叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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二十七話 再出立

 

 

 

戦に勝った鬼達が多少は設備の整ったこの麓の地へと慌てて下山してきた日から数日後、宿敵の大王を追うかのように大族長が息を引き取った。

彼が意識を失う前、弱々しく震えながら僕に向けて娘を頼むと言ってきたのが記憶に残っている。

 

 

 

「まさか、帰ってきて数日で命を落とすとはね。あんなに青ざめた死に顔を見たのは随分と久しぶりだ」

 

 

 

「今朝散歩してた時に会った向こうの家のねーちゃん曰く、いくら焼いて傷口を塞ごうとしても不思議な力が働いて塞げなかったらしいよ。その上、鬼流の手当てや天狗が持ってた止血の薬を奪って飲ませたりもしたみたいなんだけど血が止まらなかったって言ってた。

 

 

 ……あそこの鞍馬天狗が片腕失ったのに生きてるのを見ると、生ける者の一生ってのは何が起こるかわからないね」

 

 

 

「でも、大国主様に聞いた話じゃ血が止まらなくなる病ってのはあるにはあるみたいだよ?怪我の治りも不思議なくらい悪いって言っていたし、もしかしたらそういう病を患ってたのかも?

 

 …というか、彼女達は帰らないのかな? もう決着は着いたから解放されていてもおかしくはないだろうに」

 

 

 

「配下は帰りたがってるらしいけどね。なんか棟梁が帰りたくないって言ってるらしいよ。援軍で来ただけな上に不具にもされたってのに変な奴ウサ」

 

 

 

「……帰るといえば、そろそろ僕も諏訪に帰りたいんだよなぁ……」

 

 

 

「彼奴らは葬儀の間はいろよって言ってたけど、このままだと一生ここにいる羽目になるよ? あたしらなら文字通りね。ウササササ!」

 

 

 

 勇儀か萃香が大族長になるなら残っても良かったかなぁ……とは思うけど、あの新たな大族長も位をそう易々と渡すようには見えない。

 こうなったら萃香達を呼んで相談しかないな。そう考えた僕はすぐに二人を招集したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「何? 諏訪に帰りたいって?」

 

 

 

「ああ。君たちの戦いは見届けたし、信仰の力も集まったから諏訪に戻るにも訳ないかなって。ここに居るのも悪かないけど、やはり国許へと帰らねばならないよ。僕にも待つものが居るからね」

 

 

 

「困ったなぁ〜。アタシら山頂に新しいお社建てようって話になってんだよ、なぁ萃香?」

 

 

 

「私は反対したからな? だって東神さまが帰りたがってるのは前から知ってたし」

 

 

 

「いや、社を建ててくれるのは有難いよ。もし何か起これば飛んでこれるしね」

 

 

 

「飛んでこれる? なら諏訪もそうなんじゃ? さっさと帰れば良かったじゃないか」

 

 

 

 いやいや、それはお前達への不義理になるだろうと言うと、それもそうか〜と間延びした返事が返ってきた。テキトウなヤツらだ。

 

 

 

「もし帰るのならいつにするんだ? 葬儀後か?」

 

 

 

「もう明日の朝でもいいくらいなんだよね。

 ちなみに神は気まぐれだからさ、支度も終わってる」

 

 

 

 そう言うと、萃香は何も言わずに慌てて走って出ていき、部屋には僕と勇儀、てゐだけが残った。

 

 

 

「……あぁ、多分アイツはお前さんに着いていく気だね。慌てて荷造りでもしに行ったんだろう」

 

 

 

「慕ってくれるのは嬉しいけど、山でドンと構えていればいいのに。もう半人前じゃないだろう」

 

 

 

「それ程にアンタを気に入ってんだよ! 

 アイツ、口を開けば東神さま、東神さまって……アタシの親父もなかなかだったが、全く煩い限りだよ! ハッハッハッ!」

 

 

 

「勇儀はどうする? ついてくるか?」

 

 

 

「アタシはいいよ! そうやってアンタに声掛けてもらえるのは光栄だが、アタシはこの山を気に入ってんだ。己が力でこの地を取り返した以上、今は離れたくはない。

 

 ……それに、対抗馬が減ってくれれば長への道が拓けるからね! アーッハッハッハ!」

 

 

 

「いかにも勇儀らしいな。分かった、頑張れよ」

 

 

 

「おうよ!」

 

 

 

 そうして快活に笑って答えて少しの間を置いたあと、勇儀がふと大きな溜め息を漏らした。それを聴いた僕達がどうした? と聞けば、彼女はぽつりとこう一言こぼしたのであった。

 

 

