閑話的なやつ
聖輦船の異変は案外すぐに終わった。
魔界にて封印されていたという魔僧・聖白蓮が復活を遂げ、力が足りず魔界へと行くのみの片道切符であった船は彼女の持つ法力と呼ばれる力によって幻想郷へと帰ってきた。
そして今は異変後の食事会である。
白蓮殿の率いる仏教勢力は戒律によって我々なら気にせずに飲み食いするような物を摂ることを禁じており、そんな彼女達に配慮した結果そうなった。あくまでも彼女達が飲めないということなので、僕らは普通に飲んでるけどね。
やっぱり神は酒飲んでこそだよね。僕ら完全に乗っかってるだけだけど。
しかしまぁ、早苗が無事に帰ってきたのでひとまずは安心である。比売はとにかく早苗を心配していたが、彼女はどうやら魔界での弾幕ごっこが良い経験となったようで、僕に対してそのことについてを話したがりの子供のように話を聞かせてくれた。
「あちらにいる毘沙門天の代理だという寅丸さんの弾幕が避けづらくて避けづらくて……! 私、ほんっとうに死を覚悟しました……!」
「でも、帰ってきたって事は大丈夫だったってことだ。……早苗、良くやったね。守矢の神の一柱として僕も鼻が高いよ」
僕が気持ち通りの言葉を伝えると、早苗も満更でもない様子でそれを聞き、やれ相手がどうだったとか、霊夢さんが頼り甲斐があっただとか、酒が入ってるせいかとにかくずっと喋り続けていた。
やがて、ごろ寝仲間の霊夢や霊夢繋がりで仲良くなった魔理沙と酒を飲んでいた際に、一人の女の子が控えめな感じでこちらへと寄ってきて、あのぅ〜と言って声をかけてきた。僕は二人に断りを入れて少し離れた場所に座り、彼女を横に招くことにした。
「はじめまして……私、付喪神の多々良小傘って言います。さっき早苗さんとお話してましたけど、もしかして守矢神社の方ですか?」
「如何にも。僕は守矢神社の祭神が一人、葦原朝斗彦という者だよ。小傘ちゃん、宜しくね」
「よ、宜しくお願いいたします。
あのぅ、つかぬ事をお聞きしたいのですが、その……腰に提げたその剣、もしかして流星刀ですか? 何か地上由来ではない力を感じるというか……」
「むっ、よく気付いたね。刀身を見せている訳でもないのに。そうそう、これはかつて諏訪に隕鉄が落ちた時に作らせたものだよ。
大昔に僕と戦った神が同じような剣を持っていたからそれを真似したかったんだ。それに、我が父のように自分だけの十拳剣が欲しくてね。
良かったら鞘から抜いて見せてあげようか?」
「えっ、良いんですか!? ありがとうございます! やったやった! こんな業物間近で見れることなんて滅多にないよ!」
「君は見る目がありそうだしね。そしてなによりその苗字、鍛冶師であると思ったがどうだろう?」
僕がそう言うと、彼女は目を輝かせながらはい! と気持ちの良い返事をした。
彼女の瞳の色はかつて義妹夫婦にあげた勾玉と同じ色であり、また八岐大蛇と共に在った伝説の氏族を思わせる姓を持っている……。
要は僕は彼女に対して何処か懐かしさを感じてしまったのだ。全く、歳を重ねるとすぐ懐かしんでしまうからダメだな。
「どう? 僕は刀身に浮かぶ波紋が蛇みたいでとても好きなんだよね」
「素晴らしい一振りですよこれ! 伝説の草薙剣にも負けずとも劣らない至高の逸品です! あ、お返ししますね。ありがとうございました!」
「おぉ、我が父が天に捧げた剣と同等とは随分高い評価をくれたね。きっとこの剣を打った者も喜んでいる筈だ。小傘ちゃん、ありがとう」
「えっ、とんでもないです! あの、良かったら今度守矢神社に遊びに行ってもいいですか?」
「勿論いいとも! たまに出掛けたりはするけど大抵は神社にいるから、何時でも遊びに来てくれて構わないよ」
「やった! それじゃ、私は人里で住民を脅かしてくるので! また今度!」
「いくら宴会中だから警備の目が緩いとはいえあんまりやり過ぎないようにね〜。……さて、丁度いいしそろそろ件の人物に挨拶するとするか」
