叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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二話 黄泉比良坂の怪異と幸せのお宇佐さま

 

 中つ国の民たちが稲刈りに勤しむ秋のある日。

 

 評定を終えた後、朝斗彦が普段のように神奈刀比売と共に部屋を出ようとすると、大国主から話したいことがあると言われ、朝斗彦は一人部屋に引き留められることとなった。

 

 

「さて、朝斗彦よ。早速だが其方に我から一つ頼みたいことがある」

 

 

「はっ、なんなりとお申し付けを」

 

 

「単刀直入に言うが、かつての知り合いを探して欲しい。本当なら我自ら出向きたいのだが、今の立場だと気軽に出かけることも叶わないからね。

 

 その知り合いの名前は因幡てゐ、因幡の白兎と呼ばれる者だ。

 かつて彼女を助けた際に、困った時はこれを着けなと言われてこの首飾りを礼として貰ったのだが、今は若い頃に比べて困難も減ったため、彼女に返したいと思っているのだ。

 おそらくだが、彼女はここから東に三十五里ほど離れた海岸で釣りでもしているか、その近くの道草でも食っているはずだから探すのは容易なはずだ」

 

 

 兎が釣りなんてするのかな? という考えが朝斗彦の頭の中で一瞬過ぎったものの、まぁ大国主様がそういうのならそういうことなのだろうと考えることにした。

 

 

「承知致しました! 直ぐに出立の準備を致します!」

 

 

「あぁ、頼んだよ。彼女に会ったら私がよろしく言っていたと伝えてくれ。

 そうだ、彼女へのほんの気持ちとしてだが、そこの庭になっている桃を少しばかり持っていくと良いかもしれぬ。今年は豊作であるからな」

 

 

 そう言うと、大国主は朝斗彦へとその首飾りを手渡した後に彼の肩をポンと叩き、先に部屋から立ち去っていった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 指令を受けた後、朝斗彦が宮殿内にある自身の私室へと戻り、荷造りを終わらせて出発しようかという時に神奈刀比売が部屋を訪れた。彼女は荷物を背負った朝斗彦の様子を見て酷く驚くと、

 

 

「朝斗彦、アンタ急に荷造りなんて始めてどうしたのよ! まさか出雲を出ていくとか言わないわよね?」

 

 

 と、慌てて質問してきた。朝斗彦は自身に課せられた命令についてを神奈刀比売へと説明すると、彼女はなんだ、そうだったのね……と言って落ち着いたあと、

 

 

「なら、用が済んだら早く帰ってきなさいよね! 約束よ!」

 

 

 と、いつもの調子に戻ってくれたので、朝斗彦は内心、やっぱり比売はこうじゃなきゃねと思いながら

 

 

「もちろん約束するとも! 

 ……我、葦原朝斗彦は必ず出雲へと帰還することを、言霊をもって御名方神奈刀比売命に誓おう」

 

 

 と、冗談にしてはかなりやりすぎな誓いを立ててみる事にした。それに対して、誓われた側である神奈刀比売はぽかんと口を開けたあと、

 

 

「なっ、なによそれ! いくら何でも大袈裟すぎるわよ!」

 

 

 とあたふたし始めたため、比売は心配性だからこれぐらいちゃんと言った方がいいと思ったのさ。と、朝斗彦が言うと、神奈刀比売は耳まで顔を真っ赤に染めた。

 

 

 天下無敵の建御名方も、この不思議な弟分だけには弱いのだ。

 

 

 

 ……

 

 

 

 さて、いよいよ朝斗彦は出雲を出発して因幡へと向かい始めたのだが、今まで彼は何処へ行くにしても必ず神奈刀比売がついてきていたため、自分一人で出掛けることは初めてなのである。

 

「おっ、蜻蜓が飛んでる! 捕まえるか!」

 

 そう言うと、彼は明後日の方向に向かって走り出してしまった。

 そんな様子を見た田んぼにて稲刈り作業をしていたもの達に

 

「朝斗彦さまー! お怪我をなされないようにしてくださいよー!」

 

 と言われると、彼は分かってるって! と言って一飛びした後に蜻蜓を捕まえてしまった。民達からすごいすごい! と言われつつ、

 

「朝斗彦さま、どこへ向かわれるご予定なのですか?」

 

