叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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三十五話 神々の行進

 

 

 

「おはよう皆の衆。そろそろ出発する……ぞ……? おい、なんでお前たちがここに居るんだ」

 

 

 

「いや悪いね。実は私らも西に行かにゃならんのよ! ちょいと旅の行列に加えてくれんかね?」

 

 

 

 手を揉みながら低い姿勢でお願いしてくる萃香に対し、神々は顔を見合って口々にどうする? と相談していたが、神奈子が前へと進み出ると鬼以外の皆が頭を下げてその場へと腰を屈めた。

 

 

 

「駄目だ。私達は神格ある者だけが行う出雲参りの途中であり、お前達のような鬼と共に行動するなど言語道断である」

 

 

 

「えぇ〜……ヒメ様、そこをなんとか頼むよ! 角も隠すし、悪い事はしないからさ!」

 

 

 

「私がダメだと言ったらダメだ! ……なんだヒメ様って! そんな呼び方するんじゃあない!」

 

 

 

「ぶぅ、けち! 東神さまなら絶対認めてくれるのに!」

 

 

 

「それは朝斗彦が鬼狂いだからだろうが! ダメだと言ったらダメなんだ!」

 

 

 

 そんな様子で神奈子と萃香が押し問答を繰り返していると、そこに現れたのは角髪を結って高貴な佇まいを魅せる噂の鬼狂いこと葦原朝斗彦である。彼は姿を見せてすぐに萃香に泣きつかれて話を聞くや否や一言、

 

 

「別に出雲まで一緒ってわけじゃないなら良いんじゃない?」

 

 

 と言い、それを聞いて怒り出した神奈子の怒声に対してうぅっ!と顔を顰めながら耳を塞いでいた。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 結局、目的地近くまでならいいという神奈子の言質を得た鬼たちは意気揚々と隊列に混ざりこみ、一行は淡海の海の北側を周り、西の山陰道を通って出雲へと向かう運びとなった。

 

 

 

「おらおら! ここを通るは諏訪の明神様とその妃神である! 道を空けなっ!」

 

 

 

「敬えばご利益に恵まれるぞ! そらっ、願いごとがあれば遠慮無く願いなっ!」

 

 

 派手な髪型、格好をした連中が格式高そうな一団を先導する様子は老若男女問わず誰が見ても困惑してしまうものである。それは連れている当の本人達も同じらしく、朝斗彦扮する建御名方神が手を振ったりしているのに対して、横並びで馬を進める神奈子……つまりここでは妃神の八坂刀売神は浮かない表情をしていた。

 

 

 

「……やっぱり同行させたのは失敗だったんじゃないかしら?」

 

 

 

「でも最終的な決定は神奈子がしたんだからね?」

 

 

 

「わ、分かってるわよもう……。

 でも戦や祭りのときならともかく、平時にあのノリをやられるのは見てるだけで疲れるわ」

 

 

 

「そうかぁ? 私は好きだけどなぁ、ああいうの。まぁ、神奈子はおヒメ様だからねー?」

 

 

 

「うるっさいわねっ! 余計な事は言わなくていいのよ!」

 

 

 

「はいよ〜。私は黙っておくよ」

 

 

 

「全く、最初からそうしなさいっての……」

 

 

 

「まぁまぁ比売、そうカリカリしないの。怒ってばかりだとその玉のような肌に良くないよ」

 

 

 

「……朝斗彦アンタ、後で覚えておきなさいよ」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

「ところで萃香殿、あなた方はどちらまで向かわれるのです?」

 

 

 

 有員がそう言うと、萃香は話しかけられると思っていなかったのか、ピクっと身体を震わせた後に聞かれた質問に対する回答を話し始めた。

 

 

 

「ん? ああ、私らは大江山に行くんだ。なんたって慶事だからね」

 

 

 

「む? 慶事だと?」

 

 

 

「そうだよ。勇儀のヤツが連合を取仕切る大族長になったんだ。

本当なら私も挑戦の権利があったんだが、まぁアイツが喉から手が出る程に欲しかった地位を掴ませずに掻っ攫うのは嫌だったんだよ。だから、権利を主張するのは向こう百年近く経ったあとくらいにするかと思ってね。

 

