「け、決闘よ! 貴方が勝てば国は譲られるし、私が勝てば中つ国の事を諦めてもらうわ!」
「ち、血迷ったのか!? 神奈刀比売、そんな無謀なことはやめろ!」
「そうだよ! 比売が勝てる相手じゃない!」
天穂日や僕が必死になって彼女を止めようとするが、彼女は意地を張ってしまい引き下がらない。
「それなら大きく円を描いてそこから出た方が負け! 武器は使わないで素手でやり合う、それならば貴方たちも良いでしょう!?」
激しい剣幕で捲し立てる彼女に対し、僕と天穂日は頷く他はなかった。それを横目で確認した比売は鼻息を荒くしながら空へと飛び立ち、高速で山へと向かっていったのだ。
呆気にとられていた僕達出雲の陣営は慌ててそれを追いかけて山を目指し、建御雷は
「私一人で行くから着いてこなくとも良いぞ」
と味方に言ってこれまた高速で山まで飛んでいってしまった。置いていかれたヤマトの連中は地理がよく分からないから先を往く僕達を追い掛けてきたんだ。気付けば出雲の者に紛れてヤマトの奴らも居たからね。
……
出雲の者たちは軍事や政を執り行う要人のみの少人数だったけれど、ヤマトは建御雷が率いる隊だったこともあってあまりに人数が多かった。結局、麓にヤマトの部隊の大部分を置いて立場ある者のみが頂上へと行き、二人の決闘を見届けることとなった。
「観客達も来たし、改めて確認するわよ。
この敷かれた円より外に出るか、身体が地面に着いた方が負け。そしていかなる武器の使用も無し、素手のみの決闘よ。分かった?」
「……」
建御雷は一言も返事をしなかったが、比売は気にせずに話を進める。この時から既になにか不穏な気配を感じたから、僕は常に剣の柄に手を添えて二人に対して常に注意を飛ばしていたんだ。
そして、暫くの静寂ののちに彼らは土俵へと拳を着け、皆が見守る中取っ組み合いが始まった。
お、よく気付いたね早苗。
そうだ。コレが後世にも伝えられる事となる、日ノ本における相撲の初対決だ。おっと、大相撲みたいにふんどし一枚でやった訳じゃないからね。そこだけは注意。
比売は出雲陣営の武神代表格的な扱いだったこともあり、低い位置から素早く動いてすぐさま建御雷の腰を掴んだ。しかし、建御雷もただやられっぱなしじゃあない。すぐに彼女を突き飛ばし、自身と距離を離すことに成功した。
そしてその後、再度比売が彼へと向かって飛び込んでいき、取っ組み合いになろうかという時に事件は起きた。
建御雷が神力で左腕を丸ごと氷柱に変えて、彼女を串刺しにしようとしたのだ。
対する比売は咄嗟にそれを躱して両手で掴むと同時にその氷柱をへし折ろうとしたが、彼はまだまだ良くない一手を持っていたんだ。
彼は左腕を肘あたりから徐々にその性質を鉄の剣へと変えていき、彼女の手をズタズタにしようと企んだのだ。今でこそ国の神話では何事も無かったかのように描かれているこの事件だが、まだ続きがある。
建御雷は
「これは我が腕であり素手だ。何も問題なかろう」
と比売、並びに出雲の者達を挑発してきたのだ。
当然会場は非難が溢れることになるが、彼は一つたりとも気にする素振りは見せなかった。
僕はその様子がなんだか気に入らなくて、彼が次にまた変な行動を起こした時には介入しようと決意したんだ。だって、自分の妻がそんな規定破りをするような奴に負けて酷い目に遭うなんて嫌だからね。
「そ、そんなの反則よ! 何ふざけたこと抜かしてんのよアンタ!」
迫ってくる建御雷に対して比売は怯えてしまい、背を向けるほどでは無いが後ろに下がり始めた。出雲の者たちは罵声を彼に浴びせるが、そんなものは天の軍神には通用しない。
そしていよいよ建御雷が距離を縮め、その腕で斬りかかろうとした。が、
「くっ、なんだコレは!? 何故私の腕に松の根が!?」
「そっちが規則を守らないのであれば、こちらもそれを守る必要性が無くなったということだ。
……前もって言っておくが、天日槍! 其方はこの戦いに介入しようなんて浅い事は考えるんじゃあないぞ。何故なら、こちらはそちらからの借りを返しただけに過ぎないからな」
「クソっ! 出雲の若造か、邪魔をしおって……!」
「出雲の若造だって?私にはれっきとした名前があるんだ。
我が名は葦原朝斗彦! 葦原中国を護る者の一人にして、三貴子が一柱、素戔嗚尊の末子!
