神無月こと10月なので、それに関するお話をば
毎年長月の中頃より、全国に散らばり封じられた神々は一斉に慌てだす。それは一体何故なのか?
その理由は神無月になった時、旧き中つ国……即ち我らの故郷でもある出雲へと馳せ参じ、大御神へと近況を報告せねばならぬからだ。
ちなみに離れた土地に居る神々同士の親睦を深める唯一の機会でもある。
諏訪・明神の社
「比売、まだ支度終わらないの? もう神格のある一族郎党は全員が集まってるよ」
「ちょ、ちょっとだけ待って!!! あと少し、あと少しだから!
あっ、おいそこの! コレも持っていけ! あとこれも! ああ、置くのはそこでいい! 感謝するぞ!」
「……まぁ皆には万全の状態で出るために明神は精神統一してるとでも伝えとく。
しかしなんで毎回こうなるかな……」
たった今、我らもその慣例に従い諏訪より出雲へと向かう……予定なのだが、まぁこちらもある意味恒例行事というかなんというか、比売の支度が遅れて遅参の可能性がある。
なぜ侍女以外の誰も彼女の事を手伝わないのか? これには諏訪湖よりも深い*1理由がある。それは僕や諏訪子や子供達、果ては侍女にまで言われていたにも関わらず、準備を疎かにしていたからである。一応昨日僕は流石にこれはマズイと思い諏訪子と共に手伝ったのだが、諏訪の主神たる彼女の持ち物は大変に多く、その上に本人に計画性がないのでもう諦めた。
「も、もうこれだけでいい! 急げ! 荷物を運び、外へと出すのだ!」
『はい、承知致しました!』
侍女達がドタバタと足音を立てて比売の荷物を運び出していくのを横目に、僕と諏訪子は腕を組みながら肩で息をする比売を見守っていた。
「……なあ神奈子よ、もう少〜し余裕を持った方がいいんじゃあないかなぁ〜? 毎度こんなチンタラ支度してたらさ、またあの雷様に怒られちゃうよ?」
「う、うるさい! 主神は大変なんだよ! この集まりでは祝詞は毎年少しずつ内容が変わったものを諳んじなければならないし、何よりあの量の親族の近況報告などもせねばなるまい!
荷物の準備にかける時間なんて無いの!」
でも諏訪に任じられる際の国主の座を引き受けたのは比売だからその役目が回されるのは仕方ないだろう……と僕が言うと、彼女はガックリと項垂れた。
「それじゃあ、そろそろ出立しよう。僕は外で待つからあとは比売が号令をかけるだけだ」
「全く主神様は大変だなー。
じゃあ私も外行って皆と待ってるね」
「あっ、お前ら待て!
というか諏訪子お前! 私を敬う気ないでしょ!」
「さぁね〜。じゃっ」
そう言って二人で外に向かうと背後よりおい待て! と聞こえたが、いや待ってたら遅参するんだっての。
その後、いかにもな態度で出雲へ向かうぞ! と号令をかける比売に対し、今までの帰省時に裏で起きた事を知る近親者は一言も発さず、対して今までを知らないもの達はおぉーっ! と歓声を上げて応え、我々は諏訪を発った。
僕と諏訪子? 多分ニヤニヤしてたと思うよ。
……
この時は確か諏訪への侵攻経路の逆を進む感じで西上したのかな? ただし、出発日を過ぎていたからみな大慌てで出雲に向かったんだ。
濃尾平野を抜けて江北の湖沿いを通ったあと、敦賀にて船を手配して飛べぬものと大量の荷物を載せた。その後、水神としても祀られている僕ら夫婦の力で無理やり船を危険な日本海で通らせる事に成功したので、何とか神無月の集まりに遅刻しないで済んだよ。
参勤交代みたい? 自分でも話してて思った。
ちなみにこの時は布都怒志命が遅刻して、参加者の集計係の建御雷に雷を思いっきり浴びさせられていた。その後彼は下向先の下総から出雲は遠すぎると文句を漏らし、私だってはるばる常陸の鹿嶋から来てるんだぞ! と建御雷に激怒されていたのが印象的だった。
そんな遠国から来てる者もいるのに遅参しかけた我々は一体……と自己嫌悪に陥りかけたのは内緒ね。
杵築の大社……かつての中つ国の宮殿があった場所に建つ社にて、勢揃いした神々が思い思いに喋って騒がしくしていた。その時、空よりバサバサと羽音を立てて一羽の鳥が降り立った。三本の脚、胸に禍々しい赤色の目を持った神鳥……それすなわち、八咫烏である。
八咫烏は殿上へと降り立つと、ぴょっこぴょっこと跳ね歩きながら上座へと向かい、到着すると同時に座り込んでカァカァと鳴き始めた。そして暫くカァカァ鳴きつづけていたかと思うと、その声はやがて女性の声へと変わったのだ。この声の主こそ天を統べし天照大御神その神であり、こんな光景を初めて見るであろう者たちはビクッ! と驚き、身内であろう目上の神に小突かれてたのが面白かったなぁ……。
