叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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四話 神が降りてくる

 

 

「つまり、貴方は高天原よりやってきた天津神って事かしら?」

 

 

「そうだ。内密の要件があり、葦原中国の大国主命への高天原からの遣いとして選ばれたのだ」

 

 

「天津神ってあんな所で倒れててもいいものなんです?」

 

 

「あれはその……根の国よりも深い事情があってだな……」

 

 

「そっか、ならあまり詮索しない方がいいか」

「そうしてくれると助かる」

 

 

 天穂日命と名乗ったこの堅物そうな男は、はっきり言ってつつけばつつくほどいじりたくなる要素が出てくるような者である。

 

 神奈刀比売と朝斗彦は基本的には善良なものの本質が悪童なので、そんな天性のいじられ枠である(と勝手に二人が決めつけた)天穂日のことをすぐに気に入り、高天原での生活や他の天津神のことなどについてを質問攻めしていた。

 

 天穂日も天穂日で、高天原で共に住む者たちは皆無機質な性格をしているため、朝斗彦や神奈刀比売のような国津神の性格の濃さに大変文化的衝撃を受けており、地上はこんなにも愉快な所だったのかと若干舞い上がってしまっていた。

 

 

「ねぇねぇ、高天原で純粋な武のみで一番強いのって誰?」

 

「うーむ、武勇に誉れある方であるならやはり建御雷様だろうか。

 あの御方のもつ剣は空より堕ちた隕鉄で出来ており、形も弓のように反っている*1など、全てが異質だ。そなたらの剣も見た所出来は大変いいが、もし高天原と戦にでもなるとしたら建御雷様の相手は出来ぬだろうな」

 

「反った剣なんてモノは今まで聞いたことがないな。

 しかし、戦争かぁ……。攻められたことなんて中つ国の長い歴史を見てもそれこそこの前天日槍が攻めてきた時ぐらいしかないんじゃない?」

 

「そうなったらまた私たちが奮闘すればいいだけの話よ。その建御雷とやら、絶対私が相手するわ」

 

「いや比売、まだ戦うって決まった訳じゃないんだからそういうこと言うのはダメだよ……」

 

 

「……お前達は中つ国の有力者だろう? 差し支えなければ私を大国主大神の所まで案内してくれないか?」

 

 

 ふんふんと鼻息を荒くする神奈刀比売を朝斗彦が諌めていると、ずっと座っていた天穂日が立ち上がり、二人に対し出雲への案内を願うと、それを聞いたふたりは胸を叩いて『任せてよ!』と言ってズンズンと歩き始めたので、天穂日はそれについて行くことにした。

 

 

 

 ……

 

 

 

 肥の河、現代では斐伊川と呼ばれる川が西にある神門水海に向かって流れる傍を三人が通過すると、出雲の集落の入口が見えてきた。

 

 

「なんと……! 斯様なまでにこの土地は発展していたのか!」

 

 

「すごいでしょ。私の父上が丹精込めて築き上げたんだから発展してて当たり前よ!」

 

「比売はこの土地のことが大好きだから褒められると嬉しくなっちゃうんだよね」

 

「出雲は発展留まるところを知らず、そして今や天津神にも目をつけられてる。大神の娘としてこれ程嬉しいことはないわよ」

 

 

「……まてお主、まさか大国主大神の娘なのか!?」

 

 

「あれ、知らなかった?」

「知ってるわけが無いだろう! せいぜい有力豪族の娘くらいだと思っておったわ!」

 

 

「なら、自己紹介しなきゃね! 

