作品の都合上鬼達は二百年ほど早めに登場していただきました。
ご了承をば…。
「私は、萃香。鬼の萃香」
彼女がそう名乗った瞬間、血相を変えて父親が飛んできた。そして、娘に対して雷を落とす勢いで怒り始めたので、私はそれを間に入って制止する事にした。
「鬼ってのは目が合った時から気付いていたわ。あなた方、どこかの山の出身?それとも出雲に残った者?今までに体験したコト、私に全て聞かせてもらえる?」
鬼の事情を知る者など人間にはまず居ない。何故か事情通である私の質問を聞いた萃香の父親は観念したのか、ポツポツと自らの出自を語り始めた。
…
曰く、小柄で鬼らしい華々しさを持たない彼の家族は迫害を受けて山の連合より追われた。しかし、追われる前に流行り病で亡くなった彼の両親は、かつて出雲より遠く離れた越後に逃げていた頃に自分達が若かった頃に経験した出雲と大和の戦争、長門で起きた戦いの事を息子の彼に言い聞かせていた。そしてそれを聴いて育った父は萃香へと語り継ぎ、彼らの心の中には憧れの地としてここが在ったという。
そんな彼らにとって、この地は正しく羨望の証であり、大江山を追われ残り少ない食料を持って辿り着いた時には感涙を流すほどであった。しかし、彼の両親が知る出雲と現在の出雲は完全に別物と言っていいモノであり、彼らを待っていたのは住民たちからの軽蔑の眼差しであった…。
そうして職にも就けず、社会の枠から外されてしまった彼らは飢えに苦しみ喘ぎながらも粗食に強い種族特性を活かして雑草や昆虫など食べれるもの全てで食いつなぎ、こうして私と出会ったのである。
…
「…以上が、我々の今話せる全てです。
あの、本当に悪さ等はしていないし、今後する予定もないので、領主様に言うのだけはやめて貰えますか…?」
「全く、黙って話を聞いていれば通報だとかなんとか、誰がそんなことするだなんて言いましたか?
今の話を聞いて確信しました。私が必ずあなた方を山へと帰らせます。そして、追い払った鬼達に必ずやあなた方を認めさせます。
それが亡き戦友たる貴方の親御二人への手向けであり、恩義というものです。
…今まで黙っていたが、私の真名は葦原朝斗彦命。諏訪明神の配神にして、鬼を庇護する者、木々の代弁者、夜空を照らす斗星の象徴である。今は訳あって女子の姿だが、かつての約束が生きている限りは東神…斗神の名のもとにお前達を庇護してやろう」
…実は僕が失踪してすぐくらいの頃、彼の親世代の鬼は一度故郷の山を取り返していたらしい。その頃よりずっと支配が続いていたが、僕が萃香の家族が出会った頃と同時期に故郷を失陥している。彼らが追い出されたのはその少し前であるということだ。
思わぬタネ明かしを受けた彼ら三人は大層驚いていた。両親の戦友にして鬼たちにとって信仰の対象であるはずの神が、追放された自分たちの元に伝承とだいぶかけ離れた姿形で現れ、嘘を嫌う鬼の目の前で平然と庇護すると言ってのけたのだから。
「本当に東神さまなの?」
「うん」
「じゃあさ、じいちゃんやばーちゃん、とーちゃんがよく話してくれた関門海峡の戦いの内容も言えるよな?」
「えぇ、言えるわ。あの時はね…」
そうして、この頃から昔話大好きなお姉さんが色々と彼女に教えてあげてたら兎に角懐かれた。でも、このとき彼らが私のことを東神として認知してくれただけでも活力が戻ってくるのが全身を通して伝わったよ。
いやぁ、信仰さまさまね。
…
この日以降、一日に何度も鬼の少女に鍛練の相手を頼まれてはそれを快諾するという生活が続くこととなった。私に関してもこの身体になったときに今まで持っていた神力は信じられないほどに減ったけれど、長年の実戦経験が物を言うようになった事でひりつく感覚が得られるのがたまらなく好きだった。