……
「私は守矢神社が祭神の一柱である葦原朝斗彦だ。貴女が聖白蓮殿か?」
僕がそう聞くと、座っていた彼女は慈愛のオーラを醸し出しながら顔を上げてわざわざ立ち上がり
「えぇ、いかにも私が聖白蓮でございます。この度は私の復活によって幻想郷に騒ぎを起こしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
と言って綺麗なお辞儀をしてきた。
魔界に封印されていたと聞いた為、どんな恐ろしい奴なのかと思っていたら柔らかな雰囲気を持った方だったので、正直言って大変拍子抜けしてしまった。
これはやってしまった! と思った僕はすぐに神様モードから普段の感じに戻して彼女との会話を進めることにした。
「これはこれは、わざわざご丁寧にすみません。
我が妻八坂神奈子より聞いたのですが、どうやら我々が貴女方の寺院の開山に協力させて頂くとか。
我々は所謂神道の者ですが、是非これを機に良くして頂けるとありがたいと思っております。よろしくお願い致します」
「はい、願ってもない申し出をして頂き感謝致します。こちらこそ、良き関係を築きたいと思っております。どうぞよろしくお願い致しますね」
その後、穏やかな聖さんとはすぐに意気投合し、お互いの身の上話を聞かせあった。
どうやら話を聞く限り、彼女は妖怪を護ろうとするあまりに人間からその行為を咎められ、魔界へと封じられてしまったようだ。その為彼女を慕うものは皆妖怪であり、そんな彼女らもまた永らく地底へと封印されていたようだ。
その後、聖さんを慕う者たちとも会話を交え、だいぶ距離感が掴めてきた時に僕は一つ質問をすることにした。
「ところで聖さん、寺を建てる場所というのはもうお決めになられているのですか?」
「いえ、今はあちらにいるナズーリンに探知をさせて、どこか良き立地があるかを探しているところです。ナズーリン! 此方へ」
そう言って聖さんが手招きすると、鼠の妖怪であるナズーリンがこちらへとやってきて、軽く挨拶を交わした後に説明を始めた。
「私の中で目星をつけているところはあるのだけど、何やら訳ありでね……。聖達に勧めきれずに困っているんだ」
「それなら一つ提案がある。
人里から少し離れた所に小山があるが、そこは博麗神社のような登るのが苦痛になるほどの高さは無いし、諏訪子の能力で土地を均せるのである程度の面積も確保出来ると思うよ。どうだろうか?」
僕がそう言うと、ナズーリンは苦々しい顔を浮かべてため息をつく。なんかマズイこと言ったかな? と思って顔色を伺っていると、彼女がその口を開いて話し始めた。
「……そう、そこなんだよ。その訳ありな土地というのは。私のダウジングロットによれば、地下に何らかの反応があるんだ。
詳細は分からないが、幻想郷に仇なす存在かもしれないから下手に勧められないんだ」
「ナズ、もし敵対的な存在だとしても我々が抑えればいいのです。それに、朝斗彦様がそう仰られるということはきっと大丈夫ですよ」
「いやまぁ、変な連中がいるようなら無理には勧めませんよ……。やっと腰を据えたのに厄介事に巻き込まれるんじゃたまったもんじゃないでしょうし。
紫曰く、あの山もいつの間にやら外からこっちに来たモノのようだしやっぱり訳あり物件か?」
僕がそう言ってどうしたもんかな……と唸っていると、聖さんが一言、いや、そこにします! と言いきった。思わずえっほんとに? と聞き返したが、彼女はその決意を曲げる意志はないようだ。
「私達が未知なる者を抑える、それこそが騒ぎを起こしてしまった事への罪滅ぼしというもの。
……それに、先程八坂様ともお話させて頂きましたが、おふたりはお諏訪さまの祭神だそうですね。仏門に入った身ではありますが私も信濃に出自を持ちますので、ここは一つ朝斗彦様の言うことを信じてみようかと。うふふ」