 

「……全くこれが現実だなんて信じられないが、きっと爺様婆様も若い頃にこうやってアンタと語り合ったんだろうな」

 

 

 

「何を言うかと思えば……いやはや懐かしいな……。

 

 若かりし頃の祖母上は勇儀に見た目がそっくりだったし、戦闘経験も豊富で常に闘志が燃え滾っていたよ。祖父上は僕の配下だったが、きっと彼の事を尻に敷いていたに違いない」

 

 

 

「聞いたことない話を聞くのはいいね、全く……」

 

 

 

「君の御先祖様は諏訪での戦いの際、呼んでもいないのにやってきた。そこで加勢を申し出てくれ、僕達の戦を有利に進めてくれた。自分達が朝廷に追われる身であるにも関わらずだ。その忠勤に応えて、当時の僕は特別な加護を授けたんだ。

 

 

 ……勇儀、君には祖より受け継がれし加護が今もなお働いている。必ずこの地を導く存在になるんだ」

 

 

 

「……そんな、押しかけたなんてアンタらからしたらありがた迷惑だったんじゃあないか? でも、その話を聞けば親父が信心深かったのも納得だ。きっと爺様婆様からその話を聞かされていたんだ……。

 

 

 ……悪かった! 親父と戦った時、勝ったのはアンタだったのにも関わらず、最強の親父が負けたという目の前の結果をアタシは認められなかった。それで舐め腐った態度を今までとり続けてきたんだ! 

 

 

 アタシの一族がここまで登り詰めたのはアンタの……東神さまの加護があったから。それに逆らうはすなわち咎人の行動だ。

 

 

 今までの非礼を侘びさせてくれ! すまなかった!」

 

 

 

 そう言って彼女は床に角が刺さる程に深く頭を下げてきたが、勇儀の態度を嫌だと思ったことはない。なんなら、元服すらしていない女子に頭を下げさせる方が正直いって嫌だ。

 

 

 

「気にしないで。むしろその歳でここまで忌憚なく意見を言えるってのは素晴らしいよ。

 

 

 ……全く恥ずかしい話だが、今の勇儀ぐらいの歳だったころの僕なんて旅する途中の道に咲く花をいちいち立ち止まっては摘んでみたり、空を飛ぶ蝶を走って追いかけたりしてたからね」

 

 

 

「ぶふっ! ねぇ朝斗彦、きっとソレって私の所へ訪ねてきた頃でしょ?」

 

 

 

「そうそう。黄泉津醜女に気に入られて決死の逃走劇をしたり、山陰の景色に胸を打たれたりして思い出深い一件だよ」

 

 

 

 そんな調子で年寄り二人で思い出話に花開かせていると、待ったをかけるものが一人、勇儀である。

 

 

 

「ちょっと待て、その頃同い年だってのに一人旅を?」

 

 

 

「ん? ああそうだよ。確か十四か十五の頃、新羅より攻めてきた天日槍のヤツと戦って戦功を立てたから大国主様に一人前と認められたんだ」

 

 

 

「……なら、アタシたちも一人前ってことにならないかい?」

 

 

 

「僕は充分だと思うけどね。けど中つ国には中つ国の決まりが、鬼の連合には鬼の連合の決まりがあるからそれに従った方がいいんじゃない?」

 

 

 

 僕としては優しく諭したつもりだったけど勇儀はとても悔しがって怪我をしていない右手を振るい、ドカッ! と床を叩いた。彼女は大族長の唯一の子としてその地位を継ぐために過ごし、跡を継ぐ覚悟も出来ていたというのに、ただ一つ年齢が足りないというだけでその候補にすらなれなかったことが大層悔しいようだ。

 

 

 

「気に病む必要はないんだよ、勇儀。今は雌伏の時だけど、いずれ元服したときには決闘を挑めばいい。恐らく今の大族長もいつか君が挑みに来ることについては覚悟しているはずだよ?」

 

 

 

 背中をさすってやれば幼き怪力乱神はぐずりもせず、ただ静かに目に溜めていた涙を流し始めた。豪放な振る舞いが目立つ彼女でも、親を失った事や他にも様々なことが胸の中で積もりに積もっていたのだろう。

 てゐと二人で勇儀の事を励ましていると、再びどたどたと足音を立てて萃香が戻ってきた。彼女はこちらを見て少し考える素振りを見せた後、無言で輪に加わって勇儀を慰め始めた。

 

 

 

「……馬鹿にしないのか? 同じ鬼なのにしみったれた涙を流すアタシの事を」

 

 

 

「するわけないだろ? 私だってそこのもじゃもじゃと修行してた頃に毎日のようにコテンパンにやられてはその度に涙をドバドバ流してたさ」

 

 

 

「もじゃもじゃって……。まぁ髪切っちゃったし間違っては無いけど酷くない? 勇儀、どう思う?」

 

 

 

「……えっ!? なんで今アタシに聞くんだよ! 

