叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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三話 救援

 

 

「坊ちゃん、わざわざ戻ってきてくれるなんてお姉さん嬉しいわ……! 

 ねぇ……今度こそ、わたくしと二人で仲良く黄泉の国に行きましょう?」

 

 

 その一言が合図となり、恐怖の鬼ごっこ・夜の部の幕が切って落とされた。

 

 

 何かが起きない限り終わることの無いこの競走。追い手の豫母都日狭美は『絶対に逃さない程度の能力』の持ち主である。彼女は黄泉の国で理想の退廃的生活を送るために、なんとしてでも彼を捕まえたい。

 

 それに対して、昼と同じく逃げの体勢をとったのは葦原朝斗彦。

大国主や神奈刀比売のような気心知れた身内が地下の国にいる訳がないので、この謎の執念深い女性に捕まる訳には行かない。昼の勢いを維持して逃げ切り勝ちする他ないだろう。

 

 

 

 ……

 

 

 

 二人の神速の持ち主は黄泉比良坂から揖屋を通り抜け、意宇川を飛び越えた後に神名備野の脇を走り抜けた。

 暫くの間夜の人気のない集落やススキの生えた野を通り抜けながら二人が追い掛け追いかけられて、位置的には宍道湖の南まで到達すると、突如として場の空気が一変する。

 

 

 

 宍道湖の南東付近にあるとある村にて、神奈刀比売が近くの集落の男たちを連れ、腕を組んで待ち構えていたのである。

 

 身内に対してはついつい心配性になってしまう神奈刀比売は、父や実母や義母達、従者たちが大丈夫だと宥める中、なかなか帰ってこない朝斗彦を案じて一人歩いて神名備野へと向かっていたのだが、東より打ち上がった見慣れた弾幕を目視した事で慌てて来た道を引き返し、体勢を整えられる余裕のあるこの村にて即時行動できる者たちを集めて布陣していたのだ。

 その神々しい姿を見て少しばかし日狭美が怯んだおりに、朝斗彦は神奈刀比売と合流し、執拗に追ってくる日狭美とついに対面した。

 

 

「黄泉醜女よ! その男に手を出すことは葦原中国の主、大国主大神の長女であるこの御名方神奈刀比売の名を持って許さない! 今すぐ黄泉比良坂へと戻れ!」

 

 

「ヒヨっ子一人増えたところで何も変わるわけないじゃない! それに、その子は貴女と一緒に過ごすよりも、わたくしと共に黄泉へと行った方が幸せに違いないわ! その子からは地下世界の者の気配がするもの!」

 

 

「なぁっ!? おい、そんな訳ないだろう! 

 朝斗彦、彼奴はあんな事を言っているがそんなわけないわよね!?」

 

「比売! あんな奴の口車に乗せられちゃ駄目だよ! 村のみんなも見てるんだから冷静に!」

 

「そっ、そうね。……ゴホン!!! 

 我らをそのような言葉で騙そうとしても無駄だ! 黄泉醜女よ、さっさと退きなさい!」

 

 

 大将同士の応酬が行われる中、神奈刀比売側で参加していた村の者の一人が山葡萄を食べ、ぷッとその種を吐き出す瞬間を朝斗彦は見逃さなかった。

 行きに桃を投げて日狭美を撃退した際、かつて伊弉諾が山葡萄を投げつけると黄泉醜女が食べたという話があったことを思い出していたのだ。

 

 

「そこの者、まだ山葡萄はあるか?」

 

 

「えっ? ああはい、ございますよ」

 

 

「すまない、それを全てくれないか?」

「えっ!?」

 

 

 その村民に申し訳ないと謝りつつ、何粒かの山葡萄を貰うと、朝斗彦はそれを全て地面に植え、神力を流すことで一気に成長させてしまった。

 

 いきなり実を地面に埋めて何かをしたかと思えば、そこから突然実までもがなったぶどうの木が生えた、というあまりにも謎すぎる光景を目の当たりにした村の者達はどうやらそれを奇跡だと認識したらしく、朝斗彦は意図せずして彼等から信仰の力を獲得することに成功したが、それはまだやった張本人である朝斗彦は知らない。