そして、たった今其方が殺そうとした御名方神奈刀比売の夫である!」
名乗りを上げると、ヤマトの連中がざわめくのが分かる。彼らにとって、我が父は根の国に隠れ住まい、そのままその地を守り続けているという認識なのだったのだろう。しかし、この時代に実の息子が居るなんて事が発覚した以上はざわめく気持ちはわからなくもない。
「素戔嗚の息子だと!? おいこの場にいる我が味方よ、私に剣を寄越せ! 布都御魂剣だ! ボサっとするな! 動け! 早く!」
「何っ、神器を持ち出すのか! 比売、大刀を!」
「わっ、分かったわ!」
慌てて比売に剣を投げ渡し、受け取った彼女が鞘から抜いて切りかかろうとしたものの、建御雷は左腕で使った呪いを右腕に適用してそれを受け止めた。
すぐさま土俵に入って戦おうとするも、彼は元に戻した左手で飛んで来ていた布都御魂剣を受け取ってしまい、はっきり言って二人では勝ち目が無くなった。
……私の知っている相撲じゃないですねって、こんな相撲はあっちゃダメでしょ。絶対。あれは完全に建御雷が悪い。
まず、建御雷は力を込めて布都御魂剣で僕の放った神木の根を断ち切った。山の付近に雷の嵐が発生するほどだったからよほど力んだのだろうよ。
「童が二人に増えようが私には関係あるまい! 戦うのはこの土俵の中で充分だ! さぁ、かかって来い!」
「いいご身分ね。いいわ、私達も土俵の外に出ないでアンタを打ち負かしてみせるわ」
「比売、流石にそれはキツイでしょうよ……」
この時の土俵は早苗の知る相撲の土俵よりも直径が広かったんだけど、建御雷の挑発にまんまと乗ってしまった比売を宥める暇もなく、彼女は建御雷へと斬りかかりに行ってしまったんだ。
そしてその攻撃が皮切りとなり、僕達二人と敵軍総大将建御雷の間で乱戦が起きることになった。
彼の扱う布都御魂剣は空気をも切断するほどの切れ味を持つ魔剣で、かつて天穂日命が語ったところによればその材料は隕鉄を用いた物だという。ただし実際に打ち合った感覚でいえば、あれは隕鉄よりも更に未知なる何か*1で作られていた感触がした。
そんな代物を建御雷は自分の体の一部のように扱う為、二人で猛攻を仕掛けようがお構い無しに全てを防いでしまうのだ。
オマケに、その反った刀身は鍔迫り合いの際に少し角度を変えられただけで敵の攻撃を受け流す事が可能だった。そのため、普通の剣を用いていた僕達は追い詰めたと思ってもそこから体勢を崩されてしまいがちであり、やりづらい事この上なかったんだ。
「お前達の攻撃を受け続けるのは楽しくないからな。そろそろ私の番とさせてもらおう」
建御雷はそう言うと、剣を荒天の空へと掲げた。すると稲妻が剣に向かって一直線に落ち、その衝撃が山に居るものを襲う。
僕と比売は地面に剣を突き立てそれに捕まることでその場から身体が動かないようにしたが、中には後ろ向きに一回転しているような者もいた程だ。
閃光にくらまされて閉じていた瞼を開けると、建御雷は唯我独尊の表情を浮かべながらこちらを見るのみ、かと思った瞬間、彼は大きく剣を振りかぶって上段から重い斬撃を放った。
その一振りは空気を切り裂いて大きな真空の刃を形作り、神器の力で雷の力を纏ってこちらへと飛来したのだ。
