叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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イキテマス
ほぼ閑話


須臾の時を越えし鬼神
二十二話 根の国の王、現世に行く


 

 

 

 困った事が発生した。

 

 

 いやもうこの時既に困った事は起きていたんだが、それとはまた別のことだ。僕たちが根の国で親子喧嘩をしていた間に神代は終わりを告げ、人の世へと移っていたのだ。

 父と共に出雲の街に降り立ち、町人に話しかけても彼らは一切の反応がない。というかまるで彼等は僕達のことを全く視認することが出来ていないようだ。

 

 

 

「一体何が起きとるんだ? 人が儂を無視するなど良い身分になったものだな」

 

 

 

「まぁまぁ落ち着いてよ父上。力なきものは我々の事を見えなくなったのかも? 出雲の人々が困った者を助けぬなどありえないからね」

 

 

 

 そんな事を父上と話しながら多少は整備された道を進んでいると、着いた頃より常に存在感を放っていた、かつての宮殿にも勝るとも劣らない荘厳なる大社が僕たちを出迎えた。

 

 

 

「やはり、変わっている。僕の知る大社ではないぞ。明らかに人の手が加えられている。まるで王の居館のようだ」

 

 

 

「葦原醜雄のやつ、よもやこのような場所に住んでおるとは儂の言ったことをしっかり守っておるようだな」

 

 

 

「でも一年前に来た時はこれに比べたら随分とこじんまりとしてた印象なんだよなぁ。大国主様の願いはずっとヤマトに聞き入れて貰えてなかったように思ってたけど、何かあったのかな」

 

 

 

 そんな事を二人で話しながら歩いていると、それまで誰にも意識されていなかったにもかかわらず、一人の警備隊長らしき者が何度もこちらを見ては目を擦り、やがて覚悟を決めたのか話しかけてきた。

 

 

 

「あ、あの! もしやあなた方は幽霊の類なのでしょうか? それに、そちらの方(朝斗彦)については身体が透けておられますが……」

 

 

 

「むっ? お主、儂らの事が見えるのか?」

 

 

 

「は、はい! 身体の透ける者など聞いたことが無く、ゆえに疑いましたが某も一介の武人として覚悟を決め、話しかけた次第にてございます。

 御無礼申し上げますが、お二方のお名前を伺っても?」

 

 

 

「僕は葦原朝斗彦命、そして横にあるのは我が父上、素戔嗚尊という。我ら根の国にて引きこもっていたがゆえに今の地上の状況が分からない。

 今の大王が何と言う名の者かだけでもいいから我らに教えて頂きたい」

 

 

 

「なっ!? 葦原朝斗彦命に素戔嗚尊だって!? 

 伝承で聞くのみの名前じゃないか! ああ、杵築大神よ! 私は気でも狂ったのか!?」

 

 

 

 杵築大神? と聴いてくる父に多分大国主様のことじゃないかなと教えると、なるほどなと一言呟いたあとに取り乱す彼に対してこう言った。

 

 

 

 

 

「いや、これは現実だ。儂はこの腕で大蛇の首を取り、そして横に居る我が息子はその大国主とやらと共に姉上率いる高天原の軍と戦ったのだ」

 

 

 

 傍から見れば天照大御神を姉などと呼ぶ不遜な翁でしかないのだが、妙な説得力を持つが故に聞くものに対して信用を得るに足る一言である。

 

 

 

「……私を愚弄してるのかとも頭に過ぎったが、その浮世離れした風貌で信じるなと言う方が無理が有るな……。そのお言葉、信じさせていただきます。

 

 

 今は磐余彦尊より数えて二十九代、袁本杼命*1のご子息であらせられる広庭王様*2が大和を支配されております」

 

 

 

「そうか、ありがとう。ところで大王の宮は何処にあるのか?」

 

 

 

「現在は磯城の地が国の首邑として機能しております。大王は長らく大和に君臨してこられましたが、ご老齢のため皇位の継承も近いやもしれませぬ」

 

 

 

「そうか、なるほどな。ところで、中に入れてもらってもよいかな? 今は神在月だろう?」

 

 

 

「ええもちろんですとも。お好きにお通り頂いて構いませぬ。ただし、問題になるような行動は慎むようよろしくお願い致します」

 

 

 

「承知した、君に我らの加護があらんことを。それでは父上、行こう」

 

 

「ああ」

 

 

 

肩で風切るように突き進んでいく二名を見送りながら隊長が額に流れた汗を拭っていると、背後よりそろそろと近付いてきた配下が話しかけてきた。

 

 

 

「……隊長、突然虚空と話し始めてどうしたんですか? 素戔嗚様がどうとか……お気は確かですか?」

 

 

「なに、お前たちには見えておらんかったのか? 