私の名前は御名方神奈刀比売、父は葦原中国の主である大国主大神、母は沼河比売よ!」

 

「僕は葦原朝斗彦。実の親は分からないけれど、大国主様と沼河比売様に養育されたよ!」

 

 

 二人揃って謎の決めポーズ。

 

 生真面目な割に意外とノリは良い天穂日、そこはとりあえず二人に合わせて一緒にポーズだけ決めてみたところ、え、なんで!? と二人から突っ込まれてしまったので、彼はどうすればいいのか分からなくなってしまった。

 

 

「二人は姉弟神なのかと思っていたが違うのだな。それに朝斗彦は私にもかなり近い気を感じるが、本当に孤児(みなしご)だったのか?」

 

 

「そうだよ。大国主様が東に行った時に拾ってきたらしいんだ。拾ってきた時はまた他所で子供作ってきたって奥方様たちの間で大騒ぎになったみたい」

 

 

「そ、そうなのか……。

 もし困った時があったらその際は私のことを頼ってくれ。私も今は君の事を頼らせてもらうから」

 

 

「わかった、貴方のことは兄のように頼らせてもらうよ。もし迷惑かけたらその時はごめんね」

 

 

 天穂日の弟達は皆天津神、且つ大御神の子ということもあり、力に比例してその分性格も尊大なので可愛げの欠けらも無いが、朝斗彦は出雲で育った国津神であり、性格も謙虚で可愛げがあるために頼りやすく、天穂日は中つ国で自分が有利になるように動くためにはこの者の力が必要不可欠だと考えた。

 

 

 

「……朝斗彦、私のことは姉って言わないのに彼のことは兄って扱うの?」

 

 

「いや、あくまでも比売は比売じゃないか……。それに、天津神と国津神という立場の差があるのにも関わらず、わざわざ向こうからそう提案してくれてるんだから乗らない手はないでしょ……」

 

 

「……ずるいッ!」

 

 

 

 ……いくらなんでも、味方にすべき存在の真横に敵がいるとは思わなんだ。

 天穂日はむくれながら敵対的な視線を向けてくる神奈刀比売の事を無視し、案内を続ける朝斗彦の後をついて行く。しばらく歩いていると、やがて竪穴式住居よりも高床式の住居が圧倒的に増えていき、そしていよいよ荘厳なる出雲の宮殿が見えてきた。

 

 

 三人が宮殿前に到着すると、門番たちが神奈刀比売と朝斗彦が帰ってきたことに気付き、おふたりが戻られました! と声を張り上げて中へと知らせる。その後、朝斗彦が事情を説明したことで、天穂日も宮殿に入ることができた。

 

 門が開き、開いた先で待機していた宮仕えの者が客人である天穂日の荷物の一つである武器などを安全の為に本人の了承の上で預かると、三人を案内して大国主の座している最奥の間まで連れて行く。

 

 

「大神、御客人の天穂日様がご到着されました!」

 

「分かった。入ってよろしい」

 

 

 従者の知らせに反応して、低く芯の通った声が部屋より聞こえる。扉が開かれると、そこには大国主、須勢理毘売、神奈刀比売の異母兄にして大国主の長子、事代主(コトシロヌシ)が座って待っており、天穂日はとんでもない所に来てしまったな……と改めて認識するのであった。

 

 

「そなたが天照大御神様が次男の天穂日か。そして、なに故に神奈刀比売と朝斗彦がそばに居るのか?」

 

 

「はっ。

 私が国内を調査してまわった後に出雲へと向かう道中、荒神谷の外れにて行き倒れていた際に、たまたま通りがかったこのお二方によって助けられ、互いに目的地がここ出雲だったために案内をして頂いた次第でございます」

 

 

「そうか。二人とも、大儀である。朝斗彦よ、頼んでいた事は果たせたか?」

 

 

「ははっ。

 行き帰りの道中、黄泉比良坂にて黄泉醜女に襲われたりなどもしましたが、件の因幡の白兎にお会いし、大神様から預かったものを渡しました」

 

 

 神奈刀比売以外のこの場にいる者全員が黄泉醜女の名を聞き、何っ!? と驚きの言葉を発する。

 

 

「まさかこの時代にその名を聴くことになるとは……。

 どうやら、あの時お義父上は黄泉比良坂を塞がずに根の国へと帰ったらしい……」

 

 

 大国主がボソリと呟くと、隣にいる須勢理毘売が、ですが大己貴さまと前置きし、当時の事を訂正する。

 