それに、場合によっちゃ共同でその座に着くってことも出来るからな。何でも、遠く離れた西の果てにある大秦って国じゃあ何度かそうやって帝国を支配したらしい」

 

 

 

「詳しいな。しかし、萃香の事だからてっきり野心のままに行動するかと思ったよ。

…いやぁ、ようやく勇儀も長の座に着いたのか。そりゃあ目出度いな」

 

 

 

「勇儀……? 朝斗彦様、その方は?」

 

 

 

「ああ、萃香たちと同世代の鬼さ。彼女から見て祖父母にあたる者が僕らと縁があってね。その裔たる彼女には諏訪に帰る時に頼らせてもらったんだ」

 

 

 

「ああ、先日のお話にでてきた件ですね」

 

 

 

「そうそう。百戦錬磨の鞍馬天狗の長を決闘で打ち破るほどには強いよ」

 

 

 

「……鞍馬? もしやそれって龍殿のお師匠様のことですか?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

「ああ、なるほど……。

 

 

 ……朝廷にとっての懐刀たる鴉天狗達を私より少し歳を重ねた者が打ち破るなど、いつか必ず目の上の大きなたんこぶになるに違いない。

 明神様が苦い顔をされるのも当然だ……」

 

 

 

 有員はそう一言言うと、陽気に会話を続ける鬼達と朝斗彦に対して一人神妙な面持ちを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

回り道をしている間、『この湖のせいで険しい道を進まにゃならん!』とか『橋でもかけてやりたい!』などといった淡海の海に対しての萃香達が文句を垂れていたのを聞き流しながら、一行は丹後の地へと歩みを進める。ここまで旅を共にしてきた鬼達にとって目的地は目と鼻の先である。

 

 

 

「ねぇ、僕の気の所為ならいいんだけど。

 なんかさ、山超えた辺りから妙に野生動物がついてきてない?」

 

 

 

「……気のせいだろ」

 

 

 

「そう? ならいいか」

 

 

 

「いや、気のせいじゃないぞ。私には誰が原因か皆目見当もつかないが、あんな冬支度中の肥えた熊が私らを襲ってこないってのはおかしいよ。なぁ、華扇」

 

 

 

「……気のせいだろ」

 

 

 

「ふーん? まぁいいや」

 

 

 

「私初めて山の狼というものを至近距離で見ましたが、意外と可愛いところ有りますねぇ。諏訪から初めて出たが面白い体験ばかりだ」

 

 

 

 

 

『……』

 

 

 

 

 

「なっ、なんだよっ! 東神様、皆! なんで私を見るんだ!」

 

 

 

「……いや、だってさっきから角の先と頭のてっぺんに小鳥がとまってるし」

 

 

 

「ああ。明らかに其方が引き寄せてるな」

 

 

 

「これじゃあ猛獣使いだねぇ。ミシャグジとも友達になれるかな?」

 

 

 

「なんだと!? いくら神様だからって揃いも揃ってそんなアホなこと言いやがって……! 

 いいか!? 私は邪智奸佞の鬼、茨木華扇さまだ! そんな、動物に好かれるなど、そんな……そんな事があるわけないだろうがッッ!」

 

 

 

 こうして華扇は見るもの全てが腰を抜かしそうになる程の気迫で怒鳴りつけたものの、頭上の角と角の間で休んでいた鳥がチチチチッと囀ったことですべてが台無しである。

 それを聴いてまず朝斗彦がゲラゲラと笑い始めたことで、他の者達も耐えられなくなり笑い出した。当然華扇は益々機嫌を悪くしてしまい、うがーっ! と唸った後にあっち行け! と言って獣達を追い払おうとしたのだが……。

 結局動物達は離れる事なく華扇に追従し、彼女は項垂れながらとぼとぼと歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

「……邪智奸佞って、前までそんな名乗りあげてなかったよね? 自分で名乗り出したの?」

 

 

 

「……そうだよ、わるいか?」

 

 

 

「いや別に、背伸びしてるみたいでなんかかわいいなーって」

 

 

 

「……」

 

 

 

「可愛いってよ、良かったな華扇!」

 

 

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 良いだろ別に好きに名乗っても! 私も勇儀みたいな二つ名が欲しいんだよ!」

 

 

 

