叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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十五話 葦原中国平定

 

 

 出雲が燃えている。その一言によって、決闘に夢中になっていた出雲の者達は呆然とする他無かった。それは勿論、大国主様も例に漏れずだ。

 対するヤマトの者共も混乱しているのは同じであり、建御雷はすぐさまいおりを傍へと呼んで覗き眼鏡的な何かを受け取ると、それを覗いて確認を行った。

 

 

「建御雷様、如何でしたか?」

 

 

「……燃えているな。見間違いようがない。あれは間違いなく出雲、杵築から火の手が上がっている。

 

 

 ……朝斗彦よ、其方も見るか?」

 

 

 じっと確認する建御雷に対し、いおりがどうだったかを聞くと彼はそう答えた。そして僕にもその光景を見るか聞いてきたのだ。

 

 

「宜しいのですか? それならば、遠慮なく」

 

「うむ、これを」

 

 

 そうしてその不思議な道具を受け取り、覗いて見てみると確かによく知る光景が燃えている。それに、あの一際目立つ黒煙は宮殿より立ち上っているではないか! 

 慌てて僕がその事を大国主様や天穂日に報告すると、大国主様は錯乱状態に陥ってしまい、周りの者が必死になって止めることで何とか暴れることなく済んだ。

 

 

 出雲は陥落し、後継者候補の比売は気絶中、そして肝心の大国主様が取り乱されているという圧倒的不利な状況が目の前で起きている以上、この場の出雲の者たちをまとめる事が出来るのは自分しか居ない。そう考えた僕は皆の承認を得た後に再度建御雷の元へと行き、決闘は我らの負けであり、葦原中国は高天原へと降伏するという旨を伝えた。

 建御雷はその申し出を受け入れ、これを持って高天原による葦原中国への征伐は終わりを迎えることとなった。やるべき事を済ませた僕達は比売や大国主様を抱えて急いで下山し、来た時に乗った馬へと飛び乗って出雲へと向かうことにした。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 馬を全力で走らせて出雲へと戻ると、そこに広がっていたのは目を疑うような光景であった。街の郊外に存在した田園並びに百姓達の住む住居はほぼ全てが跡形もなくなっており、行き場をなくしたもの達がそれでもなお我々を見た瞬間に頭を垂れたのだ。それは都を守れなかった我等にとって、とても苦しいものだった。

 

 

 道端に落ちた死体を鴉が啄むのを横目に、僕と天穂日が先頭となって大通りを馬に乗り歩み続けた。そしてまたしばらく進むと、焼かれた後の積み重なった死体があり、後ろを着いてきていたものの中にはそれを見た事で嘔吐する者も居た。

 

 

「これは……酷いものだな」

 

 

「えぇ、本当に何もかもが消え去った……。

 民も、都も、そして我等がここで紡いできた数多の思い出も全て……」

 

 

「…美しかった葦原中国が斯様な見るに堪えない姿になるのは本当に悔しい。

 

 はじめ、天からの使者としてやって来た……言わば敵であった私を、この地は暖かく迎え入れてくれた。それがこんな……、こんな目に遭うのはどう考えても巫山戯ている! 彼等には彼等の生活があり、ただ日々を過ごしてきただけの筈だったのに……っ」

 

 

「……しかし、敵にも敵なりの事情があったのは変わらない。それは貴方が一番分かっているはず」

 

 

「っ! それはそうだが、でも」

 

 

「それでも、天からやってきても高圧的にはならず、こちらへと帰参した後にすぐに民心を掴んだ貴方は、我らにとって間違いなく必要な存在だった。

 それに、この国への愛を語れる程にお優しいその性格は、競走の激しい高天原では浮いていたとしてもこの国では美徳そのもの。

 

 戦後処理はどうなるか分からないが、大国主様があの状態のままであれば、代わりに出雲の政を執り行うべきは貴方だ。天穂日よ」

 

 

「なっ、朝斗彦! 私はお前のように大国主大神のご身内を娶ったわけじゃないから一門ですらないのだぞ。そんなのは不敬に当たる筈だ」

 

 

「確かにあなたは出雲の王統とは結び付きがないが、それよりも強い血を持っているはずだ。天をも照らす大御神の血をね」

 

 

 僕がそう言うと、彼はああクソ……と一言漏らしたあと、

 

 

「……ああ、大国主大神。この不忠者である私の事をどうかお許しください」

 

 

 と言ったのだ。

 彼は大国主様に対して心酔していた。誰が見てもわかるほどにね。

 

 戦後、月より指示を出していた思兼神……後の八意様の指示によって、彼は出雲にて大国主様を祀る役割に任命されるのだが、その際も

 

 

「拝命致します。我が血が絶えるその時まで主君である大国主大神をお支え続けます」

 

 

 と言って高天原の者達がギョッとしていたのが印象的であった。

 

 

 

