叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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このシリーズを書いてると無性に島根に行きたくなるんですよねぇ。
大国主命に祟られる前にご挨拶しなきゃ(使命感)



三十六話 神々が集いし葦原中国

 

 

 

「おや? 誰かと思えば昨年この社へと迷い込んだという噂の葦原朝斗彦ではないか。いやぁ、私は会えなかったから残念だよ」

 

 

 

 杵築へと到着した一行を出迎えたのはやはりこの神、天穂日命である。彼の案内で社の門は開かれ、通り過ぎる際にはかつて朝斗彦が素戔嗚と共に話しかけてきたあの警備の姿もあった。

 

 

 

 

 

「天穂日命、この姿で会うのは久しぶりだね」

 

 

 

「その様子だとやはり元に戻れたようだな。安心したぞ。朝斗彦よ」

 

 

 

「あの時斬られてたら諏訪に戻れずに死んでただろうから貴方が気付いてくれて助かったよ、ホントに」

 

 

 

「あ、おい朝斗彦、それを今言うのは……」

 

 

 

「なんですって!? あなた、朝斗彦を斬ろうとしたの!?」

 

 

 

「ああ、やっぱり! 違う、誤解だ神奈刀比売! 話を聞いてくれ!」

 

 

 

 

 

 後悔先に立たずとはまさにこの事か。

 

 

 神奈子が怒鳴り声を上げたことで朝斗彦が乗っていた馬が驚いてしまった。馬方を始めとした周りのもの達が急いで止めに入ろうとするも、馬は朝斗彦を乗せたまま列から大きく逸れてしまい、それに騎乗する朝斗彦は一人暴れ馬を押え付けるために股を締めて奮闘していた。

 

 

 

 

 

「神奈刀比売、ここの最奥神域は力なき者の侵入を禁じているのは其方も知っているだろう! 

 

 

 朝斗彦は女子の姿になって力が発揮できなくなったことでその力無きものそのものとなってしまったが故に、それを私が侵入者だと勘違いしてしまったという訳である! 

 

 

 嘘だと思うのならば後で落ち着いたら朝斗彦にも聞いてみろ! きっと同じ事を言うぞ!」

 

 

 

「……分かったわ。いきなり怒鳴りつけて申し訳なかったわね」

 

 

 

「はぁ、全く……。昔から変わらず血の気が多くて参ってしまうな。もう少し思慮分別を弁えてくれ」

 

 

 

「むぅ〜っ……私だって昔よりかは成長してるわよっ、もう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私、神奈子が実家に帰る度に弄られ役みたいな扱い受けてるのを見るの好きなんだよね。お前は知らないだろうけど、この前の猛獣使いみたいな扱い受けがちだからさ」

 

 

 

「……諏訪子様、私は何も言いませんからね」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 朝斗彦の馬も落ち着きを取り戻してから少しの時が経ち、ただ今一行は祖神たる大国主への謁見の真っ最中である。

 外での一悶着も全て此方で見ていたぞと父に言われたことで神奈子が顔を真っ赤にしていたものの、娘を含めた一族の者たちを見れた大国主はにこやかに笑ってそれを不問とした。

 

 

 

「朝斗彦、天穂日から話は聞いていたよ。とんだ災難だったな」

 

 

 

「えぇ、しかし元はと言えば妖怪に加勢した僕が悪いので致し方ありません」

 

 

 

「いや、我らが独立していた頃は奴ら鬼達とも共生していた。故に加勢しても問題ないだろうと思うのは当然の事だ。

 ところで話は変わるが、その格好をしているということは君が神奈刀比売の代わりに諏訪の代表として祝詞を読むのかな?」

 

 

 

「えぇ、僭越ながら……。我らの諏訪での立場は些か複雑なモノとなってしまっていますが故に、此度は比売の代わりを務めることと相成りました……」

 

 

 

「ふむ、まぁそうだな。お前が行方をくらませていた頃、何度娘から自身の役割の重さについて愚痴を聞かされたか分からんしな」

 

 

 

「ち、父上っ! それは言わないでください!」

 

 

 

「まぁそう言うな。お前の悩みを聞いて我なりに対応策を考えたのだからな。それについては大御神にも伝えたさ」

 