「いいじゃないの。勇儀に言えば喜んでくれるはずだよ。にしても華扇は弄りがいがあるなぁ」

 

 

 

「だよなぁ。やっぱ三人の中で一番年下だからかなぁ? 末子気質というかさ。絶対有るよな? そう言うの」

 

 

 

「……もー! もぉーっ! ムカつくけど手出しても二人には絶対勝てないのが分かるから余計に腹立つ! クソ!このクソッタレが!」

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「じゃあ、あたしらはここいらで別れるよ。ここから南に行けば面倒な道を通らずに行けるからね」

 

 

 

「ああ、分かった。勇儀には祝いの言葉を述べていたと伝えてくれ」

 

 

 

「お易い御用さ。東神さまにおヒメさまも気をつけて行けよー」

 

 

 

「君達もね。そうだ華扇、山は寒いし寝冷えには気を付けろよ」

 

 

 

「東神様、私が毛に羽毛まみれだからってバカにしてんのか? 誰がサトリと鬼の混血だよ」

 

 

 

「いや、流石にそこまでは言ってないからね。

 まぁそれは兎も角、君らの残りの旅路が良いものであることを祈るよ」

 

 

 

「応! よっしゃあお前たち! 太鼓を鳴らせ! 山のてっぺんに居座る勇儀や、杵築に着いたあとの東神さまたちにも聴こえるくらいにな!」

 

 

 

 萃香がそう言って右手をあげると、鬼達は太鼓を打ち鳴らしながら列から離れていき、彼等は胸を張って大江山へと向かっていった。

 約一名を除いて山のような体躯を持ち、揃って山が火を噴くかのように騒がしい鬼達が一気に離れていったことで、諏訪の者たちは帰ってきた静寂が逆に落ち着かなくなったという。

 

 

 

 

 

「さて、急ごうか。早く出雲に帰りたいしねぇ」

 

 

 

「そうね。皆、急ぎ出雲へと向かうぞ!」

 

 

 

『おーっ!』

 

 

 

 鬼達が離れていくのを見送った諏訪勢はこうして朝斗彦と神奈子の号令によって気合いを入れ直し、鬼たちの奏でる太鼓の鼓動を聴いて気分を高めながら足早に山陰の道を進み始めた。

 

 

 まだまだ月は長月。自らの神域より出立している神々というのはほんのひと握りのみである。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 かつて萃香とその家族が切り拓いた道を歩んだことで、今まで鈍重な大蛇と馬鹿にされていた諏訪勢はあっという間に黄泉比良坂の近くにまで到達していた。

 ここには朝斗彦を祀った小さな社があるが、折角なら寄ろうとその祀られている本人が言い始めた為に、一行はそこで休息を挟むこととなった。

 

 

 

「ここにも随分久しぶりに来たわね。地震があった時に参道が崩れちゃって……って、綺麗になってるじゃない! ど、どうしたのよこれ」

 

 

 

「萃香たちが建て直してくれたんだ。まぁ鬼流の設計だから比売とか諏訪子には馴染みの薄い造りだとおもうけどね」

 

 

 

「……あの小鬼、なかなかやるわね。私が作らせた時よりも良い出来栄えじゃないの。……なんだか嫉妬しちゃうわ」

 

 

 

「本人が聞いたらきっと喜んでたろうなぁ。この場に居ないのが悔やまれる」

 

 

 

「でも神奈子、鬼相手に素直に言うのかな?」

 

 

 

「バカ言うのはやめなさい。流石に私だってここを建てた者として礼の一つぐらいはするわよ」

 

 

 

 そんな様子で本殿の入口にて三柱がだべっていると、時折近くの草むらがガサガサと揺れていることに気付く。明らかに獣や人ならざる者の気配がする為に三柱が恐る恐る近付いてみると、そこに居たのは黄泉醜女の豫母都日狭美であった。

 

 

 

「あ、えっと朝斗彦様に神奈刀比売様もご無沙汰しておりますわ……?」

 

 

 

「誰?」

 

 

「げっ! 黄泉醜女じゃない!」

 

 

「あれ、日狭美さんじゃないか。どうしたのこんなところで」

 

 

 

「いやあのですね、私やることが無い時はここのお掃除をさせて頂いておりまして。今日もそのつもりで来たのですが、お客人が大集合してたので慌てて隠れていたというわけでございますわ。