 宮殿の建っていた場所に行くと、そこには布都怒志の率いる軍団の陣があり、我らが現れたのを確認した布都怒志が慌ててこちらへとやってきたんだ。

 

 

「誠に申し訳ない! まさか建御雷の元へ降伏の交渉に出向かれているなどとは知らずにこのような事をしてしまい、末代までの恥にも程がある!」

 

 

 彼はそう言って謝罪をしてきたものの、謝った所で犠牲者が帰ってくるわけでもあるまいし、起きたことは仕方がないと言ってそれを受け入れたんだ。

 ただし、大国主様は違った。目を覚まされた後に、ここは何処だとお聞かれになったから

 

 

「出雲です。目の前に広がるはかつて宮殿のあった場所です」

 

 

 というと、彼は急いで馬から飛び降りて走っていき、やがて膝を着いて慟哭し始めた。もはやそれを止めようとするものは誰もおらず、大国主様の怒りや哀しみが入り交じった叫びは空から大雨を降らすほどだった。

 

 

 暫くすると比売も目覚めたので事情を説明し、僕、比売、天穂日の三人で宮殿跡にて遺体の捜索を行った。しかし、いくら探せど遺体らしい遺体は見つからず、最終的にかつて大国主様の玉座があった大部屋に位置する場所で灰を被った装飾品が見つかった事で、奥方達がここで最期を迎えられたということだけが判明した。

 

 

「ねぇ朝斗彦、これ……母上のお気に入りの青い硬玉の勾玉だわ。

 

 ……ああッそんなっ、母上ッ!一体なんてことをしてくれたのよヤマト共……」

 

 

「一刻も早く弔って社を建てねば。このままだとただの霊として成仏してしまうから早く祀って神霊にしないと」

 

 

 

 僕たち三人は急ぎヤマト軍の天幕へと戻って放心状態の布都怒志に対して、我らと共に命を落とした者たちの弔いを行ってくれと頼み、それと同時にここへヤマトの支配の元で出雲の神々を祀る社を建てることを願い出た。

 彼は、

 

 

「宮殿が燃えたのは内部からの放火だったが、その原因は紛れもなく我にある」

 

 

と言ってすぐにそれを受け入れ、社の建設に必要な材などの手配を行うと約束してくれたんだ。また彼はヤマトの陣地にて匿われていた天穂日の家族を僕達三人の元へと連れて来た。

 

 

「なっ! お前達、生きていたのか!?」

 

 

「ああっ旦那様、よくぞご無事で! 

 神奈刀比売様、朝斗彦様もご無事で何よりでございます……!」

 

 

「何故にお前達のみが助かったのだ? 

高天原の兵士共に聞いた限りだと門には硬い閂が掛けられていたと聞いたが」

 

 

「初めは私達も共に散るつもりでした。

 しかし、須勢理毘売様や沼河比売様が説得してくださったのです。あなた達は大御神の縁戚に当たるからきっとヤマトに見つかろうが助けてもらえる。早くお逃げなさいと。

 

 ……神奈刀比売様、お母君の事は残念でなりませんが、あのお方のお陰で私達は生き残る事が出来ました。これはいくら返そうとも返しきれない程の大恩です。本当に、本当にありがとうございます」

 

 

「母に代わってその礼を受け入れるわ。母も貴女達が助かった事を喜んでるはずよ。

 ……その身を滅ぼす直前でさえも人助けするだなんて、もう……。全く、本当に母上は昔からお人好しなんだから……ッ!」

 

 

 

 天穂日の奥方に頭を深く下げられ、比売は毅然とした態度でそれを受け入れようとするが、やがて涙を流してその場にうずくまってしまい、僕はその弱々しく丸まった背中をさすってあげることしか出来なかった。

 

 

 

 比売を宥めたり、他のもの達と話をしていると建御雷率いるヤマトの本軍が出雲に現れ、先頭を進んでいた建御雷が馬より飛び降りてこちらにやってきて、

 

 

「天からの指示を仰いでいる為、今しばらく待っていただきたい。その指示が着き次第、戦後の諸々を決めることとなる」

 

 

 と伝えてきた。

 我々がそれに頷くと、同意を得たことを確認した後に彼はスタスタと歩いていき、自らが率いる部隊を駐屯させる準備を進めだした。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「天からの報せが届いた。これより、そなたたち出雲の者たちの降伏を認めるための条件を出させて頂く。よろしいか」

 

 

 

「伺いましょう」

 

 

 

「それではまず初めに、葦原中国の現国主である大国主は杵築の岩屋へと幽閉する。

 

 次に、葦原朝斗彦、御名方神奈刀比売、天之菩卑の三柱は高天原、並びにこの後国を譲り受ける予定であらせられる天孫様への忠誠を誓うこと。うち葦原朝斗彦、御名方神奈刀比売の二柱については天より賜りし注連縄を背負い、神霊として仕える事。