 

 

「……して、その内容とは?」

 

 

 

「それは今言うべきことでは無い。後ほど大御神より言葉を賜わることになるはずだ。……まぁ、楽しみにしておれよ。ハハハ」

 

 

 

 その後、折角だから我の妻や子達にも会ってやってくれだとか、諏訪は過ごしていて寂しくないか? といった質問や他愛もない話などを大国主から投げ掛けられては、その都度朝斗彦と神奈子が返事を返していた。

 

 

 

「おっと、そうだ朝斗彦よ。会話に夢中になって忘れておったが、此度はお前の父であり我が義父上でもある素戔嗚様もご参内される事となった。まぁお前は優しい子だから大丈夫だと思うが、揉め事は起こさないでくれよ?」

 

 

 

「はっ、承知致しました」

 

「素戔嗚様が!? 私、あの方には一言物申さなきゃ気が済まないわ!」

 

 

『……』

 

 

 そう言って思わず立ち上がった神奈子が皆の視線を一身に集めてしずしずと座り込んだ後、大国主はやれやれといった表情を浮かべては神代より抜けない癖の一つである深い深い溜め息をはぁ〜っと一つついたのであった。

 

 

 

「……比売、今の話ちゃんと聞いてた? ダメなんだってば」

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 基本的に出雲に到着してしまえば後の会合が開かれる日までは自由の身となる。堅苦しい天津神達の場合、彼らは杵築に到着した後にそのまま案内された場所から動くことは無い*1が、それに対して国津神達は皆揃って昔から何処かフラフラと出かけてしまうのである。それは勿論朝斗彦達も例外ではなく……。

 

 

 

「ちょっと出掛けてくる」

 

 

 

 旅の間、御輿に載せて従者達に運ばせていた鉄塊を一人で抱え込みながら朝斗彦がそう言うと、結った髪も解いてしまうほどに勝手知ったる我が家が如く寛いでいた神奈子は彼の事を怪訝そうに見つめた。

 

 

 

「駄目よ、貴方一人で行かせられないわ。私も一緒に行きます」

 

 

 

 目を閉じ腕を組みながらそういう神奈子に対し、朝斗彦は相変わらず心配性だなぁ……と思いながらも、そういや最近二人で出掛けたことなんて無いよな? とも頭によぎる。

 

 

 

「分かったよ。言っておくけど、別に根の国に行ったりはしないからね」

 

 

 

「それでも心配なのよ! 今までこういう時に私の予想が外れた事あったかしら?」

 

 

 

「ん〜〜〜……。いいや、ないね」

 

 

 

「そうでしょう?なら決まりね。諏訪子、貴女はついてくる?」

 

 

 

「いんや? 私は東の湖でしじみと魚でも取って遊んでくるから、たまには夫婦二人で仲良く出掛けてきなよ」

 

 

 

「あらそう、分かったわ。それじゃ朝斗彦、支度出来次第出掛けましょうか」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

「諏訪子様、ついて行かなくて良かったのですか?」

 

 

 

「いや……二人の地元なんだし、自由に過ごせるなら一緒に過ごさせてあげたくない?」

 

 

 

「……そういう考え方、諏訪子様にも出来たのですね」

 

 

 

「……カッチーン、そんな事言っちゃっていいのかな? 私神様だよ? 

 ……口の悪いガキンチョにはこうしてやる! 私のグリグリを喰らえ! ぐりぐりぐりぐりっ!」

 

 

 

「うわああああっ! 痛い痛い痛いっ! 誰か助けて!」

 

 

 

「うははは〜! 神に逆らうとこうなるんだぞ〜っ!」

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 朝斗彦と神奈子の二人は先程までの格式張った服から普段の装束へと着替え、空を飛んで須佐之宮などがある南の山々を目指していた。

 

 

 

「貴方と二人で出掛けるなんていつぶりかしらね」

 

 

 

「えーっと……諏訪で僕らの社を建てる土地を探した時以来かな?」

 

 

 

「……私からすれば遠い昔の出来事ね。今じゃ社も湖南に増えてるし、どれだけアンタが居なかったかを思い知らされるわよねぇ?」

 