それに愛弟子もわずかな時間の間でメキメキと腕を上げて行くので鬼好きとしても師匠としても鼻が高かった。
そして食事はと言うと、時たま私が神通力で町民を操り、そこそこにお供え物を用意させるという形で貰ってはそれを食べて生活していた。…コラそこ、民を唆す悪神とか言わないの。これでも精一杯だったんだから。
三人の中で一番食欲旺盛な萃香は両親から食事を分けてもらうことで、背丈こそそこまで伸びずじまいだったがどんどんと頭上の角を伸ばしていき、日に日に彼女は自信を身につけていっていた。
そして彼女たちを鍛え続けて二つの月が経ったある日、私はひとつの提案をした。それは東へと向かうというもの。本来の目的、そしてたまたま出来た目的を庇護者の責務を果たす為にいつかは切り出さねばならぬ事だった。
「やっとかーッ!ようやく、ようやく山に帰れる!」
「萃香、あまりはしゃぎ過ぎるなよ。そうやってるといつか足元すくわれるぞ」
「へーきだっての!東神様が太鼓判押してくれたんだ、どんな敵でも倒してやるさ!」
「だからそういう所をいっているのだ、全く…」
私が手塩にかけて育てたからか、彼女に天賦の才があったのかは分からないが、まだ子供にも関わらず、彼女はめちゃくちゃ鬼らしい鬼となった。
個神的には前者だと思いたいが、実際はまぁ後者よね。
そして彼女の親二人はまぁ普通の鬼くらいにはなったんじゃあないんだろうか。鳶から鷹が産まれるとはまさにこの事だろう。
「支度はできてる?」
『出来てまーす』
「よし、じゃあここを出るわ。着いてきて」
…
「…ねぇ東神さま、なんで女になっちゃったのさ。鬼達に語り継がれている伝説だと、勇壮な男性神として伝わってるのに」
「いやね、なんか性別が入れ替わってたらしいんだよね。地元のお話の中でさ。それが反映されたのか、大社に着いて最奥神域に行った時までは男だったのにいつの間にかこうなってたの」
「なんじゃあそりゃ。そんなアホな理由で性別が変わるなんざ神様も大変だね」
そんな話をしながら、かつて建御雷と戦った山の麓にある脇道を通る際、ここの頂上で軍神を後一歩のところまで追い詰めたということを萃香に話すと、すげーや!私もそういう強敵とやり合いたい!という実に鬼らしい感想が返ってきた。
いつか君もやりあえる時が来るよといったのちにひたすらに歩き続けて居ると、つい先日父と地上に脱出した時に壊してしまった社へと着いた。
「ここは私の社…だったらしい場所。これからこの山陰の地には厳しい冬が来るだろうから住み込めるようあなた達に直して欲しいんだけど、どう?」
「任せなっ!父ちゃん、母ちゃん!
これぐらい私たちなら簡単に直せるよね?」
「ああ、いつでもやれるぞ!」
…
鬼は鑿と鉋を持って生まれてくる。
もし人が彼らの文化を身近に感じるほどによく知っていたのならばそんな比喩が出来てもおかしくないくらい、古来より彼らは建築に精通していた。種族の特性上桁外れの力を発揮出来る鬼は、聳え立つ山を禿山にする程に切り拓いてその頂上を均し、その地に堅牢な集落を作るのだ。
彼らはある時一人の大陸の言葉を話す者を拉致した。死を恐れたその者は、殺されたくないがために自身の持てる技術を全て鬼に教えたという。そうした経緯もあり、彼らは手に入れた技術を活かして豪華絢爛な住まいを造ったとされる。
ちなみに、その鬼が拉致した者というのは本来朝廷が迎え入れる筈だった朝鮮の仏教系の建築技術者の一人だったらしく、必死の捜索が行われた後鬼達に拉致されたことが発覚。怒った朝廷によって派遣された軍団に追い回され、数量で劣る鬼たちは山から逃げ出すこととなったらしい。