 

 

 

 朝斗彦は自分の目の前にある見事に生った山葡萄の実を何粒か食べると、

 

「うん、美味しい。我ながら見事な出来栄え」

 

 と種をぷぷぷっと手の中に吐き出したあとに一言漏らし、日狭美に対して貴女も食べます? と質問する。日狭美がほ、欲しいわ……と言うと、彼はそれじゃあそっちにひと房持っていきますよと言い出した。

 

 

 神奈刀比売がちょっとアンタ正気!? と大声を出したのに対して、朝斗彦はまぁ見ていてよと小声で囁いたあと、てくてくと歩いていき、日狭美のギリギリ射程圏外の距離から山葡萄をひと房投げつけた。

 

 それを日狭美は上手く捕るや否や、一心不乱に食べ始めたので、それを見た朝斗彦はその場で大きく跳躍し、先程自身が食べた山葡萄の種を器用に投げ、彼女の足元の四方へと撒き散らす。

 

 撒かれた種からまた新たに立派な山葡萄の木が生えると、その木の根が地中より蠢きながら飛び出した。まるで全てを飲み込む津波のように荒れ狂うソレは一直線に日狭美の四肢へと伸びてゆき、蔓のように絡みついて彼女を動けないように拘束してしまったのだ。

 

 

「坊ちゃん、謀ったわね!?」

 

 

「別に僕は食べるか聞いただけで攻撃しないとは言っていないからね。そもそも、僕らは敵対関係なんだから恨みっこなしだよ」

「て、敵対関係!? わたくしと、貴方が!?」

「うん。他に何があるのさ」

 

 

 わたくしが捕まえられない相手が伊弉諾以外にもいたなんて……としくしくと泣き始めた日狭美の様子を見た朝斗彦は少しだけ良心が痛んだが、自分はまだ黄泉に行くような年齢ではないので心を鬼にして彼女と接する。

 

 

 ちなみに、

 

『何気安く坊ちゃんなんて呼んでんのよ変な八尺ヤロー! 彼には葦原朝斗彦命って名前がちゃんとあるのよ!』

 

 と叫ぶ声が背後から聴こえるが、とりあえず今は目の前の問題を片付けるために無視することにした。

 

 

 

 ……

 

 

 

「山葡萄、美味しかったですか?」

 

 

「ええ、とっても。種まで飲み込んでしまったわ」

 

 

「そうですよね。

 あれは僕の神力を注ぎ込んだ特別な山葡萄、成長させるもそのままにするのも全て僕次第ですからね。

 

 ……その雪のような白い肌を無数の木々に貫かれたくなければ、今すぐに黄泉比良坂へとおかえり願いたい。そして、他の黄泉醜女も等しく二度と私を襲わないということを今ここで誓う事。さすれば、私からは何も手出しはしないし、後ろにいる我が味方にも手出しは不要と伝えよう。

 

 如何だろうか?」

 

 

 相手はあの伝説の黄泉醜女、結構な無理難題な要求を突き付けてしまったので、もし要求を呑まずに暴れられちゃあちょっとマズイかもなぁ……と思いながら返答を待つと彼女は再び嗚咽しはじめ、朝斗彦の要求を呑むことを選んだ。

 

 

「約束しますぅ……! わ、わたくし豫母都日狭美は今後一切坊ちゃ……葦原朝斗彦様を襲いませんし、同僚にも共有事項として知らせますぅ!」

 

 

「本当に? 二心があるようなら僕の荒御魂が貴女を祟るからね?」

 

「裏切らないわ! 言霊を持って誓いますぅ!」

 

 

「宜しい。ならば、貴女の拘束を解くこととする。一刻も早く黄泉比良坂へと戻り、他の黄泉醜女へと事の次第を説明せよ」

 

 