 とさりげなく進路の修正を促すツッコミを受けたことで、本来の目的を思い出した彼は慌てて因幡への道を向かい始め、民達は一安心した後に作業へと戻るのであった。

 

 

 

 そのようなこともありつつ、朝斗彦は現在神名備野の山の脇を通り抜け、かつて伊弉諾が持てる力を持ってして塞いだという黄泉比良坂の近くまで来ていた。

 

 

 夜を迎えた黄泉比良坂は大変不気味である。

 それでも惹き込まれそうになりそうな、そんな不穏な雰囲気が辺りに漂い始めた頃、朝斗彦が因幡の地に向けて歩み続けていると、まるで夜の帳のような長い黒髪を持ち、"黒い"服を身にまとった女性が道端に蹲っていた。

 

 

「もし、そこのお方。お身体の具合が優れぬのですか?」

 

 

 姉(みたいな幼馴染)譲りのお節介焼きを発動させた朝斗彦が蹲る女性の元へと近づき、大丈夫ですか? と声を掛けると、彼女はずっと小さな声でぶつくさと何か喋っているではないか。

 

 

 ……これはなにかマズイかもしれない。

 朝斗彦の直感がそう告げたと同時に、女の顔がゆっくりと朝斗彦の方へと向き、彼女はこう言った。

 

 

 

「あら……見目麗しい殿御がわたくしの事を心配してくれているわ……。貴方、わたくし達の住まう黄泉の国に興味は無いかしら? 今ならすぐに案内出来ますわよ?」

 

 

 

 女の言う事を聞いた朝斗彦はその瞬間、かつて養育者である沼河比売(ヌマカワヒメ)*1より学んだ事を思い出した。

 その昔、黄泉比良坂には黄泉醜女と呼ばれる黄泉への案内人がおり、その者は変り果てた姿の伊弉冉を見て逃げ出した伊弉諾を動けぬ伊弉冉の代わりに追い詰めたということを、だ。

 

 

 ゆらりと立ち上がった彼女は、出雲では高身長の部類に入る朝斗彦をもゆうに超える身長を持ち、長い前髪に隠れた深紫の眼から放たれる鋭い眼光は、朝斗彦の警戒心を最大まで引きあげさせていた。

 

 

「あ、あぁ……その、大事が無さそうで良かったです。それでは、私は因幡へと向かいますれば……」

 

 

 そう言って朝斗彦はさりげなく距離を置いたあと、一目散に東へ向かって走り出した。

 歯を食いしばり、持ちうる限りの力を振り絞っての決死の逃走劇の始まりである。

 

 

 

「こんなに可愛い坊ちゃんをこの豫母都日狭美が逃がす訳ないでしょうが! 坊ちゃん、黄泉の国はいい所よ!」

 

 

 

 訳の分からないことを言いながら追いかけてくる彼女への恐怖心に駆られながら、朝斗彦は必死に伊弉諾がとった行動を思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。そのため、とりあえず彼は櫛や勾玉など、身の回りの最悪失くしてもいい物から順にこの日狭美なる者へと投げつけることにした。

 

 

 

「ちょっと! 痛いじゃない! か弱い女子に乱暴するなんていけない子ね……!」

 

 

 

 か弱いおなごであれば間違いなく出してはならない速度で走りながら、相変わらず日狭美の追跡は続く。しばらくの間走り続けた後にいよいよマズイと感じた朝斗彦は、本来てゐへと贈るはずだった桃を日狭美へと投げつけた。すると、彼女はきゃあっと声を出して大きく怯み、その後走る速度を緩めることが出来なかったがために大きく転倒してしまった。

 

 

 黄泉比良坂から始まった死の鬼ごっこは日を跨いで朝まで続いたものの、日狭美が薮へと突っ込んでいったその隙に朝斗彦が全速力で逃げた事で、この勝負は朝斗彦の勝ちとなった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 あの悪名高い黄泉醜女から逃げ切ることに成功し、ハァハァと息を切らしながらその場に座り込み、周りを見てみると、朝斗彦は自身も気付かぬ間に目的地である白兔海岸へと到着していたことが分かった。

 

 呼吸が落ち着いたあとに海岸沿いをフラフラと歩いていると、ポツンと一つの人影があった為に、朝斗彦はその人物からてゐなる者の情報を聞くことにした。

 その人物は呑気に釣りをしているが、獲物のかかっていない今なら話のひとつでも聞けるだろう……。そう思って朝斗彦が彼女へと近づくと、突然視界が反転した。

 