 全くもう……ハハッ、泣いてたのが馬鹿らしくなるよ!」

 

 

 

 泣いてる場合じゃあないね! と言って勇儀は涙を拭い、バシッと顔を叩いて気合いを入れ直した。すると萃香はよっしゃ、これこそいつもの勇儀だ! と言って彼女の大きな背中をバシバシと叩いていた。

 

 

 

「萃香、山は任せなっ! お前さんが東神様の里帰りに付き合ってる間、山には誰も攻めさせやしないさ!」

 

 

 

「頼むよ勇儀! ここの事は任せた!」

 

 

 

 固く手を握りあい、その絆を更に深めた勇儀と萃香。彼女たちが居れば鬼の未来も明るいだろう。…勿論、色々とやりすぎなければの話ではあるが。

 

 

 

「……えーっと、萃香? 熱い展開の中失礼だけど、そんな大量の荷物一人でどうやって持っていくのかな?」

 

 

 

「えっ? これ全部持ってっちゃダメか?」

 

 

 

「そんな量持ってたら道行く者に怪しまれるに決まってるじゃないか! そこいらの人じゃ持てないぞ、そんなの!」

 

 

 

「そうかぁ? わかったよ。それじゃ東神さま、後で整理手伝ってくれよ」

 

 

 

「またか…。いやいいんけどさぁ、いい加減覚えようよ」

 

 

 

 神に荷物整理付き合わせるなんてとてゐに苦言を呈されたことに対して萃香は怒っていたけれど、怒ったところで説得力ないんだよな。だってその間も隣で僕が整理してるんだから。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 結局、次の日の朝に起きていた者達に諏訪へと戻ることを伝えると、案の定野次馬達に行かないでくれと止められてしまった。そこで萃香を呼んで彼女に渡していた髪の束を受け取って少し分けると、僕はそれに息を吹き込んだ。すると、髪がひとりでに動き出し、やがてそれは烏石のように黒い蛇へと姿形を変わる。

 

 

 

「捧げ物をすれば彼が私の代わりに願いを聞き遂げる。山頂に建てるという我が社にて彼を祀りなさい。……あっ! 生贄とかは絶対しなくていい! 狩った獲物とかを多少分け与えるだけでいいからな!」

 

 

 

 そう言って彼を大族長へと手渡そうとすると、

 

 

「ヒイッ! いや、畏れ多い!」

 

 

 と言ったので勇儀に渡した。勇儀は腕に巻き付かれてヘラヘラ笑ってた。…族長は畏れ多いとか言ってたけれど、ホントはただ怖かっただけなんじゃないか? というのは今でも思ってる。

 

 

 

 やる事は済ませたからそろそろ出ようかという時、僕達は何者かに呼び止められた。振り向くとそこに居たのは頭襟を被った天狗の一団であり、先頭に立つ唯一青い頭襟を着けた鴉天狗が此方へと歩み出てきた。

 

 

 

「貴方は諏訪の斗神様ですね? 私は信州飯縄が生まれ故郷の鴉天狗、飯綱丸龍と申します。良ければ、貴方様の旅路の伴を務めたいのですが、如何でしょうか?」

 

 

 

「えっ? いや僕は大丈夫だけど、伴には鬼も居るよ? ……ってアレ、萃香は?」

 

 

 

「なんか友達呼んでくるってさ」

 

 

 

「気にしませんよ。ここには私達は増援として来たに過ぎませぬ。それに棟梁や他の鞍馬の者もおります故」

 

 

 

「え? でも貴女の言う棟梁、嫌がってるけど?」

 

 

「え?」

 

 

 

 てゐの指差す方には、飄々とした雰囲気をもつ男の天狗の右腕に対し、残された左腕を絡ませた鞍馬の棟梁の姿が。ああ、帰りたがっていなかったというのはそういう事か。

 

 

 

「何やってるのですか! 早く鞍馬に戻りますよ!」

 

 

 

「嫌である! 帰るならこやつも連れて行く!」

 

 

 

「何を我儘申されているのですか! そんなの天魔様が許すわけないではないですよ!?」

 

 

 

「天魔殿、頷いてられてるけど」

 

 

「ほらっ!天魔様も我らの事を認めていらっしゃる!」

 

 

 

「……じゃあ尚更じゃないですか! 早く帰りますよ!」

 

