叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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三十七話 素敵な鍛冶場で暮らしましょ

 

 

 

 

「彼処だ」

 

 

素戔嗚に案内され空を飛んでいると、山麓の中に何処か昔懐かしい雰囲気を感じる異質な空間が現れた。ここで地上に降りると素戔嗚が言うので、そのひん曲がった背中を見ながら着いていくと、確かに集落が存在した形跡が残る場所が有る。

 

今目の前にいる腰の砕けた翁が本当に数千年前この地で大蛇を倒したのか?

 

半ば信じられないという気持ちのまま二柱が彼のあとを追っていると、比較的新しげな住居が建ち並ぶ場所へと出た。

 

 

「なんじゃこの住居群は。こんな辺鄙な所に新たに住まうなど正気の沙汰じゃないわい」

 

 

「でもさ、雰囲気は根の国に似てるよね。黄泉ほど死にどっぷりという訳では無いけど死の気配がするというかさ。

ほら、彼処にも妖しい色の花が咲いてる」

 

 

「ここでは大蛇が息絶えた時に多々良部のもの達も共に命を喪ったからな。大蛇を殺し、稲田比売を連れて来た際に広がっていた光景というものは今でも鮮明に思い出せる。

 

しかし、儂はてっきり妖怪でも住み着いとると思っとったわ」

 

 

「…でも、何かが住み着いているという読みは当たりみたいよ?そこから力を感じるもの」

 

 

 

神奈子がそう言うと、屋内からがたっ!という音がした後にドカドカドカッ!と何か物が崩れたような音が辺り一面に響き渡った。

三柱が腕を組んでその音の出先をじーっと見つめていると、中から出てきたのは眼帯をつけた背丈の小さい神であった。

 

 

「いったた…、ちょっと!許可も取らずにこの天目一箇神の神域に入ってくるなん…て…?ひぃぃ!」

 

 

 

「…なんかちんまい子が出てきた」

 

「降臨した天津神かしら?」

 

 

まぁ然し、いきなり体格の良い神二人とそれより更に格があるであろう翁がいたら誰でも驚くに決まってる。

 

 

「おいお主、ここで何をしておるのだ。

ここは多々良部の遺構であるだろう」

 

 

「え…?えっと、そ、そうだ!私は鍛治の神としてこの地を見つけ、同胞達と共に利用しているのだ!」

 

 

「その割には一人じゃない?」

 

「いや、今はまだ閑散期だから出稼ぎに…」

 

 

「ほう…?鍛治の神だと?おい息子よ、渡りに舟とはまさにこの事だな。こやつに頼めばいい」

 

 

「な、なにを…?なんかよからぬ事でも企んでるの!?わ、私はあの天照大御神の孫なんだぞ!手出しでもしたら高天原が黙ってないんだぞ!」

 

 

 

目を閉じながらそう言い切ったあと、少し間を空けてから彼が目を開くと、表情一つ変わらない三柱の方を見た瞬間、

 

「…ああ駄目だ、全然怯んでない!」

 

と怯え混じりの絶叫を披露した。

そんな彼を落ち着かせるために朝斗彦と神奈子が宥めようとしたものの、まるで物心着いてまもない子供のように気が落ち着かないので放っておこうという流れになった。のだが、連携もクソもないと言わんばかりに怯える天目一箇神に対し、素戔嗚が一つ質問したのであった。

 

 

 

「姉上の孫だと言っていたな?其方の父は誰だ?」

 

 

「あ、姉…?私の父は大御神の玉より生まれし五神が一人、天津彦根命だ!」

 

 

「…ん?まてよ?あれ…ってことはさ、つまり君は天穂日命の甥っ子?」

 

「そうなるわね?」

 

「ああ、あやつの甥御だったか」

 

 

三柱が頭の中で点と点が繋がりを作っている間のなんとも言えない空気感の中で暫くの沈黙が起きると、天目一箇神がモゾモゾと動きながら何か言いたげな様子であった。

 

 

「どうしたの?何か言いたげな様子だけど」

 

 

「えっと…あの、なんで伯父上の事を知ってるの?」

 

 

「いや、だって家族みたいなものだし?」

 

 

「そうねぇ」

 

 

「あやつは自称儂の息子であるからな」

 

 

「家族…?息子…!?あなた達って…な、何者なの?」

 

 

「儂は素戔嗚だ。彼奴風に言うならば、其方の祖父に当たるな」

 

 

「僕は葦原朝斗彦命だ。素戔嗚の息子で諏訪明神の配神だよ。宜しくね、天目一箇神」

 