 

 

 あの時の誓いに則って何もやましい事などはしておりませんのでどうかご容赦を……」

 

 

 

「へぇ、だから大分空けてたはずなのに綺麗にされてたのか。日狭美さん、ありがとうね?」

 

 

 

「へ、へへへ……朝斗彦様の為とあらば、別にこんなの苦ではないですわよ」

 

 

 

 

 

「神奈子、アレ……」

 

 

「大昔の因縁の相手よ、危険な存在ね」

 

 

「アイツ、ほんとにタラシだなぁ。アイツにもっと欲があったら側室だらけになってたんじゃない?」

 

 

「諏訪子、そういう下世話な話はやめなさい」

 

 

 

 

 

「ところで朝斗彦様? このような集団連れで一体どちらへ?」

 

 

 

「ん? ああ、杵築の大社へと向かっているんだ。そろそろ神在月だからね」

 

 

 

「……それにしてはいささか早くはないですか?」

 

 

 

「いや、こうでもしないとうちの者たちはすぐ遅参するから……」

 

 

 

「……神々もそういったところがあるのですねぇ。黄泉津大神様はお仕事大好きですから、そんな事気にしたこともなかったです」

 

 

 

「へぇ、婆上には一度もお会いしたことないけどそういうお方なのか」

 

 

 

「そうですわね。黄泉は死者の行き着く最期の場所ですから……ん……、婆上!? え? どういうことですの?」

 

 

 

「あれ、言わなかったっけ? 僕の父は素戔嗚尊なんだ。まぁ、つまりは黄泉津大神たる伊弉冉様の孫だね」

 

 

 

「……言われてみれば、なんかそのような事をずうっと昔に話したような気もしますわ。道理で貴方様には親近感を感じる訳です。

 ……この山ぶどう、一粒食べますか?」

 

 

 

「ちょっとアンタ! うちの伴侶に黄泉戸喫をさせる気か! そんなもの、私の朝斗彦に食わせようとするんじゃあない!」

 

 

 

「いやいや、そのように怒らなくても良いではありませんか、神奈刀比売さま。黄泉醜女流の冗句ですよ。

 前にも言ったかもしれませんが、この方は昔から黄泉の民に近い雰囲気をお持ちですから少しだけ気になっただけですわ」

 

 

 

「全く、油断も隙もないんだから。

 ……朝斗彦! アンタもいい歳なんだから気を付けなさいよ。初めにコイツから貴方を助けた時から何年経ってると思ってるの?」

 

 

 

「はい、面目次第もございません」

 

 

 

「はぁ、ここにずっと居たらあんた達二人とも何しでかすか分からないからもう行くわよ。

 皆の者、只今より出立の用意をせよ! これが最後の休息だ! 勢いのままに杵築まで行くぞ!」

 

 

 

「朝斗彦さま、お気をつけてくださいまし」

 

 

 

「あ、ああ。ありがとう。邪魔したね」

 

 

 

 

 

 

「それにしても天狗、因幡の白兎に鬼、挙句黄泉醜女だなんて、一体朝斗彦様はどういった交友関係をお持ちなのですか? 

 この旅に出てから私の持つ常識というものがどんどんと塗り替えられていくのですが」

 

 

 

「有員、常識なんてものはないんだよ。この世には未知が溢れてるものだ。そしてそれは総じて魅力的なものだよ」

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

「だからこそ若いうちから見聞を広めて自分の糧にするべきだし、それを後の世の為に残すべきなんだよ」

 

 

 

「……分かりました。折角朝斗彦様がそう仰って下さったのですから、その教えを宗として神の末裔らしく生きようと思います」

 

 

 

「よいぞよいぞ。それでこそ我が血を受け継ぐ者だ」

 

 

そう言って朝斗彦が得意気な表情を浮かべながら馬を進めていると、隣より神奈子の拳骨が飛んできた。涙目になりながら横を伺うと、これまたまるで歴戦の鬼のような表情の神奈子の姿が。

 

 

 

「……貴方、この子は今まで私が色々手解きしてきたのだから、余り余計な事を教えるんじゃないわよ。分かった?」

 

「はい…」

 

 

 






神奈子様って教育ママ化しそうですよね。
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