萃香の両親はあまり戦いが得意ではない分、そういった建築の分野には特に精通していた。彼らは明日がどうなるかも分からなかった頃、どうにか娘だけでも生き残らせようと、少しでも余裕が出来た際は自身たちの経験や知識を惜しみなく彼女へと分け与えたという。
そんな二人の娘である萃香はこの長い修行の傍ら、建物の設計図を砂地に描いてはその都度両親に改善点を乞うなどして助言を貰い、それを基に手作りの模型を作るなどして日々自分の創造力を高めていたのを、私は隣でよく見守っていた。
「どうせなら色々試してみるか!この社は元々大和の様式だったっぽいけど、我らの建築様式を用いて梁を活かした厳つめな感じにしよう。それに、出雲の神なんだからあの天にも聳える杵築の大社みたいな造りにするのも悪かないね!」
どうやらこの天才少女の脳内では既に完成図というものが出来上がっているらしい。齢十六に満たないとは思えぬ頭の回転の速さである。
萃香はすぐに自分の想像した形を地面に描いて親に情報共有し、親御もまたそれを受け入れて早速建築に…とはいかなかった。
「東神さま、ここの木って切ったらダメ?」
「ちょっと微妙ね。ここら一帯は一応神域の類だからあまり御神木に傷を与えるべきじゃないとは言っておく」
「…どうする?」
「うーん…。
そうだ!私が神力で木を生やすから、それを切ってほしい。あの術なら使い慣れているし、ここの祭神である私自らがやればきっと文句も言われまい」
「…木が倒れた時にこのボロ社に当たったらどうするのさ」
「それはその時考える。でもバチが当たらないようにはするさ。
ていうか社ごと作り替えちゃっていいよ。作るところ見たいし。それに、あの社は地底への入口に近すぎるからね」
「全く、鬼使いが荒いなぁ東神さまは」
…
萃香達は思わず息を飲むほどの連携で木材加工を行い、はじめに釘は使わない!買えないし!と宣言した通りに木組みであっという間に完成させてしまった。ついでに寝泊まり可能な竪穴住居も少し離れたところに作ってたかな?
「瓦や銅板はここの立地や私たちの素性を考えると手に入れるのが難しいし、屋根に張った茅は近くに生えてたススキにした。
ていうかこれ、とんでもなくないか?造った私が言うのもなんだけど、めっちゃ格好いい」
「茅葺きの方が暖かいから今の季節コレの方がいいよ。にしても凄いや、こんな社は今まで見た事ないよ。三人とも、褒めて遣わすぞ」
「よっしゃあ!東神さまに認めてもらえた!
父ちゃん、母ちゃん!私達やったよ!」
三人で腕を組みグルグルと飛び跳ねながら喜びを分かち合う姿は鬼らしくはないけれど、素朴な家族の強い繋がりを感じて見ていて心が癒されたよね。
…
私達はこの年、この地で冬を越して春が訪れるのと同時にここを出発した。いよいよ目指すは鬼の故郷、丹後に聳える大江山である。
神域で過ごしたことで少しずーつ活力が漲ってき
たので、これなら東にも行けるだろうと満場一致で決まった。中海の脇を通って出雲を離れ、かつては火神岳とも呼ばれた大山の麓を通って伯耆へと入った。
ちなみに、ここは一応私の生まれ故郷らしい。母の顔は知らないけどもね。
「ここの眺めは何百年たっても変わらないな。
萃香、昔ここで黄泉津醜女に執拗に追跡されたんだけど桃を投げつけて逃げ切ったんだ」
「だからなんでそんなに変な体験ばっかりしてるんだ。ソイツもソイツだよ。桃で撃退されるなんて訳が分からん」
「桃は貴きものが食べる物だから黄泉に住まう物には毒になるんだ。変かもしれないけど、本当の話だからね」
「じゃあ私は大丈夫か。あー!私も貴き者って呼ばれるくらい強くなりてぇなぁ」
「貴きものは強さのみならず流れる血次第でもそう扱われるからね。君はそういう硬っ苦しいのを打ち壊すくらいの気持ちでいるべきだよ」