比売は能力を使って似たような真空刃を直撃させて威力を弱めたうちに躱したのだが、僕は自分の剣に神力を流して受け止めようとした。すると、ソレは剣ごと僕の身体を縦に一刀両断しようとしてきたんだ。間一髪で耐え忍んだものの、そのあまりにも殺意の高い一撃は戦意を下げさせるには効果抜群だったな。
あの想定外の威力には未だに恐怖を感じる。それこそ、今でも偶に夢に出てきては僕自身や比売を切り裂くような、もしそうだったら? の瞬間を観させられるよ。
悪夢を見せてくるような存在がこの世にいるならば、一度コテンパンにやっつけてやりたい所だね。
さて僕達が苦しむ間にも、建御雷は土俵に合わせた極小の弾幕に居場所潰しの特大弾幕をみっちみちにして発射してきた。そして、僕達が各々の隠し技……今で言うところの、スペルカードに近い物か……を用いて対応させてきたんだ。
その後も稲妻が如き高速の居合切りなどを連発してきて思わず、(コイツはバケモノかなんかなのか!?)って動揺したよ。
僕は何度か来た彼の剣撃を全て受け止めて反撃もしていたんだけど、比売は度重なる猛攻を凌ぐうちに体力が削がれてしまったのか、鋭い横薙ぎの一閃を腹に受けてしまったんだ。
ヨロヨロと倒れ込む比売に対して、僕は慌てて神木の根数本を伸ばして彼女を覆う様に護り、神木の神力をお借りして傷を癒せる小さな結界のようなものを用意した。
「素戔嗚の息子葦原朝斗彦よ。
良くぞここまで我が攻撃を凌いできたな。はじめは信じられなかったが、どうやらその生存能力の高さがその身に流れる血を証明しているようだ。
しかし、其方もああはなりたくないだろう。一刻も早く剣を置き、天へと降伏するんだ」
「いや、例え一人になっても戦うぞ。私は諦めぬ。
それこそが国を護る者としての定めであり、この美しき葦原中国を治めた大王素戔嗚の息子としての
「……良き心構えだ! 葦原朝斗彦、中つ国が誇る忠勇の戦士よ! そのような誉ある貴様ともう一戦交えることが出来て私は嬉しいぞ!
心して聞け! 我が名は建御雷!
祖父である伊弉諾の凶刃に倒れし
さぁ、葦原朝斗彦よ! その生き様を私へと見せ、そしてこの木の下にて散るが良い!!」
ここから僕と建御雷の二人による第二戦が始まったんだ。もちろん、比売は根で包みながら安全な所へと移動させたとも。
まず、初っ端から彼は素早い動きで距離を縮めてくると、真向斬りを繰り出してきた。
僕は直ぐにそれを見切って横に躱し、中段から突きを放ったんだ。それでも、彼はすぐに姿勢を戻して攻撃を横へと逸らして僕の体勢を崩させると、本当に一瞬だったものの、建御雷は袈裟斬りの構えを見せた。
すぐにそれに気付いて根の防壁を作ったことで何とか持ち堪えることにできたが、あの時もしそのまま斬られていたとしたら、今この世に存在していられたかどうかも分からない。
神聖なる大樹の力で並外れた耐久性を持つ防壁に布都御魂剣が刺さっているうちに、僕は一矢報いて建御雷の脇腹を思いっきり斬ったんだ。
それまで一度たりとも彼に傷を負わせることが出来ていなかったため、観戦していた出雲の者たちは雄叫びを上げ、対するヤマトの者達は顔を真っ青にしていた。
そしてどうやら建御雷はまさか自分が斬られるとは思ってもみなかったらしい。それまでは表情一つ変えなかったにも関わらず、その時だけは苦悶の表情を浮かべていた。
「今の攻撃、貴方なら幾らでも止める手はあったはず。それにも関わらず、その剣を引き抜く事に固執したのは何故か?