 

……ますます彼らの素性の信憑性が増したな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂う波のような髪を靡かせた謎の若い男と、角髪を結った古風なジジイが突如として宮内にて現れたことで、神職の者たちは一体何事かと腰を抜かし始める。明らかに場違いで古すぎる格好をしてるにも関わらず、どこか本能的に敬わねばならないという警鐘が神に仕える者たちの頭の中で打ち鳴らされていた。

 

 明らかに人ならざる威圧感を持つ我々二名は制止する彼等の事もお構い無しに最奥神域へと進み、そこにいた祭神と対面することとなる。

 

 

 

「大国主様! 幽閉が解除されたのですか!?」

 

 

 

「我の名を呼ぶ者よ、まず何者か名乗るのが流……儀……!? 朝斗彦、朝斗彦じゃあないか! それに義父上! 何故ここに!?」

 

 

 

「大国主さまっ! 僕は父上に嵌められて一年間も根の国に留まっていたのです! 「なんだと!?」

ああ、それよりもその出で立ち、声、雰囲気! 夢にまで見た瞬間だ!」

 

 

 

「昔……まぁもうお前は既に失踪していたが……に大御神に許され、あの岩屋より出ても構わないという勅命を受けたのだ。我も会いたかったぞ、朝斗彦よ」

 

 

 

「儂の時はしなかったのに葦原醜雄相手には抱き着くのか」

 

 

 

 育ての親なんだから当たり前である。

 それに義理の親子でもあるのだからいいもんね。

 

 

 

「あっと、そうだ! 大国主様、神在月の集会はやっておらぬのですか?」

 

 

 

「実はつい先日に終わったばかりなのだ。神々は己の祀られし社へと帰ってしまった。最近は大陸より新たな宗教が入ってきたこともあり、集まりも以前に比べて縮小されておるのだ」

 

 

 

「何だって!? クソッ! これじゃあここまで来た意味が無いじゃないか! あの、比売は!? 比売はどうなっているのです!?」

 

 

 

「神奈刀比売はたまに一族を率いて来るよ。今年は来ておらなんだがな。ここに来る際は少しでも時間が空けば黄泉比良坂まで行き、お前の帰りを待っていた。

 

 

 ずっと昔からそうでな。彼女のそんな様子を見た地元の民がお前を祀る社を建てたのだ。しかし黄泉への入口も森に埋もれ、いつしか民たちには忘れられてしまったのだ。それがお前の見た社の姿だ」

 

 

 

「あぁ……比売、約束を破った相手を何百年も待つなんて、本当に胸が苦しくなる」

 

 

 

「お前が無事に現世へと戻れたことが何よりの朗報だ。気に病むことは無いぞ。……義父上、お話があります。分かっておりますね?」

 

 

 

「ありがとうございます……。大国主様だけでもお会いできたのが不幸中の幸いです。では、僕は諏訪へと帰ります……。父上は大国主様にたっぷりとお説教されて反省してね。それでは……」

 

 

 

「あ、ああ。気を付けてな」

「さらばだ息子よ、騙して悪かったな」

 

 

 

 愛する妻に会えず傷心状態の僕と、説教確定の父は同時にため息を吐き、フラフラと正反対の方向に進んだ。かつてのような人と神の境界が曖昧だった頃と違う事や、全く知らぬ時代に飛ばされたことで気が滅入ってしまいそうだが、兎に角諏訪へと戻って妻に会いたい。

 聖域の扉を開けて杵築の邑を眺め、その後長い階段を途中まで下った後、覚悟を決めた僕は空へと飛び……立てなかった。

 

 

 

「……ん? あれ、おかしいな。何が起きてる?」

 

 

 

 さっきまでは飛べてたのに、何が起きてるんだ? 

 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていると、何か違和感を感じた。あれ、なんでこんな胸が大きく……。

 

 

 ちょっと待て! 身体が、女のモノになってる! 

 声が高くなってるし、何より神力が全然感じられない! マズイ、しかもここは力なきものは入れない区域の筈。バレたら、殺られる! 

 

 

 

 ここに来るまで、神職の者が沢山いたのは記憶に新しいことだ。杵築の大社に務めるということは、恐らく天穂日命の血を引いている者たちに違いない。ある種天孫とも言える彼らの力は未知数、出会う訳には行かないッ! 