 

「確かあの時、父が黄泉比良坂でわらわ達を追うのを諦めた時は捨て台詞を吐きながらも自分で岩で塞いでいたと思うわ。貴方の背中からそれを見たもの」

 

「なんだって? ではいつ、誰が、何のためにあそこの封印を解いたんだ?」

 

 

「……そんなのここから離れることの無いわらわが知るわけないでしょう!?」

 

 

 いーっ! と言いたそうな顰め面をして耳を塞ぐ大国主と、父の素戔嗚譲りの恐ろしい形相で怒り出した須勢理毘売。自分達は一体何を見せられているのかと三人が思っていると、驚いた時以外は沈黙を保っていた事代主が一言、

 

 

「父上、母上、今は高天原の使者が目の前に居られるのにそんな事で喧嘩してる場合じゃあないだろう。国の危機なんだぞ」

 

 

 と冷静に突っ込み、突っ込まれた両親はわざとらしく咳をした後、天穂日へと向き直した。

 

 

「見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ない。天穂日殿に一つ質問があるのだが、高天原の範囲を拡げる事や、月夜見様が支配されている月に移住するという案は出なかったのか?」

 

 

「いいえ、どちらの案もあがっておりました。

 

 しかしながら、高天原の拡大は我が祖父の御隠居様が色々と駄々を捏ねて頓挫、月への移住は現地に住まわれる八意思兼神が移住後の安全を保証する事ができないと断言されたため、素戔嗚様のご血筋であらせられる大国主命様から天孫であらせられる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)へ国を譲らせるべしと大御神御自らがお決めになられました」

 

 

「……かつて高天原を荒らしたとはいえ、追放した弟の血縁を頼って来るとは天照大御神も随分と自分勝手じゃない……?」

 

「こっこら、比売! そんな事をこの場で言ったら駄目だって! 問題になるよ!」

 

 

正直言って、神奈刀比売のその言い分も分からなくは無い。自らも半分素戔嗚尊の血を受け継いでいるが為に天穂日も個人としてはその意見に概ね同意であった。だがしかし、現在彼は高天原を代表してこの国へとやってきた言わば名代であり、個人の意見などというものは言ってはいられないのだ。

 

 

「……私や私の兄弟は素戔嗚様と大御神の誓約によって、素戔嗚様の身につけていた玉より生まれました。その為、その後彼が下界へと追放された事で出来た、この国の正統なる支配者たる素質が我ら兄弟とその縁者にあると大御神が定めたのです」

 

 

 天穂日の説明を聞いた一同はそれぞれが思う所のあるような表情を浮かべるが、大国主だけは表情を変えずに天穂日を見つめ続けていた。

 

 

「御客人よ。少し宮殿を見てまわらないか?」

 

 

「はっ、承知致しました」

 

 

 大国主が天穂日を連れて部屋から出ると、神奈刀比売が姿勢を崩してはぁ〜〜っと溜息をついた後、なんか精神的に疲れることばかりだわと漏らす。ここに居るのは彼女がそういう性格だと把握している者のみである為、もはやはしたないなどと突っ込む人は居ない。

 

 

「はぁ〜、これからこの国はどうなっちゃうのかしら。私には父上が何を考えているのかが全く分からないわ」

 

 

「そうね。でも、あのヒトの事だから何も考えてないってことは無いはずよ。今頃、この宮殿を建てた頃の思い出話でも延々と話してるんじゃないかしら。

 あの天穂日とやら、見るからに堅物で気負い過ぎてるから隙をつかれたらすぐに崩れそうよね」

 

「義母上もそう思う? ああいう奴は高天原でも浮いてそうだし、絶対父上の事すぐ好きになっちゃうわよ」

 

「旦那様は人たらしだものねぇ……。あの初めて会った兄がどれだけの期間持つか、見物だわ〜」

 

 

 神奈刀比売と須勢理毘売がまるで実の親子かのように不穏な会話をするのを聞いていると、事代主がいそいそと朝斗彦の傍によってきて

 