そして鴉が我こそは天照大御神である! と名乗りを上げた瞬間、下座に座る神達は誰一人の例外なく揃って平伏し、彼女並びにその血を引く大和の大君への礼を見せる。
「此度も集まってくれて感謝する。皆の衆、息災であるか」
『ははっ!』
「良きかな、良きかな。それでは、この度も各々の近況を……」
とまぁ、あとはいつもの流れだ。自らの配された地での事、自らの血を分けた子孫達について、そして自らを深く信仰する者たちのことなどについてを大御神に報告していく。
大御神は今もなお高天原の統治者であらせられるが、今現在それは名目上である。彼女は神々に統治を委任した後に太陽へと移り住み、使い魔の八咫烏数羽と共に永久の休息日を満喫しているらしい。
コレは神々の噂で聞いた話だが、どうやら大御神は一瞬で終わると思っていた国譲りが上手くいかなかったことに対して精神的に参ってしまい、戦後間もなくの頃にしがらみの存在しない太陽へと移ってしまったという。
一体誰だよ、我らが大御神をそんな目に合わせたのは……あっ、僕達か。従う前の。
ちなみにこの近況報告、とにかく長い。若い世代のものなどはその長さに我慢できずにモゾモゾしたり、騒いだりする。それを身内のものがどこかへと連れていき離脱するという事などはしょっちゅうである。
おまけに大御神の興味を少しでもそそった者がいた場合、氏族の二番手三番手以降であろうと声をかけられるため、油断は禁物である。
ちなみに僕も何回も話しかけられたことがある。
理由?
それは僕が三貴子の一柱の隠し子にして、その上に自らの手を煩わせた大国主に育てられたという出自を持つ、大御神の弟と瓜二つの容姿であったために彼女の興味を引いてしまったから。その際、父が皆に隠れて地上にてしていた事を教えると彼女と他の天津神達はドン引きしていた。
それ以来この場に訪れる度、何か困り事はないか? とか、家族を大事にしておるか? と母親面した鴉に聞かれるようになってしまったけれど、これも伯母なりの優しさなのだろうと思い、聞かれたら真面目に答えるようにしていたよ。
この集まりは疲れる反面、心許せる身内や争ったけど古くから交友の関係を持つ神が勢揃いするので、実際は話で聞くよりも負担が少ない。
例えばそう、出雲とヤマトの間で起きた大戦の際に集団自決を行って神人としては死んでしまったものの、僕達敗者側の生存者の懇願のおかげで神霊として復活した大国主様の宗室なんかとも会えるから、文字通り実家に帰ったような感覚さ。
……それこそ彼女達の扱いに関しては、生き残った国津神に民共々、雑な扱いをしたら反乱を起こすことも厭わないという空気があったのを覚えている。あの時の空気感を味わっておきながら、諏訪で強硬手段に出てしまった己の愚かさたるや。
憎んでいた筈の相手と同じ事をしてしまったのに、勝者としてその行動を悪と認める訳にはいかない……という事への葛藤を抱き続けた結果、これは僕にとって決して取れる事の無い胸の凝りとなった。
本当にこればかりは幾ら年月が経とうとも癒えることはない。紛れもなく僕の罪だろう。たとえ神であろうと、この地球という枠組みに囚われている限り歴史は繰り返してしまうのだ。
……
この長い近況報告はひと月の間に数回に分けて行われる。その間は自由であり、まぁ天津神として存在してるヤツらなんかは部屋で瞑想してるし、僕らの一族みたいなこの地をよく知る国津神はフラフラ出かけたり、この地に留まったかつての同胞達と会話して思い出に浸ったりしていた。
僕達夫婦と諏訪子、息子夫妻は杵築の山の裏にて不自然に鎮座する磐座へと訪れた。腰に届くほどの髭を生やして世捨て人そのもののような見た目になった天穂日が早朝に訪ねてきて、私に着いてこいと言ってきたのだ。
そんな彼に言われるがままに僕達夫婦がそれを数回コンコンコンと叩き、自分達の名前を名乗ると、その磐座の奥から一言、
「よくぞ来てくれた」
と低くハリのある、聞き慣れたはずなのにずっと聞けていなかった声の返事が帰ってきた。僕達はその声を聞くと同時に感極まってしまい、まるで稚児のように泣いた。
その声の主とは正しくかつてこの地の支配者であった大国主様である。
彼は天による言い渡しによってこの塞がれた洞窟へと幽閉され、霊魂達が向かう冥界の管理を行っていたのであった。
一頻り泣いた後、天穂日命に背中を摩られながら僕達は立ち上がり、かつての主君にして唯一の親である大国主様へと真なる近況報告を行うこととした。
「父上、大変お久しゅうございます。貴方の娘、神奈刀比売でございます。
この度は朝斗彦に加えて、我が後継者にして貴方の孫の出速雄とその嫁多満留比売、そしてその多満留比売の母にして私が東国征伐の折に土地を巡って争い、その後友となった土着神である守矢神を連れてまいりました」