 

「私は大国主大神の娘、御名方神奈刀比売命よ。諏訪の明神でもあるわ。呼ぶなら神奈子でもいいわよ」

 

 

「…えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、出雲に由縁を持つ名だたる神々が斯様な所へ如何な用で…?」

 

 

「ここにはかつての多々良部の遺構があると父上から聞いたんだ。それで、もし出来るならコレを一本の大刀にして欲しくてね。

よいっ…しょっ!おお、重たっ!父上が持ったら間違いなく腰いわせてるよこれ!」

 

 

「ほざけ、これぐらい造作もないわ」

 

 

「…確かに重いわね。朝斗彦アンタ、こんなのをずっと抱えてたの?あの時素戔嗚様に会えなかったらどうしてたのよ。

貴方、大馬鹿者なんじゃないかしら」

 

 

「いやだって運ぶ手段それしかないし…。というか比売、辛辣だね…」

 

 

「…話を戻して大丈夫ですか?それで、要はコレを使って刀を打てばいいんですね?」

 

 

「そうしてくれると助かる。勿論、タダでとは言わない。ちょっとしたものから宝の品、社まで、僕が用意できるものであるなら遠慮なく対価を言って欲しい」

 

 

「…なら、ここいらじゃ聞けない話を聞かせてください!私はここから滅多に出ませんし、人見知りだから杵築に行くこともないですし…」

 

 

「あら、アンタの得意分野じゃない。よかったわね」

 

 

「いやでも、彼が何を聞きたいかにもよるでしょ。僕鍛冶技術のことなんてさっぱりだしさ」

 

 

「いやいや、鍛治の事なら誰よりも通じてる自信があるので必要ありませんよ。私が聞きたいのはここじゃ聞けないようなお話です!」

 

 

空色の髪をかきあげながらそんな事を言う天目一箇神に対し、朝斗彦達はいささか対価としては価値が無さすぎるのではないかと思った。そこで、何度も確認を行い、もっと豪華な報酬を提案したのだが、やはり彼はそれが良いとしか言わなかった。

 

 

「いやしかし何を話せばいいんだ?浅間山の事とか?」

 

 

「ばっ馬鹿!そんなの話したら月の刺客に殺されるわよっ!」

 

 

「浅間山に…月の刺客?何を仰られてるのかよく分かりませんが、もしや思兼様とその弟子、豊玉比売様の事ですか?」

 

 

「「!?」」

 

 

「なんじゃ、お主ら何の話をしとるんじゃ。なんで思兼様の名が出てくる?説明せい」

 

 

「…アンタが余計なこと言うから一番の要注意人物が食いついちゃったじゃない」

 

 

「いや…だってここじゃ聞けない話だって…」

 

 

「だからって触れていい物と駄目なものが有るでしょうが!この馬鹿たれ、わかめ頭!」

 

「「なんだって(だと)!?」」

 

 

 

「あ、あのぅ…。話を戻しませんか?喧嘩してても話が進みませんよ」

 

 

「そ、そうよ!こんな所で揉めたって意味ないわよ!」

 

 

「…それもそうか。で、話はどうするのさ」

 

 

「えっと、その話は私が知ってる限りだと、何でも月の神々の神格を保つ為の穢れなき情報が必要となったらしく、偶然地上にいたという情報を浄化するという力を持つ者を使役する事で解決したらしいですけど…合ってますかね?」

 

 

「っ!それ、維縵国の維縵比売のことだわ!」

 

 

「ふーん…。やっぱりあれは月絡みだったのか。中つ国の戦争でも案を出してたのは思兼様だったし、彼処の連中は陰でコソコソするのが好きだよなぁ」

 

 

「全く、穢れだとか浄化だの全く馬鹿馬鹿しい限りよ。月の奴らは完全に狂気に飲まれとるな」

 

 

 

「…あれ、そこら辺の詳しいことは知らない感じだったんですか?」

 

 

三柱が各々思う所を口にしていると、ぽかんと口を開けながら天目一箇神が一言そう尋ねた。

 

 

「え?ええ、私と彼は丁度それが起きた頃に浅間山に近い諏訪で在地勢力と戦ってたのよ。私自身も王女と親交を温めて手を結んでいたのに、あの一件で国が丸ごと消失したから当時は混乱したわ」

 

 

神奈子がそう言うと、彼は口をアワアワとさせて途端に落ち着かない様子を見せ始めた。そして、朝斗彦たちが彼に対してどうしたのかと訊ねる間もなく、彼は狼狽しながらとんでもないことを言い始めた。

 

 