 

 

「あ〜……そればかりは本当にごめん。寂しい思いをさせたね」

 

 

 

「……ふふ、戻って来てくれたのだから謝らなくて良いのよ。

 でも、そうねぇ。なら、私の修行相手になってもらうってことで今までの分埋め合わせてもらおうかしら?」

 

 

 

「それくらいならお易い御用さ。幾らでも相手してあげるよ。でもどうして?」

 

 

 

「ほら、この前久々に戦ったじゃない? あの時に貴方に対して手も足も出なかったのが……その……、なんというか、悔しかったのよ! 

 昔から私の事を知る貴方なら私が言いたい事、分かるでしょ?」

 

 

 

「ああ……比売ってば昔から負けず嫌いだからね」

 

 

 

「そうよ。やられっぱなしってのがとにかくなによりも嫌なのよ私は!今だって建御雷に再戦を申し込みたいくらいだもの!」

 

 

 

「えぇ……。そりゃあちょっと……凄いな?僕もよくあの時の事を夢でみるけど、いつも別の敗因で負けて終わるよ……」

 

 

 

「あ、でも今の貴方なら勝てると思うわよ? 何でもアイツ、自分の剣を臣下に褒美で渡したらしいわ」

 

 

 

「なんだって!? 布都怒志命と交換した、あの燃える刀身の一振りを?」

 

 

 

「そうよ。なんでも、共に地震を引き起こす大鯰を鎮めるのを共に手伝ったからという理由で褒美に渡したらしいわ」

 

 

 

「信じられないなぁ。彼って案外太っ腹な所あるんだね」

 

 

 

「そんな貴方にもっと混乱する事を教えてあげる。なんでも建御雷はその神官たちを大層気に入ったみたいでね? その功績を称えてなんと彼等を天人に昇進させたらしいわよ!」

 

 

 

「なんだと!? あの戦闘狂がそこまでするだなんて……」

 

 

 

「私も聞いた時はびっくりしたわ。てっきり自身を祀る為の宝具として扱うのかと思ってたもの」

 

 

 

「そんなの無くても力があるって証明だよねぇ。恐ろしいったらありゃしないよ、全く」

 

 

 

「あ〜……そんな話をしていたらあの時アイツに斬られた古傷がまた痛み出したわ。こんなこと話すべきじゃないわね……ん? あら? ねぇ貴方、彼処に居るのって」

 

 

 

 そう言って神奈子が指を指した先には、まるで飛ばされた一反の木綿のように長く白い髪と髭を靡かせながら出雲の平野を見つめる老人の姿。朝斗彦達二柱にとって、切っても切れない繋がりのある大神が一柱、素戔嗚である。

 

 

 

「あれは……父上? まだ地上にいたのか。てっきり根の国に強制送還されたのかと思ってたよ。でもちょうどいいや、あの方なら今行きたい場所のことが分かるかも。比売、一度降りて彼と話そう。

 あ、そうだ比売。揉めるのはナシだからね? フリじゃないよ」

 

 

 

「流石にしないわよ……。今の時期に問題起こしたら大御神が心労で倒れるもの……」

 

 

 

 そう言って彼らが空より舞い降りると、息子夫婦の存在に気が付いた素戔嗚は声高々に

 

 

「我が息子よッ! 身体は大事無いのか!?」

 

と言ってペタペタと身体を触れだした。

 勿論それは彼なりの心配故の行動なのだが、それにムッとした神奈子が朝斗彦の腕を引っ張って彼の身体を自身の元へと手繰り寄せる。その行動に素戔嗚は眉間に皺を寄せつつも、あまり仲の良くない姉から

 

 

『愚弟よ、今度妾の見てないところで問題でも起こしてみろッ! その時は必ずありとあらゆる責苦を其方に押付けてやるからな!』

 

 

という、ありがたい言葉をいただいていたために我慢する事にした。

 

 

 

「我が息子よ、改めて聞く。身体が大変になったと聞いておったが其方調子は大丈夫なのか?」

 

 

 

「ああ、まぁ紆余曲折はあったけれど何とかなったよ? ところでなんで知ってるのさ」

 