 

「いっった……、なんでこんな所に落とし穴が……」

 

 

「ウッサッサッ! 釣りはボウズでもこっちはかかったみたいね! ……ってアレ!? ダイコク様!?」

 

 

 穴の外から覗いてきた女の子、というか先程釣りをしていた人物が、初めは穴に落ちた自分の事を嘲笑ってきたと思ったら、今度は自分の顔を見て慌て始めたため、事情を知らない朝斗彦としては早く出してくれないかな……と思う他なかった。

 

 結局、やばいやばい! と言いながら彼女が穴から身体を引き上げてくれたため、朝斗彦は付いた砂を払い落としながらその女の子に因幡の白兎について聞くことにした。

 

 

 

「あの、私は主より命令されて因幡の白兎と呼ばれる存在を探しに来たのですが何か知っていることなどはございますか?」

 

 

 

 そう朝斗彦が質問すると、女の子は怪訝な表情をしながら

 

 

「……ん? もしかしてアンタ、ダイコク様じゃないの?」

 

 

 と逆に向こうから聞いてきた。

 

 朝斗彦の知り合いにはそんな名前の者はいない為、疑問があったら正解を知りたくなる性分である彼は、本来の人探しの目的よりもそちらについてを優先し始めてしまった。

 

 

「あの、私は葦原朝斗彦と申します。そのダイコク様なる方と私はそれ程に似ているのですか?」

 

 

「似てるどころか瓜二つだよ! 

 

 あの時からかなり時が経ったから今のダイコク様がどんな姿してるのか私には分からないけど、若い頃のあのお方とアンタが並んだら多分見分けつかないんじゃないかな?」

 

 

「はぁ……そんなにですか。

 聞いたところ貴女はそのお方をとても敬っているようですが、出会った時はどのような状況だったのですか?」

 

 

「それ、話さないとダメ……? 

 

 うーん、えっとね。私がとある理由で大怪我を負って、悪い神様に騙されて死にかけてた時に、たまたまダイコク様が通りがかったんだよね。で、彼は弱った私を見捨てないでくれて、必死に看病してくれたんだ。

 

 それで、その時に私は手当してくれたお礼として、ダイコク様にお気に入りの首飾りを渡してあげたんだ! アレには私の運の良さがこもってるから、その幸運が彼の旅路をいいものにするようにって願って贈ったんだよ〜」

 

 

「へぇ〜…………ん!? ちょ、ちょっと待ってください! その首飾りって、もしやこれではありませんか?」

 

 

 朝斗彦が慌てて首飾りを取り出すと、彼女はあー! 私の首飾り! なんでそれを!? と大声を出して口をあんぐりと開けて驚いていた。そんな彼女の様子を見た朝斗彦は当初の目的を思い出し、この人が因幡の白兎か! と点と点が繋がる感覚が彼の脳内に湧き上がる。

 

 仮に彼女の言う『ダイコクさま』が大国主なのであれば、朝斗彦が成長期を迎えた頃に出雲一の鬼嫁こと須勢理毘売に

 

 

「若き日の大己貴様に瓜二つね。貴方、本当は大己貴様の隠し子なのではないかしら?」

 

 

 と冷たい声で言われた事にも合点がいき、それを横で聞いた大国主が、違うよ! 本当に拾ってきただけなんだって! と、傍から見る分には面白いくらいに必死に弁明していたのも納得である。

 

 

「恐らく貴方の言うダイコク様とは葦原中国の国主にして我が主、大国主大神のことではありませんか? 

 そして、貴女の名前は因幡てゐさんで間違いない、ですよね?」

 

 

「そうそう、大国主様のことだよー。ってアレ、そういえば名乗ってなかったけ? ごめんごめん、私の名前は因幡てゐであってるよ。

よろしくね、朝斗彦」

 

 

 そう言うと、てゐはウササと笑いながら右手を差し出してきたので、朝斗彦も右手を出して固い握手を交わした。

 

 

 

 ……

 

 

 

「へぇ〜、大事に持っていればいいものをわざわざ元の持ち主に返そうとするなんてやっぱりダイコク様は律儀な方だね。

 

 それに、朝斗彦も朝斗彦だよ。主君に頼まれたからって、あの黄泉醜女を振り切ってまでここに来るなんて、私から言わせてもらうと恐ろしい胆力の持ち主だよアンタは」

 

