのだ。

 

 ……我はな、あの戦を宗として忘れないようにしたいのじゃ。数少ない、失敗のひとつとしてな」

 

 

 ってわざわざ戦った相手本人たちの前で言ってきたんだよ。信じられる? その時は本当に、肝が座ったお方だと感心したよね。

 

 

 え? 揉めるのかと思った? 

 ……いやいや、ヤマトは元々交渉で国を譲らせようとしていたのだし、僕たち在地の神達には寛大な処置を与えてくれたから揉め事を起こすような事にはならなかったよ。

 

 

 

 ……あっ、早苗は比売が揉め事起こすと思ったんだ。僕は君のそういう所好きだけどさ。それ、本人が聴いたらめっちゃ怒ると思うよ……。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 出雲・美保ヶ崎。

 

 かつてあそこには洞窟に隠された事代主様が支配する港があって、有事の際はそこから彼が海へと出撃できるようになっていたんだ。

 

 

 で、彼は西の海より建御雷が船に乗って来ているという情報を入手したんだ。彼はすぐさま港に住む海の男たちを連れて出撃すると、出雲大社の西の海で彼らはヤマトと接敵して戦い始めたのさ。

 

 

 事代主様は中つ国という王国を継ぐものとしては驚く事に、天穂日や天若日子などにヤマトが持つ造船技術について頭を下げて教えを請ったんだ。そしてすぐにそれらを覚えて自ら鑿と鉋を使って船を作り、精強な水軍を作り上げたのさ。

 

 出雲水軍は一度教練を見た事があったのだけど、当時の日ノ本の船としては随分と機動力があったかな。海に関するものならなんでも好きだった事代主様は、自ら作った船に更に改良を加えて船に帆を取り付けたんだ! 当時としては革新的だよね。

 

 

 こうして生まれた出雲水軍は、日焼けして黒くなった鍛え上げられし肉体を構成員達が見せつけながら、敵総大将に対しても勇猛果敢に戦いを挑んだのだ。ただ、出雲の勝利だけを願って。

 

 

 

 だが……現実はそう甘くはなかったさ。

 相手は総大将たる雷の軍神・建御雷。彼はどんなに鍛練を積んだ相手だろうが、相手が繰り出すあの手この手に対して全て先に予測して軽くいなしてしまうんだ。

 

 

 出雲にとっては向かい風が吹いていて、まるでその後の命運を暗示するかのように不穏な空気が漂っていた。しかし彼らは素早く帆を畳み、櫂を手に取ってヤマトの軍船へと向かった。やがて射程圏内へとはいると、弓の撃ち合いに発展して双方一進一退の状況が続くこととなった。中には敵船の側面に突撃して沈めたという剛の者もいたらしいよ。

 指揮官である事代主様には一息つく余裕すらもなかったと生き残った船員から聞いたな。

 

 

 しばらくすると、建御雷は船首に仁王立ちしながら布都御魂剣を振るって弾幕を飛ばしつつ、副官の河童の娘……えっと、確か名前はいおりって言ったかな……? と巧みに連携をとって、船団の陣形をゆったりと渦巻の形になるように変えたのちに円形を作ったんだ。事代主様と建御雷はそれぞれが乗る二隻で並んで弾を撃ち合っていたという。

 ヤマトが作り出した精密な陣形。それは出雲の軍船を渦の中心へと追い込む罠だった。

 

 

 

 そして戦いが続き、自分の作り上げた水軍の軍船が徐々に減っていくうちに事代主様はやがて自分の置かれた状況に気付いたんだ。

 一寸の隙も許さないヤマトの船団によって、自分達はすっかり包囲されてしまったということを。

 

 

「クソ! 完全にしてやられた! 

 やはり高天原一の軍神の名は飾りじゃあないな」

 

 

「大国主の息子事代主よ! 其方は我らの軍によって包囲されている! 

 潔く降伏しろ! さすれば命は助けてやる!」

「降伏しろー! しないと尻子玉抜くよ!!」

 

 

 建御雷(といおり)が降伏の呼び掛けをすると、事代主はチチチッと何かの合図を出した。

 その瞬間、水軍の残党たちがこなれた手つきで帆を張ったと思えば、彼等は包囲を掻い潜って西より吹く風に乗って東へと逃走し始めたのだ。

 

 

 建御雷の放つ弾幕を華麗にかわしながら、彼らが向かったのは母港のある美保ヶ崎。半島にて出雲の街と正反対に位置する、中つ国における海上での要衝だ。

 そう。事代主様は少しでも建御雷を大国主のいる出雲から引き剥がすことで時間を稼ぎ、国を守ろうとしたんだ。

 

 

 

 

 そんなことしても今更無駄じゃ……って顔をしたね? 