 

 

「あの日、お前と別れて葦原醜雄のヤツにこっぴどく叱られていた時にな? 儂の息子を名乗る変なヤツが慌てて来おったのだ。その後、その場でお前が女子になったという話を聞かされたのだ」

 

 

 

「ああ、天穂日命か……」

 

 

 

「へ、変なやつって……! ぷっ、いい気味だわ」

 

 

 

「まぁ大事無いなら良い。ところで、わざわざ儂を訪ねてきたということは何か用があるのだろう? もしやお主の抱えるモノに関係することか?」

 

 

 

「? ああそうそう。実は少し前に宙から石が降ってきてね。地元の鍛冶師が言うには隕鉄らしいから、この雲州の多々良場で鍛えて貰おうかと思ってね」

 

 

 

「……ふむ。確かにこれは月の者たちの扱う金属に近い力があるな。しかし其れを鍛えられる鍛冶師が今の現世に居るか……む、いや待てよ。儂が遠い昔に打ち倒した部族の邑に秘伝の鍛冶場があったはずだ……。

 お前達、案内してやろうか?」

 

 

 

「良いの? けどさ、父上が地上で暴れてた頃なんて本当に大昔でしょうよ。そんな時代から今も現役で使えるなんて、そんな夢のような施設が残ってんの?」

 

 

 

「それは行かねば分からん! でも、我が冴え渡る直感が間違いなくそこにあると言っておる! それだけだ! 

 ……それにな、お前には迷惑を掛けた。故に儂に出来ることがあるならばいくらでも手を貸す所存だ。どうだ?我が息子よ。行ってみる気になったか?」

 

 

 

「……まぁ、そう言うなら行ってみようか。僕も直感は当たりやすい方だし、ここ父上を信じるべきだよ」

 

 

 

「そうね。素戔嗚様、それは何処にあるのかしら?」

 

 

 

「肥の河の上流だ。ここいらに住まう者が流れを変えていない限り、川を辿れば間違いなく着ける」

 

 

 

「それって……」

 

 

「やっぱり……?」

 

 

 

「そうだ、大蛇のヤツと共生していた多々良部の鍛冶場だ」

 

 

 

『おおーっ!』

 

 

 

「幼き頃より聞かされていた伝説の舞台に行けるなんて信じられない! そうよねぇ朝斗彦!」

 

 

 

「ほんとだね! しかも案内してくれるのが伝説の当事者である父上だなんて!」

 

 

 

「なんじゃお前達、途端に乳臭くなりおって……」

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「……然しその女子の姿とやら、儂も一目見てみたかったぞ? いや、変な意味ではなくてだな?」

 

 

 

『……』

 

 

 

「……なんじゃ、そのまるで現世一の悪を見るような目は。さっきまでの喜びようはどこに行ったんじゃ。儂が実の息子に欲情するスケコマシなわけなかろうが、このたわけ! 

 

 

 ……とりあえず、お前達が儂の女癖に対して一切信用がないのは分かった。家祖の特権を振り翳すのも良いが、ここは潔く控えることとしよう」

 

 

 

 素戔嗚の一言を聞いた二人はまるで物心ついていない赤子のように目を丸くした後、全く同じ驚き方を寸分違わずに見せるほどに驚いた。お陰で朝斗彦の両腕に抱えられていた鉄塊はどすんと音を立てて地面に落ちたのだが、二人にとってはそんな事よりも素戔嗚の発言の方が衝撃的だったのである。

 

 

 

「……国津神界一の素行不良の象徴である素戔嗚様がこんな素直に退くだなんてビックリね」

 

 

 

「そうだね。なんか変な薬でも飲んだのかな」

 

 

 

「……ええい、黙って聞いておれば好き勝手言いおって! 黙れ! この小童共が! さっさと往くぞ!」

 

 

 

 二人の反応に対してすっかり素戔嗚は機嫌を悪くしてしまい、鴉天狗も驚く程の速さで空へと飛び立ってしまった。二人は慌ててそれを追いかけて大蛇退治の伝説の舞台となった多々良部の郷へと向かうのであった。

 

 

 

 

*1
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