叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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三十話 星降る霊峰

 

 

 

「まさかあんなスイッチが入っちゃうとは思わなかったです。朝斗彦様、早苗を許してください」

 

 

 

 まだまだ冬の寒さが残る春の夜。

そんな中、夜空の下を飛ぶのは守矢神社の祭神が一柱の葦原朝斗彦と、彼を祀る守矢の風祝こと東風谷早苗である。

 朝斗彦が昼前に博麗神社に昼寝しに行くと言ったきり、そのまま夕暮れ時になっても帰ってこなかったため、神奈子と諏訪子の命令で早苗が迎えに行き、現在は守矢神社への帰路に就いている所であった。

 

 

 

「早苗が謝る必要はないよ。僕の方こそごめん、大人気なかったね」

 

 

 

「いえ、この前聞かせてくれたお話の通り、守矢神社が朝斗彦様の帰るべき場所であることは当時の行動を思えば一目瞭然。それなのに失礼な事を言ってしまいましたから……」

 

 

 

「……早苗は優しいね。神様思いの子に育ってくれて嬉しいよ。

 

 ……そうだ、今度人里にでも遊びに行くかい? 

 魔理沙が言ってたんだが、なんか甘味処が新しい品を作り始めたらしいんだってさ」

 

 

 

「もしかして、パフェの事ですか?」

 

 

 

「そう、それだ! 聞いた時は酒飲んじゃってたから名前が思い出せなかった」

 

 

 

「成程、じゃあお言葉に甘えて是非!」

 

 

 

 そんな会話をしていると妖怪の山が近づいてきた。幻想郷の北西にて人里を始めとした地上を見下ろす様にそびえる、言わずと知れた霊峰だ。

勝手知ったる二人がそのまま高度を維持して飛行を続けていたところ、向かいの方角より耳を劈くような音を立てながら飛んでくる存在がいる事に気が付いた。

 

 

 

「むっ? ……なんかこっちに向かってきてないか?」

 

 

 

「あれは……鴉天狗ですかね? なんか持ってますけど、武器とかだったらどうします?」

 

 

 

「その時は僕が相手するから早苗は気にしなくていいよ。

 もしかしたら前の文とはたての二人みたいに、取材という名の盗撮合戦を仕掛けてくる可能性もあるよね」

 

 

 

「あっ、たしかに! 寒いし運動出来るなら待ってみましょうか!」

 

 

 

 二人が動きを止めて待っていると、米粒大の大きさだった相手が近付いて来たことでその正体が分かった。鉞担いだ金太郎ならぬ、三脚担いだ飯綱丸龍である。

 

 

 

「こんばんは、朝斗彦殿」

 

 

 

「おや、これは大天狗の飯綱丸殿」

 

 

 

「ん? 飯綱丸……? あっ朝斗彦様、この方がもしかして?」

 

 

 

「そうそう。諏訪に帰るまでの旅路を共に歩んだ飯綱丸龍だよ。龍、知ってるとは思うけど一応紹介するよ。彼女は東風谷早苗、守矢の風祝を務めている」

 

 

 

「名前は存じていたけれど、こうして実際に会うのは初めてか。私が飯綱丸龍だ。宜しく」

 

 

 

「あ……は、はい! 東風谷早苗です! よろしくお願い致します!」

 

 

 

 忙しなくお辞儀をした後、甘い面立ちの飯綱丸を見てぽへ〜と見とれている早苗に対して朝斗彦は苦笑いを浮かべつつ、突然目の前へと現れた彼女に対して要件を訊ねた。

 

 

 

「いやなに、色々と懐かしき気配を感じたものだから私的に尋ねたのですよ。……その目の色、私の読みは図星だったようですね」

 

 

 

「ああ、やっぱり変わってる? これだけはどうやっても直せないんだよねぇ。本質が妖怪に近くなってんのかなぁ」

 

 

 

「貴方は妖怪からの支持が強いからな。実は大衆の神としては結構崖っぷちなんじゃないか?」

 