『久しぶりだな。神奈刀比売よ。
しかし、孫とな? 我が孫よ、こちらへと来て爺に声を聞かせておくれ』
大国主様の言葉に対して息子が困惑した表情で右往左往しているので、この磐座に向かって喋ればいいと教えると、彼は恐る恐るソレに近づいて自身の名前を名乗った。
『出速雄か……。我ら素戔嗚様の血に連なる者として相応しい名を貰ったな』
「えぇ。名付けてくださった両親には感謝しかございません。
私は兄や弟達と共に、よく両親から祖父とはもう会えないとばかり聞かされていました。それがこんなにも時が経ち、このような形でお会いすることが出来たのがとてもとても嬉しく思います」
『……天穂日よ、お主皆にここの存在を伝えてなかったのか?』
「一人で隠れて地道に造営していたため、人に伝える余裕がございませんでした。大神には大変申し訳ない限りでございます……」
『……お主のバカ真面目も筋金入りだな。だが、我はお主のその部分を気に入っていたのだ。気にする事はない。
そうだ守矢神といったか。貴女はもしや諏訪の祟り神か?』
「そうだよー、ずーっと昔から諏訪で信仰されてた!」
『……いや何、縁とは奇妙なものだな。かつて義父にして先祖であらせられる素戔嗚様の元にいた時に、
「儂が統治していた頃、東より翡翠を貢いできた者があの地だけは攻めるなと言ってきたんじゃ。じゃから、お前も中つ国の国主となるならば気を付けろ」
とわざわざ忠告してきたのだ。まさかその地を我が娘と義理の息子が攻め、その祟り神と縁戚関係になるとは……。全く、困った子供達だ』
「ホントだよー。貴方の育てた二人が攻めてこなかったら私がまだ諏訪の国主やってたんだから!
……しかし、この二人が高天原じゃなくて葦原中国出身って知っていれば最初から戦わずに降伏したってのに、先に手出しちゃった私もバカだよね! アハハ!」
諏訪子は自分の娘にちょっと、言葉遣い何とかしてよ……! と注意されたにもかかわらず、まるで長年の友人かのように話し続けた。そんな恐れ知らずの諏訪子を気に入ったのか、大国主様もペラペラと喋り続け、最初のしんみりした空気はどこへやら、いつの間にか辺りには和やかな空気が漂っていた。
最初来た際はガチガチに緊張していた息子夫妻もすぐに結婚の契りを認めてもらい、大国主様も孫と喋れたことで気が紛れたのか外の様子などを聞いては羨ましがっていて、そんな家族団欒の時間とも取れるこの空間には僕たちのよく知る出雲の原風景が確かに存在していた。
しかし、そんな幸せな時間も長くは続かない。
大国主様はこの岩戸から出ることは叶わないし、我々も大社へと戻らねばならない。
ずっとこの場に残っていたい気持ちを抑え、僕達は大国主様へと別れを告げたが、その後すぐ僕と比売は寂しくなってしまい、いい大人であるにも関わらず再び涙を流し、二人して恥ずかしげもなく磐座に抱き着いてしまった。
抱きついた時、磐座は森の中で鎮座していることもあって冷たかった。でも、僕達には紛れもなく大国主様の温かい抱擁をその背に感じたんだ。
気持ちを切り替えて再度別れの挨拶をし、天穂日命の見送りを受けて僕達は大社へと戻った。ちなみにどうやらこの様子を八咫烏が見ていたようであり、その後
「隠遁しているバカ息子の様子を見に行ったらそなたらがいて大変驚いた。再蜂起を疑って盗み聞きしていたが、ただの家族の集まりだったので此度は不問と致す。
……但し、また彼処へと訪れる際はわらわの許可を得ること! 解ったか?」
と注意を受けてしまった。
でも、天津神の中でも意外と家族愛が深い大御神は僕たちの行動に対して理解を示してくれたので、本当にありがたい限りであった。
……
出雲大社の裏山にこじんまりと存在するこの朽ち果てた小さな社は国譲り以降の大国主命を祀っていたとされ、此処には高天原の使者として派遣されたのちに出雲へと裏切って大和と戦ったとされる天穂日命が造営、掃除から何までを全て一人で行っていたというまことしやかな伝説がある。
この社の存在は限られたものしか知らず、天穂日命の実の子孫、出雲国造氏に連なる家系のものですらも知らなかったという。
天津神に産まれながらも天を裏切り国津神へと身を落とした彼は、神霊にもならぬまま産まれ持った永い命が尽きるまでここを管理し続けた。
そして力尽きた後にようやく神霊となって10月の神在月にて表の大社へと参内したという話が今もなお民間伝承として残り続けている……。
【秘封倶楽部活動レポート・出雲の古社と裏切りし忠義者、天穂日命】より抜粋。
書きたいものが書けた感じがする。