「…このままだと連中に処される!」

 

 

『なんだって!?』

 

 

朝斗彦達も馬鹿では無い。彼が放った一言を聞いたことで、すぐさま三柱は自分たちがあまり宜しくない立場になっていることを悟った。

 

 

「…聞かなかったことにしてやる。それで良いなお前達?」

 

「ええ」

 

「それに従うよ」

 

 

「…それに案ずるな、ここいらは我が庭も同然。お前が此処にいる限り儂が護ってやる。お主はあの天穂日とやらの理論でいけば我が孫にあたる立場だからな」

 

 

「ほ、ほんとですか?」

 

 

「応よ」

 

 

「おお、父上かっこいい」

 

「ふん、どうだ息子よ。少しは見直したか?」

 

「勿論!」

 

 

「朝斗彦アンタ、ちょっと呑気すぎるんじゃない!?彼が処されるかもしれないのなら、それを聴いた私達だって同じ立場ってことよ!」

 

 

「分かってるさ。でもさ比売、考えてみてよ。百歩譲って高天原から攻めてくるならまだしも、奴らは月から一歩も出ようとしないだろ?

 

それに、これは高天原の天津神達との問題じゃない以上、伯母上も同調しないはず。そもそもの話、中つ国を巡って僕達が天と争ったのだってさ、月の連中が変な思想に染まったせいで増えた天津神を受け入れなかったからじゃないか」

 

 

「それは…。でも、危険な橋を渡ってる事には変わりないわよ!」

 

 

「まぁもし月から刺客が来るようならその翼、付け根からむしり取ってやればいいさ」

 

 

「頼もしいな我が息子よ。その時は儂も加勢するぞ」

 

 

「…翼?なんでそんなことわかるのよ」

 

「ほら…あの事件の後にさ、神名備山に明らか雉の物じゃない純白の羽が落ちてただろ?」

 

「えぇ…?あ、ああっ!そういえば!

しかし貴方よくそんなのまで覚えてるわね…」

 

「肝心なことは忘れがちで、どうでもいいことほど覚えてるからね僕は」

 

 

「えっと、話を戻しますよ?

 

とりあえず私は直ちに同胞を招集し、冬に入り次第この鉄を大刀へと加工します。この鉄は普通の鍛治で生み出す鉄鋼に比べて軟らかい物のようなので加工は難しい物になる事必至ですが…まぁ、神力を以て鉄を打つ私達の腕なら何とかなるでしょう。

 

そして刀は来年の同じ時期までには叔父上に渡せるようにいたします。…素戔嗚さまにお願いしたいのですがそれまでの間、月の者達から私達を庇護してください!」

 

 

「うむ、任された!その命、国津神の王たるこの建速素戔嗚尊が護ってやる!」

 

 

「おお、父上の腰が真っ直ぐに…。いかり肩で貫禄あるんだからいつもそうしとけばいいのに…」

 

 

「黙れ、童が!この歳になると腰が痛いんじゃ、腰が…」

 

 

「僕だってもう童って年齢じゃないよ父上…」

 

 

そんな親子の会話を聞きながらも、でも朝斗彦を儲けるくらいには余裕あったでしょうよと思いつつも神奈子は大人なので何も言わなかった。

今現在、そんな事を言う余裕はないのである。そもそも、口の軽すぎる朝斗彦とその血を受け継ぐ者でもない限りは余裕があっても言う必要性は全くもって無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああそうじゃ息子よ。先ほどお前は月のものならここまで来ないだろうと予想しておったが、奴等はその重すぎる腰さえあげれば平気で地上へとやってくるぞ?」

 

 

「いっ!?」

 

 

「あやつらは浄化と称して地上に満ちた生命をも穢れとして奪うからな。通る場所には草一本すら残らん。まぁ、主食である仙桃だけは別だがな」

 

 

「…ヤバいね、それ。予兆は充分にあったとはいえ、腕自慢の義弟があっけなく処されたのも納得だ」

 

 

 

「何処で聞かれているか分からないから大問題にならないよう願う他ないわね。二人とも、一度杵築に戻りましょう」

 

 

「ならば私もお供させてください!同胞に声をかけに行くのもそうですが、流石に一人でここに居たら何が起きるか分かりませぬ故…」

 

 

「そうだね。向こうになら僕みたいな微妙な立場じゃない、れっきとした伯父がいるしね」

 

 

こうして思わぬ所でとんでもない地雷を踏んでしまったことで、朝斗彦達は嫌な緊張感に包まれながら杵築の大社へと帰ることとなった。

 

 

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