 

 

「いやぁ、ありえるな。そう言われると早苗の布教で一番恩恵を受けてるのは僕な気がしてきた、ありがとう早苗」

 

 

 

「へっ……? あっ、いえ! 私は自分のすべき事をしてるだけですから!」

 

 

 

 話を振られた早苗がはっ! と我に返って慌てて返事を返したのに対して、朝斗彦は相変わらず微笑ましげにそれを眺め、飯綱丸は満更でもなさそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

「フフ、自分の所の神様想いないい子ではないですか。相変わらず朝斗彦殿は周りの者に恵まれていますね」

 

 

 

「他人との縁に恵まれてるのは本当に有難い限りだよ。……まぁその中には因縁ある者もいるけど、僕から進んで揉めには行かないしね」

 

 

 

「ふん、どうだか……。他人にそれほど興味無いだけなんじゃないか?」

 

 

 

「まぁそれもあるかもね。寝てるか釣りしてる時が一番楽しいもの」

 

 

 

「ふっ、全く……よくそれで戦いの神を名乗れたものだ。奥方の八坂神奈子を見習うか、怠惰の神にでもジョブチェンジした方がいいと思いますよ」

 

 

 

「え〜やだよそれ。

 大体やりたいやつにやらせておけばいいんだよそういうのは。それに弾幕ごっこよりも実際に武器や素手でやり合う方が楽しいし」

 

 

 

「ハッハッ、いかにも貴方らしいお言葉だ」

 

 

 

 そんな事を話していると、飯綱丸が彼処を見てみてくださいと言って天を指さした。なんだなんだ? と他の二人が見上げると、そこには夜空を照らす北極星と北斗七星が見えた。

 

 

 

「あそこに東より伸びるように浮かぶ、貴方の名の如く勇壮な北斗七星が見えるでしょう? そして隣にはこれまた輝ける北極星がある。

 

 

 

 ……中々諏訪に戻れずに内心穏やかでなかったであろう貴方に、幼き頃の私はこう説明しましたね。

 

 

 北斗七星と北極星は共にあり、この星々が離れる事など有り得ない。 話を聞く限り、まるでこの星々をそのまま写したような関係であろうあなた方ご夫婦は必ず再会することが出来る、と。

 

 

 覚えてらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

「覚えているよ。当時は子供に何を言わせてるんだと思ったし、君なりに励まそうとしてくれているのが分かるから嬉しくもなったな。お陰で気は楽になったし、あの後諏訪にも戻れて比売とも再会出来たからね」

 

 

 

 

 

「昔言った言葉を今思い返すのは恥ずかしい事この上ないが、子供は大人の事をよく見ているものです。……あなたもそうだろう?」

 

 

 

「はい、私も故郷にいた頃に神奈子様や諏訪子様や、親戚達の事はよく見ていましたね。

 

 一族にずっと現れなかった現人神の素質を生まれ持つ者として身内からかけられる期待が重責となって押しつぶされそうになっていた時、神奈子様と諏訪子様に話を聞いて貰う事だけが私にとって唯一の癒しでしたから……。

 

 それだけに、お二柱がこちらへと移住するとなった際に危うく置いていかれかけたことはショックでしたけど!」

 

 

 

「ああ、それか。でもさ、やっぱり可愛い早苗を置いていくなんてこと、あの二人には出来ないよね」

 

 

 

「あの二柱のことだから、どうせ移住の日が迫るにつれて貴女の事を恋しくなった事で折れたんでしょうね。全く、人間味溢れる神様達なのは昔から変わらないな」

 

 

 

「比売も諏訪子も僕も全員早苗のこと大好きだからねぇ」

 

 

 

「えへへ……」

 

 

 

 結局、思いの外話が弾んだ為に三人は長話をしてしまった。そのせいで帰りが遅い事に怒った神奈子が全速力で飛んできて

 

 