「なぁ、朝斗彦。うちの女達が怖いんだが」

 

 と言うので、

 

「事代主様、それは昔からなので諦めてください」

 

 と朝斗彦が答えた瞬間、先程まで上座に近い位置で話していた女性陣が突然両脇に現れ、彼をどこかへと連れて行ってしまった。そして、それと同時に大国主と天穂日が部屋へと戻り、取り残されていた事代主に対して天穂日の歓迎の酒宴を行うことを伝えたのであった。

 

 

 

 ……

 

 

 

 日が沈み、普段であれば皆が寝静まる頃……

 

 

 大国主が中つ国に住まう者を対象にした大宴会を数年かけて開く事を宣言。秘蔵の酒蔵を全て開けたことで漂い始めたかぐわしい酒気に誘われて、各地から酒豪が危険を顧みずに出雲を目指して集結した。

 

 この大宴会では、他の者を殺す事や、盗み、酒の独占さえしなければ立場不問で参加する事が出来るため、神、人、妖、畜生が入り乱れる事となり、正に神の時代ならではの秩序ある無茶苦茶という、まさに混沌極まりない催事となった。

 

 朝斗彦が失言の責任をとって女性陣と共に必死になってツマミや食事を用意していると、召使いの女性が朝斗彦の元へとやってきて、貴方のことを呼ぶ人がいるが、妙におどろおどろしいし街に入りそうで入らないので何とかして欲しいと頼み込んできた。

 

 

 何となく誰が来たのかは予想がつくため、誰もついてこないようにね、と厳命して召使いに言われた方へと行くと、やはりそこに居たのは黄泉醜女こと豫母都日狭美だった。

 

 

「あのぅ、こんばんは、朝斗彦さま……」

 

 

「まぁやっぱり貴女だよね。ってあれ、その冠……前はつけてなかったよね? それに、服の色も変えたんだね」

 

 

「えぇ、あの時の失敗と山ぶどうの味を忘れないように、山葡萄に近い深紫の服に変えたの。この冠はそのついでに被るようにしたわ」

 

 

 それを聞いた朝斗彦は相変わらず重いな……と思いつつも、暴れる可能性を考慮して話を合わせることにした。

 

 

「……そ、そうなんだね。そっちの方が良いと思うよ」

 

 

「そ、そう? そうよね。坊ちゃん……じゃないわ! 朝斗彦様がそう言われるなら間違いないわよね」

 

 

「ああ、うん……。

とりあえず、一杯だけ乾杯したら僕は向こうに戻るよ。申し訳ないけど、やはり現世と黄泉の民は相容れないんだ。あまり一緒にいすぎると他のみなにも影響が出るかもしれないから……」

 

 

「それだけでも私は充分ですわ。わたくしが触れると全て駄目にしちゃうから、ついでもらってもよろしいかしら?」

 

「分かった。ついであげるよ」

 

 

 

 

 

 

 こうして静かに盃を交して酒を飲み、横に居る彼女を見遣ると、危うく彼女が恐ろしい黄泉醜女である事を忘れそうになる。しかしそれでも、彼女はうつし世のものではないのである。

 

 

 朝斗彦は気付けも兼ねてクイッと酒を飲むと、それじゃあ僕はもう行くよと言い、火の灯る方へと歩いていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見届けた後、日狭美は手に持っていた盃を胸へと仕舞うと一言、

 

「さようなら、愛しき殿御の朝斗彦さま。願わくば、再びお会い出来ることを……」

 

 と漏らし、自分の本来の居場所である黄泉比良坂へと帰っていった。

 

 この宵闇の追跡者の目からは涙が流れ落ちていたらしく、落涙した先の地面に咲いていた一輪の花は、涙を浴びた瞬間にまるで彼女の心の内を映すかのようにしなしなと萎れてしまったという。

 

 

*1
布都御魂剣。現存する物は直剣だが、本作では日本刀に近い形という設定。





振られてしまった日狭美さん。残無様出番ですよ!

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