 

 

 ……早苗。

 国を護る立場の者っていうのはね、負けが分かっていようが悪あがきしてしまう生物なのさ。僕だってしたし、比売もした。

 

 そして諏訪子だってしたんだから。

 

 

 

 で話を戻すと、事代主様は一部の兵士と共に美保ヶ崎に自身の船を持って帰る事に成功した。

 目的の一つである建御雷をちゃんと引き連れてね。

 

 こうして互いの船上にて、出雲と高天原の両雄が向かい合って交渉が始まったんだ。この時、僕たちは出雲での戦いに備えて宮殿に詰めてたんだけど、状況が分からないから事代主様の安否だけがただただ心配だったかな。

 

 

「事代主、悪いことは言わない。今すぐ降伏しろ」

 

 

「もう観念するしか無さそうだ。

 降伏し、敗軍の将としての責任を全うする。

 

 建御雷よ。我が兵士をそちらの船に乗せてもらう事はできるか?」

 

 

「構わない。其方は如何するのだ」

 

 

「俺は天ノ逆手を打ち、和邇へと姿を変えてこの愛する出雲を海より見守ろう。……言っておくが、止めたって無駄だ。我ら出雲の王統が負けて滅びる以上、もう(まつりごと)を行うほどの気力は無い」

 

 

 そう言うと事代主様は手を逆さに打ち、自分の乗っていた船をひっくり返したことで海へとお隠れになり、背中の鰭を見せながら何処かへと行ってしまったのだという。

 建御雷は混乱する頭を正気に戻すと、港の陸地でその一部始終を見ていた者たちに一言

 

 

「どうか彼を祀ってやって欲しい」

 

 

 とだけ言い残し、西の出雲に対して向かったそうだ。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ちょうどその頃、僕達は宮殿で最後の戦いに備えてたから事代主様が何をしていたのかは当然知らなかったけれど、大国主様は唸り声を出して何かうなされているような様子だった。今思えば、彼は息子に起きた事を察知していたのかもしれないな。

 そして彼はおもむろにヨロヨロと立ち上がると、

 

 

「建御雷と交渉する」

 

 

 と言ったんだ。僕達は何があっても大国主様の意向には絶対従うつもりだったから、ただ彼に追従し、宍道湖の脇を通り抜けて建御雷が居るという神名備へと向かったのだ。

 それでも、前までは溢れていた生気の欠片を微塵も感じられない大国主様について行くのはとてもしんどい気持ちだったけれど。

 

 

 彼は神名備の地にて建御雷と相対した。

 その目を見ただけで思わず痺れそうになる強大な雰囲気を持つ建御雷に対し、生気を失った大国主様は見ているだけで心が締め付けられた。

 

 

「大国主! 葦原中国の大君にして、尸解を果たした者、国造りの神よ。

 なにゆえここへと参ったのだ?」

 

 

「其方と交渉するためだ。これ以上我が民に犠牲を出す事は不利益であると考え、こちらへとやってきた」

 

 

「ようやくその気になったか。

 良いだろう、国譲りの条件を言え」

 

 

「……しかし、我はもう疲れた。全てにな。

 そこで、我が脇に控える我が娘の御名方神奈刀比売に全てを委ねる。

 神奈刀比売、お前が決めろ」

 

 

 大国主様は一体どうしてしまったのですかだって? 僕だって未だに分からない。ただ一つ言えるのは、彼の中で燃えていた炎がもうこの時点で消えてしまったということだけかな。

 

 

 大国主様の発言によってこの場にいる出雲と大和、両陣営の皆が混乱する中で一番気が動転していたのは指名された比売だった。彼女は動揺を隠せぬままに前へと出て、敵の総大将である建御雷と対面したんだ。

 

 

「其方がその娘とやらか。降伏の条件を聞こう」

 

 

 建御雷はそう言うが、はっきり言ってその時の比売はとても交渉なんて出来る状態じゃなかった。足を震わせながら彼女が出した条件というのは耳を疑うモノだったのだ。

 

 

「け、決闘よ! 

貴方が勝てば国譲りは果たされるし、私が勝てば中つ国の事を諦めてもらうわ!場所はあの山の頂上!素戔嗚様が降臨する前から出雲を見守ってきたあの巨木の元で私と闘いなさい!」

 

 

 





事代主神は今では恵比寿様と同じ存在として扱われることが多いです。
父の大国主大神は大黒天と同じ扱いを受けているので、親子で七福神となったわけですね。

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