 

「主君の命令は絶対ですからね。ましては内々にお願いされた以上ソレを叶えないことはありません」

 

 

「朝斗彦も律儀なんだねぇ」

「大国主様の教育の賜物ですよ。あっ、そうだ! 大国主様が貴方によろしく伝えて欲しいって言っていました」

「……あのお方に育てられたってのも納得だ」

 

 

 さざめく波の音を聴きながら、浜辺に座って今回の旅の話をてゐに聞かせると、彼女は普段あまり人と話す機会がないのか、楽しそうにしながら話を聞いてくれた。

 共にご飯を食べたり、釣りをしたりしてしばらく二人でぼーっとしていると、あのさ、と前置きしててゐが質問してきた。

 

 

「朝斗彦、帰りにも黄泉比良坂の横を通るんだよね? 来る時は桃があったからあの女を撃退出来たけど、帰りはそうもいかないんじゃない?」

 

 

 来るまでで精一杯だったために帰りの事を一切考えていなかった朝斗彦は、てゐの一言を聞いて急に現実に引き戻されることとなった。もし帰りに日狭美と鉢合わせた場合は行き以上の激しい追撃を受けることは間違いなく、神力を持って弾幕で追い払うほかないだろう。

 

 

「帰りのこと、何も考えてなかったなぁ……。はぁ……、憂鬱すぎる……」

 

 

「……ねぇ、この首飾り持っていく? 

 ダイコク様から私に返すっていうアンタに課せられた任務自体は果たされたんだから、私がこれをどうしようが私の勝手だよね?」

 

 

「確かに、そうですけど……。大国主さまが許されますかね?」

 

 

「大丈夫だよ! そんなことで怒るなら、ただの捨て子のアンタをここまで立派に育てないでしょ! きっと分かってくれるって!」

 

 

「……分かりました。てゐさん、その首飾りをお借りしてもいいですか?」

 

 

「合点承知之助ー!」

「なんですかそれ……」

 

 

 

 ……

 

 

 

「また時間がある時にこっちに来なよー! 今度は帰りの分と私の分の桃も持ってきてねー!」

 

「はーい、てゐさんもお元気で!」

 

 

 てゐの見送りを受けて、朝斗彦は出雲へ戻る為にゆっくりと足を進め始める。火神岳の北側を通り、暫く海岸線に沿って道を進んでいると、見通しの良い天気、時間であれば海を挟んで遠巻きに美保ヶ崎が見えるところまで戻ってきたため、ここで一旦休憩することにした。

 

 

 

 日が沈み、魑魅魍魎が跋扈し始めるここからが正念場である。伯耆(ほうき)の地を越え、神名備野が見えてくる辺りで朝斗彦は五感を働かせ、四方からの攻撃に備えながら道を進み続けていると、左側から何かが動く気配を感じとった。

 

 

 剣の柄に手をかけ、謎の存在の気配がする方へと向かって恐る恐る確認してみると、そこにいたのは一頭の鹿だった。ぴょんぴょんと飛んで逃げて行く鹿を横目に、なんだ鹿か……と思って朝斗彦が来た道へと戻ろうとした瞬間、先程までとは比べ物にならないほどのおぞましい気配が辺りへ漂い始めた。

 

 

 マズイ! 

 そう思った朝斗彦は、咄嗟に腕を出雲の方角へと向け、一つだけ大玉の弾幕を撃つ。その弾幕はふよふよと空を漂っていき、そこそこの高度に到達すると同時に爆発、その爆発と同時に中から無数の楔型の弾幕が放たれ、夜に紛れていた妖精達もそれに引き寄せられて弾幕を撃ち始めた事で、まるで夜空に咲く花のようにそこいら一帯を照らした。

 

 そして朝斗彦が弾幕を放ったまさにその時、彼のの脇からぬらりと豫母都日狭美が現れ、彼へと話しかける。

 

 

 

「坊ちゃん、わざわざ戻ってきてくれるなんてお姉さん嬉しいわ……! 

 今度こそ、わたくしと二人で仲良く黄泉の国に行きましょう?」

 

 

 

 

*1
建御名方の母神。この作品では神奈刀比売の実母で朝斗彦の育ての親。




残無様大好きウーマンになる前のバリキャリ黄泉醜女、登場

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