 

 

 

「おい、そこの女子」

 

 

 

「えっ!? うわあっ! ……って、天穂日命!?」

 

 

 

 うわ、見つかるの早すぎ!? 

 でも知り合いで良かっ「ひええええっ!?」

 

 

 

「何故私の名を知っておるのだ。貴様、まさか妖か!」

 

 

 

 いきなり斬ってきたよ! ていうか、このヒトそういう決まり事めちゃくちゃ気にするヒトだったの忘れてた! 

 

 

 

「ち、違っ! 僕だって、朝斗彦! 大国主様に仕えてる葦原朝斗彦!」

 

 

 

「朝斗彦な訳あるかこの馬鹿者が! あいつは私より身体が大きいし、そんな微弱な力とは比べ物にならんくらいの力を持ってるのだ! 

 私を騙そうとしても無駄だ、女狐ッ! 覚悟しろ!」

 

 

「うわっ、うわわわっ!」

 

 

相も変わらず綺麗な所作で刀を振り回す天穂日命の攻撃に僕はついていくのがやっとであり、すぐに手に持った剣をはたき落とされてしまったのであった。切っ先をこちらに向けて迫る天穂日命に対して恥を承知の上で尻もちをつきながら後退りすることしか出来なかった。

 

 

「待って待って待って! それならこの場で貴方と僕しか知らないことを言う! それなら納得してくれるでしょ!?」

 

 

 

「……むぅ、仕方あるまい。猶予をやる、言え!」

 

 

 

 あっ、危なーっ! 天穂日命って生真面目だけどそこまで頑固じゃないからおかげで助かった! 正直避けられたからよかったものの、斬られた時は父上の大技以上に死を覚悟した。

 大刀を鞘へとしまい込むと、彼は腕を組んで僕を見つめる。本当に葦原朝斗彦本人なのか、神をも誑かす妖なのかを見極めるつもりなのだろう。

 

 

 

「その壱! 貴方が荒神谷の要塞の近くで気絶していたところを僕と比売が助けた!貴方は確か出会う前に我ら中つ国の風習を調査し、鬼神悪神の類を一人で倒していたはずだ!」

 

 

 

「……うむ」

 

 

 

「その弍! 貴方のいびきは中つ国の誰よりもうるさい! 貴方のいびきの五月蝿さは、高比売と天若日子の密会を皆にばらさないほどに毎晩宮殿に響き渡っていたよ!」

 

 

 

「なっ、なんだと!? 私はかようなこと知らぬぞ!」

 

「そりゃそうでしょ。寝てるからね」「む、むう……」

 

 

 

「……その参! 世捨て人のような姿になりながらも人知れず一人で裏山に社を造営し、我らの主君・大国主様への献身に務めていた! よっ、忠義者!」

 

 

 

「……むう、そうだ。その通りだ。

 仮にお前が朝斗彦本人なら分かるだろうが、彼奴が失踪する直前のことだな。

 

 

 ……宜しい、そこまで知っているならば、お前の事を朝斗彦と認めることとしよう」

 

 

 

「やった! 貴方ならわかってくれると信じてたよ!」

 

 

 

 そう言って抱き着くと、やめないか! はしたない! と怒られてしまった。つい男だった時の癖でそういう事をしてしまったが、この時は女子の姿なのを忘れていた。

 

 

 

「うおっほん! 

 

 

 その年上の懐に入り込むのにこなれている感じ、正しく私の知る葦原朝斗彦本人だな。……だが、そういった行動は今後慎むように! 良からぬ問題を引き起こす要因になりかねんからな。

 

朝斗彦よ、分かったか?」

 

 

 

「はぁーい」

 

 

「返事は短く、な」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 結局、天穂日命が天からのお告げ的な感じで社を取り仕切る者たちへと僕の事を通告してくれたので、特に厄介事に巻き込まれることなく最奥神域を脱出できた。

 

 

 道中天穂日命と話していると、どうやら僕は諏訪では夫建御名方の妻である女神、八坂刀売神という存在になっている事が分かった。その為、比売は形式上男神になってしまったが故に胸をサラシできつく縛った上で神在月の集会へと訪れているらしい。

 何をやってるんだ我が子孫共は。いや、自業自得か。

 

 

 

「朝斗彦よ。いや、八坂刀売神よ。

 元の身体に戻る方法は私には分からぬが、そなたはとりあえず信仰を集めるべきだ。神力は多ければ多いほど良いからな。

 

 

 諏訪へと向かう道中人助けするのもよし、自分を売り込むのもよし。とりあえずやれることは全てやってみるといい」

 