身内が二度も問題を起こしてる身としては殊勝な心掛けですね……としか言えず、その後一人の時間が欲しくなったため二人とは別れた。
「ああ、なにか起きたら僕のせいになるな……。これで僕も真にあの二人の仲間入りか……」
……
顔合わせすべき人とは全てあったかな……と思い、フラフラと人気のない一本の桜の木の下へと行くと、頭上から東神さま、東神さまと僕を呼ぶ声が聞こえる。
はっきり言って、今どき僕の事をこんな呼び方をしてくる者というのは限られている。
そう、鬼だ。
出雲、そして諏訪と僕らの戦いを支え、あれほどの人数が居た彼らもいつしか地上で出会う事はまず無くなった。山を再び支配した者以降の世代がある時に管理者不在*1の根の国へと大移動を行い、山から去ってしまった為だ。
「東神さま、挨拶回りはもう終わりかい?」
「ああ。今回は異変の首魁にだけでも顔を出そうと思ったが、まさかあんなにも人の良い方とは思わなんだ。神じゃなかったらまぁ信仰してたね。それに、可愛らしい友達も新たに出来たからね。僕は満足さ」
「そりゃあ良かったねぇ。
……いやしかし、今回さっさと異変が終わってくれたおかげでスグに宴会が出来て最高だねぇ! これで私も人目を気にせず酒を飲めるや」
「お前さんが人目を気にするなんて事は天地がひっくり返っても有り得ないだろ。なぁ萃香」
そう言うと萃香はけらけらと笑い、手に持った伊吹瓢をグイッと持ち上げて酒を喉へと流し込む。
かぁ〜っ! とジジ臭い声を出した彼女が
「やっぱり東神さまには全てお見通しだぁ」
と言い、鬼の庇護者である身としては僕はそりゃあそうだとしか言いようがなかった。
伊吹萃香。かつて山を統べた酒呑童子。
彼女は良き昼寝仲間であり、良き信仰者である。
故郷を取り戻す為に鬼が大江山へと攻めこみ、人間の智勇に大敗して落ち延びた後、臥薪嘗胆の思いのもと二世代後の彼女達が斗星の紋を掲げ、たまたま住み着いていた天狗を巻き込んで山を攻め落としたのも今は昔。
彼女たちは父祖からの言い伝えを守り、僕の事を(だいぶ雑ではあったが)祭祀し続けた。
しかし、やがてある種鬼の宿命とも言える酒への依存症が彼等の社会の中で深刻化してしまい祭祀がおざなりになり、本来持ち得ていた残虐性がより強まったことで、僕の願いも届かぬままに源頼光率いる一団によってコテンパンにされたという過去を持つ。
萃香は鬼の棟梁として頼光に首を落とされたが、それを哀れに思った僕が力を分け与えたことで復活した。多少の無茶には目を瞑るが、もうあまり周りの者にに迷惑かけすぎるなよと一言伝えて。
「萃香、お前さんまた地底に行ったりはしないのか? 僕的には勇儀が元気にしてるかが気になるんだけど」
「いやぁ、行かないねぇ。一応、今度人里の良い居酒屋があるから人間にバレない程度に呑もうや〜なんて話を手紙でやり取りしてはいるがね。
……やっぱり直々に加護を与えた者の血族というのは気にするものかい?」
「そりゃあそうだ。彼女の先祖というのはかつての鬼の旗印だったんだ。まさかお前みたいな叩き上げが出てくるとは思わなかったが、僕にとっちゃ二人とも娘みたいなものさ。
……こんなことを聴かれては間違いなく比売や早苗に怒られるだろうけども」
「言ってくれるねェ……。
そんな言うなら地底に行って会いに行けばいいだろうに。勇儀も他の鬼達も東神さまとなれば喜んで歓待するよ。
それにさ、ずっとずーっと昔からあった相互不干渉の盟約も最近緩和されたじゃあないか。正直言えばアンタは名目上根の国の神でもあるんだから地底の方が性に合うだろう?」
「いやさ、行きたいのはやまやまだけど守矢神社の神の一柱である以上、地底に行くのはな……。ちょっと立場が悪いというか肩身が狭いというか……」
「まぁやっちまったもんは仕方ないだろ。今更後悔したって後の祭りさ。