「血筋がなんだ!私にとってとーちゃんかーちゃんが唯一無二だし、私の強さも唯一無二だ!そんなもん全部ぶち壊してやる!」
そんな夢物語とも取れるような意気込みを語って息を巻く萃香を彼女の親と共に宥めていると、三人以外の者の妖力を察知した。それは記憶の片隅に残るような妖力の雰囲気そのものであった。
大人の言うことを聞かずに走り出した萃香がふとした瞬間に忽然と姿を消した。慌てて大人達が近寄ると、そこにあったのは大きく掘られた落とし穴と、それに真っ逆さまに落ちて底に角が突き刺さった萃香の姿である。
「だれだ!こんな穴掘ったのは!角がなかったらタンコブ出来てただろ!」
萃香は激昂して滝のように文句を吐いていたが、いくら勇もうがその角で逆立ちした状態では威圧感は皆無である。
「こりゃあ、綺麗に落ちたね。待ってな、今助ける…おっと!背中を押そうとしても神の目は誤魔化せ…ぬ?」
「…バレた?」
「いやとっくに気付いてはいるけど…てゐさん?」
まぁ、旧知の親交のある白兎と言えばこのヒトしかいない。そう、遠い昔に大国主様におつかいさせられて出会った因幡てゐそのヒトである。
そういや私も落ちたっけ、穴。
「どっかで会ったことある?私ぜんっぜん覚えてないんだけど」
「葦原朝斗彦ですよ!ほら、昔首飾りを返しに出雲から尋ねてきた!」
「朝斗彦…朝斗彦…って、第一アンタ女じゃん。なら名付けの仕組み的に朝斗比売じゃないの?」
「いやこれには根の国より深い訳が…。ていうか、ほら!覚えてないですか?大国主様に頼まれて一人であなたを尋ねた若人がかつていたはず…」
「根の国なんて言葉久々に聞いた…あっ!
あのダイコク様そっくりの子か!なんというか、その…こんなに立派になって…」
「いや、胸見て言わないで貰えます?コレ本当に恥ずかしいんだから」
「なんで女になってんのさ。そういう嗜好?」
「違います〜。かくかくしかじかで…」
「これこれうまうまってことかぁ。
そりゃまぁ災難だったねぇ。ていうか、素戔嗚ってまだ生きてたんだ!私とダイコク様が出会った頃から既に伝承の存在だったのにさ!それが一番驚きだよ。
でもさ朝斗彦、大和との戦は残念だったけれど生き残ってくれたおかげでこうして再会できたってのは嬉しい限りだね。
ま、なんか性別変わってるしなんならあたしより体型いいのはムカつくけど!ウササッ!」
「えぇ、本当に。ひょっとしたら、貴女が分けてくれた幸運のおかげかもね。
ほらみて、今も袖の中に入れてるんですよ」
「うわぁー、私の首飾り!
チョー久々に見たよそれ、懐かしい!!!」
「折角再会出来たから返しますよ。元の持ち主の場所にあるべきだし」
「えー別にいいのに。
あっ!そうだ、それならさ。私がアンタに着いていくよ!
あたしゃただの兎なのにさ、最近変に祀りあげてくる連中がいるんだよ。いや、祀られるのも悪かないけどさ、なんか自由って感じじゃないじゃん!だから少しだけここから離れたいの!」
「そうなんですか?じゃあ一緒に行きましょうか」
「よっし!あ、もう敬語じゃなくて良いよ。
いくら年上とはいえ、あたしは兎でアンタは神なんだからさ。お互い気楽に行けばいいんだよ!」
「…そういうもの?」
「そういうもの」
「…じゃあ良いか。よし、これから改めて宜しくお願いしますね」
「…敬語じゃん。宜しくね。
所で、鬼なんて連れてるけど何処が目的地なの?」
「大江山」
そう言うと彼女はげえっ!と汚い声を出して仰天し、急用が…とか言い始めたが…。僕の後ろにいた萃香の親達が放っていた嘘は許さないという雰囲気に負け、僕達について行くことが決定した。
「おーい!誰か、誰か早く私を穴から出してくれ!」