 

 

「天穂日命、ありがとう。色々と世話をかけたね」

 

 

 

「我らは異母とはいえ同じ父をもつ兄弟だ。

 兄は可愛い弟が困っている時には手を差し伸べるべきだからな、こんなのは手伝ったうちにも入らん」

 

 

 

「良い家族をもてて嬉しいよ。本当にありがとう」

 

 

 

「そうだ、伝えるのを忘れておったがそなた、その口調だとお前の素性を知らぬ者には品のない奴だと思われるぞ。形だけでも女子らしくした方が良い」

 

 

 

「あら、そうでしょうか……ごめんあそばせ?」

 

 

 

「……お主、対応力高いな」

 

「よく言われます」

 

 

 

「さて、我らはお主の旅を支えることは出来ぬが、その旅路が良きものであることを願っている。気を付けて行けよ、朝斗彦」

 

 

 

「えぇ、兄上のお気遣いに感謝致します。それでは、行ってまいりますね?」

 

 

 

「あ、ああ……。……アイツ、案外ノリノリなんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 さて、神々には普通に見えていたということはだ。人ならざるものになら私が見えているということ。そう思ったので、私は妖怪を探すことにした。

 

 

 あ、コレ? 雰囲気作りの為に性別変えてみたの。早苗、どう? 可愛い? やった、嬉しい! 

 

 ……そこ二人、気持ち悪いとか言わないでくれる? 普通に傷付くから。

 

 

 

 でまぁ話に戻ると、出雲の邑には妖怪がぜんっぜん居ない! ヤマトの支配の中で迫害されたりしたのかは知らないけれど、少なくとも葦原中国があった頃に比べたらその差は雲泥の差だった。

 仕方ないので郊外をウロウロしていると、見つけた。夫、嫁、娘の3人で角を長い髪で隠しているけれど、気配で分かる。あれは鬼だ。

 

 

 

「どなたか、われらに食べ物を恵んで貰えねぇか〜……?」

 

 

 

 乞食か。これを助けるのは私の役目だ!そう思った信仰乞食の私が彼らに近付くと、彼は先程の言葉をこちらへ向かってもう一度言ってきた。

 

 

 

「お困りのようですね。何か助けられる事はございますか?」

 

 

 

「た、食べ物が欲しいのです。……このままでは我々全員が飢え死にしてしまう。私一人ならそれでも構わないですが、嫁と娘がいる以上死ぬ訳には行かんのです」

 

 

「分かりました。その願い、叶えてあげます」

 

 

 そう言ったところで市井の人と話せなくなった私が何をするのか? 

 

 

 

 とにかく気合いで魚を取ること。

 

 

 この頃は肥河がまだ神門水海に流れていたので、ここで比売と遊び回った頃を思い出しながら拾った枝の先を剣で削って鋭利にした槍でひたすらに魚を突いた。

 

 

 

 川のほとりまで家族を一人ずつ抱えて移動し、ワタを取って棒に刺した焼き魚を食べさせると、彼らは頭から尾っぽまで全てを食べ、美味しゅうございます……と涙を流していた。

 

 

 明らかに長い期間飢えている様子だったため、がっつくと死ぬからゆっくり食べなさいね? と私が忠告をすると、彼等はそれを守ってのんびりと食べていた。

 

 

 

「父ちゃん、これ美味しい」

 

 

 

「そうか、良かったな。ちゃんとこの姉ちゃんにお礼を言えよ?」

 

 

 

 そうして父親に促された娘がこちらへと近付いてきた。

 この時、彼女は頭から生えたまだ短い一対の角をお団子で隠していたのを今でも覚えている。

 

 

 

「姉ちゃん、さかな、とってくれてありがとう」

 

 

 

「いいえ〜。困っているのを見たら助けたくなるもの! もっと食べたかったら言ってね。また取ってあげるから!」

 

 

 

「食べたい。けどさ、取り方、私にも教えて」

 

 

 

「……いいわ! いくらでも付き合ってあげる。そうだ、私の名前をまだ教えてなかったわね。私は八坂刀女ノ比売。貴方は?」

 

 

 

 この時はまだちっちゃいのにしっかり者な子だなぁと思っていたから子供に対しての対応をとっていたのだけれど……。その考えは間違っていたこととなる。

 

 

 

 

 

 

「私は、萃香。鬼の萃香」

 

 

 

 

*1
継体天皇

*2
欽明天皇





書き溜めを量産しすぎて危うく失踪しかけた末端文書きがいるらしい
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