「なんで迎えに出した貴女まで帰ってこないのよ!」

 

 

 と言って朝斗彦達の襟を掴んで無理やり連れて帰り、結局飯綱丸がなんの為に三脚持っているのかについては誰も分からないままであった。

 

 

 

 

 

 

「ん、これか? ただ持ち歩いているだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いよ早苗、それに朝斗彦も! 何やってたのさ!」

 

 

 

「ごめんごめん、帰ってる時に龍と会ってね。ついつい世間話に花開かせちゃったんだ」

 

 

 

「あのキザな大天狗め〜! お陰でお腹ペコペコだよ!」

 

 

 

「……夕飯くらい自分で作って食べてれば良かったじゃん」

 

 

 

「……」

 

 

 

 朝斗彦の言葉に何も言わずにムスッとする諏訪子。彼女は無言で不満そうに指を指したのだが、その先には台所に立つ神奈子の姿あり。それを見た朝斗彦と早苗はすぐに事情を察し、付き合わされてひもじい思いをしていた諏訪子に頭を下げた。

 

 

 

「……なんだかすごく……お母さんっぽいです」

 

 

 

「比売、ああいう姿結構似合うよね……」

 

 

 

「そこ、うるさいぞ」

 

 

 

「えー? でも神奈子、二人にそう言われるのは満更でもないんじゃない?」

 

 

 

「……? 流しの音で聞こえなかった。何か言ったか?」

 

 

 

『やっぱりお母さんだ……』

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「よし、出来たわ。皆で食べましょう」

 

 

 

「……もう干からびそう」

 

 

 

「食前の挨拶をしたらまず汁物を飲むんだ、諏訪子」

 

 

 

「頂きます!」

 

 

 

 神奈子の作った料理は肉じゃがに漬物、味噌汁、白米である。彼女はいつの間にか作り方を覚え、気付けば守矢の我が家の味的な存在になっていた。

 

 

 

「人里に行ったら八百屋で新じゃがが売ってたから買ってきたわ」

 

 

 

「……それ、大分目立たなかった? というか、供物入れに入ってたりはしなかったの?」

 

 

 

「それがなかったのよ。この時期になるといつも麓の農民が恵んでくれるからって甘えてたわ。あと、人里ではそこそこ見られたわね」

 

 

 

「そっか〜。もしかしたら今年はそんなに沢山取れなかったのかもね」

 

 

 

「だとすれば、たくさんの人が神社に願いを掛けにいらっしゃるかもしれませんよ! 来年は豊作になりますようにーって!」

 

 

 

「人の欲は我々の糧になるからな。是非とも我が守矢神社に参拝してもらいたいものだ」

 

 

 

「ウンウン。朝斗彦はともかく、神奈子は私からの再生エネルギーで生きてるからねぇ。

 えーっと、あれだよ! なんだっけ? あそうだ! ほら、サステナブルってやつだよ!」

 

 

 

「最近覚えた言葉ばっか使ってるよこの神」

 

 

 

「だってさぁ……横文字使うのってかっこいいじゃんねえ、早苗?」

 

 

 

 ウンウンと頷いて分かります……! と言っている早苗を見て、血には抗えないんだなぁ……と朝斗彦が言うと、横から神奈子がこっそりと耳打ちして

 

 

「早苗には私達の血も流れてるわよ?」

 

 

 と言って来たことで、彼は守矢氏へ養子に出された孫の事を思い出すこととなった。

 

 

 二人はわりかし柔軟的な考えの持ち主だが、やはり素性は古代の神人。早苗の祖となる孫のことは養子に出された以上守矢の事だとそこまで気にしていなかったが、早苗は明神と土着神の血と志を継いだ者であり、正統なる現人神。

 

 

 それこそ今は諏訪子との絡繰談義に熱を出しているが、彼女は彼ら三人の希望なのである。

 

 

 

「私、この景色が好きなのよ。四人で、楽しく食卓を囲んで和気あいあいとしてる時が一番ね」

 