 

 鴉は伴侶を大事にする動物だからね。仕方ないね。

 

 

 騒がしい者たちだなぁ……と思っていると、萃香がいつも通りのガニ股歩きで一人の鬼を連れて戻ってきた。彼女が連れてきたのはボサボサな頭に寝ぼけ眼、はだけた襦袢を身にまとい頭には太く短い双角を生やした歳若い鬼だった。

 ……根の国より深いわけがあるから彼女のことはそうだな、彼女は萃香や勇儀よりも少し歳が下だから童子とでも呼ぶか。

 

 

 

「なんだよ萃香……なんだってこんな朝早くから起こしやがって……って、東神サマッ!? しかもお偉いさんも全員居るじゃねぇか!?」

 

 

 

「悪いな東神さま、コイツも連れていきたいんだ」

 

 

 

「良いよ。ところで君、名前は?」

 

 

 

「え? あ、ああ……私は**(華扇)だ。よろしく頼む」

 

 

 

「いい名前だね、宜しく。悪いんだけど、あそこの鞍馬天狗がさ、仲間達に翼に傷を負った者がそこそこ居て飛べないから一緒に帰りたいって頼んできたんだけど、それでも大丈夫?」

 

 

 

「あぁ、まぁ別に……!? ってお前、この前の! 生きてやがったのか!」

 

 

 

「ん……? あっ、貴様はこの前の桃色頭!」

 

 

 

 天狗同士で言い合いしてると思ったら今度はこっちで始まっちゃったよ。喧しすぎる。

 

 

 

「おいおい、どうするんだこれ。いがみ合いながら帰るとか勘弁願いたいんだけども。

 

 ていうかつい善意で全員受け入れちゃったけれど、ずっと鬼の里で過ごしてた上にこの人数の妖怪とこれから共に過ごすってのはちょっとマズイぞ。月の神程の潔癖じゃないとはいえ、流石に穢れが……。

 

 

 ……お前達! 早く出発するぞ!」

 

 

 

 まぁ幻想郷に来て早々に境界を弄られたものだから今はぜんっぜん気にしてないし大丈夫なんだけど、我々地上の神にも一応穢れの概念はある。

 この頃はそこら辺にちょこっと敏感だったからさ、気にしちゃってたんだよね。そういうの。あと、そんな状態で比売に会いたくなかったんだよ。なんとなく分かるでしょ? その気持ち。

 

 

 

 僕が無理矢理号令をかけたことで構成員総入れ替えで数百年振りに結成された朝斗彦軍団は大江山を出発した。僕たちは健康な者が怪我人を背負うことでドタドタと土煙を上げて走り続け、山背の盆地を見下ろすように位置する鞍馬山へと到着したことで、連れていた天狗達の大部分と別れた。

 

 

 

「あの、くれぐれも政を疎かにしないでくださいね?射命丸様」

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だから。政に関しては旦那に代筆を頼む。私はまずこの腕でで()を扱う練習でもするさ。

 そういうお前こそ気を付けろよ龍。お前は些か頭が回りすぎるからな」

 

 

 

「肝に銘じます。それでは、お世話になりました」

 

 

 

「うむ、また会おうぞ」

 

 

 

……

 

 

 

「よーし、ここでの用事は済んだから急ぐぞ〜。東神サマは早帰りをご所望だ」

 

 

 

「……貴様っ! 天狗が私しかいなくなったからって馬鹿にしおって!」

 

 

 

「うるせーよーだ! 鴉一羽がぴいぴい鳴いたところでこっちが有利なのは変わんねぇんだよ!」

 

 

 

「鴉ならカァカァだろうが、このど阿呆っ!」

 

 

 

「「…ぶっ飛ばす!」」

 

 

「あーうるさいったらありゃしない。全く懲りないやつらウサ」

 

 

 

「良かったな**(華扇)! 私と勇儀以外の友達が出来て!」

 

 

 

「「仲良くないわっ!」」

 

 

 

 どうもこの二人は年若いが故の傲慢さも相まってなかなかに馬が合わないようで、ことある事に口喧嘩を始めてはそのまま手を出し合ってばかりだった。初めこそ僕が仲裁していたものの、てゐや萃香がそのまま喧嘩させておけと言うので放置していたら本当に延々と喧嘩してた。

 

冗談混じりに僕が君ら本当は仲良いでしょ?と言う度に彼女達は仲良くない!と言っていたのだが、今はお互い近所に住んでるんだよね。人生何があるか分からないね。

 

 

 





幻想郷だと大人な存在が若さゆえにギラギラしてるのって良いですよね。
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