 日狭美の四肢をキツく縛っていた根がズルズルと動いてその拘束を緩めると、彼女はつい先程までの勢いが嘘のようにとぼとぼと東へと帰っていく。その背中を朝斗彦が見つめていると、いつの間にか神奈刀比売が隣にやってきて、黄泉醜女から逃げ切るなんて伊弉諾以来の快挙ね! と謎の励ましをしてきた。

 

 

「些か黄泉の者と接しすぎたな。比売、僕は神名備野にある滝で禊をして、そのままそこで野宿することにしたから、先に宮殿へと帰っても大丈夫だよ」

 

 

「駄目よ! いつまたあの変なのが襲ってくるか分からないんだから、私も着いていくわ。いいわよね!」

 

 

「はぁ……もう勝手にしてくれ。とりあえず、村の皆にお礼を言ってくるよ」

 

 

「分かったわ。ここで待ってるわね」

 

 

 

 ……

 

 

 

 朝斗彦が味方をしてくれた者たちへ礼を言う為に村へと戻ると、村長自らが最前に立って村民総出で朝斗彦の事を待ってくれていた。

 

 

「葦原朝斗彦様、貴方様にご助力出来たことを村民全員の民意により感謝致します」

 

 

「あの、えっと? 恐れ多いけれど、それはこちらが言うべき事ではないかな?」

 

 

「何を言いますか。

 

 貴方様は我が村に(ぎょく)のように綺麗な実を作る山葡萄の木を何本も生やしてくださったでは御座いませんか。それに、あの黄泉醜女を追い払い、村に黄泉の穢れがつくのを阻止してくださいました。

 御礼をせねば、我ら末代までの恥となりまする」

 

 

 そう言うと村長は後ろを向いて手招きし、人の群れの中から若い女の子が何かを持って出てきた。

 それは? と朝斗彦が聞くと、女の子は恥ずかしげにしながらも己の使命を果たすために説明を始めた。

 

 

「葦原朝斗彦様、これは我が村の周辺で良く取れる青瑪瑙で作り始めた勾玉です。これは、我が村に古くより住んでいる職人が手によりをかけて作った最高級の物です。

 

 深い青の瞳を持つと言われる貴方様にこそ似合うだろうと村のもの達の間で考え、こうして献上させていただきました」

 

 

「おお……! 

 助けていただいた上にこのような素晴らしい勾玉まで頂けるとは! これは大切に身につけさせて頂くとするよ。

 この葦原朝斗彦、このことは一生忘れることはないだろう。みんな、ありがとう」

 

 

 朝斗彦がそう言うと、神奈刀比売の募兵に対して最初に呼応した者が葦原朝斗彦さま、ばんざーい! と言い始め、それはやがて村全体に広がることとなった。

 

 

 ほとぼりが冷めるまでそれが続いたあと、村長が近寄ってきた。彼曰く、この村には万病に効く温泉があるという。

 それならば禊の帰りに是非とも寄らせていただこうと朝斗彦が答えると、それを聞いた村長は柔らかい笑みを浮かべ、村民一同心よりお待ちしておりますと言って、遅い時間にもかかわらず朝斗彦のことを見送ってくれた。

 

 

「ごめん、かなり熱烈な歓迎を受けて戻るのが遅くなった」

 

 

「良いよ、気にしないから! むしろ、名前を知ってもらえて良かったじゃない! それじゃ、神名備野へと向かいましょ!」

 

 

 

 

 

 この村の名前は玉造。

 葦原中国における瑪瑙の名産地にして、三種の神器・八尺瓊勾玉もここで造られたとされる、神話にとって重要な土地である。

 

 かつて日本で戦乱が絶えなかった頃、ここでは東神さまと呼ばれる勝負事と豊穣を司る神が祀られていたが、やがて統治者が代わり、二百年の平和が訪れると同時に存在を忘れられてしまったという話が、今も一部の者達によってまことしやかに囁かれている。

 諏訪の民間宗教の一つである斗神信仰とも関わりがあると言われているが、その真相は謎のままである。

 

【秘封倶楽部活動レポート・東神様について】より抜粋。

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 日の沈まぬ地、高天原。

 

 連日葦原中国へと送る使者を決めるための会議を開いている暇人ならぬ暇神たちが集うこの地では、本日もまた例に漏れず使者の選定が行われていた。

 第二の使者に選ばれたのは天穂日(アメノホヒ)。天照大御神と素戔嗚尊の姉弟による誓約によって二番目に生まれた男神である。

 

 

「なぁ、天穂日よ。皆が同意しているのにも関わらず、お前がイヤイヤ言うておったら一生話が進まないではないか!」

 

 

「私が同意していないんですよ! 