確かに貴方は強いが、些かその剣に頼りすぎではなかろうか」
「く、クソっ! まさかこの私が国津神如きに斬られるなど……」
建御雷は天津神らしく自尊心が強く、それをへし折る事でしかこちらが勝つ手段がないのは明白だった。そこで、僕はかつて天稚彦を(多少のズルはあれど)打ち負かした時と同じ方法で勝とうとしたのだ。
怒り狂った建御雷はすぐに自身の神力で傷口を塞ぎ、後世の剣豪すらも驚くほどの連撃を僕に対して行った。神力で感覚を研ぎ澄ましていたお陰でそれらを全部凌ぎ、反撃を入れようとしたその瞬間、誰かも分からぬ一人の者の声で、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れたのだ。
「宍道湖の対岸から天にも昇る勢いで黒煙が上がってるぞ!!!」
神名備って松江のことですよね、その方はよく気付けましたね……だって?
そうだな、まずこの当時は異次元に目が利く者が多かった。ヤマトが筑紫洲……九州より連れてきた白狼の一族などが顕著な例だろう。
彼等には千里を見通す者が稀に産まれるといい、この戦争が始まる少し前にその特性を持った者が成人し、ヤマトに付き従っていたと言われている。やがてその者が東国の平定の際に倭建命の道案内を役割を買ってでたことで、彼等は真神様と呼ばれて畏敬の念を抱かれたんだ。
そして更に後の時代、彼等は朝廷と手を結んだ鴉天狗と共に協力関係にある間に天狗文化に習合したことで白狼天狗に変わったのさ。
話を戻すと、あまりにも呆気なく出雲は落ちた。
我ら主力の者たちが留守にしている間に敵の勢力によってね。
何が起きたかと言うと、僕達が降伏の交渉に出向いてしばらく経った頃、布都怒志の率いる第二軍が出雲へと押し寄せたんだ。彼は得意の火計で街に火を放ち、ヤマトの奴らは必死に狼藉働きを止めようとする出雲の兵士を全て撫で斬りにし、女子供は捕らえられた。やがて、彼らは大国主様の宮殿に迫って大国主様に対して降伏を要求すると、中からは
「大国主様はここには居られぬ! 今は神名備にてそちらの総大将建御雷様と交渉を執り行っているはずだ!邑の警備より聞かなかったか!?」
という返答が届き、ヤマト共は大層慌てたんだ。ひょっとしたらかなりマズイことをしたかもしれないってね。指揮官である布都怒志はすぐさま鎮火の指示を出したが、もう遅い。稲佐の浜より吹く潮風が火の手の勢いを強めてしまい、その当時の技術ではもはや鎮火など出来ない段階まで行ってしまっていたのだ。
そしてそれだけならまだしも、さらに不味いことが起こる。宮殿内で何者かが火を放ったのだ。火の手は瞬く間に強まり、慌てたヤマト軍が正門を突き破ろうとしたものの、かんぬきが掛けられておりビクともしない。
そしてこのまま宮殿は大きな炎の柱を立てて燃え上がり、大国主様の一門の殆どがこれによって黄泉へとお向かいになられたのだ。
一方で、生き残った者もいた。
前もって逃がされていた天穂日の家族達だ。
彼の奥方とその子供は大御神の縁戚であるから、必ず助命して貰えるはずだと須勢理毘売様や他の奥方によって送り出されたのだ。
当初奥方は自分達だけ逃げるのは嫌だと抵抗したらしいが、須勢理毘売様の威圧と沼河比売様の懸命な説得によって、泣く泣く脱出したのだそうだ。
そして、ここで生き残った天穂日の息子である
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