 天之菩卑については、神霊化はせずに大国主大神へと仕え続けること。

 

 これが、高天原よりそなた達へと宛てられた降伏の条件だ」

 

 

「同意しよう。ただし、二つ願いがある。

 

 天津神が御子達の住居が如く、大磐石の上に宮柱を立てた、高天原に届くかのような我を祀る為の神殿を、そしてその周りに我が一門の者を祀る社をこの出雲杵築の地へと建てていただきたい。さすれば、我は杵築の岩屋より幽世へといき、二度と天に楯突くような事はしないだろう」

 

 

「容易い事だ。受け入れよう。他の者達も異論はあるまいな?」

 

 

 僕達は無言で頷き、同意の姿勢を見せる。

 建御雷はそれを見ると、

 

 

「これにて国譲りは果たされた。戦は終わった。我等の勝利だ!」

 

 

と叫び、ヤマトの者共は勝鬨を上げる。

 我々にとっては屈辱的であったが、これも敗者の運命。受け入れる以外の道は無かった。

 

 戦争が終わったことを聞いた天照大御神は喜び、孫の瓊瓊杵尊が出発するのを見送ったのちに、使い魔の八咫烏を連れて一人太陽へと移住して不変の存在のひとつとなったという。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 暫定的に中つ国の統治を行うこととなった建御雷は、神殿並びに社の造営、出雲の復興を指示し、それを実際に行ったのは天穂日だった。

 

 彼はこの第二の故郷を元に戻すために尽力し、僕たちもそれに対しての協力は惜しまなかった。そして復興を終えたのち、彼は隠居を申し出て息子に後を譲ると、あとは大国主様に仕えることだけを選んだ。

 

 

 そしてその後、天孫である瓊瓊杵尊が高千穂へと降臨し、高千穂に壮麗な宮殿を築いた。しかし、彼は信じられないくらい傲慢であり、木花咲夜比売と結ばれた際に共に嫁いできた磐永比売に対し、見た目が気に入らないという理由で追い払ってしまったのだ。

 曰く、彼女は不変の力を持つ女神であり、そんな彼女に対して悪い扱いを行って追い払った事で、天孫とその子孫は天津神が持つ永遠の生命という概念を失うこととなり、天孫は出雲へと訪れることなくその地で力尽きることとなった。そんな彼の曾孫が後に神武天皇と呼ばれることになるお方である。

 

 

 高千穂より追放されてしまった磐永比売は、九州より遠く離れた浅間浄穢山へと逃げたと言うが、その後の彼女の事は僕にも分からない。

 

 

 ともかく、こうして出雲の国譲りは果たされた。

僕と比売は降伏条件を呑んで神霊となったことで、信仰が続く限り肉体をこの世に存在させることができるようになったんだ。

 

 

 この謎の多い神主体の時代から人の世への転換期の事を初めから語れる存在というのは僕と比売、それに八意様に月に住むもの達くらいだろう。しかし、月に連なるもの達は捻くれた秘密主義だから語ろうとしないだろうし、比売もこの頃はまだ色々と荒削りだったから自分からは話したくない筈。

 

 

 この国譲りの一連の流れは後に伝わる神話のようにただ話し合いで解決したことじゃあ断じてなく、本当に様々な者たちの犠牲の上で成り立ったものだ。

 

 家族、友人、民、両軍の兵士たち……。

失ったものは数知れず。身体に受けた傷は治せようが、心に残った傷というのは決して癒えるものでは無いし、それを忘れることは無いんだ。

 僕はそんな事象の実在を証明する数少ない存在の一人。スキマ妖怪ですらも知らない、忘れ去られた王国を知る生き証人なんだよ。

 

 

 国譲りの後に僕は大和に従って各地で悪神と扱われた者と戦うことになったが、彼らは皆一様に同じ目をしていた。護る者の目だ。皆国を護りたい一心で僕に挑み、そして負けた。

 

 

 攻められた苦しみが分かるのに、何故攻める側へとなってしまわれたのですか? ……か。

 

 結局神だろうが神じゃなかろうが、そういったしがらみから抜け出すのはとても難しいってことだ。

 

 僕達は大和に臣従することでその命を救われた。それなのにその大和からの要求に答えないんじゃ不味いでしょ? だから戦わなきゃならない。それが臣下の務めである以上はね。だからまぁ、その点幻想郷ってのは平和でいいよね。過ごしやすいし、愉快な子ばかりだし、一部外の頃からの見知った顔もいるし。

 

本当、ここに来て正解だったよ。

 

 

 

 

 さて、疲れたし僕は昼寝でもするかな。

 早苗も一緒にどう? 昼寝は気持ちいいよ。

 

 里に布教に行くから無理? 相変わらず熱心だね〜早苗は。

 はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね。

 

 

 さてさてそれじゃあ僕はゴロンチョしますかね。

 お休み〜。

 

 





第一部、完!

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