 そもそもですね母上、完璧超神の兄上が匙を投げるようなところに私が行った所でロクな目に遭いませんよ! 絶対危ないですって! 危険が危ないですよ!」

 

 

 会議に参加する神々が白い目で天穂日を睨みつけ続ける中、彼は自身が使者となることを拒むために必死に抵抗をしていた。

 

 

 彼の言う事もあながち間違いではない。

 まず初めにこの天穂日という者を説明すると、彼は兎に角真面目なのが取り柄のマジメ君である。真面目すぎるが故に、目上の者から受けた指導は取捨選択せずに全て参考にするような、まぁそんな感じの神なのである。

 

 そのため、何でもかんでも一度触れただけで自身のものにしてしまう天才肌な兄の天之忍穂耳が使者となる事を拒否したという事実がある以上、自分にこの大任をこなせるはずがないと思っているのだ。

 

 

「何を訳の分からないことを言っているのだお主は! ええい、こうなったら我が力で無理矢理降臨させてやるわ!」

 

 

「うわわわ、視界が歪む! 母上、おやめ下さい! あ、兄上、たすけ」

 

 

 残念、ここは高天原。

 母であり、この地の主である天照大御神の言うことは絶対なのだ。こうして、敵地の前情報も大してない状況の中、天穂日は葦原中国へと送られることとなってしまった。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 神名備にある伊弉諾の社にて禊を終えて玉造の秘湯を楽しんだ後、朝斗彦と神奈刀比売は雑談を楽しみながら出雲へと歩いて向かっていた。

 

 

 そして山の上に建つ荒神谷の砦が見え始めた頃、道のど真ん中に高貴な服を身にまとった者が倒れているのを神奈刀比売が発見した。慌てて二人で近くによって脈を測り、意識があるかを確認していると、彼はうーんと唸り声をあげて目を覚ました。

 

 

「あっ、比売! このお方目を覚まされたよ!」

 

「良かったぁ! こんな所で亡くなられたらいくらなんでもバツが悪すぎるもの!」

 

 

 二人でぎゃあぎゃあと騒いでいると、目を覚ました彼がぼーっとした表情でこちらを見ているではないか。

 

 

「あれ……この二人、何処かで見たぞ……」

 

 

 その一言を聞いた神奈刀比売がこの人、あった事あったかしら? と聞くが、朝斗彦もこの人物とはあった記憶が無い。ただ一つ分かるのは、ふたりと同じく神に通ずる何かを持っているということだけである。

 

 

 道の真ん中に倒れられていると民が怖がるんじゃない? と朝斗彦が言ったことでとりあえず二人で彼の脇を抱え、道の脇に生えている木の下まで引きずる事にした。

 すると引き摺られたことで目を覚ましたのか、いててて! 尻が! と彼が大声を出した。目ェ覚ました? と神奈刀比売が聞くと、彼は目をまん丸に見開き、急にうわぁぁぁ! と叫んで脅えだしたので、二人はどうしたんだろ? と言って顔を見合わせる。

 

 

「比売が雑に引き摺りすぎたせいでこのヒト怯えちゃってるじゃん」

「アンタだって似たようなもんだっただろうが!」

 

 

 二人の間でまたちょっとした喧嘩が始まるかと思いきや、この倒れていた人物が発した一言によって喧嘩は未遂に終わることになる。

 

 

「お、お前ら、前に兄上が池で映した中つ国の尖兵じゃないか……!」

 

 

「「……はい?」」

 

 

 





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