 

 

「間違いないね。けれど、中つ国の野生児代表みたいな認識されてた僕らがこんな家庭的な事してると思うとちょっと笑えてこない?」

 

 

 

「そうね。でも、あの頃から父上の元で家族で食事をしていたから……。その時の癖が抜けないのかもしれないわ」

 

 

 

「そうかも。……大国主様、今思えば僕の事も実の息子だと思って接してくれていたなぁ。まぁ父上を通して遠い親戚にはなるけれど、私生児相手に破格の対応だったよね」

 

 

 

 二人でこくりと喉を鳴らして酒をその身に流し込んで一息ついた後、神奈子がふとこんなことを言い出した。

 

 

 

「……貴方、知ってる? 父上は平時の頃よりもし兄上の身に万が一何かあった時は貴方に後を継がせるつもりだったのよ?」

 

 

 

「えっ? そんなの初めて聞いたよ。

 でもなんでさ? 事代主様以外にも実の息子は数多く居たじゃないか」

 

 

 

「父上が貴方の素性を拾った時に直感で感じたってのは知ってるわよね?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

「血統的に自分より素戔嗚様に近い存在がこうしてやって来たのは何かの縁に違いないと感じたみたい。だから周りに反対されようと自ら養育して万が一に備えてたらしいわよ?」

 

 

 

「そ、そうだったのか……。いや、そうでもなきゃ格の違う比売と結婚するのを許してなどくれないか……」

 

 

 

「そう。貴方に欠けていた格を私が補い、正統性を得させようとしたワケ。

 

 

 ……大体、父上もそういう考えをお持ちなら命令してさっさとくっつけてしまえば良かったものを、

 

『いや、想い人が出来るかもしれないから朝斗彦に選ばせる!』

 

 って頑固に意地張ってたせいで私は婚期逃して最悪だわ。それに、アンタもアンタよ。気まぐれなくせして生真面目だから全然気付いてくれないし……」

 

 

 

「おや、また神奈子のアレが始まったの?」

 

 

 

「諏訪子様、アレとは?」

 

 

 

「アレだよ、朝斗彦のせいで結婚が遅くなったことにウジウジするやつ。数年に一回起きるんだ」

 

 

 

 

「へ〜。なんか神奈子様、意外とあとに引き摺るタイプなんですねぇ。そういう所、霊夢さんに似てますね!」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

「ぶはっ! アッハッハ! 早苗、比売になんてこと言うのさ」

 

 

「そうだよ! いくら神奈子でもそれは傷つくって!」

 

 

 

「……早苗よ、そういう事は言っちゃあ駄目だろう? 親に教わらなかったか?」

 

 

 

「いえ! 朝斗彦様が思ったことは胸に溜めるよりも口に出した方がいいよーと前に仰っていたので!」

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 早苗の無意識に発した一言によって、それまで早苗に詰め寄っていた神奈子の首がぐりんっ! と音を立てるが如く朝斗彦の方へと向き、それを確認する間もなく彼はかつての主君のように一目散に逃げ出した。

 

 

 

「こら〜ッ! うちの可愛い早苗に何吹き込んでるんだ! 朝斗彦! 待ちなさい! 弾幕撃ち込むわよ!」

 

 

 

 

 

「早苗、言葉には気をつけなね」

 

 

「え? 私なんか言いました?」

 

 

「……ダメだこりゃ」

 

 

 

 結局、朝斗彦と神奈子は長い追いかけ合いの末に裏の湖の上空で盛大な夫婦喧嘩を起こし、その音を聞き付けた妖怪など夜行性の連中が挙って集まってその結果を見届けたという。

 翌朝の文々。新聞にはその一部始終がくまなく載せられ、天狗の里には守矢神社からの苦情が入ることとなった。

 

 

 

 





早苗のノンデリ要素はもじゃもじゃからの超絶隔世遺伝を受けてる…という設定。現人神は神の影響を受けやすいのだ。
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