いやぁ、それにしても自分が鼻たれのガキだった頃を知ってる存在と酒を飲み交わしていると思うと全く不思議なもんだ。
おっとそうだ、一つ聞くが東神さまは華扇とは会うかい?」
「いや、会わないね。
前に一度訪ねた時は『私は仙人の茨木華扇です。お引取りを』って言われちゃったよ。無理矢理彼女の仙界をこじ開けて入ろうとしたのが不味かったかなぁ」
「なんだよアイツもノリが悪いなぁ。大陸の風習にかぶれちまってさ」
「いやぁ、妖力ほぼ全てを片腕ごと持ってかれたんじゃ仙術に縋るのも仕方ないだろうよ。彼女を責めちゃダメだ」
「それもそうか。それに、私達と顔合わせないようにしつつ、アイツはここ博麗神社によく来てるそうじゃないか。いつか"偶然"鉢合わせたいものだねぇ」
「そうだなぁ。1000年以上前からずうっと顔合わせないってのもいささか寂しいしねぇ……。一度くらいは再び会いたいものだ、なぁ?」
「そうだそうだ! 折角東神さま本人が気にかけてくれてるんだからな!……全く華扇の奴、私が同じ立場だったら喜んで会いに行くってのによ」
互いに顔を合わせてへへへッと悪そうにほくそ笑んでいると、離れた位置から比売達が僕を呼ぶ声が聞こえる。そろそろ会もお開きのようだ。
…
歓待される側であるはずの仏教組がせっせと片付けを行い、それに対して宴会の主催者である霊夢と魔理沙は縁側で仰向けになって爆睡。
いつもよりは抑えめな宴会だったはずなのに、我々を始めとした勝手に寄り付いてきた酒豪連中が乱入した結果、人間である彼女達は結局ダウンしてしまったらしい。
ちなみにそれはうちの早苗もそうだ。完全に支離滅裂なうわ言のみを発するだけのぽんこつになってしまっている。
我々もそこそこに片付けを手伝って問題行動だけではなく気配りもできるよ! とアピールをしたあと、先にあがらせてもらうことにした。
縁側で涎を垂らして気絶する早苗の体を比売が揺すって早苗、もう帰るよ! と声を張り上げるも、彼女が目覚める気配はない。
「僕が背負うよ。この中じゃあ一番力持ちだしな」
「一番は私だっていつもい……っ……! アンタその目の色! 真っ赤じゃない! ……さては、また鬼とつるんだわね?」
「まぁ比売、長きに渡る関係だからこればかりは許してよ。どうこう言われても今更彼女たちとの縁は断ち切れないんだからさぁ」
「もう今は戦乱の世じゃあない! あんな鬼達と絡んでたら早苗にも悪影響を及ぼすだけだ!
それに……鬼はその、なんというか、色々と刺激が強すぎるわ!」
「そうだそうだ! 神奈子の言う通りだ!」
早苗の過保護者と化した二人は厄介である。例えるならば、耳を木の板で塞ぎたくなるほどに。
「えぇ、比売の事はいつも大切にしてるじゃん……。それに、会ったのは萃香だけだよ?」
「…………。そう、ならいいわ。私がアイツに負ける要素なんて無いもの。そうよね?」
愛する妻の顔が怖い。そもそも信者をそういう目で見る事なんてないのに。というか、比売は萃香の何に対して張り合ってるんだ…?
「うん、そうだね。ていうかさ比売、僕達何千年一緒にいると思ってんだよ……。今の今まで浮気なんてしたことないでしょ? 僕、あの時代を生き残った身としては稀な側室すら持ったことない男なんだから。
鬼はかつての戦友にして僕の大事な信仰の源の一つ。言わば花の蜜を運ぶ虫のようなものだから、僕の中じゃ比売が一番大事だよ。勿論信仰してもらわないと僕自体が消えるから鬼も大事な存在だけどね」
そう言うと、比売は鋭い眼光を飛ばすのをやめ、
「全く、仕方がないわねっ」
と言ってそっぽを向いてしまった。普段気を張ってる分親しい者の前では素が出るのが可愛くて良いよね。
そんな姿を諏訪子にからかわれた結果、またそこでちょっと揉めたりしたものの、最後は力尽きてる早苗を除く三柱で笑いながら飛んで守矢神社へと帰ることとなった。
鬼と朝斗彦の関係は人、天に対する荒御魂的な側面が欲しかったので書きました。